伍:勇者視点
俺の身体に入ったヴェンデルが俺の仲間を率いて帰国してから数日後、俺は早くも限界を感じていた。
考えたこともなかったが、魔王はそうれはもう、超絶に多忙だったのだ。
ひっきりなしにやって来る部下に指示を出し、書類を確認し、時には現場に出向いて対処する。
俺は魔族が意外と人間味ある生活を送っていることを知ると同時に、ヴェンデルの言っていた言葉の意味を痛感していた。
魔族の誰もが、俺の目を見ようとはしないのだ。
皆恐れ慄き、畏怖を堪えながら俺に用件を伝えてくるのみ。
何か答えても、返ってくるのは肯定だけ。
こちらから話しかけようものなら、「お願いだから殺さないで」と書いてある顔を向けてくる。
誰一人、俺と雑談にさえ興じてくれない。
孤独だ。
とても寂しい。
そんな中で、側近のイーダだけは真っ当に会話をしてくれていた。
目はあまり合わせようとしてくれないんだけど、それでもそれは他の魔族と違う理由に思えた。
「……魔王様、魔王城の修復工事ですが、一部の修繕に手間取っているようです。木材系の資材が足りないようですので、追加で発注を……魔王様?」
「……ん? あぁ、ごめん。資材か……」
少し考えごとをしていた俺は、はっと閃く。
「そうだ。停戦したんだし、人間の国から買い付けるのはどうだろう?」
「人間の国、ですか……?」
「足りないのは木材だろう? 人間の国には木材を扱う商店もあるし、俺……じゃなかった、私が勇者に聞いてみよう」
うっかりすると口調が戻ってしまう。
慌てて取り繕って、イーダに持ち場に戻るよう指示を出すと、俺は勇者に向けて手紙を飛ばすことにした。
俺は俺の姿をしているヴェンデル宛に手紙を書くと、伝書魔法を展開した。
手紙を飛ばすだけの簡単な魔法である。
魔法を受けた手紙は、黒い鳥の姿になって、猛スピードで空を駆けていった。
「速……やっぱ魔王の魔力は凄いな……」
思わず感嘆する。伝書魔法の飛翔スピードは、術者の魔力量に比例するのだ。
魔王になって驚いたことのひとつが、膨大過ぎる魔力量だった。
戦闘になれば魔力量だけで勝敗は決まらないが、俺一人の力では到底勝ち目はなかっただろう。それほどまでに、圧倒的な力の差があった。
あの時戦闘を続けず、中身が入れ替わったことによって停戦に持ち込めたのは幸いだったかもしれない。
そんなことを考えているうちに、返事が飛んで来た。
「手配する、か。よしよし……ん? 修繕手伝いのために、こっちへ来るだって?」
手紙を読み進めると、召喚呪文を唱えてくれればすぐに魔国へ行ける、と書かれていた。丁寧に呪文の説明まで。
召喚なんて、勇者だった俺はしたことがない。
だが、魔王の魔量があればそれも叶う。
俺は軽く息を整え、口を開いた。
「召喚魔法!」
俺自身が召喚魔法を習得した訳ではなくても、魔王の身体に染み付いた術式なのか、簡単に発動してくれた。
瞬き一つの間に、目の前に金髪碧眼の見慣れた男が現れる。
「おお! 本当に召喚できた!」
「うむ、流石は私の魔力だな」
俺の顔で俺の声で、しかし口調は完全にヴェンデルだ。
満足げに頷いたかと思うと、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「レオンハルト、お前に謝らねばらんことがある」
「え、何だよ、俺の姿で何した?」
ざわざわと嫌な予感がして、俺は思わず顔を顰めた。
「……凱旋後、王城に招請され、国王に直接停戦協定の報告をした」
「うん。それはそうだろうな」
俺の旅立ち自体、王命によるものだったんだから、戻ったら報告をする、当然だ。そのために勇者一行は帰国したのだから。
「……そこで、第一王女カサンドラとの結婚を打診された」
「え……」
謝らなければならないことって、まさかそれか。
断り切れず、王女の婿になることが決まってしまったのか。
「それを回避すべく、私はその場で求婚の許可を得、フィーネに求婚した」
「……は?」
「あの場では、生半可な理由で王女との結婚を回避することはできんと思ったのだ。すまん」
「えええ! ちょっと! 国王の前でフィーネに求婚しただとっ?」
「ああ、勝手なことをして、本当にすまない」
まさか勝手に俺の身体で俺の好きな人に求婚するとは思ってもみなかった。
動揺しまくりだが、なんとか気持ちを落ち着かせる。
そうだ。そもそも俺は魔王城に乗り込む直前にフィーネに『魔王を倒せたら結婚してほしい』と求婚しているのだ。
「……で、フィーネは、何て……?」
一度目はあしらわれてしまったが、国王を前にしての求婚では同じように断られないだろう。
「その場では、考えさせてほしい、と……」
「その場では?」
「ああ……だがその後、『レオンと結婚するのは嫌だ』と……」
「ええぇぇぇ、俺、知らないところで振られたのかよ……」
気持ちがずんと重くなり、がっくりと項垂れる。
「レオンハルト、本当にすまなかった……」
「いや、俺だったら圧力に負けて王女と結婚させられてた可能性もある……それを思えば……」
あの傲慢そうな王女の夫になるなんて死んでも御免だ。
それを回避するためなら、仕方ないと思える。
だが、辛いものは辛い。
唇を噛み締める俺に、ヴェンデルは痛ましそうな目を向ける。
まさか、魔王が俺の顔でそんな同情するような顔をするとは思わなかった。
「……ああ、あと、その後フィーネが何者かに狙われた」
「は? 何者かって? 捕らえなかったのか?」
「襲ってきたのは小型の魔物だった。一本向こうには市場がある通りだったのに、私には目もくれずフィーネを狙って飛び出してきた……押さえ込んで魔力を解析すれば良かったのだが、咄嗟だったので思わず両断してしまったんだ」
それは仕方ない。魔物が突然飛び出して来たのなら、俺でもほぼ反射的に剣で真っ二つにするだろう。
「魔物がそんな挙動を見せるのは妙だな」
「ああ。私も、何者かによって操られていたと見ている」
しかし、フィーネを狙うなんて、一体誰が。
ヴェンデルから話を聞く限り、求婚は国王や王女の前で行ったらしいから、一番怪しいのは王女カサンドラだ。あの傲慢王女ならやりかねない。
だとしたら、フィーネが危ない。
と、その時だった。
勇者の姿をしたヴェンデルの足元に、突然魔法陣が顕現した。
「……これは、探知魔法と、追跡魔法……?」
居場所を探す魔法と、そこに座標を定めて転移する魔法の、混合だ。
当然だがかなり高度な魔法で、そんな芸当ができる人間はかなり限られている。
「魔王城の結界に阻まれているな……」
魔法陣の中心で、ヴェンデルが眉を顰める。
魔王城には、王都以上に強固な結界が張られている。中から呼ばない限り召喚や転移魔法は効果が出ないのだ。
「呼ぶか」
言うや、ヴェンデルは右手を掲げた。
「えっ! 勇者を狙う敵だったらどうするんだ……!」
慌てて制しようとするが、ヴェンデルは小さく首を横に振った。
「勇者の首を狙うなら、勇者の方を強制召喚しようとするだろう。追跡魔法は単身転移する魔法だ。単身で勇者がいる場所へ行こうとしているのだから、敵意があるとは思えん」
それは確かに一理ある。
勇者の命を狙うなら、仲間と共にいる可能性のある勇者の許へ乗り込むよりも、勇者一人を強制的に呼び寄せた方が勝率が上がる。
「それに、もし術者が勇者の命を狙っていたとしても、この場には魔王もいる。中身がお前なのは不安だが、魔王に単身で勝てる人間など、この世にはほとんど存在しまい」
ヴェンデルは小さく笑ってそう言うと、右手をすっと横に振り払った。
刹那、結界の内側から承諾を得たことで、術者がそこに姿を現した。
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