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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
蝶の章
6/42

不穏

 良識的な店舗の開店時刻を過ぎてなお閉店中の札がかかったモティールの二階。応接間に向かい合うエリーと白い子供。その横でスイが泣きそうな顔で座っている。

 二番島から七番島の果てまで公共交通機関を駆使して半刻かけてやってきた。その間にスイの首からさがるティスクは何十件もの着信を知らせる。


「ねぇ、今はエリーさんって呼んだほうがいい?それとも胡蝶屋さん?」


 何がおかしいのかにやにやと笑いながら話を切り出した白い子供にエリーは冷たいお茶を置く。話しぶりからエリーは調べられていたようだ。


「殺しあった相手に敬称付けられても嫌味にしか聞こえないよ。好きに呼べばいいさ。」

「じゃあエリーちゃんで。今の所、ボク達はお前に興味ないから安心してよ。数秒先には気が変わってるかもしれないけど。」


 なかなか危険な会話にスイは飲んでいたお茶を口の端から音もなく零した。何かの比喩表現なのか言葉通りなのかスイの思考がぐるぐると周り迷子になる。


「スイちゃん。女の子なんだから口からお茶出したままにしないほうがいいよ。」


 エリーの助言に我に返り、慌てて口元を拭う。


「ちょっと聞き逃せない単語があって、お二人はお知り合いっスか?」


 その質問に、白い子供はにやりと笑いを浮かべる。


「ボクとエリーちゃんの関係知りたいの?神官様ったらスケベだね。」

「……は?」


 見当違いの返答にスイは思考も身体も停止した。エリーにいたっては面倒くさそうに煙管を吹かしている。


「とりあえず挨拶でもしたら?」

「え?いやっ、話変えないでほしいっス。」


 スイは狼狽えながら講義するが、エリーに笑顔で追い討ちをかけるように覗き込まれて渋々自己紹介を始める。


「あたしはスイ。七番島の神官。頻繁にこのお店を手伝ってこのでっかいお子様みたいな七番島神官特殊補佐官様の御世話してるの。」

「君も失礼だね。」


 エリーは嫌な顔をして割り込むが聞く耳を持たない。


「こう見えて噂の美人神官。」


 腰に手を当てポーズを取ると白い客人は顔を引き攣らせ、エリーは苦笑を浮かべている。


「何っすか?その目は。」

「別にぃ。」


 目を逸らして呆れたような溜息と一緒に一言のみ吐き出した。その態度に腹立ちを覚え、何かいってやろうとしたときエリーの手に遮られた。少し気に障ったが、ここは己が大人にならねばと黙ってその場をエリーに譲ることにした。


「さて、本題に入ろうか。調律師様が俺に何の用かな?」

「昔の処分対象がいたから念のため身辺調査しただけだよ。お前はもう追跡も監視もされてないから最近の情報がなくてね。」

「身辺調査、ねえ?何人潜んでいるのかな。」


 自分用に入れた茶を飲みながらエリーは鼻で笑った。どちらも笑顔だが空気は緊迫している。


「それ、答える必要ある?」

「君たち調律師って1人見つけたら30人は潜んでいそうだよね。どこからともなく湧きでてさ。」

「害虫みたいに言わないで。サイコロステーキにするよ。」


 刺々しい言葉の応酬が過激さを増し、部屋の体感温度が5度ほど下がる錯覚を起こした。やはり双方にこやかな笑顔を保つ様は肌に粟を生じる。


「あのぉ、エリーさん。さっきから言ってる調律師って何っすか?」


 話に割り込むことを気にしているのか、遠慮がちにエリーの袖を引っ張りながらおずおずとスイが聞いてきた。


「脳無し馬鹿が口を挟むなよ。」

「なんだとぉ!」


 ぼそりと呟かれた白い子供の悪口にスイは椅子を蹴倒して立ち上がる。しかしながら、エリーに足を払われてその場に尻もちをつく。


「落ち着こうね?」


 言葉もなしに尻をさするスイに満面の笑顔のエリーだが、その笑顔の下は負の感情が隠れている事だろう。


「その子を怒らせない方がいいよ。」

「あんな子供なんて怖くないッス。」


 スイとてこの島を仕切る神官。それなりに護身術を心得ており決して弱いわけじゃない。貧弱そうに見える白い子供相手にスイが負けるとは誰も思わないだろう。


「さっきの事、忘れたの?」


 煙管に新しい火を点けながら言われた言葉に、スイは身体が動かなくなった不思議な力を思い出す。神官であるスイは魔術であれば耐性がある。しかし、防ぐことも破ることも出来なかったのだ。


「昔何度か会った事あるけど、その時の印象から相当頭のイカれた危険人物とでも言っておこうか。何を仕出かすか分からない。そうだろ“糸紡ぎの魔術師”。」

「その患ってる呼ばれ方は不本意だから忘れて。ボクはアーシーだよ神官様。お前が気にしてる調律師って単語は心の奥底にしまっておいてね。一番簡単な口封じを実行しなきゃいけなくなるから。」


 エリーの説明とアーシーの脅しが混じった自己紹介を聞いて怖気づいたスイはおとなしく椅子に座る。アーシーは人面の描かれた不気味な球体をえ何処からか取り出した。


「エリーちゃんってさ、結局何者なの?今の所は壊れかけの人工α元素変異体って事で片付いてるけど。」


 奇術のように次から次へとカラフルな球体を取り出しながら話すアーシー。


「調律師の言葉は分かりにくいな。少しはこっちの言葉を勉強したらどう?」


 アーシーは不気味なほど悪意に満ちた笑みを浮かべてお手玉を始める。球体に描かれた人面が魔的な気色悪さを臭わせた。


「神使、聖人、魔物、怪物、魔術師、神官。色々呼び分けてるみたいだけど結局はα元素変異体じゃん。ネブリーナの最深部にいたんだからボク達の事なんてそれなりに知ってるはずだよね?ナルちゃん。」


 硝子が擦れるような甲高い音が聞こえ、アーシーが遊んでいた全ての球体が木端微塵に爆ぜた。スイはびくりと体を震わせるがアーシーは驚くこともなく済ました顔をしている。


「いらないことまで話されて面倒になるのはごめんなんだけど。」


 冷淡に綴られたエリーの言葉で、雲行きの怪しくなりつつあった部屋は一気に緊張が走った。


「やっぱり、お前気に入らないなぁ。」

「こっちも気に入らないよ。」


 白に近い水色の双眸がエリーを射抜きながら嗤う。


「本当にお前たちって愚劣だよね。こんなに面倒になるなら下手に足掻かず世界の終わりに滅ぶべきだったと思うよ。」


 この世界の滅亡はたったの数百年前だった。火の洗礼とも呼ばれた大災害。専門家は磁場の異常による衛星の落下と電子機器の暴走と見解しているが、嘘か誠か審判の神が降臨したなどという信憑性の低い伝承が残っていた。


「何が言いたいのか解らないなぁ。」


 惚けているのか本気なのか首を傾げるエリーに、アーシーの目つきが鋭くなった。


「造られた人間もどきが調和を乱さないでくれる?」


 スイには音を立てて空気が割れる音がした。重量のある場の空気にそぐわぬ二人の表情が緊迫感を余計に増徴させている。

 どの位の間、睨み合い、沈黙が続いただろうか。

 ふっとアーシーが緊張を緩め空気が軽くなる。


「まぁ、いいや。あんまりボクの機嫌損ねないようにね。さっきお前が言ってたようにボクってイカれてるから何をするかわからないよ?」


 スイにとって数々の謎を残したアーシーはクスクスと嗤いながら立ち上がる。


「君達、調律師と海祟は関係しているのかな?」


 出口に向かう小さな背中にエリーが問いかけると、アーシーはゆっくりと振り返った。


「半分正解。」

「半分ね。」

「ボクらと関係があるのは黒焦げになった方。余計な仕事が増えて迷惑してるよ。」


 鬱陶しそうにアーシーは息を吐きながら帽子の庇を下に下げる。


「原因は?」

「お前が知ってもどうにもならない事象だよ。」


 無理やり口を割らせることは不可能だろう。エリーは会話の続行を諦めた。


「お前の模造感情、嫌いじゃないよ。人間臭くて面白い。」

「君を楽しませるためのものじゃない。」

「あっそ。今度はどんな風に楽しませてくれるのか期待してるよ。」


 嗤いながらアーシーは出口に消えた。エリーは珍しく眉間に深いしわを刻んで思案を巡らすように煙管を吹かす。


「このまま返して宜しいのですか?」

「まぁ、仕方ないでしょう。」


 家具の影から聞こえた言葉にエリーは腕を組んで暫く考え込む。スイはというとこの場に存在しない人間の声が聞こえると言う異常な状況に目を瞬かせ、聞き覚えのある声の主を見た。


「ミーネちゃん!」


 弾けた様に笑顔でスイが影に潜む者の名前を呼んだ。すると一人の女性が部屋の隅から姿を現した。長い黒髪を一つに結い、赤と白で仕立てた服を纏った黒い白目に赤い瞳を持つ麗人。この店の店員ミーネだ。店主がサボりがちで店を開けないため店頭に立つことは少なかったりする。営業日も定休日も開店時間も閉店時間も定まっていない道楽半分で商っている店なのだから問題はないのだが。


「いつからそこにいたの。」

「最初からいたよね。」


 当然の疑問を投げかけ、暢気に答えたのはエリーだった。気付いていたのなら教えて欲しい。


「ねぇ、ミーネちゃん。頼み事してもいい?」

「面倒事は御免です。」


 下ごしらえでもしていたのかフリルの付いたエプロンを外してミーネはエリーと向き合う。


「ちょっとさ、探ってみてくれない?得意分野でしょ?」

「あら、アーシーに関わるおつもりですか?煮え湯を飲まされますわよ。」


 過去に痛手を負わされた相手にこちらから接触を試みるなど珍しい事に、意外そうに言えばエリーはけろっと手を横に振った。


「まさか。」

「興味本位の道楽ならお断り申し上げますわ。」


 ミーネはニコリと微笑んだ。不適というより不気味な笑みだ。容姿を見てわかる通り、彼女は人ではなく人外的な力を持って生まれた神の領域の魔女だった。世間では嫌われている存在ではあるが、容姿と人当たりもあり島の人間は好いている。


「面倒ごとの種は芽が出る前に摘みたくてね。」

「賛成いたしかねます。第一、何に対しても無気力な貴方様が面倒ごとの事前回避などどのような風の吹き回しでしょう。」


 口元に手を当てて探りをいれるとミーネに含みを帯びた笑みを浮かべるエリー。


「ちょっとばかし臭うんだよねぇ。」

「そうかな?変な臭いはしなかったよ。」


 茶道具を片付けながらスイがきょとんとして口を挟む。


「アーシーが鼻につくなんて今更ですわ。気にする程の事ではないかと。」

「えぇ、どんな臭い!?」


 自分の疑問にだれも答えてくれずスイは少し、焦れて来た。


「そーなんだけどね。なーんかねぇ。」

「無視しないでよぉ。」


 あまりにきっぱりと、無視され続けたのでスイはミーネに甘えるように抱き着く。


「言語理解力が乏しくてよ。のんびり屋さん。」


 スイの銀糸を撫でながら慈愛に満ちた笑みでミーネは毒を吐くのだった。





。+・゜・o◯.。.o・゜secret゜・o.。.◯o・゜・+。





 モティールを出たアーシーはこの島で一番高い建物の上で水平線上に見える樹海を眺めている。

 一番島から七番島までの島間は橋が架けられているがその奥の八番島へ向う道だけは橋がなかった。岩礁や珊瑚が多くて満潮時でなければ船は通れない。浅瀬を歩いて行く事は出来るが不規則に並んだ珊瑚礁が迷路を作っており確実に迷うだろう。

 八番島への一本道が出来るのは汐が引く一日に三度の干潮時のみ。しかしエリーとミーネ、スイは自由に八番島へと行き来していた。


「海を渡る方法、聞きだせばよかったかな。」


 一度渡ったら簡単に帰ってこられなくなる樹海なんて誰が好き好んで行くだろうか。海神様の神殿があるなどといわれ近寄る人々は皆無に等しい。

 観光客ですら興味はあっても貴重な休暇中の時間を費やしてまで神隠しのある迷いの森と恐れられた神域に入ろうとするものはいないらしい。干潮時に道を渡って入り口まで覗きに行く観光客は大勢いるが、樹海に踏み込む者はいなかった。

 アーシーはあの島に用がある。10日も滞在していて時間が惜しいとも思わない。でもあの森に存在するモノの事を考えると常駐する同僚には悪いが何度も行きたいと思わない。

 初めてあの森に入ったときは酷い目にあった。この世で最も安全な場所であるはずなのに怪物がうようよと彷徨い抗戦も面倒で息を殺して逃げ続けたのだ。何度も行き来するうちに慣れたが方法があるなら知りたいものだ。


「アレを迎え撃てなんて統括も無茶言うよ。ボクばっかり面倒な仕事が回ってくるんだから。」


 白い少年は似合わない哀愁の表情を浮かべて笑った。

◆アーシー…調律師と言われる謎の人物。エリーと殺し合いをしたらしい。糸紡ぎの魔術師という患った通り名が不満。

◆ミーネ…赤光りする黒髪に黒い白目で赤い瞳の綺麗なお姉さん。魔女。


◆調律師…詳細を聞くと口封じをされる危険のある物騒な師業。

◆ティスク…正式名称Tisa-Cと呼ばれる生活必需品。通信、個人情報管理、身分証明、決済など多機能に優れた空中結像操作技術搭載型の装置。1センチメートル程の立方体で色は9色に変更可能。ネックレス、ハングル、ベルトチェーンなどの専用のアクセサリーケースを付けて身に着ける。


ミーネちゃんは魔女っ子。華麗な変身は出来ない。

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