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第8話 二度と忘れない

 「とうとう来たか……」


 エレールのもとに、魔物の群れがアランドラの目と鼻の先まで到達したとの一報が入った。


 「やるしかないのか……」


 覚悟を決めて立ち上がる。

 前提として、今のアランドラが保有している戦力は、冒険者ギルド所属の冒険者が約百人と街に常駐しているベルンハイムの兵士たちのみである。

 ベルンハイムの兵士とはいえ、本国に配置されているような騎士団とは違い、警備兵のような立ち位置の兵士にすぎず、戦力としては数段落ちるのは否めない。

 人数敵には五百人と冒険者よりははるかに多いが、強化された魔物の軍勢相手にどの程度立ち向かえるかは正直言って、疑問が残るレベルであった。


 頼みの綱のベルンハイム騎士団とギルドのイムル支部からの救援がくるまでは持ち堪えなければならないが……


 (この戦力では二時間も経たないうちに全滅するぞ!)


 その確率は限りなくゼロに近かった。


 だが、エレールたちは逃げ出すわけにはいかなかった。

 冒険者ギルドに所属した以上は、人々を守るためにあらゆる手段を尽くさなければならない。


 エレールもグライフも、もちろん他に冒険者たちも、その意志のもとに団結し、逃げ出そうとするものなど一人もいなかった。


 ◆◆◆◆


 

 その頃アランドラの街から西に三百メートル地点……

 目の前にアランドラを捉えた魔物たちの軍勢は、進軍の合図を心待ちにしながら待機していた。


 その上空で魔人たちが最後の確認を行っていた。


 「よし、それでは作戦通りに進めるぞ……アシュタリテ、今度はぬかるなよ?」

 「ああ、わかってる、あんなヘマは二度とせんさ」


 そう言いながらアシュタリテは、羽を広げて前線へ向かっていく。


 「ふふふ、これで準備は完了だ、さあ人間どもを皆殺しにしようじゃないか!皆のもの、進めぇ!」


 ザルガデウスの号令を皮切りに、魔物たちが一斉にアランドラの街へ向けて進撃を始める。


 ◆◆◆◆


 

 一気に突っ込んでくる三千体もの魔物を前にエレールたちは、顔を強張らせながら構える。


 「全員!手筈通りにいくぞぉ!まずは、遠距離攻撃部隊、構えろぉ!」


 エレールの指示で魔術師やアーチャーなどが一歩前進し攻撃の準備を行う。


 魔物たちは、我先にと突っ込んでくる。

 最前線は蟲や小悪魔などの、魔物が大半を占めるため、全く統制はされていない。

 その魔物たちを十分に引きつけた上で、戦争の火蓋が切って落とされた。


 「遠距離攻撃、放てぇ! 〈バーニングストーム〉!!!」


 エレールの号令と共に一斉に放たれる、遠距離魔法や弓での攻撃、あるものは広範囲に雷撃を放ち、あるものは弓のスキルを放つ。

 エレール自身も自らの〈炎魔法〉のなかで最大の威力を持つスキルを魔物たちに向かって全力で放った。


 幾重にも重ねられた攻撃は、確実に魔物群れの先頭に着弾し、大規模な爆発を起こす。

 目算で百匹程度は倒せただろうか、爆発四散した魔物たちの死体を踏み越えてすぐさま後続の魔物たちが進撃してくる。


 「よし!いくぞお前らぁ!」


 グライフが大声で檄を飛ばし、斧を振り回しながら魔物たちに突っ込んでいき、その後ろに冒険者たちが続いていく。


 魔物たちと冒険者たちが正面からぶつかり合い、血で血を洗う激戦が始まった。


 「〈ハードアックス〉!」


 グライフがスキルを使用し、目の前の魔蟲たちを次々と蹴散らしていく。


 「ギルドマスターに続けぇ!」


 更に、冒険者たちが各々の武器を使い、自分たちよりも遥かに多くの魔物たちに立ち向かっていく。

 勇敢な戦士たちの刃は、魔物たちを押し返し、戦況を優勢に進めたかに見えたが――


 「キシャァァァァ!!!」


 突如として出現した巨大な刃がグライフたちの行く手を阻んだ。


 「ぬぐぅ!こいつは他の魔物たちと格が違うぞ!気を付けろ!」


 その魔物は、巨大なカマキリの姿をしている。

 全身が真っ黒で目だけ真っ赤な光を放っている。


 ランクB ブラッディマンティス


 〈魔蟲の洞窟〉のダンジョンボスである。

 元々は、ランクCだったが、スケルトンエンペラーと同様に、ザルガデウスによって強化されている。

 戦況を優位に進めるために敢えて最前線に投入された、強力な刺客である。

 両手に備えた鋭利な鎌で冒険者たちを蹴散らそうと突っ込んでくる。

 グライフが何とかしのいでいるが、ランクCの彼には正直手の余る相手だ。


 「うぐぐ!このままでは持たない!」


 ブラッディマンティスの凄まじい斬撃に、押し切られそうになったその時――


 「ここは私が受け持ちます! 〈バーニングランス〉!」


 自らの槍に炎を纏わせたエレールが飛び込んできた。

 縦横無尽に槍を振り回し、ブラッディマンティスの体中を斬り刻む。

 スキル〈魔法槍(炎)〉により、強力な炎の力を宿した槍の攻撃により、見る見るダメージを受け劣勢になっていくブラッディマンティス――


 「このまま押し切る!」

 「させるかぁ!!!」


 そこに、剣を抜いたアシュタリテが突っ込んできた。


 「ぬう!何奴!?」

 「貴様の相手はこの私だ!死ねぇ!」


 アシュタリテの凄まじい速さの斬撃に咄嗟に応戦するエレール、両者の攻防は正に互角だったが……


 その間に自由になったブラッディマンティスが冒険者たちに襲い掛かる。


 「な!?待て、お前の相手はこっちだ!」

 「ふん、まずは私を倒してからにするんだな!」


 ブラッディマンティスを単独で抑え込めるのは、この場ではエレールのみだ。

 そのエレールをアシュタリテが抑え込んでしまえば、ブラッディマンティスを止められるものはいない。


 これがザルガデウスが考えた作戦である。

 そしてその作戦は、今まさに絶大な効果を発揮していた。


 「くそ!皆、下がれぇ!」


 エレールの叫びも虚しく、ブラッディマンティスの猛攻に総崩れになる冒険者たち、このままでは負ける……


 そこにいる誰もがそう感じ、絶望した瞬間――


 

 「――よし、まだやられてないな」


 完全なる劣勢の戦況に、自らの死を覚悟したエレールや冒険者たちの耳に突如として声が聞こえてくる。


 次の瞬間……目の前に青白い光が発生し視界全体が呑み込まれた。


 青白い光の中央には魔法陣――


 そしてその魔法陣の中央から、漆黒の炎が噴出し、ブラッディマンティスを包み込んだ。


 「キシャシャシャシャァァァ!!!」


 漆黒の炎はブラッディマンティスのみならず、その他の魔物たちを圧倒的火力で焼き尽くしていく。


 「エレール、グライフ、皆よくやった……」


 その凛とした声の主は、魔法陣の中央より突如現れた。


 「後は……まかせろ!!!」


 そう口にした彼の隣にはいつの間にか同じように佇む四人の姿があった……


 「さて、主よ、こいつら全員を蹴散らすのは少々骨が折れそうだなぁ」

 「ほう、さてはお主、びびっておるのか?我輩にとっては朝飯前だがなぁ」

 「まあまあ、皆さん仲良く協力体制でいきましょうよ!」

 「……俺一人で十分だがな……」



 頼もしい言葉を発しながら横一列に並ぶ彼らの姿を、その場にいたものは二度と忘れないだろう。





 冒険者たちを背にして並び立つ五人の誰よりも頼もしく神々しい姿を……


 

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