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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
焔の章
42/42

決別

 南国の島に霏々と雪がふる。

 コバルトブルーの空からエメラルドグリーンの海へ。決して消えることなく降り積もり、恒星の光に輝いていた。

 モティールの一室。エリーは冷水のシャワーを浴びていた。

 マキから聞かされた内容に頭が追い付かない。

 イヴは稀人のヴィクトル・ブランシュ。そしてアキシオンはその稀人から造られてる。伝承の存在が実現し、自信にその血肉で形成されているなど信じがたい事だ。

 イヴに初めて会ったのは今から37年前。

 永い眠りから覚めたような感覚で数カ月は思考がはっきりしない時期があった。そんな時、幽霊のようにぼうっと目の前に白い少年が現れた。脳に直接響く様な無音で“リンド”と呼ばれ消えた。夢か幻の様な対面だった。

 次に会ったのは2年後。基礎訓練を終えた直後に配属された護衛部隊の初任務時に最下層の通信すら賭さない隔離された一室で対面した。

 人形のように椅子に座り、反応も会話もない白い少年。彼を守り、誰一人彼の部屋へ通さないことが与えられた任務だった。5年ほどその任務に就き調律師と激戦を繰り返していたが彼らの目的がエリーに移った事で護衛任務から襲撃任務へ変わった。

 13年間、ネブリーナ皇国で最前線に立ち公務と神の領域に点在する対抗勢力となる神使いを処分していた。

 3度目に会ったのは、一つの街を火の海に変えネブリーナ皇国へ帰還する飛空艇の中。

 上昇する飛空艇の中で再び幽霊のように現れて開いたままのハッチからエリーを突き落とした。自身の事に疑念を抱き始めていたエリーはそのまま帰らず捜索するネブリーナ皇国からも命を狙ってくる調律師からも逃げた。

 4度目に会ったのは逃亡生活を続けて3年ほど経った頃。神の領域の花屋敷の花屋の誘いを断り切れず隠れ先として身を置いていた時だった。

 エリーが任務で滅ぼした街の生き残りである少女と会った事でその地に長くいすぎた。調律師に見つかるが単身で逃げることができず、身柄を拘束されてどこかへ連れて行かれそうになった時にソレは現れた。

 調律師達は氷像へ変えられ、エリーは動くことすらできずに重傷を負わされてアキシオン特有の力を失った。

 5度目にローズレイアが落ちる前に自室で会った時も、6度目に八番島エイヴァで会った時も対峙したエリーは圧倒的な力に怯えすら感じても手も足も出なかった。

 4度目に会った時、5度目に会った時、6度目に会った時、彼は全てにおいて周りを巻き込みながらエリーを殺そうとした。

 神とも呼ばれた稀人だったのだから、敵う筈などない。

 次に会った時、大切な存在が傍らにいたら自身を犠牲にするだけで守れるだろうか。

 両足と左手に白く浮かぶ氷の結晶が目に入る。なんとか動かすことは出来るが冷たさで麻痺したように感覚が鈍い。心なしか広がっている気がする。

 このまま全身を飲まれたらどうなるのだろうか。

 覆せない現実にどれ程考えても打開案が浮かばなかった。

 壁に手を付き項垂れていると、絶えず降り注ぐ水滴の中に白い腕が飛び出てコックを捻った。ミーネが音もなく浴室に入室を果たしシャワーを止めたのだ。


「風邪をひきますわ。」

「入ってこないでよエッチ。」

「いつものお返しです。」


 ミーネはエリーの頭にバスタオルを乗せて冷えた体を拭く。いつもはエリーの方が体温が高いが冷水で冷えておりミーネの温もりがタオル越しに伝わる。


「スイちゃんには会えた?」


 上着を羽織りスツールに座りながら聞くとミーネは静かに笑った。


「はい、泣かれましたわ。」


 エリーが八番島エイヴァに行っている間、スイが四番島ヴァーチへミーネを迎えに行ったのだ。ストレートな飾らない言葉で“帰ってきて”と懇願されたミーネは七番島寺院へと連れていかれ心配していた面々に大歓迎を受けた。そしてスイと晩餐の約束をとりつけられモティールへと戻ってきた。

 十数日ぶりにエリーはミーネとまともに顔を合わせる。


「ねぇ、エリー。エリーは私の事、好きですか。」


 真っ直ぐにエリーの目を見て問いかけるミーネの赤い瞳が揺れている。言葉を間違えたら取り返しがつかないと感じさせる焦燥感がエリーの背中を駆け抜けた。


「エリーは自身の事を他のアキシオンと同じく稀人から造られた複製品とご高察でしょうか。」

「……え?」


 高いヒールを鳴らす事無く窓へ向かうとミーネは舞い散る花弁雪へ手を伸ばす。手の平に落ちる雪の結晶は解けることなく砕け散った。


「千年程前、この地に降り立ったアリステア・キャンベルは七体の分身を作る能力を持つ稀人。800年前、破壊神(アポック)と対峙した分身体は破砕しましたが消滅いたしませんでした。欠片と海へ沈んだ破壊神(アポック)の力で長い時をかけて形を取り戻しました。」

「……何言って。」

「形を取り戻した分身体は赤い海を漂い、ネブリーナ皇国の調査船に拾われたのです。そして同じく引き上げられたヴィクトル・ブランシュから改造複製されたアキシオンと同等の扱いを受けることに。」


 ミーネの口から語られる言葉はエリーを混乱に落とした。


「そしてアキシオンとアリステア・キャンベルの分身体はわたくしの全てを奪いました。」


 悲しみに歪むミーネの瞳から一筋の涙が零れる。


「貴方の命をこの手で刈り取る日を夢見て過ごしましたわ。」


 今から17年前、ミーネはバナン=シールという神の領域の国で暮らしていた。そこへエリー含むアキシオンの部隊に家族と街を殲滅させられた。魔導師である父親が人の領域と紛争する組織の工作員だったからだ。

 目の前でエリーに母親を殺され、全てを奪われたミーネは彼を憎んだ。幼かったミーネは死に物狂いで復讐を果たそうと泥水を啜って生き抜いた。

 偶然か運命のいたずらかミーネは花屋敷に潜伏するエリーを見つけたのだ。しかし力も知力も適うことなく成し遂げる事は出来ず時間だけが過ぎて行った時に、ミーネはヴィクトルに出会った。

 ヴィクトルは確実な殺意を持ってエリーを氷の槍で貫いた。

 思わずミーネが仇の男を庇う程、無残に何度も痛めつけたのだ。邪魔するミーネの身体をヴィクトルは幽霊のようにすり抜けて消えた。

 その時、ヴィクトルの記憶の断片が嵐のようにミーネを襲った。膨大な稀人の力と不死の力。終末日(アポカリプス)の記憶。エリーの正体を知ったミーネは絶望し好機が来ようとも命を奪うことができなかった。


「貴方は、貴方はわたくしを助けました。」


 エリーはミーネが自身の命を狙っていると知った上で家族も故郷も失い孤独の中にいたミーネと同じ時を過ごし、傍にいた。何より安定した居場所と安らぎを与えたのだ。

 エリーがミーネに与えた生活は今と未来への幸福であり、過去を裏切る絶望であった。

 ミーネはゆっくりと移動しながらエリーを後ろから抱きしめる。


「わたくしは貴方にとって掛替のない存在でしょうか。」

「……ミーネちゃん。俺は、君が……君の気が済むなら償いになるならって。今更、君に許されたいと思わないし命乞いをする気もないんだ。」


 懺悔する様に項垂れるエリーにミーネは例えようのない幸福感を感じた。


「ねぇ、エリー。わたくしの事、好きですか?」


 エリーは答えることが出来なかった。今となっては掛け替えのない存在であり命を差し出す事でさえ至福を感じることが出来るだろう。


「わたくしは貴方をお慕いしております。エリーさえわたくしのものになるなら何も必要ございません。」


 それが自身の命であってもかまわないと真っすぐな気持ちと迷いのない視線に耐えられず、エリーは顔を上げることが出来ない。


「……ミーネちゃんは後悔してないの。」

「今のところ、悔いはございませんわ。」

「本当に全部知ってたの。」

「ええ。貴方と生活を共にした14年前から全て。ですからこれも全て承知の上でした。」


 不穏な空気を感じたエリーが動くよりも早く、ミーネごと身体が凍り付いた。四肢が凍り付き室温が急激に下がる。


「……イヴッ。」


 他人の気配に顔を上げると目の前には1人の青年が立っていた。

 腰まで伸ばした白い髪をサイドで一つに結い、眼鏡をかけた深紅の瞳を持つ者。鍛えられた体に男らしく整った顔をしており、腰には細い剣帯刀している。

 空気中の水分を凍らせキラキラと氷の結晶を輝かせながら彼は微笑んだ。


「だーれだ?」


 お道化たような青年の言葉に答えられずにいると紫色に発光する魔法陣が浮かび上がった。触手のように動く光がエリーの体に絡みつき、魔力を奪う。


「……ミーネちゃん?」


 展開する魔術の魔力が見知ったもので混乱しながらエリーは背後のミーネを呼ぶ。


「俺は通称ライネ。ユーレ・ユーティライネンだよ。」


 何の躊躇もなく真名を名乗った青年にエリーはさらに混乱する。人の領域で真名を名乗る者はいない。個人情報のセキュリティの関係もあるが、真名を知られると魂を縛られると古い言い伝えがあるのだ。

 真名を知る者は名付け親と生涯の伴侶くらいであり他者が知る事も知らせる事もない。


「本来ならアリステア・キャンベルの分身体は人が命を失うほどのダメージを負えば消滅して本体に戻るはずなんだ。でもねα元素に意思があるように分身体を守り回復させている。ヴィクトルが3度壊しても消滅しなかったなんてしぶといね。」


 クスクスと笑いながらライネは話す。


「だからさ、何故か君にご執心な破壊神(アポック)の残留思念の管理下から完全に外す必要がある。」


 ミーネの展開する魔術によりエリーの体から魔力が抜き取られ、ライネが凍てつかせることで空気中に含まれる魔力は雪の結晶となり浄化される。

 人の領域であっても0.5パーセントから1パーセントの魔力元素が含まれているが、800年ぶりに魔力元素がゼロパーセントの空間が出来た。

 足元の魔法陣が消え赤紫色の結晶が音を立てて床に落ちた。急激に魔力を失ったエリーは大量出血したように身体に力が入らなくなる。


「……なに…を?」


 霞むエリーの視界に抜刀するライネが映る。


「さて、準備は整った。在るべき姿に還るよ。」


 手首でブレもなく長剣を回したライネはそのままエリーへと突き出した。白い刃はエリーの心臓を突き抜け背後のミーネまで届く。そして2人を縛っていた氷が砕ける。

 咳き込みながら吐血するエリー。ミーネは冷や汗をかきながら穏やかに笑う。


「わたくしは貴方を想い続けます。……ずっと、ずっと。」


 ミーネの吐息で紡がれた別れと温もりを感じながらエリーは硝子人形のように罅割れて粉々に砕け散った。人の、有機物の壊れ方ではない。


「……エリー、……ありがとう。」


 粉雪のように溶けて消えていくエリーの欠片を撫でながらミーネは大粒の涙を流す。


「愛は恐ろしいね。いくら任務を確実に遂行するためだとしても心中はいただけない。」

「これが私の役目ですから。貴方こそわたくしの急所をさけるために剣先をずらしたようですがくだらない慈悲など捨て置くべきですわ。」

「魔女さんは手厳しいな。」


 血を払って長剣を鞘に納めながらライネが呟くと、血の流れる腹部を抑えるミーネは涙を流しながら笑った。ライネは上着を破き応急処置を施すとミーネを抱き上げる。

 ゆっくりと階段を降りた。1階から外へ出るとハラリハラリと花弁雪が落ちてくる。

 地下室へ続く扉を開けて地下へ降りると入り口にミーネを降ろし、四方が鏡に囲まれ床と天井に複雑な文様の魔法陣が描かれた空間の中心に立った。


「……ライネさん。向こうであの子に宜しくお伝えください。」

「君からの伝言なんて理解できない言葉を喚きながら喜びそうだ。」


 エリーから抜き取った魔力の結晶を魔法陣へ溶かすと、ミーネは魔術を展開させる。虹色に発光する魔法陣は渦巻く風を発生させてライネを何処かへ攫って行った。


「ご健闘お祈り申し上げます。」


 ライネを見送ったミーネは血を滴らせながら地下室を後にする。





。+・゜・o◯.。.o・゜secret゜・o.。.◯o・゜・+。




 どれほどの時間がたったのだろうか。数時間だったのか数秒だったのか。沈んだミーネの意識が浮上する。目を開いて、まだ生きているのだと自覚した。

 色とりどりの花が咲き、蝶々の飛び交うテラスでガーデンソファへ仰向けになり日の暮れた空を見つめていた。

 大きな雪の塊が落ちてくる黒と白の世界。

 14年前に白い幽霊に見せられた景色が目の前にある。

 血と共に力も抜け落ちていくようで指先ですら動くことも出来ない。幻想的に光るリュラ蝶が飛んでいる。ほんのりと輝いて闇を色付けた。


『約束だよ。』


 食事を共にしようと笑った可愛らしいスイの笑みを思い出して口元が緩む。死が目の前に迫り、笑っている状況ではないというのに。

 スイ。

 なんてことのない彼女の言葉が嬉しかった。

 ウォール諸島共和国に来るまで友人などと言うものは存在しなかった。醜い過去を持っていても探ることなくいつも傍にいて温かい言葉をくれる。

 己と違って真直ぐで純粋でいつも笑顔でいるスイが羨ましかった。己と比べて妬むこともあった。綺麗過ぎてミーネには眩しかった。


「……帰りたいわ。」


 掠れた声で音になった刹那の願い。

 三人で笑っていたモティールでもう一度でいいからスイと歌いたかった。まだ、死にたくない。二人と一緒にいたいと敵わない願望が溢れてくる。

 居場所を与えてくれたエリーはもう逢えない。笑顔を与えてくれたスイにももう逢えない。

 もう戻れないと自覚して不意に涙が零れ落ちる。


「約束……破ってしまいましたわ……ねぇ。」


 空を映していた瞳には霞がかかったように何も映さなくなる。もうすぐ公務を終えたスイがここにくるだろう。ミーネとエリーが夕食を用意していると疑わず楽しい時間を思い浮かべながら訪れるはずだ。

 夕食は準備されておらず、事切れた家主を見付けるなど嫌な役目を刺せてしまうことが申し訳ない。


 ミーネちゃん。


 二人の笑顔と姿と声が浮かんで、また涙が出てくる。

 ミーネはいつしかスイに教わった旋律を震える吐息で綴った。


『夜風に揺らぐ青色の花のように

 海に星が出ている時に出かけましょう』


 途切れ途切れに歌われる。恋する乙女の小夜曲

 最後の一説は、声にならず風が歌った。

 天より舞い降りる花弁雪を浴び、面倒くさがりで寂しがり屋の想い人とおっちょこちょいで優しい友人の幻影を見ながらミーネは静かに眠った。

最期まで御覧いただきましてありがとうございました。

お気に召してくださいましたら下記にてご評価頂けますと幸いです。

下のお星さまをぽちっと、お手数ですがぽちっと。

励みになりますのでよろしくお願いします。

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