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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
31/42

哀悼

 八番島エイヴァの入り口ではハードトップを張ったシルートの中でジルが手を組んで祈りの姿勢をとっていた。爆心地は30キロメートル程先だと言うのに姿勢を崩すほどの揺れと地響きが体に伝わる。続いて高熱の衝撃波が強い暴風となって断続的に吹き荒れた。軍用機でもあるシルートの中にいなければジルも怪我では済まなかっただろう。

 樹海の中心からは黒い煙が積乱雲のように空へ立ち昇り、不気味な情景を作り出している。


「その時が来ると神は天から悲しみの涙を流した。目の眩む様な閃光と耳元を劈く轟音が鳴り響き、偽物の神と罪深き人々は跡形もなく灰へと還った。慈悲の炎によりて浄化した咎人の魂を美空へと導き給う。」


 人が神になる時代の天罰と死者へ祈る宗教的な言葉を並べると頭を下げて追悼する。

 暫くするとジルは通信機を取り、回転目盛り盤の数字を合わせた。


「全軍、撤退なさい。不測の事態です。」


 八番島エイヴァに入り込んだ全ての軍人に短い命令を出すと、古い電子機器を解体し始める。原型を留めない程バラバラに崩して破片を海に沈めた。


「……長かった。やっと、やっと。」


 本懐を遂げて喜びに震えるジルは集まって来る軍人の気配を感じながら顔を綻ばせる。


「祈りましたよ。貴方の安息をね。」


 赤々と燃え滾る炎がエイヴァの樹海を火の海に変えた。鳥達がが灰のように燃え、命の消える獣たちの悲鳴が聞こえる。

 時として地獄は現世に存在するのだ。





。+・゜・o◯.。.o・゜secret゜・o.。.◯o・゜・+。




 店主不在のモティールでミーネはテーブルを拭いている。エリーがスイを追って空間移動してから時間の経過が遅く、じっと待っていても落ち着かず無心にできる店の清掃をしているが気が気ではなかった。

 呼び鈴のついた扉の外には閉店の札と四番島副神官と護衛、扉の中には四番島の神官マカイ。ラニとナキは軍の動きが気になるといって作戦本部へ戻った。


「ミーネさん。我々も一番島へ参りませんか?」


 上の空で同じ工程を延々と繰り返し清掃しているミーネを見かねてマカイは燻っているものを思い切って話しかけた。


「いいえ。わたくしはここから離れません。エリーはここで待っているようにと仰いましたから。」


 本音は気になって仕方がないだろうとマカイはミーネの気持ちを推察する。軍を見張るために樹海へ放ったラカからの映像や軍の無線が聞ける本部へ行けばここにいるより情報が入るというのに。

 強情なミーネにマカイは肩で深い息を吐く。

 ふと真上で落雷したかのように空が、光り風を切るような耳鳴りが響いた。


「稲妻?」


 マカイもミーネも不振に思い、開いている窓から空を見る。見慣れた晴れ渡る青い空。


「なんだったんでしょう。」


 首を捻るマカイの横で、青ざめたミーネがしゃがみ込み床に描かれた陣を発光させて魔術を展開する。するとモティールが守られるように白い光のカーテンに包まれた。


「神官様、一体何が?」

「……ミーネさん?」


 突然の光と展開された魔術に待機していた副神官と護衛が店内に入ってきた。

 直後、耳を劈く様な爆発音が轟き全員が身を屈めた。鳴動の後には強い揺れを感じ、数秒遅れて暴風が波紋のように断続的に襲い掛かる。


「な、なんだこれはっ。」


 ミーネが守りとなる魔術を使わなければ建物は爆風で損傷していただろう。中にいたマカイたちも無事では済まなかったはずだ。


「……何かあったんです。」


 床にかがみこんだままのミーネが力なくつぶやいた。

 爆風が来たのは八番島エイヴァがあるモティールの北西側。光から爆音までの時間を単純に計算すればスイたちが向かった八番島エイヴァの本神殿がある付近だ。

 轟音と揺れと爆風が止むとマカイは急いで外へ出て北西側の水平線に浮かぶ八番島エイヴァの樹海を見る。黒煙が空高く、高く立ち昇っていた。


「何だあれは。」


 マカイの後ろから眺める副神官も目を丸めた。

 黒い雲は見る見るうちに広く大きく空に溶けて黒い塵となり島中に降り注いだ。長い時間ではない。突然の災いに唖然とした人間が正気に戻るまでのほんの数分の間に平穏な島国はこの世の終わりのような光景になってしまった。

 黒く霞がかかって朧になった八番島エイヴァの樹海が赤々と燃えている。火炎は柱のように立ち上り、上空で竜巻さながら旋回する。爆風に倒された数百メートルの木々は底なし沼に飲みこまれるように倒れ崩れていく。


「ミーネさんっ。」


 窓を飛び越えて地下室への階段へ向かうミーネを護衛が止めた。


「放してください。」

「何処へ行くのですっ。」


 マカイもミーネの行く手を阻むように立った。


「スイのところに決まってますわ。」

「貴女が行っても仕方ないでしょうっ。」


 マカイの怒鳴り声にミーネは体を振るわせた。強い光に轟音。立ち昇る黒煙と炎。遠目に見ても分かる程、八番島エイヴァは地獄のような惨状になっているはずだ。

 帝国軍に所属していた元魔導隊といってもミーネに何とかなる状況ではない。


「本部へ行きましょう。何が起こったかくらいは分かるはずです。」

「でもっ」


 聞き分けのなく護衛に掴まれた腕を振り払おうと暴れるミーネ。マカイは止むを得ないと溜息を吐いて暴れるミーネの額に印を刻む。

 ミーネは全身の筋肉が弛緩して意識を奪われながらも、非難の眼差しを向けながら袖を絞った。


「……マカイ様。」


 絶望に歪んだ顔で名前を呼ぶ副官。


「落ち着きなさい。エイヴァにはエリーさんも向いました。アキシオンの娘も付いています。きっとスイは無事に帰ってきますよ。」

「しかし……。」

「一番島寺院へ戻りましょう。詳しい状況が知りたい。」


 深い眠りに落ちたミーネに黒い塵がかからないようにマカイは神服のベールを脱いで包み込む。


「連れて行くのですか?」

「彼女を一人にしては無茶をするでしょうから。」


 しっかりと抱きかかえるとマカイは歩き出した。

 いつもの青空が汚れたように黒ずんでいる。呆然と空を見上げる島人が嘆いていた。

 道すがらあたりを見回せば爆風によって窓が割れたりところどころ建物に損傷が見られる。怪我人も少なくないようだ。

 モティールから徒歩15分程の距離にある七番島ザージュ寺院。ここでも窓ガラスが割れ、救助や怪我人の治療に追われていた。

 マカイは断腸の思いで被害の鎮静を他者に任せて寺院の地下へ進む。そこにはエリーが施した空間転移の装置が置かれている。


「私は一番島へ向います。貴方はミーネさんを連れて四番島寺院へ。」


 マカイは副神官にそう言い付けると本部の置かれた一番島へ向うために空間転移装置に乗った。無重力のような浮遊感を感じた後、視界は一番島寺院の地下へ移り変わる。

 急いで階段を上って地下室から出ると長い廊下を渡り多くの機材が置かれた監視室へ入る。既に七番島ザージュを除いた全島の神官が集まっていた。


「何があったのです?」

「遅いぞ、マカイ。軍の知らせでは得体の知れない神使の群れが大爆発を起こしたと言っているが言い訳だ。これを視てみろ。」


 二番島神官ヤン言われて一つの映像を見るとそこにはいつもと変わらない海に浮かんだ八番島エイヴァの樹海が映し出されている。


「見逃すなよ?7・6・5・4・3……」


 説明するヤンのカウントがゼロを指した時、天から一滴の光が猛スピードで落ちた。雷ではない。球体の光。衝撃で映像がぶれた後、浮き上がる黒煙と焼け上がる樹海が写った。

 魔術の爆発などではない。明らかに遥か上空から落された破壊兵器の類だ。


「ラエドの槍ですか?」

「マカイ。ラエドの槍は構造的に天から落ちない。あれは横に走る熱光線だ。音も爆風も発生しない。」


 ヤンの説明通り、特徴の違いからラエドの槍ではない。しかし、現代では大量破壊に必要なエネルギー物質の入手が困難でありラエドの槍以上に強力な兵器は存在しないはずだ。


「何かは分からん。今、この映像をパイロープ帝国本部に送って調べてもらっている。ただ、ラカで見張っていたジルの映像からすれば奴が事を起こしたに違いない。」


 そういえば暗躍するジルの映像を見せたとき、エリーはそれが何か分かっていたような口ぶりだった。何とか記憶を手繰り寄せ、思い出そうとマカイは眉間に皴を寄せる。


「……レア?……レイア?」

「ローズレイアか!?」


 全ての神官を統べる一番島神官バルがマカイの呟く単語を聞くと鬼のような形相で叫び近付いてきた。


「マカイ、どこでその存在を知った。」

「こ、胡蝶屋さんがジルの映像を見て言ったのです。」


 バルの豹変に動揺しながらもマカイは答える。すると、バルは気が抜けたように近くの椅子へ座った。


「バル様はローズレイアと呼ばれるものをご存知なのですか?」

「世界を脅威に陥れた神殺し兵器の一つだ。」


 神殺しの兵器とはその名の通り神をも滅する破壊力を持つ強力な兵器の忌み言葉だ。800年前の大災厄よりも昔、科学文明繁栄時代に造られたとされる。

 樹海を一瞬で焼き、立ち昇る黒煙と降り注ぐ黒い灰。島中の人間がこの世の終わりのような情景を見せられたのだ。あれが兵器の仕業だというのであれば確実に禁じられたものに違いない。


「お前たちはメーガの涙を知っているか?」


 バルの質問にラニが鼻で笑う。


「おい、爺さん。今は子供に神話を聞かせる時間じゃないぜ。」


 メーガの涙とは慈悲の神であるメーガが流した涙の事。現世の愚行に憂いたメーガが流した涙が地に落ちると全ての創造物を燃やし尽くし、灰に変えてしまうという慈悲の神の涙にしては物騒極まりない神話だ。


「遥か昔に禁じられたものは言い伝えの中に、神話の中に残っている。メーガの涙はローズレイアが転じたものだ。」


 威力ばかり強くて使用者にも影響が出る恐れのある危険性の高い兵器。今では神の武器として神話で伝えられるような程古く、存在するはずのない過去の遺物だ。

 茶化したラニも緊張で青ざめ嫌な沈黙が流れる。


「……神官様、本部より返信が届きました。」


 沈黙は一番島副神官の勇気ある通達で破られた。

 それを見ると映像から予想されるいくつかの兵器名が破壊力順に書かれており、最も強力な威力を持つ欄に“ローズレイア”の名前があった。

 圧縮した高エネルギー体を衛星から落とす破壊兵器。数値を見ると隕石衝突に匹敵する力を持っている。こんなものが遣われたのではマキを捕まえるどころか作戦部隊ともども消滅してしまう。

 室内は絶望の空気に淀んだ。


「直ぐに、直ぐに捜索隊を出しては頂けませんか?胡蝶屋さんがいればスイちゃんも無事かもしれない。」


 声を上げたのはマカイと共にモティールへ行った三番島の神官ナキだった。


「そうです。胡蝶屋さんはジルの映像を見た後、スイの元へ行きました。ローズレイアの名を知っているなら対抗手段も知りえている可能性があります。」


 一縷の望みにマカイも声を上げる。気落ちした神官たちも次々と目に光を宿す。


「各島の警護隊を集めなさい。隊を分けて島民の救助とスイの捜索へ。八番島エイヴァ上空を飛行することも許可します。足りなければ観光用の航空機を使っても構わない。あとジル大佐より上層の軍人を手配するように。」


 大神官の支持に神官たちは次々と監視室を出て各々の寺院へと向っていった。


「どうか、どうか無事で。」


 残ったバルは勇敢にも道案内を名乗り出た若い神官の生存を祈った。

 その祈りはけたたましい叫び声で中断される。


「神官様っ、海がっ。」


 涙を流して入室してきた女官の言葉に窓を開けると、水底の栓が抜かれたような勢いで潮位が急激に下がっている。まだ潮が引く時間ではない。

 ならば潮が引く原因など一つしか思い浮かばない。


「全員、高台に緊急避難させろっ。この潮の引き方ではとんでもない規模だっ。」


 バルは大慌てで女官と部屋に残るものに命令する。海に沈んでいた遥か昔に街であった土地が顔をだしている。干潮時であってもここまで引くことはない。

 下手をすれば島民の全滅も覚悟しなければならないだろう。


「落ち着いて、バルファ・マニ。津波じゃないわ。」


 緊迫した空間に静かな女性の声が通った。いつからいたのか、窓に座り外を眺めるストロベリーブロンズ女性。


「貴方は。」


 バルは自身の本名を知る見覚えのある姿に身体を震わせた。

 80年以上前の事。

 少年だったバルファ・マニを導いた人魚。彼女がいなければバルは海に還っていた。そう、彼女に会ったのは80年も前の事だ。しかし、記憶の姿のまま年をとることもなく目の前にいる。


「調和が崩れた。貴方達の言葉に合わせるなら海神の力が消えてしまったのよ。」


 彼女が見つめる空からは黒い灰に混ざり、白い雪が降り出した。

◆バル…一番島神官。本名はバルファ・マニ。

◆ヤン…二番島神官。

◆マカイ…四番島神官。

◆ストロベリーブロンズの女性…バルの前に現れた30年前と容姿の変わらない女性。


◆ローズレイア…神殺しの光芒とも呼ばれる世界を脅威に陥れた兵器。

◆メーガの涙…慈悲の神であるメーガが流した涙。地に落ちると全ての創造物を燃やし尽くし灰に変えてしまう。

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