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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
焔の章
39/42

恋君

「エリーさんっ。」


 叫び声と一緒にスイは飛び起きた。


「あれ?」


 状況が掴めず、スイは首を捻る。煌びやかな部屋で大きなベッドの上にいた。服装はバスローブの様な薄い衣服で傷は丁寧に治療されている。

 隣にはパティが寝かされていた。酷い火傷を覆っており、全身に包帯が巻かれてホラー映画のモンスターのようだが隙間から見える顔は彼女のモノで間違いない。


「パ、パティさん、パティさんっ。」


 スイはパティを揺さぶった。するとぱちっと目を空けたパティは飛び起き、スイを腕の中に納めると鋭い眼光であたりを見回す。覚醒と同時に護衛対象の保護と状況確認を同時に行うなど流石アキシオンである。


「ここは何処だ?」

「分からないッス。」


 とりあえず、危険はないと判断したパティはスイを放すとベッドから降りた。警戒しながら窓に近づきそっとカーテンを開けて外を見て動きを止めた。パティの異変を察知したスイも後を追い、窓から外を覗いてあんぐりと口をあけて目を見開いていた。


「……花屋敷。」


 フィレナキート諸島の西南に位置する群島の狭間に存在するブルーホールにある海中街。一般のリゾート客は立ち入れない特別待遇の場だ。セレブや国の上層などを客とした高級歓楽街。

 芸事に秀でた遊花と呼ばれる女性が迎える華やかな楽園だ。


「あたし、踊り子になるのが夢だったッス。」

「んな事どうでもいい。悪ふざけか?馬鹿にしてるのか?何だこの状況はっ。」


 2人は花屋敷に点在する妓楼の一番大きな建物の一室にいたのだ。部屋の装飾を見る限りかなりのランクだ。大きな窓から一望する光り灯る海底街の景色が物語っている。


「お目覚めか。」


 声と共に戸が開く。パティは武器を構えてスイの前に出た。入ってきたのは華やかな格好をした飛び切りの美人。ミーネと同じく白目が黒い黒強膜族(ディーアイン)の妖艶な女性だった。


「花屋さんっ。」


 彼女はこの街のトップだ。神官ですら面識のとれないとんでもない人物の登場にスイは目玉を落としそうになった。


「元気そうでなによりじゃ。其方らが汚れた姿で空虚より現れた時はひやりとしたぞ。」


 花屋は戸を締めながら入室し、ソファーへと座った。


「ここは関係者以外立ち入り禁止のプライベートルーム。七番島神官様が子連れでこんな所に何用かや。そちらの軍人さんの接待といわす風体には見えぬが。」

「分からないッス。だって、あたしたちはエイヴァでって子連れ?あ、アーシー君!アーシー君は?」


 記憶が正しければここに来る前に、スイはアーシーを抱えていたはずだ。一緒にエリーの魔術に飛ばされたように思ったが違ったのだろうか。


「連れの子供は別室におる。必要なら案内するが。」

「うへっ。いや、でも。」


 会ったところでアーシーだ。まともな会話が成立するとも思えない。取りあえず無事であることに少しだけ安心しながらも混乱しかけるスイの肩を叩いてパティは落ち着かせる。


「ところでスイ、あいつは空間転移魔術が使えるのか?」


 確認するようなパティの言葉にスイは頷いた。そして息を漏らして額に手をやる。


「世話になったみたいだが、文句はここに飛ばした奴に言え。」


 花街などに強制転移させた張本人に怒りながら低い声でパティは答えた。


「胡蝶屋様のことかえ?」


 花屋はぽっと頬を赤らめて恋人を呼ぶように甘い声を出した。


「……胡蝶屋様?花屋と知り合いってどんだけ女癖悪いんだ。」


 パティは心底草臥れたように項垂れた。殺伐とした緊張感など微塵も残らずに消えている。


「そなたらが胡蝶屋様の悩みの種かや。珍しく深酒してややこしい人が来たと愚痴っておられたわ。」


 さらりと失礼なことを言われるも言い返す気力などない。

 禁欲的で冷徹なエリーしかしらないパティは別人になってしまったかのような堕落ぶりに心を砕かれた気分だ。機械的に一切の無駄なく任務を遂行する姿には憧れすらあったというのに。目の奥が熱くなるのを感じた。今すぐネブリーナ皇国へ帰還し司令官へ泣きつきたい気分である。

 偏見であるがエリーは女好きであり女癖が悪いだろうと普段の態度から予測していたスイは平然としていた。愛人が数人出てこようとも隠し子がいようとも“エリーだから”で納得するのはスイだけではないだろう。

 取りあえず2人は食事の席へと通された。

 豪華な食事をとりながら情報を提供しあう。


「さて、どこから話そうかのう。」


 煙管の煙を吐きながら話の順序を考える花屋。その前に座るパティがカラトリーを置いて口を開いた。


「私たちが知り得ている情報はない。本神殿の祈りの護衛を口実に“とある被疑者”を捜索する軍事計画中、最高指揮者に本神殿に連行された。そこでロストテクノロジーが作動する中、顕現した神使と“とある組織”が対立していたところに強大な兵器が使用されたんだ。確か、白い少女が現れてその後はよく覚えていないが目が覚めたらここにいた。」

「成程のう。やはり調律師も関わっておったか。」


 どこまで情報を持ち得ているか探るように調律師の存在を濁したパティの気遣いは瞬時に砕かれる。


「では妾が持ちうる情報を提供するとしよう。まず其方らが被弾した兵器はローズレイアじゃ。」

「ローズレイアだと?」


 パティはとんでもない破壊兵器の名前に音を立てた。


「神官達の話ではジル大佐が異様な動きをしていたらしい。旧式の電脳知能に数字を打ち込んでいたと。その様子を見た胡蝶屋様がローズレイアの機動コードだと漏らした言葉を四番島神官が聞いている。」

「何にしろ、ジルが仕組んだって事か。」

「ジル大佐は陸軍の連団司令官であり多少の武力や知識はあるが機械操作は苦手のはず。災厄前の古代兵器であるローズレイアを扱う技術がない事など知り得ておろう。」


 言われてみればジルが機械を使いこなしているところなど見たことがない。彼が鴉を去って20年。言えば一言だが過ごせば長い。その間に少しは機械の操作技術が上がっていてもおかしくないが専門的な技能を要する操作までは出来るとは思えない。


「其方に摂取したアキシオン専門の鎮静剤ソルモネラにフォボスの盾。寸分の狂いなく照準を間違えずにラエドの槍を扱い、挙句の果てにローズレイアなど奴には無理じゃ。簡単な情報処理作業なら出来る様じゃが知識も技術も主の四半分もなかろう。」

「随分と詳しいな。」


 軍の個人情報のみならず当事者しか知らないような軍事作戦の情報まで知っているなど恐ろしい事だ。花屋敷の主が諜報員すら入手困難な情報を平然と語るのだから。


「胡蝶屋様に関わる事なら調べ尽くしておる。主も危害を加えるようなら黙っておらんぞ。」


 にこやかに言われ鳥肌が立った。この凶悪さはミーネに似ている。エリーは棘のある女が好みなのだろうか。


「怖ぇ女。」

「其方程ではなかろう。」


 扇子で口元を隠して微笑む姿は優美であるが背筋の凍るような悪寒が走るのはなぜだろうか。


「さて、話は戻るがローズレイアが落とされた数十分後にウォールから海が消えて雪が降り、翌日には帝国陸軍の中将が到着して魔道機動師団によるエイヴァの消火活動が開始されたのじゃ。消火の目途がついたら安否不明の兵士の捜索に出るらしい。」


 花屋は神官であるスイの為にフィレナキート諸島の被害状況など知り得る限りの情報を教えてくれた。


「スイ、これからどうする?」


 ひとしきり話が落ち着くとパティはスイに今後の動向を仰ぐ。


「一度、戻るよ。七番島の被害酷いみたいだからあたしが戻らないと。エリーさんの捜索に参加したいし、ミーネちゃんも心配だし。」

「あの小娘ならローズレイアが落とされてすぐ、四番島神官が保護しておるから安全じゃ。それより今は戻らぬ方がよかろう。」


 花屋の思いかけない言葉にスイは一瞬で顔色を無くした。


「なんでっすか?」

「其方らは丸二日寝ていたのじゃ。」

「二日っ??」

「謀に巻き込まれた其方らが戻るには時が経ちすぎておろう。」

 

 言われてみれはそうだ。ジルはスイとパティも殺そうとした。今戻れば何をされるか分かったものではない。せめてジルの悪事の証拠でも持ち出さなければ同じことが怒るだろう。エリーの無事もわからず、スイは不安に崩れ落ちた。


「神官様、もう少し状況を整理してから戻られてはいかがかな。わざわざ胡蝶屋様はここによこしたのだ。何かしらの考えがあるとは思わぬか。」


 スイは花屋の提案に力なく頷いた。アーシーの存在があったからフィレナキート諸島内でなく身を隠せるここに飛ばしたのだろうとはじめは思っていたがそれだけではなさそうだ。


「ところで奴はここの常連なのか?」


 パティの勇気ある質問に、花屋は残念そうに首を横に振った。


「十数日に一度、無理を言って通ってもらっておる。他愛のない話をするだけじゃ。」


 とても寂しそうに花屋は話し出した。


「16年程前か、西国にある花屋敷にて胡蝶屋様に借りができた。我らの為に持てる力を尽くしてくれた。」


 恐らく、エリーがナルの名を捨て、ネブリーナ皇国を去ってすぐの事だ。気まぐれか隠れ家がほしかったのか分からないが帝国軍に入隊するまで調律師やネブリーナ皇国の追手がかかり息もつけない逃亡生活が続いたはずだ。


「花屋敷の女は大恩ある胡蝶屋様に夢中なんじゃ。でもどんな美女の誘いにもつれることなく、強くも誠実で禁欲的な胡蝶屋様の噂は世界中に点在する花屋敷に伝わってのう。その話を聞いた者はみな恋をするんじゃ。」


 夢を見るような瞳。胸元で組まれた手。赤い頬。花屋は本気でエリーに恋をしている。花屋敷で一番の彼女が初々しい少女のようにエリーを語るのだった。


「単純だな。」


 色恋とは無縁の生活を送るパティは鼻で笑った。


「妾達は主と違い情熱的なだけ。」

「で、隠れ家を見つけたあいつは各地の花屋敷転々としてたって事か。」


 外界から隔絶された花屋敷ほど身を隠すにはうってつけの場所はない。


「だったらよかったんじゃが、ちっとも頼ろうとしない連れない男よ。妾達はこちらから情報を集めて、胡蝶屋様が国にいるときに遊郭へ誘ったんじゃ。」

「誘いに乗ったのか?」

「弱みを握ったからのう。」

「弱み?」


 花屋の言葉にパティは眉を潜める。彼を脅せるだけの弱みなどあっただろうか。あればとっくに交渉材料に使用している。


「図々しくも胡蝶屋様の傍らにいる目ざわりな小娘がいるじゃろうて。」

「それ、ミーネちゃんの事?」


 大人しく話を聞いていたスイが友人の悪口に花屋を睨む。


「胡蝶屋様があの女を連れ歩くようになったのは14年程前。全ての花屋敷は彼女に手出ししないことを条件に定期的な花屋敷への訪問か滞在を約束したんじゃ。」


 ミーネの安全を盾にエリーを脅したのだ。しかしこの案は両者にとって有意義なものだ。嫉妬に狂った者ほど恐ろしいものはない。花屋敷側は我慢の聞かない外れ者を牽制するために、エリーはミーネに余計な火の粉がとびかからないために最適な措置であった。


「……怖ぇ女どもだな。」


 もはや何も言い返す気力を削がれたパティは頭を押さえながら立ち上がった。


「どうした?」

「疲れた。寝る。」


 単語のみ言うとパティはばたりと寝床に倒れこむ。

 大きさとデザインから一人用の睡眠をとるだけのベッドではなさそうだか速く眠りたい。精神的にも肉体的にも打ちのめされた彼女が深い眠りにつくまでそうはかからなかった。


「さてと、神官様もおつかれじゃろうて。本日はおやすみしたらどうじゃ。」

「お心遣い感謝痛み入るッス。」


 とにかく今は休むしかないとスイが息を吐いた時、遊花にふさわしくない足音を聞き取り、花屋は扉に目を向けた。足音が扉の前で止まると理を入れることなく戸が開かれる。


「姉さまっ。」

「客人の前だよ。礼儀をわきまえぬか。」


 遊花は一礼するとスイの前で頭を下げた。


「胡蝶屋様が見つかりました。」


 花屋は報告した遊花に頭を上げさせる。


「そうか、見つかったか。」


 花屋もスイも安堵の息を漏らす。


「御無事のようですが、しかし、軍に身柄を拘束されて軍法会議にかけられるとっ。」

「軍法会議だとっ!?」


 花屋は声を荒げた。


「海祟と今回の八番島エイヴァ焼失の件、軍は胡蝶屋様に責任を押し付ける腹積もりです。」

「そんな戯けた話があるかっ」


 激昂する花屋に遊花は涙を流して怯えた。花屋の凶悪な魔力が可視化されて威圧する。


「すまぬ。さがってよい。神官様、乗り込むかえ?」


 花屋の案にスイは首を横に振る。


「今は何もわからないから。」


 情報もない状態でむやみに動くことは出来ない。もしかしたらこれを見越してエリーはパティとスイをここへ送ったのかもしれない。仕掛けたのがジルならば、パティとスイも殺そうとしたジルならば反論材料をそろえていかなければ共犯に仕立て上げる準備をしている可能性がある。

 花屋にもスイにも焦りが混ざった。

◆遊花…花屋敷にて客人を向かえる女性。

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