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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
29/42

白魔

『 夜風に揺らぐ青色の花のように 海に星が出ている時に出かけましょう

  水夫を惑わす海姫のように 静かに打ち寄せる波と歌いましょう 』


 綺麗な声と優しい唄。そして花の香り。

 甘い調べにモティールは包まれる。歌うは銀髪の神官。


「あら?聞いたことのない唄ですわ。」

「あれ?知らない?結構、有名な小夜曲だけど。」


 小夜曲。それは恋しい人に贈る愛の歌のことだ。


「知らないわ。わたくしにも教えてくださらない?」

「うん。」


 息を大きく吸い込み、スイは歌いだした。優しい旋律と暖かい歌詞に惹かれた。聞き入る者に安堵を与える優しい音。


「えへへ。」


 唄っていたスイが不意に笑った。


「どうしました?」

「アタシが、ミーネちゃんに何かを教えるなんてなんだか可笑しくて。」

「そうかしら?」

「そうだよ。いつも教わってばかりだもん。」


 そういって眩しいくらいに笑うスイにつられるようにミーネも微笑んだ。


「エリーさん帰って来ないねぇ。いつからいないの?」

「放っておきましょう。」


 間髪入れずに放たれた冷たいミーネの言葉にスイは目を丸めた。


「放っておくの?」

「ええ。」

「そうだね。たまには放っておいてもいいね。」


 こんな日常が永劫である事を願っている。この世に不変などないと知っているが少しでも続くようにとミーネもスイも静かに祈るのだった。


「スイの仕事が終わったら食事を作りましょう。」

「わーい。ミーネちゃんの料理。」

「食べ終わっても帰ってこなければ一緒に探していただけますか。」

「もちろん。一緒に探しに行こう。」


 屈託のない笑みを浮かべてスイは笑った。


「エリーさん探したら一緒に歌おうね。」

「ええ。」


 そう言ってスイはモティールの地下へと足を運ぶ。本日は一番島クーで会合が開かれる日なのだ。面倒くさいとスイはミーネに駄々を捏ねに来たのだっだ。


「いってきます。ミーネちゃん。」

「いってらっしゃい。スイ。」


 手を振ってミーネはスイを送り出した。

 窓から見える景色は満潮に達しているが風も波も穏やかでミーネは睡るように目を細めて笑むと覚えたての歌を口ずさんだ。



 あの日と同じ水天一碧の海を見つめながら、ミーネは祈るように手を組み歌うのだっだ。

 静かな南国の空の下、波音に紛れて緊張が聞こえてくるようだ。


「スイ、どうか御無事でお戻りください。」


 作戦内容を伝えられたときミーネは護衛に志願したが部外者ということで当然の如く断られた。

 6年前、退役せずに派遣軍に所属し続けていたならば今スイの傍にいれただろうか。退役した後、七番島寺院へ所属していれば護衛として認められただろうか。

 何もない事を祈りながら待つしかないことが歯がゆくてならなかった。





。+・゜・o◯.。.o・゜secret゜・o.。.◯o・゜・+。





 窓から流れる海風が心地よく、外から聞こえるミーネの歌声にエリーは安堵していた。

 朝の祈りの儀式が終わってそれなりの時が過ぎ去った。八番島エイヴァへの道が開ける時間帯の四半分といったところだろうか。

 軍の作戦部隊は順調に進んでいたとしてもまだ半分も進んでないと推測される。


「は――――。」


 エリーは長く息を吐き出した。

 熱で思考は纏まらず、眠り込むことも出来ず、時間の進みが遅く感じることを恨めしく思った。

 ミーネの透き通るような歌声が絶えず流れる。

 昨晩遅くにお見舞いに来たスイから作戦内容を聞いたミーネが自分も行くと言い出した。スイは部外者であることを理由に断ったが、本音は元魔導隊のミーネまで囮に使われたくないと言ったところだろう。

 スイが心配なのは痛いほど理解できるがミーネまで作戦に参加されてはこちらの心臓がもたない。いざとなったら魔術で飛べるがこんな体調では足手まといになるは必須。おまけにジルに魔力を制限する魔導隊拘束用の結界を張られているのだからそれを破るだけで一仕事だ。

 スイの護衛としてパティが傍にいることがせめてもの救いだろうか。彼女の素行はともかく力は絶大だ。能力失った己と違ってリュティーアシーカで斬られても軽症で済むはずだ。

 アキシオンならば全ての魔力を奪われたとしても数分で回復するのだから。


 ザワリ。


 重い目蓋を閉じ、何とか眠ろうと呼吸を整えていると異質な力を感じだ。魔力とは全く別の何か。

 異変を確認しようと起き上がるが目が回り、エリーは再びベッドに倒れこんだ。脳内が脈打つような頭痛と胃が焼かれるような吐き気に苛まれ、高鳴った鼓動が落ち着くまで呼吸さえもままならない。それでも何とが起き上がって神経を研ぎ澄ますと、八番島エイヴァの方角で何かが騒いでいる事が分かった。

 震える手で体を支え、壁を伝って立ち上がる。幾筋もの汗が額から流れた。


「……何が。」


 ふと窓に目をやると数人の神官が慌しく駆け込んできた。野獣のような図体をうぃた六番島の神官ラニだけは即座に分かる。必死で後を追う、細身の男は三番島のナキだろうか。その後ろから遅れて入った中肉中背の初老の男は四番島のマカイといったところだろう。

 神官たちは本部で作戦状況を見ているはずだ。何故、彼らがここにいるのか。

 異変に気付いたのかミーネの歌声が止まっている。


「……スイちゃん。」


 思いつく最悪の状況が杞憂であってほしいと青ざめた顔で見ていると開けられた二つの窓が音も無く閉まった。

 何事かと思うより早く部屋の温度が一気に下がり、全身を差されるような寒さが走る。

 空気中の水蒸気すら氷結し、窓から入り込む日差しに反射して輝く。美しくも幻想的な現象が起きているにも関わらず不気味さに恐怖すら感じた。

 桁違いに感じる未知の力の圧力。空気が冷たく重い。異常なまでの荒い呼吸になり、冷や汗が全身に噴出した。


 何かがいる。


 この冷たい力をエリーは知っている。緊張に顔を強張らせたまま、ゆっくりと顔を上げた。瞬時、エリーは生唾を飲み込んだ。


「……イヴ?」


 透明に輝く白い髪。シミ一つない白い肌。澄んだ宝石の様な深紅の瞳。ネブリーナ皇国で昏睡状態にあるはずの最初のアキシオンが目の前にいる。


「……こんなところで何としているの。」


 混乱の中、エリーは掠れる声で言葉を発しながら立ち上がる。無表情でいたイヴは不敵に笑うと人差し指を立てて口元に付ける。


 ヒミツ。


 無声音で発せられた声なき声が脳髄に響き、全身が固く強張る。流れる汗が冷えて固まり肌から剥がれ小さな音を立てて落ちた。

 静かに足音もなく雪の結晶を撒き散らしながらゆっくりエリーに近づくイヴ。足跡から結晶が広がり床が白く凍っていく。

 頭痛に苛まれて回想を阻んだ記憶が、この身に直接刻み込まれた14年前の恐怖が蘇った。

 エリーを殺しに来た調律師を氷像に変え、左目に氷の刃を貫き割れた氷が肌を貫かれた。治るはずの傷が治らずいつまでも続く激痛に気がふれそうになった。

 脳まで貫かれ刻まれた痛みを思い出し、全身の傷跡が疼く。


「……寄るな。」


 エリーは二、三歩後退りをするが壁にぶつかり逃げ場をなくす。至近距離まで近づいたイヴはすっとエリーの顔に手を伸ばした。


「さ、触るな。」


 伸ばされた手を拒絶しようと勢いよく振り払ったたエリーの腕はイヴの体をすり抜けた。得体の知れないものにぞっと恐怖が増長する。


「やめろっ」


 悲鳴を上げるエリーの額にかかった前髪をイヴは気持ち悪いほど白い手で掻き揚げる。顔に触れた手は痛みが麻痺するほどに冷たい。

 全身から力が抜けて、立つことができなくなったエリーは膝を着いた。

 もはや何の抵抗も出来なかった。己を見つめる深紅の瞳から目が逸らせず、体は金縛りにかかったかのように動かない。息をすることすら肺が凍りそうで苦しい。


 今度コソ、終ワリニシヨウ。


 イヴが凍てつく息を吹き替えるととエリーの体が震え、弾くように顔の傷跡から血が吹き出した。

 真っ白なイヴの魔力が溢れて暴れだす。ネブリーナ皇国の凍てつく空気よりも冷たい力。部屋の中で嵐が起きたかのように疾風が吹き荒れ、雷光が混ざる。

 力の制御が効かず体も動かない。


「エリーっ」


 異常な魔力に感づいたのか駆け付けたミーネがドアを叩く。

 息を吸えば空気が焼けるように冷たく痛みすら感じて呼吸が出来ない。エリーの体は指先すら動かない。ドアを叩くミーネに来るなと警告を入れることさえも叶わず、イヴを凝視していることしか出来なかった。


「エリーっ」


 ミーネの叫び声に嘲笑うかのように笑みを浮かべていたイヴの目つきが変わった。憂いを帯びた悲しい瞳。


「……つうっ。」


 驚愕していたエリーは不意に痛みを感じた。体が凍り始めている。凝縮する皮膚が限界を迎えぎちぎちと耳障りな音を立てて、ゆっくりと首筋の肉が引き裂けた。

 くっきりと浮かび上がる傷からは一滴も血が流れず、傷口の血肉が煮沸していた。明らかに普通の傷ではなく痛みに耐えているのかエリーの顔が苦痛に歪む。

 結晶を象って凍る空気を纏いながらエリーの首へと白い手が伸ばされた。


 パキンッ。


 エリーに触れる直前、何かが弾ける音と共に伸ばしたイブの手を弾き飛ばす。目のような文様の魔法陣が淡い橙の光を放ちながらエリーを守るように囲む。


 二度目トナルト、偶然ジャナイネ。


 弾かれた手を擦り、ながらイブは魔法陣を睨みつける。端から凍り付く魔法陣は抵抗する様に音を立てて発光した。

 大音量で流れる硝子を引っ掻く様な音にエリーは頭が割れそうになり、耳を塞いで藻掻く。


 還ッテ。


 その言葉に体のあちこちに痙攣が起こり、恐怖がエリーを飲み込んだ。

 凍らせた魔法陣を砕き割り、冷たい空気を纏って再び手を伸ばすイヴに固く目を閉じたとき、爆発音が轟いた。


「御無事ですか?エリー!」


 ミーネが凍り付いたドアを破壊して入ってきた。同時に目の前のイヴは冷たい空気を残して姿を消していた。


「エリー?」


 金縛りが解けたかのようにエリーは膝を付いた姿勢から崩れ、腹の底から長い息を吐き出した。顔を流れる冷や汗や髪は白く凍り、手足が小刻みに震えている。それは決して寒さの為だけではない。

 張り詰めた緊張が解けた所為かエリーは傷跡の残る白い喉を逸らせてぐったりと動かなくなった。


「エリー、エリーっ。」


 瞳孔が開き、焦点の定まらないエリーの頬を平手で叩きながらミーネは呼びかける。


「エリーっ。」


 虚ろに聞こえるミーネの声に応えることなくエリーの意識は白く包まれていく。奇怪にも顔の傷も首筋の傷もふさがって、流れた血だけが涙のように赤々と残っている。


 ゴメンナサイ。


 誰かが許しを乞う声が耳に残った。

◆イヴ…ネブリーナの研究施設にて昏睡状態にある最初のアキシオン。赤い瞳以外全て白い少年。


ダイヤモンドダスト発生条件の寒さとは、鼻で息をすると鼻毛が凍って呼吸が痛くて辛い寒さです。通り魔に全身刺されたと勘違いするような寒さとも言えます。

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