拾:魔王視点
私がディヴェサグロ王国の国王宛に手紙を飛ばしてから、数刻も経たぬうちに返事が届いた。
要約すると、その提案はとても魅力的であるが、勇者本人は仲間の魔法使いフィーネに求婚をしたばかりだということ、フィーネがそれを了承していたのだとしたら、婚約が成立した二人を引き離すことは流石にできない、という内容だった。
つまり、フィーネが求婚を蹴っていて、レオンハルトが私との結婚を了承しているのならば問題ないということである。
返事を書こうとした矢先、フィーネがレオンハルトを呼びに私の執務室へやって来た。
何やら緊急の用事で国王に招請された、ということだったが、十中八九、私の提案の件であろう。
丁度いいタイミングだと思った私は一旦男の姿に戻り、レオンハルトに執務室の扉を開けてフィーネを迎え入れるよう促した。
緊張した面持ちで入って来たフィーネに、自分も同行する旨を伝え、返答を聞くより早く、二人を伴って転移魔法を発動させる。
転移先はディヴェサグロ王国の王都の前。
王都自体には強力な結界が張られているため、無理矢理入れば結界を破壊することになってしまい外交上よろしくない。
城壁に囲われた王都の正面門の前に転移したのは私なりの配慮である。
「王都の前……? 魔王陛下、どういうことですか?」
「丁度私も、お前たちの国王に用があっただけだ」
しかし、突然勇者と魔法使いを伴って現れた私を見た門番が、大慌てで引っ込んでしまったのを見て、判断を誤ったと悟る。
確かにこの光景は、私が勇者と魔法使いを人質に悪い交渉でもしに来たかのように取られても仕方がない。
が、そこはフィーネがすぐに事情を説明して国王に私が来たことを報告するよう伝えてくれた。
すぐに国王の側近だという男と、王室付き魔法使いが文字通り飛んできて、私達を玉座へと案内すると言った。
彼らについて玉座の間に入ると、国王とカサンドラ王女が並び立っていて、私たちを出迎えた。
「これはこれは、魔王殿、ようこそおいでくださいました」
「いや、突然の訪問失礼した。手紙の返事を認めようとしたところで、二人が緊急招集を受けたと言うので、私も同行した方が話が早いと思ってな」
私の言葉に、フィーネが首を傾げる。
彼女は、私が国王に送った手紙の内容を知らないのだ。
「……ふむ、それはそうだな……では、率直に当事者らから聞くとしよう」
国王は頷くと、レオンハルトとフィーネを見た。
「魔法使いフィーネ・カルディナ、勇者レオンハルトからの求婚は、受けるのか?」
「……大変恐縮ではございますが、私には心に決めたひとがおりますので」
フィーネがそう答えた時、レオンハルトは唇を噛んで視線を落とした。
彼女がそう答えるであろうことはわかっていたはずだが、苦しそうで歯痒い。
「そうか……では、レオンハルト、魔王殿からの提案については、お主も聞いておるか?」
「……はい、伺っております」
「魔王の伴侶となること、お主は了承するか?」
国王の質問に、フィーネがレオンハルトと私を交互に振り返る。
そして、国王の隣にいたカサンドラ王女も、ここで初めて私の提案を聞いたらしく、心底驚いた顔で私とレオンハルトを見た。
「……それが、我がディヴェサグロ王国と魔国との友好の象徴、ひいては両国の架け橋となるのであれば、謹んでお受けする所存です」
レオンハルトが一礼したので、国王は頷いてから王女を振り返った。
「……そういう訳だ。良いな?」
王女はぱくぱくと口を開き、言葉を探している様子だった。
「……魔王、様は、殿方がお好きですの……? レオンハルト様も、実は殿方が……?」
ようやく絞り出したように尋ねてきた内容に、私は目を瞬いた。
そうか、王女もまた、魔王について何も知らんのだな。
「魔王は性別が定まっていない。伴侶となる相手が男であろうと女であろうと、何も問題はないのだよ」
「性別が、定まっていない……?」
「ああ、この姿は三つのうちの一つでな。女になることもできる。どれも私の姿なのだ。それ故、適宜都合の良い姿を使うことにしている」
私の説明に、王女は意味が解らないと露骨に顔に出している。
まぁ、この王女の理解は求めていないので、まったく構わないのだが、この姿のまま勇者を娶るというと、レオンハルトの面子も立たなくなってしまうかもしれない。
私は指を鳴らし、女の姿になる。
私の姿を見た国王、王女、フィーネが愕然とする中、私はわざとらしくレオンハルトと腕を絡めた。
「……では、交渉成立ということで、勇者レオンハルト・セルシオは、私が貰い受ける。結婚式は、魔王城の修繕が完了次第、魔王城で執り行うこととするので、詳細は追って連絡しよう……それで構わんか?」
「え、ええ、勿論です」
「うむ。では、婚約成立だな。約束の魔鉱石は、早急に届けさせるとしよう」
ぽかんとした国王が頷いたので、私はフィーネを振り返った。
「……そういう訳だ。私はレオンハルトを伴侶に選んだ。それが答えだ」
私がそう告げると、彼女は泣きそうな顔をして俯いた。
そんな顔をされたとて、実際のところ、フィーネを娶る気にはなれないのも事実。
それを考えると、私がレオンハルトを気に入っているのは存外嘘でも誇張でもないのだと思い知る。
魔王は本来、他者にあまり執着しない。
他者に執着するということは同時に魔王にとっての弱点となり、残虐なはずの魔王に弱点ができれば、魔国にとっても利とはならない。
だから魔王スキルを有する者は、あまり他者に執着しないようになっているとされている。
魔王は、常に完全無欠で無敵であることを求められているのだ。
とはいえ実際には感情がある。だが、残虐性も少なからずある。
例えば、魔王として必要があれば、私は容赦なく他者を屈服させたり命を奪うこともある。それに対して躊躇うこともない。
勇者一行が魔王城に攻めて来た時、私は間違いなく、全員を殺すつもりで戦いに応じた。
それが一転し、まさかその勇者を伴侶に迎えようなどと、偽装でもすることになるとは夢にも思わなかった。
だが、その予想外の事態さえ、妙に楽しんでいる自分がいる。
「帰るぞ」
「え、あ、うん」
戸惑いつつ頷くレオンハルトの腕を掴む。
玉座の間を出たところで、彼は私を見た。
「ヴェンデル、ありがとな」
「うん?」
「ヴェンデルのおかげで、あの王女との結婚を回避できた」
フィーネに求婚を断られたことで傷ついて落ち込んでいるはずなのに、レオンハルトは気丈にそう言って笑みを浮かべた。
まだ悲しみが消しきれていない、少し歪んだ微笑みだ。
それを見た瞬間、私の心の奥がぎゅっとなった気がした。
だが、それが何なのかわからない。
「私は私がしたいようにしたまでだ……それより、魔王城へ戻るぞ」
私は誤魔化すように早口で言い、転移魔法を展開したのだった。




