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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
蝶の章
8/42

遊歩

 日も高くなる頃、フィレナキート諸島で4番目に大きな面積を持つ七番島ザージュのナンティア市場は多くの島人と観光客で賑わう。農作物や花、香辛料などが色鮮やかに並び、日用品や装飾品など多くの露店が立ち並び活気に満ちていた。

本日は暦上の休日。島民は休日に買い物をする習慣があり業務中でも市場へ行くことを寛容されていた。平時より3割増しに露店の数が増えて軽食の香ばしい香りが漂っている。そこに飾り飴を片手に持った2人組が市場へ足を踏み入れると人々は好奇の視線を寄せてひときわざわめく。

 銀髪の神官と黒髪の魔女。お揃いの買い物籠を持って姉妹であるかのように仲良く歩いていた。2人はあちらこちらの露店を見回り、籠の中にはそれぞれの戦利品が入っている。


「お店、エリーさんひとりで大丈夫かなぁ。」


 路上に並べられたアクセサリーを眺めながらスイは呟いた。青い石のハングルと紫の石のハングルで数分悩んでいる。両方購入してもよいのだがどちらかは箪笥の肥やしになることは目に見えているため一つに絞っているのだ。


「エリーのことですからうまくやっていますわ。」


 己の瞳と同じ色を持つ宝石が使われたピアスを眺めながらしれっとミーネは答える。確かに店番などエリーにとっては苦でないだろう。スイが心配しているのは別のこと。


「サボってないかなぁ。」

「対策をしておきましたわ。」


 笑顔で言われたミーネの言葉に悪寒が走る。ただ笑っただけであるが恐ろしさを感じた。


「対策?」

「ここに来る前にしっかりと釘を刺しておきましたから。」


 ミーネはいったいどのような脅し文句で家の扉にエリー専用の鍵を掛けてきたのだろうか。

 傍から見れば決して怖くはないだろう。その様子は恋人同士が言葉を交わすようだったに違いない。しかし耳元に唇を寄せて口説くように吐息で囁いた言葉は聞けば誰もが鳥肌を立てる猛毒だったはずだ。


「ミーネちゃん、エリーさんに何言ったの?」

「あらやだ、公共の場では口にできませんわ。」


 茶目っ気を帯びた口調で言われてもスイが感じる恐怖は1ミクロンもそがれることは無かった。ミーネもミーネだがエリーもエリーだ。この2人の関係が不思議でならない。生活を共にしているがそこに甘い男女の関係があるかと問われれば微妙である。

 エリーは全身でミーネに愛を注いでいるかのように思えるが一線を引いているような節もあり、ミーネはエリーに対して辛辣だが絶対的な信頼を寄せていた。

 友人と呼ぶには距離が近く、恋人と呼ぶには糖度が感じられない。

 親友、夫婦、兄弟、親子。

 2人の関係を表す言葉がスイには見つけられない。


「ミーネちゃんってエリーさんのことどう思ってるの?」


 ちょっとした好奇心から、スイは思い切って聞いてみる。帝国軍に所属していた頃より行動を共にし、一つ屋根の下、暮らしているのだから少なからず好意的な感情はあるだろう。


「お慕いしておりますわ。この手で息の根を止めてしまいたい程に。」


 顔を赤らめたミーネから返された殺意的な発言にスイは足を止めた。エリーに対するミーネの普段の態度から冗談では済まされない可能性を考察した時点でスイの脳は思考を強制放棄する。


「そういえばアーシー君ってどんなだった?エリーさんの頼みで調べたんでしょ?」


 怖い考えをはぐらかそうとスイは話を逸らす。スイにできることとはある朝、エリーが惨殺死体で発見される事態が起こらないことを神様、海神様、お天道様に祈るみだ。


「たいした情報はつかめませんでしたわ。途中経過を知らせた後はもう調べなくてよいと言われまして。」

「面倒くさくなったんじゃないの?」

「そうでもなさそうですわ。何かあれば仰って下されば宜しいのに。」


 ミーネはエリーのことをよく理解している。エリーがミーネを連れてこの島に来たのは8年前。派遣された軍として2年間の任期を過ごし、帝国へ帰ることなく定住した。

 もう8年もエリーという人物を見てきたと言うのに性格も行動パターンも深いところは図りかねていた。島に来る以前の過去も素性も告げられていない。

 移住許可を出したスイですら何も知らないのだ。本人に聞こうにも検索するようで気が引ける。深い交友関係を築いている自覚はあるが、そだからこそ寂しさを感じてしまう。

 余談だがミーネに定住前の生活を聞いたときは身の上話が怪談へ切り替わり眠れぬ夜を過ごして以来聞いていない。

 彼女の穏やかな笑顔と静かな声量で淡々と語られた怪談は大人でも失禁の危機を伴うほど震え上がり呼吸も心拍数も乱す破壊力であったのだ。

 多少臆病な所もあるが決してスイは怪談が苦手なわけではない。幼いころは苦手であったが怖がるスイを面白がって周囲の者よりあらゆる怪談を聞かされる内に慣れてしまい、今では心霊スポットを真夜中に闊歩しても平然としているほどだ。

 そんな怪談に耐性のあるスイですらもう止めてと涙ながらに懇願するほど恐ろしかった。


「どうかしました?スイ。」


 気付くとミーネが心配そうに顔を覗き込んでいた。あろうことか会話の途中で普通に考え事をしていたのだ。慌てて笑顔を取り繕う。


「なんでもないよ。あ、いやちょっと怖い話を思い出しちゃって…。」

「そう。」


 おそらくミーネはスイのごまかしに気付いているだろう。しかしミーネは無理強いをすることはない。気遣いか、去る者は追わずの精神か。

 なんにせよいらない話を掘り返し再び怪談話が始まりでもしたら今日という日を平穏に過ごせない。スイは深追いしないミーネをありがたく思うのだった。


「さて、そろそろ帰りましょうか。」

「うん。」


 他愛もない話をしながら帰路に着いていると、ふいにミーネの雰囲気が変わった。表情も歩調も変わらない、とてもわずかな変動だった。


「どうかした?」

「あら、これと言ってなにもありませんわ。」


 不思議そうに笑うミーネにスイは唇を尖らせた。エリーならば必ず気づくが、その他の人間は誰一人として気づくことがないミーネの異変。


「ミーネちゃん。最近、エリーさんに似てきたね。」


 不本意な発言にミーネの表情は微笑んだまま数秒止まった。


「わたくしの何処がエリーと似てると仰るの?」

「隠し事するトコロが似てると仰るの。」


 見ていないようでスイは見ている。抜けているところもあるが鈍くはないのだ。申し訳なかったとミーネは反省し、苦笑しながら思いついた言い訳を切り出した。


「一つ、買い忘れに気付きまして。でも大したものでもありませんし気付かなかった事にしてしまおうかと思ってスイには何もないと言っただけですわ。」

「しっかり者のミーネちゃんが買い忘れ?」


 納得のいかない顔で聞き返すスイ。神官業を営むスイは感も鋭い。しかし、ここでミーネが表情を変えれば誤魔化せなくなるだろう。


「買い被りすぎですわ。わたくしだって忘れ物くらい致します。」

「へぇ。そう?」


 スイも疑いはするがミーネの違和感を無理に聞き出すことはしない。素直な性格から表情に出てしまうが口に出すことはしなかった。誰にでも聞かれたくないことはあるのだとスイは理解しているつもりだ。

 

「では、わたくしはこちらですから。」

「うん。また後でね。」


 まだ納得のいかない様子だったが、スイも暇ではない。手を振るミーネに後ろ髪をひかれながら寺院に向けて歩き出した。


「白昼堂々覗き見なんて無粋なお方ですこと。」


 スイを見送ったミーネは振り返り、ずっと見張っていた背後の人物に話しかける。


「わたくしに何か御用かしら?」


 そこにいたのはエリーが八番島エイヴァで出会い、ミーネの尾行を見破った銀髪の子供だった。


「こんにちわ、綺麗なお姉さん。俺とデートしてくれない?」

「可及的速やかにお引き取りくださいませ。去勢いたしますわよ。」


 それだけ言うとミーネは踵を返して背を向けるとモティールへ向けて歩き出した。


「え?待ってよ。俺たちの事調べてたって事は俺たちに興味あるんだよね?」

「わたくしが興味を持つ男性はこの世に一人だけですわ。」


 慌てて追いかける銀髪の子供に淡々と告げて以降、ミーネは彼をいない者として扱った。道行く人々は美人の魔女へのナンパに失敗した銀髪の子供を笑っている。


「待ってよ。お姉さん。ちょっと付き合ってよ。色々とタイプなんだよ。」


 石造りの路地にハイヒールの音を規則的に鳴らすミーネ。その隣をめげずに話しかける少年の不規則な靴音が鳴っていた。海辺の道に差し掛かった時、足音はもう一つ増える。


「君に騙されないなんて、あの神官ってば見た目より馬鹿じゃなかったんだ。でもさ、中途半端に感と頭のいい女って扱いにくいよねぇ。」

「今度は貴方ですか。監視と尾行はバレても相手の前に姿を晒してはなりませんわ。」


 背後から気配も消さずに忍び寄り、隣に並んだアーシーにミーネは侮蔑の視線を向けた。スイと買物をしている時から銀髪の子供と2人で監視していたのだ。


「ボクは通称アーシー。11歳プラス124年。趣味は帽子集め。好きなものは林檎。嫌いなものは生魚。133センチの男の子だよ。」

「あ、ずっこい。俺、俺は通称マキ。22歳プラス33年。趣味はゲーム全般。好きなものはチップス。嫌いなものは生野菜。今のアバターは145センチの男の子だよ。」


 アーシーはミーネの前に出ると後ろ向きで歩きながら帽子を取ってお辞儀した。それに続き銀髪の少年がマキと名乗る。


「貴方達のプロフィールなんて興味ありませんわ。」

「数日前にボクの事ストーキングしてたからてっきりファンなのかと思って色々教えてあげたのに。」


 マキだけでなくアーシーにまで気付かれていたことに驚きつつ、ミーネは平静を保った。2人が調律師ならば情報交換くらいするだろう。


「ねぇ、どこまで調べたの?」

「返答の必要がございません。」

「つまんない。」


 ミーネの先を歩くアーシーは指先で帽子をくるりと回し、目深に被って背を向ける。顔だけ振り返るアーシーの白に近い水色の目が笑った。


「ねぇ、あんなつまらないヤツの所に戻るよりさ、ボクたちと遊ぼうよ。」

「そうそう。俺達といい事しようぜ。退屈はさせないからさ。」


 前方にいるアーシーの見下すような発言と後方にいるマキからの下劣な発言にミーネは目の下に皺を刻み憤懣の笑みを浮かべた。


「文字も言葉も扱えない野生生活時代の人類ならばまだしも、文明を築き知恵と科学の中で社会生活を送る現代人が本能を御せないなど言語道断。理性の乏しい半野生の人間モドキなど子孫を残すべきではございませんね。生殖の象徴である一物を切り落とすと致しましょう。」


 残虐性を帯びたミーネにマキとアーシーは一物に寒気を感じる。


「うっわ、興奮する。今のでやべぇ性癖に目覚めた。やっぱ魔女さんタイプだわ。」

「汚い大人だな。そんなんだから二次元から脱出できないんだよ。」


 にやりと笑ったマキと、不満そうに口を尖らせたアーシー。


「とりあえずボクはレディの扱いなんて知らないから不手際があっても許してね。」


 ゾクリとミーネが悪寒を感じたときには体の自由を奪われ海辺の路地には買い物籠がぽつりと残された。

◆銀髪の子供改めマキ…市場でミーネのナンパに失敗した男の子。


◆ナンティア市場…七番島ザージュの市場。


スイちゃんとミーネちゃんは定期的に一緒にお買い物している。

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