玖:勇者視点
ヴェルは魔法で塔を施錠したところで、その部屋の奥に置かれていた木箱に歩み寄った。
蓋を開けると、中にはぎっしりと本が詰まっていた。
「……これ、全部大魔法使いソアラの魔法書なのか?」
「はい、そうです……ソアラ様が研究されていた、高度魔法の術式が記されています。おそらく、今の人間の魔法使いでも、この領域には到達していないでしょう」
ビスタの言葉を受けて、ヴェルは本を手に取り、パラパラと捲り始める。
俺も試しに一冊手に取ったが、書かれている文字が俺の知るものとは違って、何一つ読めなかった。
「古代語か」
「はい。ソアラ様の故郷で使われていた言語です」
ヴェルは「ふむ」と頷き、読んでいるとは思えない速さで頁を捲っていく。
「……大体わかった」
「え、全部読んだのかっ?」
驚く俺をよそに、ヴェルは目を瞬く。くそう、きょとんとした顔も可愛いな。
「当然だ。ただ、理解しながら読むというよりは、頭の中に複写するイメージだな。欲しい情報は頭の中で書面を探す」
よくわからないが、ヴェルは本の内容を絵のように記憶して頭の中に保存していて、脳内に図書館を持っているような状態、ということだろうか。
どうやら魔王の頭の中は人間と造りが違うらしい。
「……ここの魔法書の内容は頭に入った。とりあえずここを出て、調査隊に合流するぞ」
ヴェルは言うが早いか、ぱちんと指を鳴らした。
一瞬で、俺とビスタ殿もまとめて塔の外に移動する。
「……もうすぐ来そうだな」
ヴェルがそう呟いてから数呼吸を数えた頃、通りの向こうからイーダとフィーネが率いる調査隊がやって来た。
「魔王様! 先回りされておられたのですね。ビスタも無事でしたか」
「ああ。古代遺跡に興奮を抑えきれず、少し見るつもりが夢中になってここまで来てしまったらしい」
駆け寄って来たイーダにヴェルがそう説明すると、イーダは疑う様子もなく頷き、ビスタを見た。
「ビスタ! 貴方が知的好奇心を抑えられないのは仕方ないけど、せめて仲間に一言残してから行動してよ! 皆心配したんだから!」
「す、すみません……」
怒るイーダに気圧されて、ビスタが小さく呟くのを横目に、フィーネが塔を見上げた。
「……でも、お気持ちはわかります。これほど古いのに綺麗な状態で封印されていた素晴らしい遺跡を前に、気持ちを抑えるなんてできませんよ……!」
目を輝かせてそう呟き、彼女はヴェルを振り返った。
「魔王陛下! この塔を調べてもよろしいでしょうか?」
「ああ、勿論だ。ただし、封印魔法によって時を止められていたとは言っても、千年以上昔の遺跡である可能性が高い建造物だ。くれぐれも扱いには注意しろ。無闇に壁や床に手垢をつけて荒らすことがないようにな」
「わかっています!」
鼻息荒く頷き、フィーネはキラキラした目で塔に駆け寄っていく。
その様子を心配そうに見つめるビスタに気付いたヴェルが、無言のまま顎で塔を示す。
「ビスタ、お前も行ってこい。調査報告は毎日上げろ」
「はっ! 承知いたしました!」
ビスタは背筋を伸ばすと、フィーネを追うように走っていった。
彼がついていれば、きっと上手いこと誘導してあの地下室が見つかる事態は回避するだろう。
塔に駆け寄っていった二人をよそに、イーダも調査隊に周辺を調べるよう指示を出す。
その様子を確認して、ヴェルが俺を振り返り、少し心配そうな顔をした。
「……レオン、私は一度拠点に戻って、先程見た魔法書の中身を頭の中で整理するが……」
「あ、じゃあ俺も戻るよ」
俺がそう言うと、ヴェルは何故かほっとした様子で頷いた。
「では行こう」
言うや、当然のようにヴェルが俺の手を取る。
尊大な言動からは想像もつかないような華奢な手に、思わずどきりとする。
「……さ、さっきの魔法書に、入れ替わりについて書かれていたことはあったのか?」
動揺を隠したくて、歩きながらそう尋ねると、ヴェルは視線を上げて目を瞬いた。
「明確に『入れ替わりの魔法』と記載されたものはなかったな。ただ、魔法の術式のみならず、魂に関する記述もあったから、収穫がない訳ではないと思っている」
「魂に関する記述?」
尋ね返すと、ヴェルは思い出すように軽く名目し、右手の人差し指でこめかみを押さえた。
「ああ……ええと、万物には器と魂が与えられる。それらは本来固く結びつき、死する時まで剥がれることはない。と書かれているな」
多分頭の中で本を広げて読んでいるんだろうな。そんな口ぶりだ。
「死とは即ち、器と魂が剥がれ、魂のみが天に還ることである……」
ヴェルがそう呟いたところで拠点に到着したので、テントの奥へ入っていく。
魔王用らしく、そこはテントの中とは思えないほど豪華な造りになっていた。
一部屋ではあるが、大きなベッドとソファ、テーブルもある。
今回の調査期間はヴェルと俺は三日、他の調査隊
最大限十日程の予定だ。
その間生活に不便がないように、特に魔王専用のテントは魔法も使ってかなり過ごしやすいようになっているようだ。
「……あれ? そういえば、俺のテントは?」
確認していなかったな、と思い尋ねると、ヴェルも忘れていたようで「そう言えば」と呟いた。
「確認してくる」
ヴェルが踵を返し、拠点の警護をしている魔族に尋ねに行く。呼びつければ向こうから飛んでくるだろうに、自らが行くのは自分のプライベートスペースに他者を入れたくないからだろうか。
とか思っていると、ヴェルが困った顔をして戻ってきた。
「ヴェル?」
「すまない、レオン。手違いで、お前のテントが用意されていないそうだ」
「は?」
「お前は私の婚約者故に、私と同室になるだろうと部下が思い込んでいたらしいのだ。調査隊員のテントを明け渡させることも可能だが、魔王の婚約者に質素なテントを宛てがう訳にもいかん」
「や、明け渡されたらその分調査隊の誰かがテントに入れなくなるってことだろ? 流石にそれは申し訳ないからいいよ。なんなら俺は調査隊の誰かと相部屋でも……」
魔王討伐のために旅をしていた時は、テントで雑魚寝は当たり前だった。
相手が魔族であっても、敵意が無ければ同室でもあまり気にはならない。そんな感覚で答えると、ヴェルは不愉快そうに眉を顰めた。
「私がそれを許すと思うか? 仮にも私の婚約者たるお前が、他の者と同じ部屋で寝るなど……」
「ええ? 別に男なら大丈夫だろ?」
「魔族の中には、魔王以外にも性別がない者はいる。見た目が男のようでも、婚姻相手が男であることも珍しい話ではない」
ぴしゃりと言われ、俺は言葉を呑み込んだ。
「……じゃあ、どうしたらいいんだ? 俺だけ今から魔王城に帰るのか?」
「いや、レオンは私の部屋に、私と共に泊まればよい。婚約者なのだから当然と言えば当然だ」
「ヴェ、ヴェルと同じ部屋……?」
顔が熱くなるのを感じる。
婚約者となってから十日余り。偽装婚約でもあるため寝所は別で、同じ部屋で夜を過ごしたことはない。
正直、見た目が超絶好みのヴェルと同じ部屋にいて、理性を保てる自信は微塵もない。
「私と同室は嫌か?」
ヴェルが、探るような目で俺を見てくる。
少し緊張したような、そんな目だ。
目だけで感情が読み取れるようになるなんて、正直驚きだ。それほど仲が近づいたということだろうか。
「嫌じゃない。寧ろ……」
「寧ろ?」
「……引き返せなくなりそうで怖いんだよ」
「引き返す必要があるか?」
ヴェルが心底不思議そうに首を傾げる。
「……だって、偽装結婚だろ? いつかは別れるのに……」
一緒の部屋で、ただ寝るだけなら、大丈夫だろう。
ただ、それだけで済む自信がない。更に言うと、そうなった時、ますますヴェルに心を囚われそうで、怖いのだ。
今でさえ、心が追いついていないのに。
そしてそうなった後で、偽装結婚を解消することになったら。
それを想像すると、足元が崩れ去るような感覚に襲われるんだ。
そんなことを考えていると、ヴェルがちっと舌打ちした。
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