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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
焔の章
36/42

桎梏

「お加減いかがですか?」

「……悪いね。」


 ミーネは火傷を負った負傷者の包帯を甲斐甲斐しく取り替えた。

 あの日からミーネは四番島寺院にいる。併設される病棟へ運ばれた負傷者の看護を手伝っていた。魔術による治癒と薬作りと活躍している。人手不足な中役立っていた。


「ミーネさん。ちょっと。」

「はい。」


 そこに女官がやってきてミーネを呼び止める。そのまま連れられて案内されたところは人払いされたマカイの執務室だった。


「今からナール島へ向かいます。貴方も付いてきてください。」


 言いながらマカイはミーネへ着替えを渡した。寺院の職員の制服だ。


「軍法会議の判決は胡蝶屋さんにとって良くないものになるでしょう。胡蝶屋さんには借りがあります。このまま軍に引き渡すなど寛容出来ない。判決の結果によっては、我々神官全員が彼の逃亡に幇助するつもりです。その時はミーネさんも協力願えませんか?」

「お断り申し上げます。」


 考える素振りもなく即答するミーネにマカイは面食らう。しかし決して声を荒げることはなく落ち着いてミーネに問うた。


「理由をおうかがいしても?」

「エリーが望まないからです。逃亡を諦めた彼に、もう逃げる気力などないでしょう。」


 何からの逃亡を諦めたのか、何故逃亡していたのか。ミーネは深く語らないが真っ直ぐマカイを見つめて告げた。


「敵に枷を付けられたのならば四肢を切り落とし逃亡せよ。高速治癒魔術の術式が施された魔導隊の教えです。そして軍の拘束具はエリーが改良した物が多くあります。」


 つまりエリーは手足を切り落としての逃亡が可能ということだ。それでなくとも不思議な魔術を使う彼であれば物理的電子的な仕掛けの拘束具を外せるのだろう。後半部分は軍の支部にある拘束具は原理を分かり切っており簡単に外せるということだ。


「もし、わたくしの幇助が必要であればエリーが直接伝えるでしょう。」


 ミーネは渡された着替えを返すと退室して行った。マカイはガクリと椅子に座ると項垂れる。逃亡する気がない者への幇助など徒労に終わってしまう。

 何か手はないかと思考を巡らせるが解決策など浮かばないまま出発する時刻になってしまった。

 多くのものが頭を悩ませる中、エリーは魔力抑制装置が通常の倍置かれた独房の椅子に座っている。四肢の自由を奪い視界と口を塞ぐ拘束具。微音のモーター音を響かせながら見張る魔力探知型の20機のラカ。

 鎮静剤か魔力抑制剤か、食事制限による栄養剤なのか複数の管が腕に繋がり投薬されていた。


「増えてねぇか?色々。」

「またあんたなの?入室許可してないわよ。」


 数日前と同じように無断で入室を果たしたラニはテリアの前に飲み物を置くと隣の椅子に座った。


「爺さんに負けたらしいな。」

「本当に何なのよあのジジィ。ほんの少しの時間の面会の為に国家機密の裏取引持ち出すなんて。」


 テリアは置かれた飲み物のパッケージを確認すると封を開けた。ウォール諸島共和国限定の果実茶だ。


「それより胡蝶屋につながってるもんは何だよ。」

「薬も食事も拒否して口に入れないから、直接血管に打ち込んでるのよ。」


 物騒な言い分にラニは呆気にとられる。未確認生物を見るような顔にイラついたテリアは舌打ちした。


「栄養剤と補水液よ。あいつは今、あいつの意志で拘束させてくれてるだけ。その気にならなくても簡単に逃避するでしょうね。」

「……嘘だろ?」

「あいつは本物の魔術師だから。」


 そもそも魔術は一部の鬼才のみが使える概念である。

 難解な化学反応を誘発させる魔力の精密な運用、複雑かつ大量の工程を経て発動する術式だ。

 魔法陣を併用することで多少発動難易度は下がるが天才如きが扱えるものではない。

 魔力保持者である神使や軍が扱う魔術の殆どは簡易的なモノが殆どである。魔道技術者の開発した予め魔術の施された魔動式武具と呼ばれる装置に魔力を流すことで展開する自動展開式魔術。

 エリーのように指先を鳴らすだけで術式を展開できる魔術師など数えるくらいしか存在しないだろう。


「とどのつまり自在に魔術を操るあいつが異常なのよ。」

「そういえばエイヴァの消火活動の時も案外地味だったな。魔道機動師団っつーから派手な魔術かとおもったが。」


 エリーのように派手な魔術を駆使して消火に当たるかと思えば魔動式装置による空中と陸上からの消火活動であった。通常の消火装置による火消より遥かに早く消火できたが腑に落ちない気持ちで見ていたことは事実である。


「派手な魔術展開出来る数人しかいない貴重な人材は本部で魔導技術者として魔術指導と魔術開発研究しているわ。派遣任務なんて勿体無くてださないわよ。」

「は?じゃ胡蝶屋は?」

「言ったでしょ?私に功績押し付けたって。隠し事が病的に上手いのよ。」


 エリーを魔術師と呼称するなど生温い。彼の本当の実力を軍が把握していたら大魔導師の称号で陸軍大将くらいにはなっていただろう。


「そういや、あんた功績押し付けられたって言ってたな。」

「ええ、そうよ。遠征先で追い込まれたとき派手な魔術使いやがってその術者を私だと言い張ってね?表彰までされて引くに引けない状況で習得に10年かかるような魔術を5日で習得させられたわ。」


 それから数十分、鬱々と語るテリアの昔話をラニは親身になって聞いた。

 大魔術を習得したら習得したで大魔術が使えて小手先の魔術が使用できない矛盾を指摘されたテリアはエリーの考案した無茶な裏技で短期魔術習得訓練させられた。その訓練は地獄の業火で1000年焼かれた方が楽ではないかと錯覚するほど辛かったとの事だ。テリアは何度も塩化症候群になり廃人にならなかった事を褒め称えるどころか嘆いた。

 その間にも与えられた任務でエリーに功績を押し付けられ、望まぬ昇進を繰り返し今に至るという。

 いかにエリーがろくでなしで鬼畜であったかをお経のように語るテリアの瞳は虚ろでラニは心の底から同情した。


「それで将軍様は胡蝶屋が犯人だって思っているのか?」

「私も一責任者よ。現役軍人ならいびるくらいするけど個人の恨みで退役軍人にちょっかいかけないわ。部下からあれだけの証拠付きで査問の申請があれば無視するわけにはいかないの。あいつが反論の一つもしてくれたら考えたけど、何考えてるのかしらね。」


 テリアは差し入れの果実茶を口に含み苦虫を嚙み潰したような顔をする。口に含んでいる飲み物は甘いはずなのに糖度が足りない。


「あいつ、何も言わないの。何があったのか、何をしていたのか、何故あの場所にいたのか。」

「……誰かをかばっているのか。」

「心当たりがありそうな言い方ね。」


 当然、ラニには心当たりなどない。ただ、エリーと親しい者達の行方と安否が不明なのだ。


「そういえばあいつの傍にいた魔女の小娘はいないの?」

「ミーネちゃんを知ってるのか?」

「そんな名前だったわね。」


 ミーネも退役軍人であった為、テリアが知っていてもおかしくないと想い成す。テリアの話しぶりではあまり親しくはなかったようだ。


「マカイが四番島寺院で預かっている。ミーネちゃんになら胡蝶屋も口をわったかもな。」

「なんでよ?」

「胡蝶屋、ミーネちゃんには甘々だしな。」


 ラニの言葉にテリアの目が見開かれ、形容しがたいほど表情が歪んだ。


「なんですって?あいつが?」

「戯言ほざいて殴られてもヘラヘラ笑ってやがるし、無茶な我儘もホイホイ聞いて、見てるこっちは背中が痒くなるほど甘ぇこと。信じられねぇなら七番島の島民に聞いてみろよ。」


 ラニの説明にテリアは映像記録に収めたい程の顔芸を披露しつづける。


「信じられないわよ。軍にいたころなんてそこまでするかってくらい厳しく指導してたもの。小さなミスで横っ面ぶん殴ったのも一度や二度じゃないわ。あいつの部下にだけはなりたくないって大の男が泣くくらい辛辣だったわよ。」

「それこそ信じらんねぇって。」


 テリアの反論に今度はラニの顔芸が炸裂した。

 ラニは日常的にミーネに殴られているエリーを目にしていたが、エリーがミーネに手を上げているところなど見たことがない。恋人や異性にというよりは父親が娘を慈しむように大切にしていた。

 歪んだ表情のまま数秒見つめあった二人は、頭を抱えて視線を反らした。


「ジル大佐の査問委員会。ローズレイア。消えた神官とアキシオン。唯一の生き残りは口を閉ざしたまま。本当に、何があったのかしらね。」


 本来ならば軍法会議などしている場合ではないのだ。くだらない矜持の為に面倒事を起こす衰えた老兵など害でしかない。年をとった権力者は他者を蹴落とすことしか考えない者が多い。上官であろうと現役軍人には年齢制限を設けるべきだとテリアは常日頃から思っている。


「これは極秘だけどあいつの体、半分凍ってるのよ。」

「は?」

「知っているのは私と部隊長だけ。」


 両足と左手に氷の結晶が浮かび異質な状態となっていた。関節は稼働するが体温が感じられないどころか壊死しないことが不思議なくらい冷たく、運動機能が著しく低下しているようだ。


「なぁ、俺も胡蝶屋と面会できねぇか?」

「これ以上譲歩したら示しがつかないわ。一番島神官様の面会の時間よ。そのあとには判決の開廷も始まるし、もう出て行って。」


 これ以上は無理だろうと、エリーの独房の前に来たバルをモニター越しに見届けたラニは監視室から出て行った。

 監視室を出るラニと入れ違いに独房に入ったバルはエリーの状況に息を飲んだ。

 本来であれば面会することは禁じられているが権力を大いに行使した。バルはエリーの拘束された独房へ入室し軍の配慮か置かれた簡素な椅子に腰を下ろした。

 中にいた見張りがエリーの口をふさぐ拘束具を外しす。自殺防止の為の器具が口内から出されると、エリーは深く息を吐いた。


「何か、言い訳があるなら聞こう。お前とは長い付き合いだ。」


 エリーは答えることなく、はっはっと浅い呼吸を繰り返す。首に繋がる拘束具からの投薬による影響で呼吸が不自由になっているのだ。


「エイヴァで何をしていた。」

「……。」

「スイはどうした。」

「……。」

「何があったんだ。」

「……。」


 何も答えないエリーにバルは項垂れる。


 カチャリ。


 小さな金属音がして顔を上げると首の拘束具が外れてエリーがバルを見つめている。これにはさすがのバルも驚いた。


「……心配しなくても逃げたりしませんよ猊下。ラカにはちょっと仕掛けさせてもらいましたけど。」

「何を考えている。」

「……別になにも、猊下にはお世話になっているからね、スイちゃんが無事って事だけ伝えておきます。」

「そうか。」

「俺は調律師を信用してませんからそれ以上は何も話しませんよ。」


 後ろに控える案内してきた軍人がバルの肩に手を置く。するとバルはガックリと首を垂れて気を失った。


「気づいていたの?」


 軍服に付属されるキャップ脱ぐとストロベリーブロンズが零れ落ちた。バルを寝かせたということは聞かせたくない会話をするのだろう。エリーも遠慮なく言葉を発した。


「30年以上前に殺したはずの人がいれば調律師を疑うしかないでしょ。」

「イリア改めメリよ。あの時は仕方なく殺されてあげただけだからね。アデルの模造品君。」


 静かに二人はにらみ合う。


「今は何を企んでいるのかな?」

「意地悪ね。私たちの企みは失敗に終わったのよ。ついでに貴方も処分しようと思ったんだけど欲張るとろくなことがないわ。」


 沈黙を破ったエリーにメリと名乗った調律師は飄々と答えた。


「アーシー君にはもう監視対象からも処分対象からも外れているって聞いたけど?」

「貴方に憤慨する始祖様達の為にいつでも処分のチャンスを狙ってたわよ。今回は後始末の責任転嫁に利用させてもらうわ。」

「俺が君たちにそこまで恨まれるような事した記憶はないけど。」

「存在自体が罪なのよ。」

「酷いな。」


 傷ついた素振りをするエリーにメリは楽しそうに笑った。


「貴方の判決結果は終身刑。神官の提示した無罪の証拠は不十分で減刑はナシ。だけどテリア中将の権限で軍預かりになるのよ。パイロープへの移送中、不慮の事故で中将諸共命を落とすことになる予定。」


 メリはエリーの前に立つと身を屈め耳元で愛を囁くように、機体ごと爆破したらどうなるかと続けた。エリー一人を消すために数十人の兵士も犠牲になる計画が既に準備されている。


「ジル大佐を唆したのは君達?」


 呆れた様に息を吐きながら問うと固定する様にメリは笑った。


「ええ、別件でローズレイアの使用が必要だったのよ。無駄だったけどね。」

「彼を隠れ蓑にしたのかな。」

「そうよ。気の利いた部下のフリして貴方を始末する敵討ちに手を貸したの。」

「ふぅん。一箭双雕を狙ったんだ。」

「結果は花も折らず実も取らずに終わったわ。」


 本心か冗談か。エリーが笑ったところでメリはキャップを被り直すともう一度バルの肩を叩いて催眠を解く。エリーが首の拘束具を付け終えたと同時にテリアが入室してきた。


「密会中ですよ。ノックくらいしたらいかがです?」

「20機も自立型監視投影機があるのに密会も何もないでしょ。魔力の気配がしたけど。」

「俺の魔力を封じだのは将軍様でしょう。」


 気のない返事に溜息を付くとテリアはエリーを繋ぐ鎖を外した。


「判決の時間よ。覚悟はできた?」

◆メリ…ストロベリーブロンズの調律師。30年以上前、殺されたふりをした。


テリアとラニの顔芸合戦勃発。

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