憂威
「あー寝すぎた。」
起き上がったパティはぐっと伸びた。
窓の外は水中であっても日が出れば明るくなる。見上げた水面に映る恒星を見る限り朝とよべる時間ではない。
昨日は日が沈む前に寝たのだから数十時間以上寝ていたことになる。ジルに打たれた薬は切れたようで傷も火傷も綺麗に治っていた。睡眠のとりすぎて頭がぼうっとしているが体調はだいぶ良くなっている。
凝り固まった関節をならして話し声の聞こえる隣室へ移動するとスイと花屋が難しい顔で向かい合っていた。
「パティさん。寝すぎッス。」
「やっとお目覚めかのう。食事はどうするかえ?」
「今は必要ない。何を話していた。」
花屋はこれからスイにも伝えようとしていた軍法会議での出来事を盗撮した映像を流しながら説明する。雲行きはよろしくないが飄々としたいつも通りの態度のエリーを見てスイは胸をなでおろした。
「エリーさん、怪我無さそうで良かったッス。」
「しかし面倒なことになったな。今の状況をひっくり返すには確実な証拠がない。」
口頭では言い負かすことは可能だろう。しかし物証がなければ正論を並べても負け犬の遠吠えだ。
「あたしたちが生き証人とかにならないっすか?」
「時間が経ちすぎておる。ジル大佐は愚かだが馬鹿ではない。胡蝶屋様が生きておられた時点で次の策を講じている筈ぞ。むやみに姿を現せば共犯にされるじゃろうて。」
「まるで悪魔の証明だな。」
完全な反証が出来ない限り、あらゆる仮説は認められる。
「ちょっと博打になるけど判決が言い渡される法廷に乗り込んで、ジル大佐の記憶をあたしの能力で映し出すんじゃ駄目なの?」
良いことを思いついたとばかりに嬉々として話すスイだが、花屋とパティは顔を見合わせて同時に溜息を吐いた。
「神官様は些か御頭が足らぬようじゃのう。軍法会議において神術や魔術による証拠の提示は認められぬ。」
「神官に絶対的な信用を置くウォールの中だけなら可能かもしれないが帝国相手では捏造を疑われて終わりだ。魔術の中には空想風景を映し出すモノもある。下手をしたら今度は貴様が異端裁判だ。」
血も涙もない2人の言葉にスイは項垂れた。
軍法会議を見る限りエリーが犯人である証拠はそろい、苦し紛れに神官達が提示した証拠は不十分だ。ジルが打ち込んでいたコードは起動コードと異なり、エリーの持っていたコードは文献に残る文字列と一致している。
海祟の容疑は簡単に晴らす事が出来そうだが、ローズレイア起動魔術に関しては崩しようがない。起動させるための術式がエリーの部屋から発見されているのだ。更に、神官達の提示した映像にエリーがローズレイアのコードを知るような発言があることもネックの一つ。
「妾達には情報が足らぬか。」
花屋は人海戦術と電子機器を駆使して情報を集めるがめぼしい情報は見つからず時間だけが過ぎていた。
スイとパティも出来得る限り協力するが軍の監視下にあるエリーの現状は手に入らず、心強い味方となってくれたであろうミーネは保護された4番島寺院から動かないという。
背筋を駆け抜けるような焦燥感に襲われていつしかスイは涙を流していた。
「少し休め。」
目の下に濃い隈を刻んだスイ。ろくに休まずに花屋と頭を悩ませている。判決は本日なのだから仕方がない。パティはスイの頭を掴みそのまま自身の膝に乗せた。
「……だって、このままじゃ、エリーさんが。」
「安心しろ。帝国軍に渡すくらいなら私がかさっらってネブリーナへ連れていく。」
「……あたしの、全権限フル活用して国外逃亡までなら手伝うッス。」
幇助行為を口にするスイをパティは笑った。しかし彼女の表情が鋭くなり、殺気を放ちながら振り返る。そこには褐色の肌に金髪と琥珀色の瞳を持った青年がいた。
「誰だ?貴様。」
「始めましてじゃないよ。危害を加えるつもりもないし、攻撃的な能力はもっていない。そろそろ動くころかなぁって思って挨拶に来ただけ。」
スイを背後に押しやり魔動式武具を構えるパティに飄々と青年は話す。その声は聞き覚えのあるものだった。
「貴様!マキかっ!?」
パティがとびかかろうとしたとき身体の動きを封じられた。スイにも身に覚えのある糸が絡まった。
「……アーシー。」
「ご名答。」
小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべているアーシーではなく。冷たい表情をしていた。白い少女の攻撃で明るい茶色になっていた髪色は透けるような銀髪に戻っている。
ここにアーシーがいることは分かっていた。分かっていて無効から接触がないならと放置していた。しかしマキまでいるとは想定外だ。こんなことならば接触するべきだったと悔いる。
「調律師様、ここで暴れてくれるな。契は守ってもらわねば。」
花屋の言葉にアーシーは糸を解き、パティは花屋を睨みつけた。
「貴様っ。こいつらの仲間かっ。」
「仲間ではない。とある契約と元に協定を結んでおるだけじゃ。」
「……協定ね。あいつは知っているのか。」
パティの眼光を正面から受けながら花屋は首を横に振る。
「マキ殿は身の安全の為に場を提供しているのみ。胡蝶屋様がここに其方らを運んだことは偶然じゃろう。」
納得はしないが今議論するべきことではない為、パティが折れて押し黙った。
「おい、神官。」
場が治まったところでパティの後ろに隠れているスイにアーシーが話しかけた。
「お前、なんでボクを庇ったんだ?」
「人を、誰かを助けるのに理由なんてないッス。」
「……ふぅん。」
アーシーは腕に着けたハングルから赤い球状の物を外すとパティに投げ渡した。
「お前に借りは作らない。」
それだけ告げてアーシーは背を向けて出て行った。何を考えているのかさっぱりわからないとマキは苦笑する。
「さて、アーシーも復活したことだし俺も後処理しなくちゃ。」
「このまま逃がすと思うか?」
続いて去ろうとするマキをパティが引き留める。マキの首にかけられた複雑な電子回路柄のゴーグルとヘッドホンが不気味に光った。
「遊んでくれるならベッドの中にしてくれない?綺麗なお姉さん。」
セクハラまがいの言葉に士気を削り取られたパティは犬を追い払うように手を振り、マキの退出を見逃した。エリーの判決時刻が差し迫る今、戦うのは得策ではない。
「何ッスか?これ。」
「特殊な電子記録媒体だ。」
パティはアーシーの渡してきた赤い球状の装置を起動する。中には文字列を見たパティはティスクを起動してアクセスを開始する。
「パティさん?」
「話しかけるな。」
膨大な文字列を目で追いながらパティは時間を確認した。
「花屋、ここから法廷までの現在使用可能な最速の移動手段は?」
花屋敷からナール島までは200キロメートル以上ある。さらに盆地であった花屋敷には潮だまりとして残っているがウォール諸島共和国から海は消えており直線的に行けたはずの水上の交通手段はたたれているのだ。移動時間を考えると急がなければ開廷に間に合わない。
奪還のみならば判決言い渡し後の移送中を狙ったが状況が変わった。
「ドリグナを使えばよい。其方ならば使えるじゃろう。」
魔動式空中走行型二輪車のドリグナであれば最高速度は亜音速。加速と減速時間を考慮して時間はギリギリだ。窮地には変わりないがパティの口元が吊り上がった。
「勝機が見えたようじゃのう。」
「ああ、楽しみだ。」
「ならば準備をいたそう。」
花屋が二回手を叩くと大きめの箱を持った遊花が2人と小さめの箱を持った遊花が4人程入室する。作業中のパティと立ち尽くすスイは遊花に3人ずつ囲まれるのだった。
「おい、何をするつもりだ?」
「妾からの選別じゃ。姫君の奪還期待しておるぞ。」
「花屋さん、感謝するッス。」
「猊下、次に逢うときは妾と友になってほしい。そしてチェメリィと呼んでくれぬか。」
「じゃあ、アタシの事はスイって呼んでほしいッス。」
緊迫した状態だというのに、スイとチェメリィはにこやかに微笑みあった。上に立つ者同士通じるものがあるのだ。
こうして存分に着飾されたスイとローズレイアの管理システム閲覧コードを手に入れたパティは花屋に見送られて、時間ギリギリでナール島の法廷へ乗り込んだのだった。
移動中にエリーを一発殴ろうと固く交わした約束は人造魔道士による渾身の中段蹴りという威力を増したものへ変わり、見事にやり遂げたパティは生き生きと糾弾した。
その結果、スイとパティはエリーの雪辱を晴らすことに成功するのだった。
「主らの異議申し立ては中々の見世物であったな。」
「見てたっスか?」
微笑むメノウの表情から肯定していいだろう。しかし、ドリグナの最高速度で急行したパティとスイですらギリギリだというのに何処から見ていたのだろうか。
「スイの髪飾りに特等席をな。アキシオンの娘は気づいておったぞ。」
「………えぇぇえええ。」
いつの間にかライブカメラにされていたことにスイは不満の声を上げ、チェメリィは声を上げて笑った。
「それで、チェメリィさんはエリーさんの所にも行ったッスか?」
不貞腐れたまま問えばチェメリィは首を横に振る。
「妾から押しかけるほど厚顔ではいれぬよ。」
チェメリィ達はエリーと逢う為の口実にミーネを使用していた。実力行使で断らなかったエリーの優しさにと弱みに付け込んだ交渉という名の恐喝だ。
「負い目のある妾と違うじゃろう。スイは逢いに行くといい。」
「伝言は“逢いに来い、ろくでなし”で良いっスか?」
「はははっ。頼もしいのう。」
憂いを払い笑うチェメリィを見てスイは立ち上がる。
「じゃ、早速。帝国軍に借りパクされる前に七番島神官特殊補佐官を取り返しに行くッス。」
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「早くこの子に会いたいな。」
大きく膨らんだ腹部を撫でながら金髪の女性は幸せそうに微笑んだ。
「神様は意地悪だわ。貴方も私の事は忘れていいのよ。」
困ったように笑いながら子守唄を歌う。目の前にいる自分には気づいていないかのように。
「ごめん、俺、何もできなくて。」
守ることも傍らにいることも支えることも出来ず歯がゆくて自身が救われるためだけに許しを乞う。すると彼女は椅子から立ち上がり、膝を付いて頭を下げる男を抱きしめた。
「ごめんね。そんなつもりじゃなくて。」
どうして思っている事を思った通りに伝わらないのか、何故共に歩むことすら許されないのか。
「いっそ全部忘れてしまえたらいいのにね。貴方は優しすぎるから。」
彼女が口にした悲しい言葉。卑怯な考えかも知れないがそうすれば何の悔いも無く過ごせただろうか。
「でも俺は貴女を忘れたり見放したりしないよ。」
誓うように目を合わせると彼女は嬉しそうに笑い窓に映る青空を見上げた。窓を開ければ風が花柄のカーテンをゆらす。
「無理よ。だって……。」
不自然に言葉を切る彼女の顔が歪み、明るい室内は暗闇へと暗転した。
焦げた臭い、焼ける臭いが鼻を霞めて肌が溶けるような熱気に包まれる。そして暗闇から赤々と燃える炎の中にいた。しかし瞳には何も映らず、背中に固く冷たい感覚がする。
「……して。」
しゃくりあげて泣きながら呟く女の子の声がする。
「……かえして。」
か細い声と息苦しさにいつの間にか閉じていた目を開くと、服も髪も肌も燃えて煤けた小さな女の子が仰向けに横たわる自身に馬乗りになって首を絞めていた。殺されかけているのに指先ですら動かず少女の憎しみに満ちた激情を受け入れるように目を閉じる。
全てを奪ってしまったのだから、この子の手で命が終わるならそれでいい。
そんな事を思っていると頭に衝撃が走った。
「居眠りしてんじゃないわよ。」
後頭部の鈍痛を擦りながら突っ伏していたテーブルから顔を起こすと鉄扇を手の平に叩きつけるテリアがいた。
「……それで殴ったとか言わないよね。」
鉄扇とは親骨が鉄で出来た扇子だ。強打すれば骨折は不可避であるし、頭部を叩いたとなれば昏倒するかあの世行きである。
「もちろん死なない程度に殴ったわ。夢に魘されるなんて子供みたいね。」
テリアの話しぶりからエリーは魘されていたようだ。時々見る見覚えのない金髪の女性の夢と身に覚えがありすぎる少女の夢。
「ところでテリア君はいつまで俺を拘束しているつもり?」
今、エリーがいるのはテリアに誂えられた執務室。今回のことで破損した魔道隊の武具などの補修から雑務までエリーは休む間もなく労働していた。
「強制はしてないわ。アンタの調書も終わったし好きにすればいいじゃない。」
「将軍様が次々と雑務を押し付けるから逃げる暇がなくてね。」
「何の言い訳かしら。あんたにお客さんよ。」
テリアが指差す先には七番島神官スイがいた。
「久しぶりッス。」
「……スイちゃん。仕事は大丈夫なの?」
淡々と答えるエリーに近づくとスイはデスクと彼の間に入る。
「エリーさん、きちんとごはん食べてるッスか。」
「食べてないわよ。」
スイの質問にテリアが答える。
「でも私達魔導隊は大気中の魔力を吸収することで補えるから心配いらないわ。」
「テリア君。言ってて悲しくならない?」
フォローに該当しないようなテリアのフォローにエリーは言及する。
「エリーさん。いつまでお店閉めとくッスか。」
「もう少し落ち着いたら開けるよ。」
「エリーさん。」
「何かな。」
「アタシは、ミーネちゃんを四番島に取られるのもエリーさんを軍に取られるのも嫌ッス。2人が七番島に帰って来ないから迎えに来たッス。」
エリーは葛藤するように黙り込む。ローズレイアが落ちた日を最後にエリーもミーネも七番島に足を踏み入れることなく、互いに逢っていない。後処理をするうちに日が過ぎてしまった。
「あんたが自分の意思で動けないなら将軍様が出動命令出してあげましょうか。」
「俺はもう退役した一般人ですよ。将軍様。」
「関係ないわ。十分仕事は押し付けたしアンタの湿気た顔見るのも飽きたし、ここに拘束した責任を取ってお家まで送ってあげるわ。でもその前に八番島エイヴァに用があるの。もちろん付き合ってくれるわよね?」
高圧的なテリアにエリーは嫌そうな顔をする。スイは更に嫌そうな顔をする。
「将軍さん。エリーさんはアタシが七番島に連れ帰る為に迎えに来たんだけど。」
「お黙り、小娘。」
テリアの迫力に2人は力なく従うことにしたのだった。
お嬢様とかが鉄扇で頬をぶん殴るシーンとかあるけど現実でやったら頬骨砕けて顔面崩壊する。




