断罪
「それでは開廷する。被告人を前へ。」
前回の軍法会議同様、魔導隊の二人がエリーを拘束席へと繋ぐ。
「名無しの被告人に対する海祟及びエイヴァ作戦時の爆発事件について次の通り判決を言い渡す。検察官の証拠と状況から被告人を犯人と確定。軍事規定に著しく違反し多大な損害をだしたとして終身刑を言い渡す。なお今後の身柄は軍事刑務所でなく帝国陸軍中将及び帝国陸軍大2軍団魔導機動師団長である某が預かる。被告人は最後に弁論があるなら聞こう」
「……。」
エリーは反論も弁論もしない。
懲役や処分ではないものの、エリーは軍へ連れていかれる。神官達に諦めの色がにじんだときだった。
「意義あり。」
法廷の扉を勢いよく開けて入出してきたのは訃報と告げられていた七番島神官と護衛にあたっていたアキシオンの娘だった。
2人とも怪我をしているどころか華やかな衣服に身を包み、結われた髪には花が飾られて化粧まで施されていた。ここが法廷でなければめかしこんだ姿に称賛の声が上がっただろう。
「よう、黒幕。私を処分できなくて残念だったな。」
ヒールの音を鳴らしながら歩くパティは被告人席に座るエリーを蹴とばした。強烈な蹴りに拘束具が砕け外れて破片が飛び散る。
人造魔道士による渾身の中段蹴りは超合金で作成された拘束用の椅子を法廷の壁まで吹き飛ばしていた。
「エリーさん、あたし怒っているの。」
椅子から床へと落ちたエリーは仁王立ちするスイに困ったように笑うのだった。
アキシオンの恐ろしい脚力に全員が顔を青くするなかパティとスイはハイタッチをするとそれぞれが目的の元へと足を進める。
無惨にも椅子から床へと落ちたエリーの元へ行ったスイは腹へと座り、放たれる不機嫌を表す怒気が抵抗を許さない状況である。
圧倒的な破壊力を見せつけたパティの所業に睾丸が縮み上がった見張りの魔導隊2人は若き神官の肉椅子と化した容疑者に一歩たりとも近づくことができなかった。
絶望的であったスイの生還に驚愕と歓喜に打ち震えるはずの神官達もあまりの出来事に置物となっている。
「さて裁判長、異議申し立ては間に合うだろうか?」
証言台へ登り、不敵に笑うパティ。口上は丁寧にお伺いを立てているが、異を唱えれば容赦なく肉体言語を飛ばす気でいるだろう。コツコツとリズム的に鳴らすヒール音が回答許容時間のカウントダウンのようで恐ろしい。
彼女は帝国軍の中でも有名な要注意人物である。取扱い注意の劇物の登場にテリアの思考は花畑へと旅立った。
「……勝手になさい。」
投げやりな許可に笑みを深くしたパティは証言台へ設置された机へ行儀悪く座ると高々と足を組む。華やかな衣装が捲れて太ももが露になる様は目に毒だ。
「まず、海祟に対しては初犯が起こる4年前、つまり25年前から17年前まではネブリーナにて現場不在証明を提示する。そして14年前から8年前ならばパイロープ帝国が提示可能なはずだ。国をまたいで魔術の展開は不可能。確たる物証もなく犯行可能な技術者というだけで即容疑に結びつけるなど具の骨頂。そして、これはとある電子知能へのアクセス記録だ。」
パティが映し出した文字列には、日時、接続元の機器と所在情報、接続者、要求した操作内容とその正否や応答内容を時系列に順番に示されていた。
そこにはローズレイアの落とされた日付と所在情報が旧暦とウォール諸島共和国の旧地名で記録されている。
「これは?」
「ローズレイアの管理システムにハッキングしたアクセスログだ。」
「……また、とんでもないものに潜り込んだわね。」
テリアは顔を引き攣らせる。古代兵器へのハッキングなどパイロープ帝国軍の科学技術者が総員しても難易だろう。
「使いっ走り将軍はローズレイアについて如何ほど理解しているんだ?」
「その呼び方やめなさい。古代兵器の詳細なんて知るわけないでしょう。」
パイロープ帝国軍に残されている文献が正しければローズレイアは900年近く前の兵器だ。大まかな記録のみで詳細はない。特殊な天体望遠鏡で存在確認しかできない兵器の起動コードがエリーの自宅から見つかったことが不思議なのだ。
「では説明しよう。当時の実証実験にて最大出力ではR-0009と同質量の惑星を吹き飛ばす破壊力があると証明されている。故に起動には今は失われた18カ国首脳の承認が必要なんだ。そいつが起動コードを知っていたとしても意味がない。単独で起動できるとしたら制作者のみが知り得ていた裏コードのみ。そしてアクセスログを見る限り今回使用されたのは裏コードだな。神官諸君、この文字列には見覚えはないか?」
パティが起動承認されたコードを拡大する。ガタリと音を立ててマカイが立ち上がった。
「それはっ、ジル大佐が打ち込んていたコード!!」
神官たちは何度も何度も何度も見ていた。エリーの無実の証拠をを探すために。
「さて800年前に没した制作者のみぞ知る裏コードなんて如何にして手に入れたのか興味が尽きないな。」
「ローズレイア起動魔術についてのデータはどう説明する気かしら?」
青ざめ言葉も出ないジルの代わりにテリアが残る疑問を提示する。
「それこそが偽造である証拠だ。我々アキシオンは瞬間記録能力が備わっていると知っているか?どれほど難解な文字列だとしても正確に記録する。記録は全て脳で行い、任務内容等の媒体を持ち出すことはない。そんな能力保持者が記録媒体を手元に残す事方が不自然だ。そもそも起動コードが使えないのだからその魔術は破綻しているだろう。」
小ばかにするように笑うパティは足を組みなおした。黒と紫の下着が法壇からはちらりと見える。
「少し調べればボロが出る物証で軍法会議など帝国軍もいい加減だな。」
「被告人の否定が無ければ態々調べないわよ。」
特例軍法会議は真実を問う為の裁判ではない。一種の見せしめでもあるが故に弁護人のいない被告人が意を唱えなければどんなに理不尽な罪状であろうとも検察側が捜査の手をのばすことがないのだ。テリアの言葉の意味を理解したスイはエリーの顔面に平手を打ち込んでいる。
「馬鹿々々しい。ジル大佐、よくも私の大事な時間をつまらない事に使ってくれたわね?あんたの矮小な命如きで償えると思わないで。」
自身の偽造の数々を素っ破抜かれて脱力しているジルはテリアの合図で拘束される。
「茶番は終わりよ。今回の名無しの容疑者に対する軍事法廷及び査問は全て無効とする。」
閉廷を言い渡すテリアの言葉に傍聴席は湧き上がった。エリーの元部下であった軍人と神官達だ。エリーの腹に座っていたスイはあれよあれよという間に神官達に囲まれて遅れながら無事を喜ばれた。
「有能な馬車馬を手に入れる為に三文芝居に付き合ったけどこんな結果で残念だわ。」
晴れて被告人から外れたにも関わらず床に放置されたままのエリーにテリアは愚痴る。
「テリア君さぁ、心の底から俺の事嫌いでしょ。」
「ええ、大っ嫌いよ。」
零れんばかりの笑顔で答えながらテリアは中途半端に残るエリーの拘束具を外す。拘束具から解放され、無言のまま首を回して関節を鳴らしたエリーが顔を上げると猛禽類のように鋭い眼光が輝く。
「ジルにお礼参りしたいなら配慮くらいするわよ。」
「俺は面倒くさいし関わりたくない。」
「あっそ。伝え損ねていたけどあんたと一緒にいた魔女の小娘、四番島神官が預かってるって聞いたわ。迎えに行ってあげたらどうかしら。」
「……そう。」
エリーは顔色を変えることなく短く答えた。
「六番島神官に聞いたわよ。甘やかしてるだけじゃない。」
「……逆だよ。俺が甘やかされてるんだ。」
ふっと笑うとエリーはゆっくりと足を曲げて身を起こす。間接の稼働領域に変動はないが両足は凍っているのだと思い出したテリアが手を貸す前にエリーは難なく立ち上がった。
「力、戻ったのか?」
微かに異質な魔力を放つエリーに問うたのはパティだった。エリーはパティに近づき彼女の頭に手を置く。
「スイちゃんを守ってくれてありがとう。」
それだけ言ってエリーは法廷から出て行った。その後ろにテリアが続く。
「……俺に何か用ですか?閣下。」
「ええ、まだ貴方を開放するわけにはいかないわ。暫く中将預かりにするから私の監視下にいること。」
「……それは命令?嫌だと言ったら。」
「正式な手続きを通して拘束するだけよ。今なら雑務処理の手伝いって建て前で済ませてあげるわ。神官様達に心配かけたくないでしょう。」
エリーは降参の意を込めて両手を上げると、追い越して先を歩くテリアの後に続いた。行き着く先は、仮設されたテリアの執務室であり、人払いもされて行動と会話を監視するラカもない。
入室と同時に顎で指示するテリアに従いエリーは示す先にあるソファーへと着座する。テリアは対面するように置かれたソファーに座ると肘を膝に立てて両手を組み合わせた。
「本部で調査依頼したけど古代兵器の管理システムなんて未知の領域よ。正直、アキシオンの娘とジル大佐が管理システムにアクセスできたすら不思議でならないわ。アキシオンの娘はアンタの為に調べたんでしょうね。ローズレイアの管理システムにハッキングするなんてネブリーナの駒は規格外。ジル大佐は不思議と優秀な部下に慕われているから出所はそのあたりでしょう。」
前置きもなく語り出したテリアにエリーは首を傾げた。
「あなた、なんでローズレイアの裏コードなんて知ってたの?」
眼光を光らせて尋問された文にエリーの全身に鳥肌が立った。
エリーはローズレイアについて何処かで聞いたことも調べたこともない。記憶にない知識なのだ。
「ねぇ?いつ、何処で、どんな経緯があって知ったのかしら?」
軍法会議でマカイが進言したエリーの無実の証明の一つ。テリアは閉廷後に神官達に映像を見せられた時から疑問に感じていたのだ。
数列を打ち込むジルを見て“圧縮光線型衛星兵器、ローズレイア起動コード”と呟くエリーに。
「……最初から持っていた。」
「どんな言い訳よ。」
ぽつりと呟く様なエリーの返答にテリアの表情は嫌悪に歪む。
思いつめた様に頭を垂れるエリーは何度か呼吸をした後、
「……俺がアキシオンと前提するなら目覚める前に組み込まれた知識。」
「アキシオンの娘とは同胞だったって事?」
将校の元軍人であるエリーがアキシオンと面識があることはおかしいことではない。パティと知人であったとしても誰も不思議には思わないのだ。
それでも軍法会議にて再生能力をひけらかすパフォーマンス付きで告げられたジルの主張があった為に、一応裏取りはした。
エリーの出身は神の領域内にあるバナン=シールという国だった。
亡国難民としてティキティ王国へ国籍を移しし、魔道に精通する神使として入軍しパイロープ帝国へ国籍を移して人の領域へ来たのだ。
アキシオンどころかネブリーナ皇国すら関りがない経歴である。
「あんた、本当にアキシオンなの?」
「……識別番号が刻まれてないから断定できないけど。」
ほぼ肯定するエリーの言葉にテリアは顔を手で覆う。
「断定できないなら否定しなさいよ。」
成長も老化もしないアキシオンは水溶液の中で体の組織を形成され人の形が作られる。有機物の体で作られたアンドロイドと表現する事が正しいだろう。
必要な知識が備わった状態で目覚め、必要に応じて適した人格を模造するのだ。目覚めた後の経験によって取り込んだ知識でなければ元々備わっていた知識である。
「……断定できる情報も否定できる情報もないから。」
保身することなく話すエリー。テリアは肺が潰れるほど長い息を吐きだすと顔を上げた。
「つまりアンタのローズレイアについての知識の出所は不明って事ね。遺恨は残るけど納得してあげるわ。」
「……お心遣い痛み入ります、閣下。」
アキシオンは感情がないと断言されているがテリアが痛ましく感じるほどにエリーは哀愁を漂わせている。彼の感情と人格が誰かの模造である偽造だと信じられるだろうか。
「もう、用は済んだわ。ナール島を出なければ軍の施設内は自由にしていいから。」
テリアはそれだけ告げると立ち上がり、ディスクへと向かって溜まっていた事務作業に取り掛かった。ソファーに残されたエリーはのろのろと立ち上がり、音もたてずに出て行った。
スイとパティ復活。




