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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
26/42

異客

「さて、私の事は思い出して頂けましたか?」


 嫌でも脳裏に戻る記憶。ジルはネブリーナへ派遣されていた鴉という派遣軍の中隊長だった。小五月蝿く見張られていた記憶が連鎖的に蘇る。


「存在を確認出来て嬉しいです。17年前に消失していましましたからね。兵器の紛失などという失態をネブリーナは公表いたしませんでしたが、軍は血眼になって探しましたよ。危険因子が鎖もなく野放しにされているのですから。」


 エリーは嫌そうな顔を隠しもせず、目で合図すると意思を呼んだミーネが出口へと向う。


「応接間へどうぞ。聴取でしたらわたくしからお答え致します。」

「貴方に用はありませんよ。異形の魔女さん。」


 無表情だったミーネは妖艶な笑みを浮かべた。知らない者ならば誘惑するような甘い眼差しに映るがミーネの深層意識を読み取れる者には怒りの含んだ憎悪の視線に映る笑みだ。


「その発言は名誉毀損ですわ。」


 旧知の仲のように笑み合うミーネとジルの間でスイは蒼白になる。

 ジルはミーネに向って最低の暴言を吐いたのだ。確かにミーネは異形であり島民からは魔女と呼ばれているが好意的な意味での事。


「……彼女を侮辱するのは、やめてもらえるか。」


 寝たままの状態でエリーは静かに言った。


「我々が何も知らないとでも御思いですか。あまり調子に乗らないほうがよろしいかと。」


 血の気の無い顔を少し動かすとジルは不適に笑っていた。エリーにとって己の過去以上に知られたくない情報を握っているのだろう。


「例えばボルトカールに一人だけ生き残りがいたことを御存知ですか?」


 探るような言い方が忌々しい。ジルは聴取を口実に牽制か脅しに来たのだ。変わらないエリーの無表情の中に僅かに漏れた怒りの感情。ジルの横に置かれた棚の上の置物が音を立てて粉々に砕け散った。


「相変わらず乱暴ですね。」

「……用件を言ったらどう?」

「私と共に本部へ行きしかるべき施設へ収容されていただきたい。」


 顔色も悪く変な汗を掻いている怪我人相手に何をいうのだろうか。ミーネとスイは度肝を抜く。本来なら立ち上がることも出来ないほどの傷。まだまだ安静にしていなければいけない状態なのだ。


「……何の為に?」

「念の為に。」


 頑として譲らないジルをエリーは睨みつけた。そんな彼をスイは不審に思う。いつもは何を言われても適当に話を逸らせて目的を忘れさせ帰路に向わせる巧妙な話術を駆使し、決して修羅場には持ち込まないのだが明らかに喧嘩腰だ。

 老人とはいえジルは軍人。アキシオンとはいえエリーは怪我人。小競り合いにでもなったらただでは済まないだろう。

 無言のまま起き上がるエリーをスイは寝椅子に押し戻してジルとの間に入った。


「話を聞きたいって言ったからここに案内したッス。ジルさんは神官のアタシを騙したの?」

「神官様はソレがどれ程、危険な存在なのか御存知無いようですね。ネブリーナの科学が生み出した人造魔導士アキシオンの脅威を。」

「こいつの素性を広めないでもらえるか?国際問題に発展するぞ。」


 この場では救いの女神とでも言えるのだろうか。はたまた話をややこしくするだけの疫病神か。玄関から入れと再三忠告したにもかかわらずアキシオンである金髪の娘は五階の窓に座っていた。


「なんで誰も彼も無断で人の家に上がりこむかなぁ。やっぱりセキュリティーシステム導入しようかなぁ。」


 パティは窓から窓際に設置されたベッドに寝そべるエリーの上を跨いで入室すると真っ先にジルの前に出た。赤いクロスホルダービキニに同色のパレオを腰に巻いた姿はこの場においては場違いである。

 ビキニトップスは布面積が少なく、豊満な白い乳房が歩くだけで零れ落ちそうに揺れ動く。

 ビキニボストムも同様に布面積が少ないデザインであり、Gストリングと言われる局部しか隠されないデザインだ。パレオが巻かれていいても総レースであり、身体を隠すことに関しては役立っていない。

 裸よりも卑猥に着こなすなどもはや才能である。

 この姿で公衆を闊歩できるパティの勇気と自信に称賛を称えたいものだ。


「パティさんもいらしていたのですか。」

「守秘義務は果たして貰わないと困るな。第一、ナルはネブリーナから除名されてない。宰相の意向で好き勝手させてるが彼はネブリーナのものだ。三下の帝国軍人が拘束できると思うか?」


 パティの言う通り、この場でエリーが重い罪でも起こさない限りは軟禁であっても連行であっても彼を縛ることは難しいだろう。立場的にもジルは中級ランクの軍人であり、エリーとパティは最高ランクの軍人だ。国は違うが権力的にも能力的にも勝ち目は無い。


「“ナルさん”はそうでしょうね。しかし残念ながら“エリーさん”は違います。退役されているとはいえ6年前まではパイロープの軍人。当時の役職からしても私より下です。12年前に我が祖国で登録された国籍を破棄しない限り、帝国に属しているのですよ。」

「……その情報は古いんだけど。」


 にらみ合うジルとパティに水を差したのは以外にもスイであった。


「エリーさんの国籍はフィレナキート諸島七番島ザージュに定住許可取得した6年前にウォール諸島共和国に移転してるから、エリーさんはアタシ達神官の管轄下にあるッス。」


 エリーの属する国にて処遇が決まるならば最新更新情報であるスイの意見が通るだろう。度肝を抜かれたように瞬きするジルと面白そうに笑うパティ。


「……俺は神官様に従いますよ。」


 エリーの追い打ちにて諍いはスイの一人勝ちにて終了した。


「では本題について聴取して帰るとしましょう。」

「今回の調書なら私からデータで渡してやるよ。貴様と違って私は神官様に正式にお伺いを立てて情報を共有したからな。」


 ジルは白髪交じりの太い眉をピクリと動かすと諦めるような長い溜息を吐いた。


「私は帰りますが護衛として数人置いていきます。その辺は御容赦下さい。」

「……自分より弱い人、護衛に置いてかれても迷惑なんだけど。」

「はっきり監視と言ったらどうだ?」


 言いたい放題のアキシオンコンビ。再び険悪なムードになり、大の大人が三人睨み合う。空気が凍り、ダイアモンドダストの幻覚が見えそうな中、スイがミーネを突く。会話に気付かれないように口元を隠し、聞こえないように口だけ動かして話す。ミーネは同意したように頷いてエリーの元へ寄り、スイは睨み合いの間に割って入った。


「ジル大佐。エリーさんに割ける人員がいるなら他にお願いしたいッスけど。」


 確かに神官の立場であれば普通の軍人より強い人間に護衛をつけるよりも身を守る術を持たない民間人を守ってもらいたいと思うは当然である。


「ならず者はナルさんを狙って強襲したそうですね。再び来るかもしれない。」

「では他の神官と島人達が納得できる理由を午後の会合までに用意してください。元帝国軍人として神官達から信頼を寄せられてるエリーさんに態々、護衛を付けるんッスから。アタシは皆を説得させられるような饒舌、持ち合わせてないッス。」


 一見、支離滅裂していて権力乱用に見えるが話の筋は通っている。悟りを開いた老人のように平静を保っていたジルの顔色に焦りが混ざった。


「神官スイ。ナルはアキシオンの中でも危険な存在なのです。そっちの小娘とは比べ物にならない程、凶悪で残酷で無慈悲な兵器だ。」

「……随分と悪く言ってくれるね。」


 これ以上、興奮させないように罷り間違ってエリーが起き上がらないようにとスイと共にジルクの前に出たミーネの背後から厭味の籠もった声がする。


「忘れたわけではありますまい。滅ぼした神の領域の都市の数々、惨殺した神使。罪もない人への処刑行為。」

「ジル。情報漏洩が過ぎると即刻、口封じするぞ。ところで最後はイリアの事を言っているのか?私情を仕事に持ち込むなんて呆れるな。」


 ジルの言動の数々で昔のような目付きに戻ったエリーをさすがに危険を感じたのか、全ての事柄を知るパティが声を出した。


「あの女は派遣軍の公約を破った上に立ち入り禁止区域への諜報を謀った。危うく同盟が決裂するほどの事態を公にすることなく雑魚の命一つで済ませた宰相の寛大さに感謝されこそ恨まれる筋合いは無い。大切な部下が処分されたのは気の毒だが教育の行き届かなかった上司の力不足を棚に上げて逆切れされては困るな。執念深いところは変わってないようだ。まだナルの命を狙っているのか。敵討ちを気取る健気な姿は暇潰しにもならんぞ。」


 パティの見事な悪女っぷりに聞いている人間は気分が悪くなった。詳しい事は分からないがジルの話とパティの話を纏めるとエリーは相当な恨みを買っていたのだろう。殺しが悪だと決め付けられないが競り上がる様な吐き気と心臓が締め付けられるような蟠りが取れない。


「私は間違っていない。」


 吐き捨てるように言うとジルは扉の外に待つ部下を連れて部屋を出た。スイも一礼して追いかける。エリーにひらひらと手を振ってパティも出て行った。

 後味の悪い空気の中、エリーとミーネは残された。


「エリー、大丈夫ですか。」


 エリーは逃げるように寝返りして体ごと顔を背けてしまい無回答のまま時間が過ぎる。静かに休ませたほうがいいのかとミーネは睡眠を誘う香を焚いて音を立てないように寝椅子の横に座った。


「……スイちゃんは俺のこと怖がったりしないかな。」


 寝言のように頼りなく寂しさを含んだ声がした。アキシオンだと聞いただけで我を失うほど取り乱したのだ。今日、ジルに聞いたことでより一層、エリーに対するイメージが悪くなったに違いない。


「スイは直ぐ熱くなって爆発致しますが直ぐ冷めますわ。そして冷静に考えて前向きに浮上します。何を知ったってスイにとってエリーはエリーですよ。色々と聞きたがってましたわ。隠し事を話すいい機会でなくて。」

「……簡単に言わないでよ。ミーネちゃんは自分の事話せるの?」

「……失言でしたわ。」


 誰にも知られたくないことはある。相手に嫌われたくないのならば尚更。しかし、全てを知った上で好いてもらいたいと高慢な感情もある。

 スイならば醜い姿を知られても嫌わないでいてくれると確信しているのは思い上がりだろうか。それでも話せないのは切っ掛けと勇気がないから。


「先程は庇ってくださりありがとうございました。」


 ジルクが“ボルトカール”という単語を口にしたとき全身の血液が凍て付くような恐怖と崩れ落ちそうな絶望で頭が真っ白になった。エリーが止めなければジルは何を話しただろう。スイは何を知っただろう。叩けば誇りが出るような過去を持つ己が悪いのだが。


「証拠も証人も燃えたのにどこから情報を拾ってきたんだろうね。」


 今更、気付いたことだが不思議といえば不思議だ。知っているものはエリーを含んだ4人のみ。報告書は作成されておらずネブリーナ皇国の上層部が話すとも考えられない。


「詰めが甘かったということです。わたくしがその証拠でしょう。」

「……ミーネちゃんは俺の事怖くないの?」

「貴方みたいな情けない方、恐れるに値いたしませんわ。」


 情け容赦ないミーネの言葉を最後にエリーは考えが纏まらなくなる。香が効いてきたのか目を開けていられなくなり、微温湯に漂うような浮遊感を感じながら真っ白な世界に落ちた。

 窓に吊るされた鈴の鈴音が夢路へと呼び水となる。

 波の音が聞こえた。

 近くに浜はないはずなのに押しては引く細波が真っ白な世界を凌駕する。余程、風が強いのかと思うが風鳴りは聞こえない。

 黄昏の祈りを知らせる鐘の音が風に泳いだ。

 眠った時間は覚えていないが少なくとも数時間眠っていたことになる。かなり時間感覚がずれているようだ。十分程度しか寝た気がしない。


「よぉ、お目覚めか?」


 聞き覚えのある声と三番目の鐘の音が重なった。目を開けると見慣れた天井と風に揺れる白いカーテンが映る。少し視線をずらすと部屋の入り口に立つパティと目が合った。

 寝付くまで傍にいたミーネの姿が見当たらない。


「魔女さんなら茶を淹れに行ってくれた。随分、教育が行き届いているな。嫌いな相手に対しても礼儀正しいし気も利く。まだ顔色が悪いな?」


 からかうパティに言い返す余力もなかった。一体、どうなってしまったのだろうか。休んだはずなのに少しも体調は改善されていない。この程度の怪我は何度も経験したがこれほどまでに体調を崩したことはなく、このまま寿命を迎えて死んでしまうのではないのかという馬鹿げた考えが脳裏に浮かぶ。


「貴様が眠っている間にジルが護衛を置かない代わりだと別の物を置いていったぞ。この空間で魔術は使えない。無傷の私でさえ息苦しく感じるんだ貴様にとったら苦痛倍増だろうな。」


 重力が倍になったかのような重さと大気が薄くなったような息苦しさ。極度の睡魔に襲われている時のように集中力は霧散する。魔術が使えないとなると治癒能力を高める施術も機能していない。体調は睡眠で回復するどころが悪化していた。


「……最悪。」


 掠れた声で悪態付き、額の汗を拭くとパティが寝椅子の横に座った。


「安心しろ。下には下がある。」


 これ以下の苦痛があるというのだろうか。考えずとも軍関連の聞きたくない情報なのだろうが。


「……もう少し俺を労わって。」

「ジルの率いる陸軍第二軍団の連隊が集まっている。各島の出入り口は厳重な検問が置かれ、観光客も肩身の狭い思いをしている。多勢に無勢でエイヴァを取り囲みマキの痕跡を探すらしい。表向きには変死事件の容疑者捜索だが本音はどうだろうな。明後日、狩りに入るらしい。随分無茶な作戦だ。下手をすれば全員死ぬだろうな。」


 パティの言うとおり、アーシーが八番島エイヴァにいれば全員糸の餌食となるだろう。そんな話を聞いたところでエリーは何もやる気にならないし何も考えたくない。


「……好きにさせればいい。」

「無責任だな。その作戦、貴様と仲良しの神官様が立ち会うぞ。」


 驚愕と狼狽で言葉も出ずに目を見開くと十番目の鐘が鳴った。


「貴様は祈らなくていいのか?」

「……何を祈るんだ?」


 祈るだけでは願いは叶わない。無駄と分かっていて偶像を崇拝するほどエリーは目出度い頭は持ち合わせていないのだ。


「神も人も己自身も信用しないなんて憐れだな。」


 そんな言葉を残してパティは窓から出て行った。

 空が赤みを帯びている。円に近い衛生の下に星が輝く。


「……誰だって、知らない奴なんて信用出来ないだろ。」


 昼と夜の狭間で全てを諦めたエリーは自嘲的な笑みを浮かべた。

 十四番目の鐘が余韻を残して鳴り終わる。

◆鴉…帝国軍のネブリーナ支部派遣隊


第一次エリーさん所有権合戦はスイちゃんの一人勝ち。

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