零:最終決戦のはずだったのに
凄まじく濃い魔力が充満する魔王城。
その玉座の間で、かつてない激闘が繰り広げられていた。
勇者一行が長い旅路を経た魔王城へ到達し、遂に、史上最強と謳われる魔王へ戦いを挑んだのだ。
「レオン! 今よ!」
勇者一行の魔法使い、フィーネが叫び、膨大な魔力を使った強化魔法を発動させる。
白銀の鎧を纏う勇者、レオンハルトはその効果を得て大きく跳躍し、魔王めがけて魔法を込めた剣を振り下ろした。
「無駄だ!」
魔王ヴェンデルは、右手を掲げて防御魔法を展開した。
強大な魔力同士がぶつかり、竜巻のような爆風を伴う大爆発を巻き起こした。
「わっ!」
「っ!」
勇者と魔王は共に爆風に巻き上げられ、渦を巻いた魔力によって振り回された後、共に玉座に叩きつけられてしまった。
「ぶっ!」
「ぐぇ!」
相当の衝撃に、身体が悲鳴を上げる。
しかし戦闘中の二人はさっと立ち上がり、再び身構える。
そして、相手を見て絶句した。
「……え、俺……?」
「……わ、私……?」
二人の声が揃う。
傍目から見たら、勇者レオンハルトの目の前にいるのは、艶やかな黒い長髪と深紅の瞳、頭に羊のように曲がった二本の黒い角を有した、筋骨隆々の大柄な男。
一方、魔王ヴェンデルの目の前にいるのは、白銀の鎧を纏った金髪碧眼の美青年。
何も変わらないはずだ。
しかし、彼らの目線では違った。
勇者レオンハルトの目にも、魔王ヴェンデルの目にも、自分自身の姿が見えていた。
「魔王! この俺に化けたのかっ?」
「勇者が私に化けるとは……!」
と、互いに吐き捨てた直後、声が己のものでないことに、同時に気づく。
「……は? ちょ、え?」
己の姿を見て、それまでの装備と異なることに気づいた二人は、再び互いの顔を見る。
「まさか……?」
「俺と魔王が……?」
「私と勇者が……?」
「入れ替わってるぅぅぅーっ?」
二人は愕然としつつ、相手と周囲を見比べる。
粉塵はまだ晴れず、仲間たちからは見えていない。
「えっ、ちょっと待って! これ、俺がお前倒したらどうなるんだっ?」
戸惑いながら、魔王の姿で叫ぶ勇者レオンハルト。
「そ、それは当然、魔王が勇者を倒したことになるな……」
「じゃあ、お前が俺を倒したら?」
「勇者が魔王を倒したことになる」
冷静に答えるのは、勇者の姿をした魔王ヴェンデル。
「絶対ダメだろ! そんなの! どうするんだよ! こんなの聞いてないぞっ!」
「それは私もだ。魔王と勇者との戦いは歴史上何度かあったようだが、中身が入れ替わるなんて聞いたこともない」
「……おい魔王、ここは一つ提案だが、休戦しないか?」
「そうだな。これではどちらが勝っても困る」
素早く停戦協定が結ばれた直後、声が響いた。
「魔王様! ご無事ですか!」
魔王の側近、イーダが風の魔法で爆風と共に舞い上がって視界を覆っていた粉塵を払い去る。
魔王と勇者は、顔を見合わせ、頷き合うと互いに引き攣った笑みを浮かべて仲間を振り返った。
「て、停戦協定が成立したぞ!」
勇者の姿をした魔王が宣言すると、双方の仲間たちが「えっ」とどよめいた。
「ゆ、勇者一行があまりに強く、殺すのは惜しいからな!」
「魔王も思った以上に強く、このままでは魔力切れで犠牲が多く出かねんからな!」
そう言い放った勇者の脇腹を、魔王が軽く肘でつつく。
「おい! 俺はそんな尊大な話し方はしないぞ!」
「貴様の話し方など知るか!」
こそこそと話す二人を見て、魔王の側近のイーダが怪訝そうに首を傾げる。
「魔王様、一体どうなさったのですか……?」
「お、俺はこの人間の勇者が気に入った! それだけだっ! きょ、今日は停戦協定を祝して宴にするぞっ! 皆、用意してくれ!」
ヴェンデルの顔でレオンハルトが言い放ち、隣にいたレオンハルトの姿をしたヴェンデルがぎょっとして振り返る。
「貴様っ! 何を勝手に……!」
抗議しようとした声は、宴と聞いた魔族による歓声で、すっかり掻き消されてしまったのだった。
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