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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
蝶の章
3/42

蝶々

 空が闇に侵食され恒星の光を反射して衛星が地を照らす時、汐が引いて浅瀬の海は砂漠のように姿を変える。真紅に染まった夕刻から暗闇になるころより潮が引き、白い砂浜が露になる。

 魚に変わって夜光虫が珊瑚礁の森を飾るのだ。

 リュラ蝶と呼ばれる蝶々の羽根が補色に夜光し神秘的な光景を造り出していた。

 潮の満ち引きでフィレナキート諸島の海辺は時間帯で海と砂が入れ替わる。鮮やかに光輝く蛍光虫の灯にライトアップされた街は眠らない。

 世界一のリゾート地である一番島は祭りでもないのに人々が賑わい、毎晩飽きることなく観光客の宴や芸人による余興が行われた。

 島の住人が暮らし、観光客の少ない七番島の海上に聳えるとある店も今は砂と珊瑚に囲まれ、建物と島をつなぐ橋の下には石作りの道が出来ていた。

 汐が引いたときに現れ日に三度通じる道だ。

 ここはモティールと呼ばれる元薬屋の酒場っぽい場所。

 テラスには多くの薬草と香草が栽培されており建物の中と周辺は仄かに甘い香りが漂っている。これらは全て多種多様な薬へと調合して店の棚へと並ぶのだ。

 飲み物に混ざり、軽食に混ざり集う客へと振舞われる。

 花と薬草に誘われて、夜行性の蝶々や光虫が舞う幻想的な外観の様子はまるでこの世ではない様な錯覚を起こし、島人はもちろん観光客にも隠れスポットとして気の店だった。

 また店には昼も夜も多くの蝶々が集い花であるかのように蝶々が止まる為、常連客や地元民は店主を胡蝶屋と呼んでいた。


「あれ、今日は胡蝶屋だけか?ミーネちゃんいないのか?」

「いないよ。」


 今夜も例にもれず数匹の蝶々をアクセサリーのように纏いながら忙しなく接客する店主に問うてきたのは向いに座る常連客でもあるこの島の警護隊、通称コナだ。店主は空になったグラスに注文の薬酒を注ぎながら答える。


「スイちゃんは?呑みついでに手伝いに来てないのか?」

「神官様は本職が忙しいみたい。」


 苦笑いを浮かべている店主は昼間仕事をサボり、惰眠を貪っていた壮年の男エリー。巨大なバケモノ、ロポーダリアを一瞬で消し去るほどの魔術師。民族衣装から黒いシャツとエプロンに着替え、小奇麗に纏めた髪には髪飾りのように蝶がとまっていた。

 馬子にも衣装ではないが服装一つでかなり印象が違う。


「今夜は美人さんも可愛い子ちゃんもなしか。」

「胡蝶屋だけじゃ、花がねぇなぁ。」

「女の人と話したいなら店が違うでしょ。」


 深々と溜息を吐いて言ったのはコナの隣に座る常連の男。六番島を納める神官、通称ラニだ。呆れるエリーを魔術師と知る彼は仕事後の気晴らしを口実に大切な任務を腹に抱えていた。

 陽気な笑い声や話し声で賑わっている酒場。店主の人柄と性格の所為もあるだろう。察しの良い彼にバレぬことを祈りながらラニは酒を煽って何時も以上に乾く喉を潤す。

 チリリンと涼しい涼音がしてドアが開いた。

 入店してきたのは三番島を治める神官、通称ナキだった。真面目で神経質を絵に描いたような細身のこの神官は空いた食器を片付けるエリーに近付くと自信なさそうに頭を垂れる。


「お、お邪魔します。」

「お邪魔だと思うなら出口へどうぞぉ。」


 テーブルを拭きながら目も合わさずにエリーが囁いた。常連客や彼を知るものは声を押し殺して笑っている。やる気の無い声で言われた卑屈にナキは顔を青くして俯いてしまった。


「はいはい、通して。」


 邪魔だと言わんばかりにエリーはナキの横を通り過ぎるとカウンターへ戻った。その後をナキは親鳥を求める雛鳥のように追いかける。食器を片付けるエリーを仔犬のような瞳で見上げていた。


「男に見つめられても嬉しくないな。」


 洗い終わったグラスを磨きながら淡々と言われ、ナキは飛び上がって驚く。


「すいません。」

「謝る理由が分からない。」

「す、すいません。」


 再び謝罪の言葉を出され、エリーは顔を上げる。ただ目が合っただけなのにナキは蛇に睨まれた蛙のように恐縮した。

 眠ってしまいそうな半開きの視線なのだが、その眼光はどこか鋭くナキは変な汗まで噴出してくる。


「座るの?帰るの?」


 エリーから二択を迫られたナキは慌ててカウンターの空席に座る。そこで初めて神官仲間のラニがいることに気付く。


「ラニさん。お疲れ様です。」


 慌てて立ち上がると腰を九十度に折って会釈した。神官業は実力第一だが古い風習が残り年齢序列も色濃く残っている。どちらもラニに劣っているナキは必要以上にへりくだった。


「お疲れさん。」


 かしこまるなと言ってナキがフランクに接することは出来ないとわかっているラニは手を上げて軽く挨拶するに終わった。ナキは頭を上げても落ち着かない様子でオドオドしている。


「落ち着かないから座りなよ。」

「あ、はい。すいません。」


 エリーに言われて再びナキは腰を下ろす。慕うものは多いが得体の知れない力を持つエリーの事がナキは苦手であった。

 顔と首にくっきりと刻まれた大きな傷痕も失明して白く濁った瞳にも目のやり場に困ってまともに直視できない。見た目で人を判断するとなと教育者たちは口を揃えて言うが、痛ましいエリーの見た目は接客業としては不向きである。


「ご注文は?」

「え?」


 問われた言葉の意味が分からず、オロオロとナキは立ち上がる。


「注文。」


 卓上のメニューを指差されながら言われ、メニュー表を手に取りながらナキは座りなおす。先程から立ったり座ったり落ち着かない。


「は、はい。」

「“はい”なんてメニューないけど。」


 すかさず突っ込むエリーに二人のやり取りを聞いていた客が酒を噴出しそうになりながら笑う。ラニもコナも堂々と笑い飛ばすことはないが身体を震わせて堪えていた。


「あ、あの。飲みに来たのではなく。」


 ナキは周りの反応に顔を赤くしながら何とか言葉を発するもそれは自信なさそうに声も小さくなっていた。


「飲食を提供する店に来て飲み食いしないなんて非常識ですね。うちは無料のしゃべり場でも休憩所でもないんだけど。」


 非難の眼差しでエリーはグラスに氷と冷水を注ぐとナキが苦手とする柑橘系の果物を目の前で絞ってグラスに注ぎ足す。そして彼の前へと置いた。わざとだ。


「で、何?」


 飲もうか飲むまいかグラスと睨めっこしていたナキに来店の理由を聞くと本人はきょとんと目を丸めた後、期待に満ちた眼差しを向ける。


「聞いてください。実はっ。」

「お断りしますよ神官様。」


 ナキの言葉を満面のスマイルでエリーは遮る。

 期待させておいて裏切るとは意地の悪い男だとラニは内心苦笑する。ナキは神官としては実直で有能なのだが内向的な性格から常に自信なさそうにしていた。挙動不審な彼を見ていて苛めたくなる気持ちも分かるがナキにとっては胃に穴が空く様な心境だろう。

 そんな様子を他人事にできず見守らなけらばならないラニも胃が熱くなる。


「ま、まだ何も言ってないじゃないですか。見てもらいたいものがあるんですよぉ。」


 相当切羽詰っているようで、強引に話を進めてしまおうとナキは薄茶色の正八面体をカウンターに置く。リノールと呼ばれる空中結像及び空中操作式の演算記憶制御型の電子知能装置だ。


「水着美女の映像なら喜んで見るけど、どうせ死体の映像とか検死結果の資料でしょ。」

「分かっているなら協力してください!」


 ナキは目に涙を溜めて悲痛な声を上げた。

 今、島では深刻な問題を抱えている。ここ十数年、変死体が見つかったり人が行方不明になったりと騒がれているのだ。初めは数年に一度の頃合でそれは起こった。しかし、時がたつにつれて数か月に一度になり、十数日に一度になりと頻繁に起こるようになり切羽詰った事態に追い込まれている。

 被害者の身元も犯人もわからず祟りではないかと噂が立ち、これらの連続事件を“海祟” と呼んでいた。


「嫌ですよ。俺には関係ないもん。」


 確かにエリーには関係ない。エリーが一般人でありこれが普通の事件ならば。

 問題は見つかった死体の形状にあった。身体は干からびた魚のように爛れ、骨が炭化するほど焼け焦げる。そして身体の一部を残して灰になっているのだ。

 どのような経緯でこんな死体が出来上がったのか、人為的なのか事故なのかすら分かっていなかった。

 更に奇怪なことに、被害者に該当するであろう行方不明者が島民にも観光客にも存在しないのだ。島中に設置された監視映像を辿っても被害者につながるわずかな証拠すら見つからない。

 現状証拠で科学者が科学的に解明できないのであれば、魔術師に魔術的に解明してもらおうという魂胆なのだ。どうあっても神官達はエリーの協力を仰ぎたいと年単位であのてこと手で口説いているが一向に振り向いてくれず困り果てているのが現状だ。


「今回の事件は私の島で起こったんですよ?無理です。とても解決できません。」

「今までの海祟で解決した事ってあったっけ?」


 泣きそうな顔で必死に詰め寄るナキにエリーは素っ気無く希望のない発言をした。


「見るだけ見てやったらどうだ?」


 二人のやり取りを見てさすがにナキを憐れに思ったか神官の誼かは定かではないがラニが助け舟を出した。


「だから嫌だってば。その資料も写真も精神衛生上よろしくないし、夜眠れなくなったらどうするの?」


 縋るような瞳で怯えながら言うならば半信半疑に納得しただろう。しかし、あくびを噛み殺しながら何の気なしに言われても説得力のカケラもない。


「ミーネちゃんに添い寝してもらえばいいだろうが。」

「逆に眠れなくなるでしょ。」


 その一言でナキが椅子から転げ落ちた。何を想像したのかその顔は耳まで真っ赤に染まっている。冗談の通じない相手だ。

 溜息をついてエリーはナキを見る。


「それで、資料は?」

「協力してくださるんですか!」


 願ってもいないことに身を乗り出すと、エリーは迷惑そうな顔をして煙管を取り出して火を点けた。

 今まではうまく逃げていたが神官からの逃亡生活も潮時のようだ。地元民も観光客もいる店の中で全島民に顔が知れ渡っている神官が二人もいる。その一人は今にも泣きそうな顔で縋っている。ここで突っぱねれば色々と面倒なことになるだろう。

 非番であればのらりくらりと逃げられるが現在は1人で店番中。逃げることも不可能だ。

 明日のゴシップ記事の一面記載を回避するためにエリーは白い煙を吐きながらナキに手を差し出した。


「資料。」


 ナキは慌ててカウンターに置いたリノールを滑り落としながらその手に乗せたのだった。2人のやり取りを見ながらラニはホッと胸を撫でおろした。

 ナキを必要以上に焚きつけ、断れない状況に追い込んだ策士は一番島の神官だ。ラニはその見届け人として派遣された。


「あの狸親爺。時間外だっつーのに扱使ってくれるぜ。」

「素直に従って弱みでも握られたか?」


 ぼそりと囁いたラニの愚痴にコナは揶揄う。

 反論することなく残りの酒を飲むとラニは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。


「握られなくても従うっつーの。怖ぇしな。」

◆コナ…警護隊の青年。モティールの常連客。

◆ラニ…六番島の神官。荒々しい性格の巨漢。モティールの常連客

◆ナキ…三番島の神官。神経質で気弱な青年。

◆ミーネ…モティールの店員。美人で腕っぷしが強いらしい。


◆モティール…エリーの経営する店。一応薬屋。

◆警護隊…島の治安維持を担当する公務員。

◆胡蝶屋…島民が使用するエリーの愛称。

◆リノール…正式名称Lino-ROH。5センチ程の薄茶色をした正八面体の装置。与えられた手順に従って複雑な計算やデータ処理を自動的に行う。入出力や操作は空中結像。


敬語必要なし喫煙しても飲酒しても許されるゆる~い接客業はいかが?

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