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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
蝶の章
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邂逅

 「青い空、白い砂浜、そして眩しいレア。」


 自然の芸術作品と思える美しい海辺の景色を讃える言葉にそぐわず、エリーの視線は水着姿の若い娘に向いている。布面積の少ない色鮮やかな水着に身を包み、若さと活気にあふれる姿は目の保養ではあるだろう。

 ビーチに隣接する広場の階段に座る彼の背に容赦のない飛び蹴りが入った。そのまま前方へ吹き飛び、落ちた先で体重の分だけ砂に埋まる。


「どれが青い空で、どこが白い砂浜で、どの眩しいレアッスか?」

「スイちゃん、痛い。」


 スイは砂だらけのエリーの腕をがっちり掴むと、そのまま引きずって歩き出した。


「会合中なのにどこの島までほっつき歩いてるんですか!?」

「二番島の人気スポットホワイトビーチ。三番島のレッドグラスビーチと迷ったけど、やっぱり海水浴客が多いほうが楽しいし。」


 会合場は一番島クーの寺院。エリーが今いるところは二番島ルーアの人気海水浴場。色とりどりの水着を着た若い女性が多く集まる白い砂浜だ。

 昨夜、七番島ザージュにて変死体が浜に打ち上げられた。その浜は潮の関係で八番島エイヴァからのものが流れつくことが多いのだ。魚の屍骸だったり、流木だったり。

 エリーは来店していた警護隊のコナと神官のラニに両隣を陣取られ腕を掴まれて強制連行された。実後処理に借り出されたのだ。見るも無残な人型をした炭の塊と悪臭に、嘔吐する者に失神する者と中々の混乱状態の現場であった。

 損傷状態が激しく医学的な検証では得られるものが少ないだろうということで魔術的な検証をしろとエリーはスイに尻を蹴られた。しかしながら被害者は女性であり、死亡推定時刻は数時間前。そのほか詳しい素性は判明しなかった。

 解決策と犯人探しを兼ねた神官と警護隊による緊急招集が明朝より開かれた。

 本来なら、警護関係者と治安維持委員、島を治める神官がいればいいはずなのだが死体の様子からして人間の仕業でないのは確か。神使相手に常識は通用しない。ならば神の領域について詳しいエリーがいなければ話にならないのだ。


「スイちゃん。自分で歩けるから取り敢えず放して。」


 ズルズルと服を引っ張られ、後ろ向きに歩かされ、足元が覚束無い。


「いーえ、信用できない。死んでも放さないッス。大体エリーさんがサボらなければ二時間前に終わってたの。皆さんずっと待ってるッスよ?朝っぱらから。昨日の事件で忙しい時に何考えているんだって、さんざん上層部の方々に厭味言われて大変だったんだから。」

「だってぇ、俺いなくてもよくない?そろそろお店空けなきゃいけないし。」


スイはエリーの顔面を渾身の力で殴りたくなった。開店時間も閉店時間も曖昧で表記すらしていないいい加減な営業をしている店主が開店時間を気にするはずがない。


「自分が七番島神官特殊補佐官って自覚ありますぅ?ついでに常識的なお店の開店時間はとっくに過ぎてるッス。」

「サボっても許されるからこの職についたのに。」


 ぼそぼそと小さく呟くスイの声はしっかりとエリーに聞こえており、自分勝手な意見を述べる。


「許・さ・れ・な・いッス。不労所得のない島民の労働は義務ッスよ。定住時に神官全員から推薦された神官補佐業蹴ったんだからビシバシ働くッス。」


 睨み付けながら一語一語に力を込めて講義した。エリーは元々、ウオール諸島共和国に派遣されたパイロープ帝国の軍人だ。少しばかり神官業を手助けした事で過半数以上の神官に気に入られ、任期を終えて帰る際に留まるように懇願され、色々とあって軍を抜けて定住を決めたのだ。

 その際に働き口も用意されたのだが組織に縛られることも面倒で丁重にお断りして適当に働きながら今のだらけきったゆるい生活に至る。


「有事の協力に応じる条件であたし達をフッたんだから有事の今は馬車馬の如く働けッス。」

「スイちゃんは今日も冷たいのでございます。」


 とげとげしいスイの言葉にエリーはわざとらしく泣いたふりをする。

 七番島神官特殊補佐官という業務をすっぽかしたエリー。そもそも第一衛星ミラが最も輝く日に行われる八番島神殿遺跡での祈祷の護衛が七番島神官特殊補佐官エリーに課せられた業務である。その他有事の際は積極的に協力するという一文があったが神官業務に引き込みたい神官達による過干渉により嫌気がさしたエリーは全てその他有事の協力を放棄したのだ。


「うるさい、うざい、きりきり歩くっス。」

「やだやだやだやだ。」


 駄々をこねるエリーを無視してスイは二番島寺院へと向かて引きずる。島をまたいでいるため通常であれば海を渡る為に航路か空路か設置された橋を使う陸路かで移動しなければならない。この場所からであれば1時間は移動にかかるだろう。しかし、各寺院には神官と補佐官のみが使える特殊な移動手段があり時間を短縮できるのだ。


「だいたいさぁ、殺人事件だか怪奇事件だか知らないけど観光の妨害だの何だの皆さん張り切っちゃっていい迷惑だって。島民にも観光客にも被害出てないんだからいっそのこと名物にでもしちゃえばいいじゃん。」

「それが島の治安を少しでも良くしようと考える皆様への言葉ッスかっ。変死体を名物にできるがっ。お土産用の変死体型の人形や御菓子が並ぶ露店なんて見たくないッス。」


 とんでもない発言にスイは振り返って声を荒げる。

 そもそもこの男、この島を統治する神官達が一目置くほどの人物であることは事実だがその正体は謎に包まれている。かなりの魔術が使えるようだが、その実力は定かではなく分かっていることは極度の面倒くさがりで女好きということだけ。

 こっそり派手に悪さをすることだけは病的にうまく、突然いなくなったり派手な魔術を使ってみたり破天荒な行動を起こしては慌てふためく周りの人間を見て楽しんでいる訳だが、笑われる方はひとたまりもない。


「俺がよければ全てよし。それにほら、君子危うきに近づかずって言うでしょ?」

「お前なんか君子じゃないやい。君子の意味を辞書で引きやがれすっとこどっこいっ。」


 スイの叫び声にエリーはげんなりして溜息を吐くと視線の先にこちらを見ている白いモノが目に映った。ここ数日気配を感じさせていた不愉快な白だ。


「……調律師。」


 殆ど無意識にエリーが呟いた名称を微かに聞き取って振り返って見れば、いつも気の抜けた顔をしているエリーの表情が硬く強張っている。思わずスイは足を止めた。

 硬く掴んでいたエリーの腕が空気になったようにすり抜け、唖然としている内に目にも映らぬ速さで飛び出している。


「おっと。」


 白い服に身を包んだ髪も瞳も肌も真白い子供は目を丸めて驚いた。その人物にとっては幽霊にでも遭遇したような心境だっただろう。何もない空間に何の前触れもなく現れて進行方向を塞いだのだから。


「人の事、あんまり見ないでくれる?」


 白い子供はエリーの問いに答えることなくにやりと笑った。幼い顔の半分を覆う仮面が不気味さを際立たせる。


「エリーさぁん、足速すぎッス。」


 パタパタと足音を立ててスイが走り、追いついてきた。


「その頭の緩そうな女はお前の知り合い?」

「君は相変わらず人を貶める言葉しかしらないみたいだね。」


 清々しいほど険悪な2人のムードに一瞬、たじろいだスイだがエリーにやってもらわなくてはならないことがある以上、通りすがりの変な子供よりこちらを優先してもらいたい。


「こんな子供の相手してる暇があるなら集会に出席してもらいたいッスけどぉ。」


 息を切らせながら、意を決して話しかけたにもかかわらず反応したのは子供のほうだった。


「α元素変異体もどきがボクを子供扱いするのかい?」


 白い子供が口元を帽子で隠し目だけで不気味な笑みを象った直後、スイの体に何かが巻きついた。突然身動きが取れなくなり声を出せずに混乱するスイ。


「まったく。」


 エリーが囁いて煙管に息を吹きかけると、飛んだ火の粉が火の蝶となりスイに絡みついた何かを燃やした。


「相変わらず悪戯好きだね。」

「怒らないでよ。ただの挨拶じゃん。」


 上目遣いで小首を傾げる仕草は可愛らしいが、その瞳は悪魔的だ。エリーは白い子供の目線にあわせて屈むと彼だけに聞こえるように囁く。


「何を企んでるの?」


 エリーの質問に白い子供は笑みを深めて帽子をかぶりなおす。


「ただの観光だよ。お前がお望みならここで昔みたいな挨拶しても良いけど?」


 真面目に答える気のない白い子供にエリーは諦めの溜息を洩らした。


「昔みたいな挨拶って。」


 エリーは白い子供を含む調律師と呼ばれる存在を嫌というほど知っていた。何の準備もなしに丸腰で勝てる相手ではないし1人だけということはまずないだろう。何人いるかは見当つかないが近くに控えている筈だ。人通りの多い場所で真昼間から騒ぎを起こすことは避けたい。


「ねぇ、再開記念にお話ししない?」

「悪いけど時間は有意義に使用したいから。」


 エリーは腰ひもに揺れる根付を引っ張り帯に隠れた刃渡り15センチメートル程の細い片刃を取り出した。


「ボクと時間は女に尻を見るより優先順位が低いって事?」

「いつからストーキングしてたのかな?」


 エリーの問いに白い少年は笑みを深めた。


「海祟だっけ?」


 ポロリと出た白い少年の言葉にエリーはぴくりと反応する。


「無知で理解に及ばないからって神だの祟りだの超自然的存在に逃げるなんて信仰深い愚者共にぴったりの愚行で笑っちゃうよ。」

「君たちが首謀者だとしても俺は驚かない。」

「ボクとお話する気になった?」


 こてんと首をかしげる仕草は愛らしいが漂う雰囲気が剣呑である。


「モティールってお前のお店に案内してよ。ゆっくりお話したいな。」


 穏やかに告げられた口調は遠まわしに脅しているようで、逃亡も抵抗もする気になれない。

 もう一度、溜息をつくとスイがエリーの服を掴む。


「エリーさん、そろそろ会合がですね。いい加減連れて行かないと一番島のじいちゃんの頭でお茶が沸いちゃうんだけど。怒られるのあたしなんだけど。」


 相当切羽詰まっているのか震える声でで構成されたスイの哀願。齢90を超える一番島神官は歴代最高齢であり歴代最強であるのだ。

 縋るようなスイの瞳にエリーは笑った。


「ごめんね、神官様。急用はいっちゃった。」

「エリーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。」


 今にも泣き出しそうなスイの絶叫を無視してエリーは数十キロ先の我が家へと足を運んだ。

◆白い子供…エリーを見ていた子供。エリーの知り合いらしい。


◆ホワイトビーチ…透明の砂で形成された真っ白なビーチ。二番島の人気スポット。

◆レッドグラスビーチ…赤系のシーグラスで形成されたビーチ。三番島の人気スポット。


海は出会いの場。しかしロマンスが始まるとは限らない。

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