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勇者と魔王が入れ替わったら世界が平和になった件  作者: 雪途 かす
第二章 古代の遺跡

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陸:勇者視点

 転移した直後の俺を襲ったのは、ごうごうと吹き荒ぶ猛烈な風と、叩きつけるような雪と氷の粒。


「いだだだっ!」

「……大丈夫か? レオン」


 俺よりはるかに薄着をしているヴェルが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 ヴェルとイーダに勧められるがまま、分厚い毛皮のコートやらブーツやらを着込んだが、それでもかなり寒い。いや、寒いどころか猛烈な吹雪のせいで、フードを目深に被っていても顔が痛い。


「だ、だい、じょ、ぶ……」


 震えながら隣を見ると、同じく厚着をしているフィーネが凍っていた。


「わぁっ! フィーネっ! 大丈夫か!」


 俺が慌てると、ヴェルの隣でイーダが小さく嘆息して結界魔法を展開した。


 刹那、俺達の周りだけ吹雪が止み、ほわんと暖かい空気で満たされる。


「あ、ありがとう……」

「いえ。これだけの吹雪になりますと、私の結界魔法もあまり長時間は維持できませんので、遺跡へ移動して拠点を築くまでは、どうにか我慢していただくしかありませんが、大丈夫ですか?」


 イーダが申し訳なさそうに告げると、犬のように頭を振って氷を払い落したフィーネがぐっと拳を握り締めた。


「大丈夫ですっ! あまりの吹雪に一瞬で凍ってしまいましたが、魔法を発動させる猶予さえもらえれば、私も結界を張れますから!」

「そうですか、では準備が出来たら声をかけてください。私の結界を解除しますので」


 頷くと、フィーネが俺を振り返った。


「レオンも私の結界に入る? 人間は私たちだけだし、いくらレオンでも寒いでしょう?」

「あ、ああ、頼……」


 む、と言い終えるより早く、むすっとした顔のヴェルに腕を引かれた。

 厚着に加えてヴェルも極厚の手袋を着けているので、肌の接触はない。それでも、急なことに俺の心臓が跳ねる。


「レオンは私の結界に入れ」

「ヴェル? ヴェルは別に結界張らなくても大丈夫なんじゃ……」

「レオンが寒いなら、結界などいくらでも張ってやる」

 

 言うが早いか、ヴェルは小さく呪文を唱えて結界を生成した。

 結界の範囲は狭く、俺とヴェルの二人だけを取り囲んでいる。


「行くぞ」


 俺の手を掴んで、ヴェルはずんずんと吹雪の中歩みを進める。

 他の調査隊の魔族も寒さに強いらしく、それなりの厚着だけで雪深い山を難なく進んでいく。

 それを見て、やはり魔族は身体が強いんだな、と感心する。


「……ヴェル?」

「レオンは、やはりフィーネの結界が良かったか?」

「え?」

「いや、何でもない」


 ヴェルは不愉快そうな顔のまま、しかし俺の手を放すことはなかった。


 手袋越しにでも、手の温かさが伝わってくる。

 それが、妙にくすぐったい。


「……その遺跡まではどのくらいかかるんだ?」

「転移ポータルの設置場所からは小一時間歩くそうだ。転移ポータルは適度な広さと平坦な地面ないと設置できないからな。遺跡の手前までは険しい山道で、あの場所が限界だったらしい」

「遺跡の中には設置できなかったのか?」

「ああ、遺跡自体に強大な結界魔法が掛けられていて、先遣隊では遺跡の中に入れなかったそうだ」


 そうか、だからヴェルが行くのか。

 魔王軍四天王のビスタも様々な魔法に精通しているらしいが、強大な結界魔法を解くには、強大な魔法使いが挑むのが一番手っ取り早い。

 今この世界で、もっとも強大な魔法使いはヴェンデルに違いない。


 結界に守られたまま雪の中を進み、やがて吹雪で遮られた視界の向こうに、ぼんやりと何かが見えてきた。

 結界特有の魔力のふちだ。


「あれだ」


 ヴェルに手を引かれたまま、そこから十分ほど歩みを進めると、それの目の前に到着した。


 不思議な光景だった。

 周りは雪深く、俺の背丈以上に積もっているのに、結界の中は一切雪が積もっていない。

 中は石造りの建物が続く町並みが広がっていて、奥には高い塔が見える。ここからでは全貌は掴めないが、町はそれなりに広そうだ。


「……そんなに古くはなさそうだけど……」


 建物が劣化している様子は見えない。結界に守られているからだろうか。


「この結界に封印の効果も付与されているとしたら、中は時間が止まっている状態だからな……」


 言いながら、ヴェルがそっと結界に触れようと手を伸ばす。

 その時、ヴェルの前にひらりとビスタが割り込んだ。


「魔王様、迂闊に触れては危険です」

「む、そうか」


 ヴェルが手を引っ込める。

 ビスタは遺跡を一瞥して、何か思うように目を細めた。


「……かなり強力な結界です。解析して中に入れるまで、かなりの時間を要するかと」

「破壊はできないのか?」

「こんな吹雪の中で結界を破壊すれば、遺跡もただではすみませんよ」

「遺跡を別の結界で覆って吹雪が届かないようにしてから、この結界を破壊したら?」


 思わず横から口を挟むと、ビスタは少々嫌そうな顔をした。


「……強大な結界を破壊できるほどの攻撃性の高い魔法を打ち込めば、どれだけ遺跡に被害が出るかもわかりません。これほど古く貴重な遺跡が傷つく可能性が少しでもあるなら、乱暴な手段は取れません」


 それはそうか。

 だが何だろう。妙に、ビスタが遺跡の結界を解くのに後ろ向きなように見える。


 ビスタは魔族の中でも、ヴェンデル以上に長寿の古代種で、知識量は魔族随一だという。

 そんな彼にとって、未発見の遺跡の調査は魅力的ではないのだろうか。フィーネのように大興奮で前のめりになって挑みそうなものだが、そこは人間と魔族で感覚が異なるのだろうか。


 まぁ、魔族は伝説の魔法都市の存在を知らなかったみたいだし、それほど興奮することでもないのか。

 フィーネが大興奮なのは、この遺跡が伝説の魔法都市レジアスである可能性があるからだ。

 ディヴェサグロ王国の人間なら子供の頃に何度も聞いて育つ伝説だ。その遺跡の発掘に携われるとなれば、魔法使いなら目の色を変えるのは理解できる。


 と、俺の後ろをイーダと並んでついてきていたフィーネが、遺跡の結界を見て目を瞠った。


「これは……! なんて美しい結界……! こんな結界を張れる魔法使いは、少なくともディヴェサグロ王国にはいないわ……!」


 そうなのか。結界の良し悪しは俺にはよくわからない。

 目の前の結界が強固であることは何となくわかるが。


「そんなに凄いのか?」

「強固な結界を張るだけなら私にもできるけど、これほど広大な範囲を、長期間守り続ける結界を張るなんて普通の人間では無理よ……」


 フィーネの言葉を聞いたビスタが頷く。


「ええ、これほどの精度の封印結界を維持するとなると、相当膨大な魔力が必要になります。千年以上維持し続けるなど、普通の人間はおろか、数百年生きている長寿種の魔族でも無理でしょうね」

「……では、どうやってこの結界を維持しているとお考えですか?」

「……おそらくですが、魔力を溜め込む装置、または巨大な魔石を使用しているかと」


 ビスタがその青みがかった黒の瞳を剣呑に細める。


「……まぁ、いずれにしても入らないことには何もわからんな」


 ヴェルが肩を竦めると、右手を結界に翳した。


「……ふむ、相当に緻密な結界ではあるが……解けないことはなさそうだ」

「本当ですかっ?」


 フィーネがぱっと顔を上げる。

 その隣で、ビスタも驚いた顔をし、それから妙に慌てた様子で口を開いた。


「しかし! この状況で結界を解けば、吹雪が……」

「全てを解く必要はない。入り口だけこじ開ければ良い話だろう?」


 言うが早いか、ヴェルはぶつぶつと何かを唱えた。

 刹那、遺跡を囲む結界の、ほんの一部だけが切り取られたように結界が途切れた。


「っ!」

「すごい……!」

「流石は魔王様」


 絶句するビスタと、感嘆した様子のフィーネ、したり顔で頷くイーダ。


「問題ないな。入るぞ」


 ヴェルに続いて、俺達は遺跡の中に足を踏み入れるのだった。

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