拾:魔王視点
何故か、無性に腹が立った。
レオンとは、偽装結婚だ。それは違いない。他ならぬ私が、最初にそう提案したのだから。
しかしいつの間にか、レオンが隣にいることが当たり前になり、このままこの時間が続けばいいと思うようになっていた。
それはレオンも同じであると、同じであってほしいと思っていた。
しかし。
「……だって、偽装結婚だろ? いつかは別れるのに……」
その言葉が、私の心を抉った。
いつかは別れる。そうだ、元々その話だった。
しかし、今の私はそれをはっきりと「嫌だ」と思っている。
「……レオンは、別れたいか? 私から、離れたいのか?」
「俺は……」
レオンが口籠る。
言えないのは離れたいと思っているからか。
そう思った瞬間、頭に血が上った。
レオンの腕を掴み、ベッドに押し倒した。
「ヴェ、ヴェルっ?」
真っ赤になるレオンを組み敷いて、私は呟く。
「……ここに、いろ」
「え?」
「ずっと、私の傍に、いればいい……偽装ではなく、本当に結婚してしまえばいい……」
自分でも、矛盾していると思う。
先日偽装結婚を提案した時は、レオンが別の誰かと結婚するまで、助けてやるだけのつもりだった。
レオンが望むのなら、本当に結婚してもいいとは思っていたが、その程度だった。
しかし今は、自分以外の誰かが、レオンの隣にいる未来を見たくないと思っている。
この気持ちの正体が、わからない。
レオンに対して、やたら執着するこの感情は何だ。
「ヴェル……?」
頼りなげに私を見上げる碧の瞳。
怯えているようにも見えて、更に焦燥に駆られた。
レオンの両手を押さえつけたまま、唇を無理矢理己のそれで塞ぐ。
「っ!」
一瞬身を竦ませたレオンが、数秒後にふっと体の力を抜いた瞬間、かっと光が迸り、視界が真っ白になった。
ああ、入れ替わるのか、と妙に冷静に悟る。
唇が離れたと思うと、そこには戸惑った様子の自分の顔があった。
「ヴェ、ヴェル……」
真っ赤になって狼狽えるレオンが私の手首を離したので、私は身を起こして私の姿をしているレオンの項に手を回して引き寄せ、再び唇を奪った。
この感触は自分の唇なのか、と複雑な気持ちが過ぎった直後、再び光が迸り、目の前が白くなった。
また入れ替わるのか。
だが、だからと言って離してやる気にはならず、元の身体に戻った私は、レオンの両頬を掴んでキスを続けた。
抵抗するかと思ったが、レオンはぎこちない動きで私の背中に手を回してきた。
「……はっ」
しばらくして解放すると、レオンはとろんとした目で私を見た。
ぞくりと、妙に心が震えるのを感じ、衝動的に押し倒しそうになるのを何とか理性を総動員して堪える。
流石に、同意もなくこれより先に進めるのは駄目だ。レオンに嫌われてしまう。
「……すまない」
相手の許可もなく二度も唇を奪ってしまったことを詫びると、レオンがはっとした顔になって両手で顔を覆った。
「……嫌だった、か?」
自分でも情けない声に驚く。こんな自分の声を聞いたのは初めてだ。
と、レオンはぱっと手をどけて、ぶんぶんと首を横に振った。
「嫌じゃない! ただ、ビックリして……あと、何て言うか……」
真っ赤になってもごもごと口籠るレオン。
「……き、気持ちよすぎて……キスって、こんなだったっけ……?」
その表情が煽情的に見える私は、どうかしてしまったのだろうか。
私はレオンの顔を覗き込んだ。
「……誰と比べているのかは知らんが、私のキスは心地よかったか?」
少し意地悪をしているという自覚はある。
羞恥で顔を紅くするレオンが可愛らしくて、つい揶揄いたくなってしまうのだ。
レオンは悔しそうな顔で、恨みがましげに呟いた。
「……ヴェルはずるい」
「む? 私がずるい?」
「……何でそんなに可愛い顔なのに、いちいち格好良いんだよ。魔法使いとしても超一流で、俺よりもずっと強くて……俺だって一応、人間の中では強い方で、勇者なのに……」
レオンが何を言いたいのか理解できず、何と言ったらいいか言葉を探す。
「……ヴェルといると、自分がわからなくなる」
「うん?」
「俺は勇者だ……魔王討伐を目指していた時は、誰もが俺を頼った……でも今は、俺がヴェルに頼りっぱなしで……」
「それが何か悪いことなのか? 私はお前に頼られることを嫌だとは思っておらんぞ? 寧ろ喜ばしいとさえ思っているが?」
本気で解せずに首を傾げる。
と、レオンは何か思い切った顔で、私の両肩を掴んだ。
「……頼りない俺でいいのか? こんな俺が、ヴェルの隣にいて……」
「何を言っているんだ? さっき私がずっと傍にいろと言ったのを聞いていなかったのか?」
レオンの言葉の意図が全く読めない。
だが、言葉尻を捕らえると、つまりレオンは私と共にいること自体には異論はないということだろうか。
ただ、自分の力と私の力を比べて、己の弱さに打ちひしがれてしまっていた、ということか。
よくわからず首を傾げると、レオンは何かを決意した顔で、私の両肩を掴んだ。
「もう、変更不可だぞ」
「うん?」
「離れたいって言われても、離れないからな」
目を瞬いた直後、レオンに唇を塞がれる。
熱い吐息に、どきりとした直後、また視界が白くなる。
レオンも、入れ替わったことを自覚しているはずだ。しかし唇が離れたと思ってももう一度、角度を変えて口付けられる。それを、何度も繰り返す。
その度に、目の前が白くなる。
何度も何度も入れ替わり、今どちらになっているのかもわからなくなる。
それさえどうでもよくなるほど、私はレオンとのキスに夢中になり、飲み物を運んできた部下の足音がテントの前に来るまで、ひたすらに唇を求め合っていたのだった。
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