凍結
ローズレイアが八番島エイヴァに落とされて12日が経った。
瓦礫となった建物は綺麗に片づけられ、怪我をした島民達の症状も落ち着いていた。あちこちで破損した建物の修繕が始まってる。
復興と作戦時の聴取で奇跡の生還を果たしたスイは忙しい日々を送っている。ローズレイアを落とした真犯人であるジルは全ての勲章を剥奪され帝国軍本部へと移送された。旧時代の破壊兵器の私用により第一級犯罪者として国際裁判にかけられる事が決まったのだ。帝国軍はウォール諸島共和国に詫びる形でテリアの指揮のもと徹底調査と無期限の復興作業を行っている。
スイを守り切ったパティは神官達から英雄視さ未だにフィレナキート諸島に残っている。祭り上げられれまんざらでもない様子だ。
南国の青空が広がる中、解けない雪が降り続けることで混乱しつつも、表向きには平和を取り戻しつつあった。
ただ、七番島ザージュのはずれにあるモティールは閉店したままだ。魔術の施された店内は埃一つなく綺麗なままであり草花も生き生きとしていた。
エリーは聴取の為に未だナール島から返ってこない。裏でテリアが権力を振りかざしているとパティから聞いた。ミーネも四番島寺院の病棟で手伝いを続けている。このままマカイの秘書にでもなりそうな勢いだ。
「ミーネちゃん、寺院に入るなら七番島寺院にきてくれればいいのに。」
ほんの少し前まで、いつまでも続くと信じていた日常が失われてスイは寂しかった。
捌いても捌いても終わらない後処理の仕事にうんざりしながら留めていた手を動かす。
「茶でも飲まぬか?猊下。」
「ぴゃっ。」
入室してきた煌びやかな女性の存在にスイは10センチメートルは椅子から飛び上がって驚いた。
「チェメリィさんっ。」
花屋敷の主、花屋のチェメリィが七番島寺院にあるスイの執務室にいるのだ。出迎えるべく椅子を倒しながら入り口まで行くと客人は楽しそうに笑っていた。
「なななななな、なんでこんなところに?」
「お主が逢いに来ぬから赴いたまでよ。濃厚な時を過ごした仲じゃろう。」
瞬時に距離を詰めたチェメリィはスイを壁に追い詰め顎に手を添えて顔を近づける。
「ごごごごごご、誤解ッス。ののののの濃厚な時間なんて濃厚な時間なんてぇっ。」
「過ごしたじゃろう?妾の部屋で2人きりで。」
「ふえっ?だって、それは。」
妖艶な雰囲気に激しく動転するスイの顔は真っ赤である。
確かにスイはチェメリィと2人きりの夜を過ごした。しかしそこに甘い空気が漂っていたかと言えば否定的であり、もちろん肉体的にも恋愛的にも交わりなどない。
「初々しいのう。」
心底楽しそうに笑いながら背の高いチェメリィはすっぽりとスイを抱きしめた。
「元気そうでなによりじゃ。妾に出来る事があるなら手を貸そう、我が友よ。」
「ありがたいッス。」
猫の手も借りたい状況で嬉しい申し出にスイはチェメリィに抱き着き返す。白い肌と黒い強膜に甘い香りに心が落ち着く。
ミーネが好きなスイは黒強膜族というだけで心開いていた。
チェメリィとの出会いは12日前の衛星が最も輝く日、衝の日に遡る。
あの日、スイは地獄を見た。
光りと轟音で目がかすみ、耳も何かが詰まったように聞こえなかった。熱気と真っ赤な炎の中、皮膚が焼け焦げたエリーに抱きしめられながら、やめてと声にならない叫び声で懇願しながら散りゆく命を見ていた。
強烈な光りに包まれたような閃光の中、肌を焼かれるような熱気を感じながら動かないからだとぼやける視界に腕を振り上げるアーシーの白が移る。
「作戦通り!最弱勇者ザマァ!」
アーシーは握った拳を掲げて歓喜する。轟音と強い光。木々は薙ぎ倒され、音を立てて炎を巻き上げる。天から落ちてきた光が本神殿に向かい歩いてきた少女を直撃していた。
常人であれば失明する程の光が止むとそこには数十メートルのクレーターが出来上がっており、水蒸気が何百メートルも立ち上る。
「やっべぇな。ゴリカが全力で殴って押し負けて怪我した障壁がヒビ割れてんじゃん。」
「ゴリカって言うな。」
これに抗う為に調律師はココメロ王国より派遣された魔導研究チームと共同開発した物理攻撃を遮断する障壁を限界突破するまで高めたのだ。
判断は正しかった。元ある障壁だけでは砕けて全員焼かれていたことだろう。
≪まさか、神殺しの光芒を再び見ることになるなんてね。≫
目の前の惨状を眺めながらラウの首に巻かれた黒蛇は感嘆の息を漏らす。
「あ、ガブリエル様はご存じでした?」
にっこりとアーシーは笑う。
≪レアに構築されたダイソンスフィアから供給される熱エネルギーを0.001%に凝縮して音速で墜とす衛星軌道兵器。アポカリプスに落とされずに残っていたなんて驚きだよ。これはアデルの慈悲だからね。≫
「慈悲とは何か小一時間ほど問いただしたくなるんだけど。」
ラウのツッコミは最もである。こんなとんでもない破壊兵器が慈悲と呼ばれるなど800年前の常識を知りたい。
≪結局は最小の出力でも威力が強すぎて地上の被害が大きすぎるって理由で使われることはなかったけどね。終わりが分からない者を終わらせる為の慈悲だよ。≫
「だから慈悲の神が流した涙になるってわけね。」
強力な破壊力を持つ兵器も慈悲になるとは嘆かわしい事だ。
「あの中にいたら調律師でもやべぇかな?」
「再生能力がどこまで適応するか試したことねぇし、試したくもねぇからわかんねぇよ。」
ローズレイアの威力をマキとルカは見聞する。
「おしゃべりはそのくらいにしたほうがいいよ。」
先程まで歓喜していたアーシーの表情が冷たくなり一点を指差す。
「あれれ、アデルさんの模造品が生きてたねぇ。」
≪まったく、しぶとい。≫
ラウとガブリエルがアーシーの指差す先に視線を向けると、魔術で作り上げた障壁がある。
身を盾にしてスイを守ったため、エリーの皮膚はところどころ焦げていた。しかしその傷は血液を蒸発させながら治癒していく。パティもスイも衝撃で意識は酩酊しているようだが三人とも無事のようだ。
「まぁ、あれはオマケだからいいけどね。」
「本命がこれで終わってくれればいいがな。」
「センセー、ゴリカちゃんがフラグ立ててまーす。」
ふざけるラウをルカは蹴り飛ばす。
「あれで消えないってローズレイア製作者の計算違いかな。それとも始祖と調律師が融合したファンタジスタ。」
アーシーが嫌そうな顔で指差す先には炎の中を平然と歩き進む白い少女の姿があった。
何も映していない瞳。表情のない顔。一つの行動をプログラムされたロボットのように真っ直ぐ歩く姿は不気味だ。
調律師達は1人一振りずつ与えられたリュティーアシーカを構える。
「初めまして、レイモンドにたぶらかされて人生のやり直しを目論む愚か者諸君。俺はヴィクトル・ブランシュ。示談交渉に応じるつもりはないけど大人しく道を空ければこちらからは手を出さないよ。」
特式の調律師ヨウの姿でヴィクトルと名乗った少女は笑った。
≪ヴィー、本当にヴィーなのか。≫
「そうだよ。卑怯者のガブリエル。」
≪なぜ、こんな事をするんだ。≫
「諸悪の根源が被害者ぶらないでくれる?」
ヨウの姿をしたヴィクトルが冷たい目をした時、マキが銃弾を浴びせた。しかし弾は届くことなく氷結して地に落ちる。
「示談交渉しねぇって宣言している奴に話が通じるわけねぇだろ。」
マキの言葉を皮切りに戦いの火ぶたが切って落とされた。
アーシーの操る錬金人形が多勢で襲い掛かり、ニカの能力『逆』で上下左右の均衡を狂わせ、怪力のルカと爆撃のモモ、マキの三人がリュティーアシーカを使う接近戦の主軸に反射の能力を持つオットが防御と援護しながら戦う。
ヴィクトルは紙一重の回避と防戦のみで攻撃をする余裕はないようだ。
このまま畳みかければ抑え込めると、誰もがそう思った時だった。
「……飽きた。」
劣勢に防御と回避に徹していたヴィクトルがぽろりと呟いた。
「避けろっ。」
「バーン。」
警告するエリーの叫びとふざけたようなヴィクトルの言葉が重なる。最も遠いところでヴィクトルの菌根感覚を崩して優勢に持ち込んでいたニカの額に雪の結晶の文様が浮かんだ。
ニカの髪色が漆黒から脱色された金髪へ変化する。付与が消えたのだ。
「……アレは、ライネさんの能力?」
驚愕にアーシーの目が見開かれる。共有した記録によるとアルドの調律師を全滅させたライネは調律師の付与能力を凍らせる力を持っていた。
「違う、始祖の能力だ。」
ルカが否定する。
「ニカっ。」
重力に沿って遺跡の上から落ちるニカをモモが受け止めた。
「……モモリラ。」
「モモリラって言わないで。」
「ううっ。」
呻くニカの肌に白い斑模様が浮かびだす。ローズレイアによる火災で酸素は薄い。更にα元素濃度は人体に支障をきたす濃度だ。
付与を失った調律師は唯の人間。塩化症候群と酸欠を起こしている。
「ニカッ、ニカッ。」
モモの腕の中で調律師の力を失ったニカは意識を失った。医療知識のないモモには助かるかどうかの判断が出来ない。
不死の力のない人間はもろい。
「ちきしょう!止まりやがれ!!」
激高するルカを筆頭に調律師たちはヴィクトルに応戦する。しかし、次々と能力を剥され一人また一人と地に伏せた。
その様子をエリーはスイを抱えて見ていた。発生する火災陣風。叫び声。人の燃える臭い。
虚ろな瞳で進む女の子。
エリーはこの光景を知っていた。気の遠くなるような遠い昔の忘れた記憶。
≪もう、やめよう。≫
破壊しか存在しない轟音の中、黒蛇の静かな声が全員に届いた。
≪ヴィクトルがこの世界を壊すと言うなら、我々は甘んじて受けるべきだ。≫
「ふざけんなっ、何で昔の過ちを今生きてる奴らが精算しなきゃなんねぇんだ!先祖だろうがなんだろうが他人の罪を等しく償う理不尽があるかよ!」
力を失ってなお、あきらめないルカは叫んだ。
≪シド、我々の負けだ。助かる命を優先してほしい。撤退をっ≫
黒蛇ガブリエルの祈るような願いも空しく、調律師達は氷像に変えられていく。付与を外されても腕をちぎられても立ち向かうルカを皮切りに、接近戦で戦っていたマキもリュティーアシーカごと凍らされた。
「……やめて。」
意味があるのか分からない悲惨な戦いにエリーの腕に抱きしめられたままスイは懇願する。
そこからはヴィクトルから襲い掛かり、モモの爆撃を打ち消し、オットの反射を破った頃には2人とも反撃の姿勢のまま氷像と化していた。
「…やめて、やめて。」
スイの声も届かず、ラウが影を伸ばして応戦するも直立したまま氷像となる。ヴィクトルがアーシーへと手を伸ばした時、音もなく肘から先が消えた。
「……へぇ。」
ヴィクトルが視線を巡らせると中に黒い極小の宝石が浮いていた。宝石には糸が繋がっており、四方八方より近づく。
体に触れる直前、黒い宝石が割れ1メートル圏内の空間を消滅させる。避けるヴィクトルの四肢が欠損しては回復する異様な光景に吐き気がした。
指を銃のように構えるヴィクトル。また付与凍結がくる。
「バーン。」
避けることなく攻撃を受けたアーシーの白に近い白銀の髪が栗色に変色した。能力の糸が消え、落ちる勢いのままアーシーはヴィクトルに抱き着くとローズユォーダスの短縮起動コードを叫ぶ。
「………え?」
圧縮された重力によりアーシーもろとも消滅するはずだった。しかしアーシーの胸にぶら下がるドッグタグにあるローズユォーダスは発動しない。
ヴィクトルは頭一つ分下にあるアーシーの頭を撫でながらチェーンを持ち上げる。
「チェックメイト。」
ドッグタグに嵌ったローズユォーダスが白く凍結している。
空気が凍り、ダイヤモンドダストが煌めく。全てが凍らされる。
「アーシーっ。」
塩化症候群と凍結で白くなるアーシーの手を引きヴィクトルから放すマキ。
「本体まで凍りかけてんだけど、ログインに時間かかるしサイアク。」
マキはアーシーを背中に庇い銃を構えた。無駄とわかっていても距離をとる為に発砲する。しかし銃弾は全て凍らされ、距離が開くこともない。
「アーシーっ、逃げ……。」
再びマキは氷像となり、ヴィクトルは立つこともままならないアーシーに手を伸ばした。
「ダメェェェェッ。」
スイの懇願するような叫び声にヴィクトルが手を止めたとき、エリーがかばうようにアーシーの前に立った。
「アーシー君っ。しっかりして。」
スイが駆けつけるがアーシーは意識を失っている。顔色は白く血の気がない。2人を庇うようにパティが立つと足元に魔法陣が浮かび上がる。
「……待てっ。ナルっ。」
パティが制止するも旋毛風が倒れるアーシー、パティとスイを攫うようにどこかへ連れて行った。
◆チェメリィ…花屋敷の主。
◆ルカ…赤いメッシュの調律師。力の能力を持つ。ゴリカと呼ばれている。
◆モモ…桃色の髪の調律師。モモリラと呼ばれている。
◆オット…銀髪の調律師。反射の能力を持つ。
◆ニカ…白メッシュの調律師。逆の能力を持つ。




