終:始まる未来
ヴェンデルとレオンハルトが魔王城に戻ると、イーダが慌てた様子で走ってきた。
「魔王様! 転移魔法で一体どちらにっ? せめて行き先くらい残して行ってください! 何かあったのかと……!」
珍しく怒っている様子の彼女に、ヴェンデルは少々申し訳なさそうにしつつ、ことの次第を説明した。
「勇者殿を、伴侶に? それは本当ですか?」
「ああ、本当だ」
女の姿で頷くヴェンデルと、その隣で困ったように笑うレオンハルトを交互に見て、イーダは複雑そうな表情を浮かべたが、しかしすぐに安堵したように微笑んだ。
「……魔王様が自らお決めになられたことであれば、私から申し上げることはありません」
そう答えた後、彼女はレオンハルトに向き直る。
「勇者殿、どうか魔王様をよろしくお願いいたします」
「ああ……って、随分あっさり認めてくれるんだな」
「魔族の幹部から反対意見は出るでしょうけれど、魔王様ご自身が決めたことに実際に意見できる者は、結局おりませんから……それに、私は魔王様が勇者殿と楽しそうに話されているのを見て、魔王様の隣に立てるのは勇者殿しかいないと思いましたので、反対なんてしませんよ」
そう言われてしまうと、何だかくすぐったい気持ちになるレオンハルトである。
「……まぁ良い。結婚式はこちらで盛大に行うから、計画を頼む。レオンハルトの要望はできうる限り聞いてやれ。良いな?」
「承知いたしました」
イーダは一礼し、慌ただしく下がっていく。
その後ろ姿では心なしか楽しそうである。
「……さて、レオンハルト、これから忙しくなるぞ」
「わかってるよ」
「……ん?」
レオンハルトが頷いた直後、二人は同時に眉を顰めて振り返った。
突然、妙な気配を感じたのだ。
「氷刃魔法!」
ヴェンデルが唱えた直後、氷の刃が顕現し、柱の影に向かって飛んでいった。
「っ!」
レオンハルトが目を瞠る。
影の中から、魔物と思われる何かが這い出てきたのだ。ヴェンデルの放った氷の刃が背中を貫いていて、じたばたともがいている。
「同じニオイがするな……フィーネを狙った者と同じか」
ヴェンデルは目を細め、右手を掲げた。
そして呪文を唱えるでもなく、ぐっと握る。
「捉えた」
その右手をぐっと引くと、何もなかった虚空から、一人の女が転げ出てきた。
「マリーっ?」
レオンハルトが驚いた声を上げる。
出てきたのは、魔王討伐の旅にも同行していた聖女マリーだったのだ。
彼女は身動きが取れないらしく、魔王城の床に押さえつけられるようにしながらレオンハルトを見上げた。
「れ、レオンっ! 助けてくださいっ! 魔王が、急に私を……!」
涙ながらに助けを求めるマリーに、レオンハルトが戸惑いながらヴェンデルを見る。
ヴェンデルは冷たくて言い放った。
「レオンハルト、騙されるな。あの魔物からは、先日フィーネに差し向けられた魔物と同じ気配がした。その魔力を辿ったらこれに繋がった。フィーネを暗殺しようとしたのは間違いなくコイツだ」
「え、そんな、まさか……マリーが、そんなことする訳……だって、マリーは聖女で……」
彼はおろおろとしながらヴェンデルとマリーを見比べる。
「レオンっ! 仲間である私と魔王、どちらを信じるつもりですか!」
その言葉に、レオンハルトは一瞬言葉を詰まらせたが、しかしすぐに首を横に振る。
「……や、でも、ヴェンデルはそんなことで嘘なんかつかないし……」
それはこの短期間で、レオンハルトが気付いたことだった。
ヴェンデルは時に残虐さを見せることもあるが、それはあくまで魔王として必要がある場合のみだということ。そして、己に正直で、決して偽りを口にしないということ。
よくよく考えてみたら、魔王はその強さ故に、何を言っても仲間の魔族たちから全肯定されるのだから、嘘を吐く必要が全くないのだ。
しかも、魔王の強さは人間とは桁が違う。騙し討ちのようなことをしなくても、正面からぶつかってぶちのめすことができるだけの強さを有している。
実際、魔王討伐のために魔王城足を踏み入れた後、魔王による罠や騙し討ちなどは一切なく、玉座の間で対峙した。ヴェンデル程の力があったなら、不意打ちを食らわせて勇者一行を葬ることもできただろうに。
「レオン……! 私を、信じてくれないの……?」
涙に濡れる瞳でレオンハルトを見上げるマリー。
レオンハルトが答えられないでいると、愕然と目を見開いた。
「……そう……フィーネがレオンに気がない以上、魔王を殺せば、今度こそレオンは私のものになると思ったのに……」
昏い瞳で呟くマリー。
「お前如きに私が倒せると、本気で思っているのか?」
不愉快そうに眉を顰めたヴェンデルに、マリーは魔力を放出した。
「私はっ! 聖女なのよっ! 魔族になど負けはしないわっ!」
清廉な魔力が渦を巻いてヴェンデルに襲いかかる。
が、ヴェンデルはそれを軽く手を払っただけで消し去ってしまった。
「……この程度では、私の側近にさえ及ばんぞ」
嘆息し、ヴェンデルは手下を呼びつけ、マリーを拘束するように命じた。
「後ほど人間の国王に引き渡すが、協定を結んだ国の王に手を出したこと、罪は重いぞ」
ヴェンデルの言葉にマリーは押し黙り、レオンハルトも痛ましげな顔をする。
「……お前を伴侶とするということは、こういう輩から狙われる可能性も出てくるということなのだな」
妙に感慨深げに呟いたヴェンデルに、レオンハルトは申し訳なさそうな顔をする。
「……ごめんな。俺のせいで……」
「構わん。そもそも、魔王というだけで人間からは命を狙われてきた。今更それが多少増えたところで大差ない……まぁ、強いて言うなれば、今後は手あたり次第に女を口説くのは辞めるんだな」
「ああ。わかっている……」
聖女スキルを早くに覚醒させたマリーは、幼い頃から神殿で育ち、自然な成り行きで魔王討伐の旅に参加することになった。
それまで若い男と接する機会が無かった彼女が、息をするように誉めそやしてくるレオンハルトに恋をするまでに、時間はかからなかった。
遅い初恋は、彼女の心を焦がした。
そして後から加わったフィーネにレオンハルトが心を奪われ、求婚したことで、遂に心を狂わせてしまったのだ。
そんなことを考えて視線を落としていたレオンハルトは、ヴェンデルがじっと見つめてきていることに気付いて目を瞬いた。
「……どうした?」
「素直に頷くのだなと感心しただけだ。まぁ、悪くないぞ」
女の姿で何やら悪戯な笑みを浮かべるヴェンデル。
レオンハルトの腰に手を回すと、彼の頬にそっと口づけた。
「えっ! な……!」
驚いて頬を紅くするレオンハルトに、ヴェンデルは楽しそうな顔をする。
「私の伴侶は可愛らしいな」
「け、結婚は、王女が諦めるまでの偽装じゃ……」
「私がレオンハルト気に入ったのは事実だ。真の伴侶となっても構わんぞ?」
「で、でも……」
何と言ったらいいか答えあぐねるレオンハルトに、ヴェンデルは指を鳴らして男の姿に戻る。
「それとも、こちらの姿で、私に抱かれる方を望むか?」
ひゅっと息を呑むレオンハルト。
ヴェンデルはくつくつと笑って再び女の姿に戻る。
「冗談だ……だが、お前が抱きたいと言うなら、この姿で抱かれてやってもいいぞ?」
挑発的な深紅の瞳に射抜かれたレオンハルトが両手で顔を覆って天を仰ぐ。
「……あんまり、俺を誘惑しないでくれ」
「何を言う。気に入った相手は誘惑するものだろう?」
人間とは異なる理で行動する魔王に、レオンハルトは完全に翻弄されている。
しかしそれさえ悪くないと思い始めていて、自分でも知らないうちにヴェンデルのペースに巻き込まれているのだった。
まだ偽装のためではあるが、仮初の伴侶となったこの二人がどうなるのかは、まだ誰も知らない。
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