捌:魔王視点
石造りの地下室はそれほど広くなく、ただの倉庫のようだが、それにしては物が少なく、奥に大きな木箱が一つあるだけだ。
ビスタは私を見て、悔しそうな顔をして手を降ろし、その場に膝を衝いた。
「……魔王様に攻撃を仕掛けたこと、深くお詫び申し上げます。ですが、どうか、どうかこの塔だけはお見逃しください。僕はどうなっても構いません」
震えている。何を恐れているのか。
ビスタは、見た目は少年だが古代種で私より長寿だ。
これまで、私とはあまり目を合わせようとしないところは他の魔族と同じだったが、それでもこれほど露骨に畏怖する様子を見たのは初めてだ。
「見逃せというのなら、まずは説明しろ。この遺跡と塔と、お前の関係を」
そう促すと、ビスタは小さく頷いて口を開いた。
「はい……ここは、人間の間で噂される伝説の魔法都市レジアスに相違ありません。千五百年程前、大魔法使いソアラ様によって創られました」
「千五百年前……」
レオンが驚いた様子で繰り返す。
「お前がそれを知る理由は?」
「……私は、ソアラ様の弟子なのです」
「ええっ! 大魔法使いソアラの弟子っ?」
レオンが声を上げる。
生没年不詳の伝説の魔法使いが実在したというだけでも驚きなのに、会ったことがある人物が目の前にいるとなると信じ難いのは当然だ。
「お前、それほど長寿だったのか……」
私でさえ、生きた年数は五百年に満たない。
それよりもはるかに長い時を生きていたことは驚きだ。
「……ソアラ様は、魔法学の発展は世界平和に役立つと信じておられました。そのために、魔法学の礎となるべくこの都市を築いたのです」
「この雪深い山を選んだ理由は?」
「千五百年前は、この山はそれほど雪深くありませんでした……レジアスが封印されることになり、人間を近づけさせないために、封印結界だけでは不足だと、この山にも吹雪が続くように魔法を掛けたのです」
「……ふむ。では何故、魔法学の発展のために創られたはずのレジアスは封印されるような事態になったのだ?」
私が尋ねると、ビスタがぐっと拳を握り締めた。
「欲深い人間共のせいです……時の国王が、ソアラ様の力に目を付け、戦争に利用しようと何度もこの都市に兵を派遣してきました……当然、ソアラ様はそれを断り続けましたが、ある時、都市に住む魔法使いの子供が、兵に殺されてしまったのです」
「っ!」
レオンが顔を歪ませる。
私は無言で続きを促すと、ビスタは歯を食いしばりながら続けた。
「ソアラ様は心を痛めました。当然です。世界平和の礎となるために創ったはずのこの都市で、何の罪もない子供が殺されたのですから……自分の魔法の力のせいだと己を責めたソアラ様は、己の命を代償とした封印魔法でこの都市を封じたのです」
「……なるほど。それでソアラは死んだと」
レオンから聞いた伝説では、都市は最後まで人間の手に落ちることはなかったが、己の死期を悟ったソアラが、死後にレジアスが人間に狙われることを心配して封じた、とされていて、ソアラがなぜ死んだのかはわからなかった。実際には封印のために命を投げ打ったのか。
それであの強固な結界が張られ、今日に至るまで発見されなかったのか。
「……はい……私を含めた弟子全員が止めましたが、それも虚しく……レジアスに封印結界が張られたのを見て、弟子は全員でこのガイア山脈に吹雪を呼ぶ魔法をかけました」
「……お前がやたらと人間を嫌う理由が、ようやくわかった気がするな」
思わず嘆息する。
長い付き合いだが、ビスタが感情を露わにするところなど見たことがない。
それが、千五百年前のことを語りながら、身を震わせるほどに怒りを露わにしている。
よほど、師である大魔法使いソアラのことを慕っていたと見える。
と、私の隣でレオンが涙を流していた。
「辛かったんだなぁ……ビスタ殿……尊敬する師匠を失って、師匠との思い出が詰まった大事な町まで封印されて、うっ……」
レオンはどうやら感受性が高いらしい。
ぽたぽたと涙を流しては手の甲で乱暴にそれを拭う。
「ごめんなぁ。俺たち人間が愚かにも戦争を繰り返してばかりで……平和を願う純粋な魔法使いたちを追い詰めてしまったなんて……」
「泣くな。レオンのせいではない」
そう言ってレオンの肩を叩く。
ビスタも、憎んでいた人間が涙しながら謝罪の言葉を述べている様に、何とも言えない顔をしている。
「……で、レジアスが封じられた経緯はわかったが、お前はここで何をしていた?」
「……ここはソアラ様が万一に備えてお創りになった倉庫です。ここに、ソアラ様の魔法の神髄たる魔法書が保管されているのです」
「……それを私が読むことに、何か問題が?」
私が問うと、ビスタは瞑目した。
「ソアラ様は、『世界の平和を乱すことになるならば、何人たりともこの封印を暴くことを許さない』と仰いました……私は、そのお言葉を、ソアラ様の願いを、守りたいのです」
「……世界の平和を乱すつもりなど、私にはないが?」
「……え?」
きょとんとするビスタに、私は深々と溜め息を吐いた。
「お前、何年私に仕えているのだ……私が一度でも、他国へ侵略する行為をしたことがあったか? 降り掛かる火の粉は幾度となく払ったが、自ら他国へ戦争を仕掛けたことなど、一度もないぞ」
「それは、そうですが……しかし、魔王様が封印を解いたことで、他の者がこの魔法書に辿り着き、その者がソアラ様の魔法を利用しないとは限りません……」
苦渋の決断とでも言いたげな顔で絞り出すビスタ。
私は「ふむ」と呟いた。
「お前、存外に頭が固いな」
「へ?」
「私がここの魔法書を読んだ後、再びこの部屋を封じれば問題あるまい?」
「え、ですが、今回の調査隊や、あの人間の魔法使いは……」
「町の調査だけならばお前とて文句は言わんのだろう? この部屋のことは、私とレオンとお前だけの秘密にしてやると言っている」
私がそう言うと、ビスタは今にも泣きそうに顔を歪めた。
「無論、ここで得た知識を戦争になど使わんと約束してやる。それで良いか?」
「ありがとうございます……っ! 魔王様……っ!」
「それより、入口を隠さんとな。調査隊がここへ来るのも時間の問題だ」
私は入り口に向けて右手を掲げた。
「施錠魔法」
唱えた刹那、塔の入り口と隠し部屋の入り口が元通りに閉まり、がしゃんと音を立てて鍵が閉められたのだった。
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