壱:勇者視点
俺はレオンハルト・セルシオ。貧しい村の生まれだけど、ある日突然勇者スキルが目覚めたおかげで、勇者として魔王討伐に乗り出すことになった。歳は二十歳。
勇者として旅をする中で、実感したことがある。
それは、勇者はモテる、ということだ。
勇者という肩書きに加え、運がいいことに俺の顔は女ウケのいい種類だったようで、どこの町や村に立ち寄っても、若くて可愛い女の子がきゃーきゃー言いながら話しかけてくるんだ。
魔王討伐隊の聖女や獣人の女戦士、エルフの弓使いでさえ、俺の前じゃ女の顔になる。
据え膳食わぬは男の恥。
旅が始まった当初、俺は手当たり次第手を出しまくった。
しかしそんな俺の前に、彼女は突然現れた。
魔王討伐隊として王都から旅立って少しした頃、魔法都市ブレビスに立ち寄った時だ。
「貴方が噂の勇者様?」
突然出てきた、太陽の光に輝く銀髪、淡い翠の瞳の若い女。
服装から魔法使いと思われたが、そんなことよりも、真っ直ぐに俺を射抜いた強い眼差しに、俺は心を奪われた。
人生初の一目惚れってやつだった。
「私はフィーネ・カルディナ。魔王討伐隊に私を加えてほしいの!」
一目惚れした相手からの願ってもない要望に、俺は即答で頷こうとしたが、エルフの弓使いリセリア・サイノスが実力を見せてみろと言い、彼女とフィーネが手合わせすることになった。
リセリアは年齢不詳のエルフで、見た目は二十代半ばくらいの、金髪に深い緑の瞳を有した美女だ。弓が得意で百発百中だが、魔法もそれなりに使える。
そもそもの話だが、エルフの大部分は人間より魔力が強い。長命種は魔力を強化する時間がたっぷりあるからだ。
彼女曰く、弓使いの自分より弱い魔法使いは要らない、ということらしい。
そして結果は、フィーネの勝利。
含有している魔力の量はリセリアとほぼ同等だったが、洗練された魔法の攻撃に、リセリアは体勢を崩され、あっという間に拘束されてしまったのだ。
「……貴方の討伐隊入りを認めるわ」
少しだけ悔しそうにしながら、フィーネを認めたリセリア。
「その権限って、勇者の俺にあるんじゃないの?」という俺の呟きは黙殺され、フィーネの仲間入りが決まった。
勿論、彼女に一目惚れした俺は、内心で彼女の仲間入りに歓喜した。
そしてそれ以来、手当たり次第に女を口説くのはやめた。
ーーーーーという話を、俺の姿をしたヴェンデルに聞かせた。
現在、魔王城の大広間で停戦記念の懇親会と銘打った宴が行われている。
その最中、魔王ヴェンデルの案内で会場を抜け出し、バルコニーに出て来たのだ。
入れ替わっている間、なんとかやり過ごすために互いの身の上や周囲との関係を教え合っておこうということになったのである。
「……ふむ、つまり、お前とフィーネという魔法使いの女は恋仲だったということか?」
真面目な俺の顔でずばり尋ねられて、俺は思わず項垂れた。
「いや、それがさ……他の女には通じる口説き文句が、フィーネにはことごとく通用しなくてさ……魔王城に攻め入る直前に『魔王討伐できたら結婚してくれ』って求婚までしたのに『それとこれとは話が別』って言われてさぁ……」
話してて悲しくなる。
と、ヴェンデルは俺の肩を叩いた。
「そうか、それはなんというか……辛かったな」
「お前、魔王なのに優しいんだな」
俺の言葉に、ヴェンデルが目を瞬く。
「そう、か……? 優しいなど、初めて言われたな……」
「そうなのか?」
「ああ……魔王など、恐れられるだけの存在だからな」
ヴェンデルは少し寂しそうに笑う。
「……魔王って、生まれた時から決まってるんだっけ?」
「ああ。魔王スキルを有していたら魔王となるからな」
「はは、勇者と同じじゃん」
俺も、勇者スキルが覚醒したことで勇者になる以外の道はなくなった。
まぁ、勇者スキルは同時に複数人に発現することもあるから、世界でたった一人だけという訳ではないんだけど、俺と同時期にスキルが発現した奴の話は聞いたことがないから、実質今は俺が唯一の勇者だ。
「私たちはどうやら、背負っている運命も似ていたようだな」
ヴェンデルは、ふっと表情を緩める。まぁ、俺の顔なんだけど。
「変なの。さっきまで殺し合ってたはずなのにな」
「そもそも、何故人間はこうも私たち魔族を目の敵にして討伐にやってくるんだ?」
本気で怪訝そうに尋ねてくるヴェンデルに、俺の方が思わず首を傾げてしまった。
「何を言ってるんだ? 魔族が俺たちの国に入ってきて、町や村を襲うからだろう?」
「何? 魔族は基本的にこの魔国を出ることはないぞ? 出られないことはないが、魔族が主食としている月魄茸は魔国でしか栽培できんからな。魔族は国外では長期間生きられんのだ」
「月魄茸って?」
「魔国の霧深い山間に自生する発光性の茸のことだ。月光と魔素を吸収して育ち、満月の夜にだけ採取可能でな。魔族にとっては命を支える主食だが、人間にとっては幻覚性と中毒性を持つ危険食材でもある」
つらつらと説明するヴェンデルに、俺はただ呆気に取られてしまった。
「魔族の主食って、茸なのか……?」
意外すぎる。てっきり魔族は人間を主食にでもしているのかと思っていた。
まさか。魔族がベジタリアンだったなんて、微塵も想像していなかった。
そう思ったのが顔に出たのか、ヴェンデルは不愉快そうに眉を顰めた。
「魔族は美食な一族だ。念のために言っておくが、魔族は人間どころか生き物の肉すら食わんぞ。ああ、魔物は人間を襲って喰うがな。そこが魔族と魔物の大きな違いの一つだ」
「あー、そっか、魔物と魔族は別物なんだもんな……俺たち人間の間じゃあ、それも最近まで知られてなかったけど」
「何? 我々誇り高き魔族と、知能すら持たない魔物を一緒にするとは失礼な話だな」
心底嫌そうな顔をするヴェンデルに、俺は苦笑して頬を掻く。
「あはは、なんかごめんな」
「いや、私たち魔族も、人間とはただの蛮族だと思っていた……宴の様子を見るに、そうでもないらしい」
バルコニーから広間の様子を一瞥して、ヴェンデルが僅かに目を細くする。
広間では、俺の仲間たちが遠慮がちに食事に手をつけている。
もちろん、魔王城で作られる料理は魔族向けなので、俺たちの分の料理は厨房を借りて、フィーネやリセリアが用意していた。
「……もしかしたら、人間と魔族の争いって、誤解だらけなのかもしれないな」
「ああ、そうかもな……」
俺とヴェンデルは顔を見合わせて小さく笑うと、次はヴェンデルが身の上話を始めたのだった。