疑心
一番島クー。
高層の摩天楼が並び多くの観光客が行き交う。海沿いの砂浜近くに聳える最高級ホテルの最上階インペリアルスイートルーム。無駄に豪華で煌いた空間で王族が眠るような特大サイズの金の刺繍が入った紅い天蓋付ベッド。
隣に置かれた豪華なソファーには白い少年が寛いでいる。無音の空間に家鳴りのような軋む音がした。
「マキ君を誑かすのはやめてもらえるかい?あれでもウォール支部に派遣された掃除屋のエースなんだよん。」
アーシーの向かいのソファーに首に蛇を巻いた闇色の男が静かに座っている。目の前のテーブルには来客を待っていたようにティーポットとカラフルな包み紙に包まれたお菓子が用意されていた。
「人聞き悪いこと言わないで。それに誑かしてないよ。最弱勇者を迎え撃つ準備に協力してもらってるだけ。マキちゃんは?」
「常用任務のお掃除と戦闘用アバターのキャラメイクと改良に全力注いでる。生身で使えない能力なんて不憫だねぇ。」
苦笑を浮かべるラウに対して、ポットを高く掲げ紅茶を注ぎながらアーシーは持て成した。
「自作プログラムのアバターが現実に操作可能な“化身”なんて能力、廃人ゲーマーのマキちゃんにはうってつけだと思うよ。欲をいえば遊び感覚じゃなくてもう少し本気で取り組んでもらいたいけど。」
全ての任務をアバターで行い画面越しで対応するマキの本体は安全圏にいるが故に真剣さに事欠ける。危機感を持っていれば敗北したとしてもアバターを壊される失態までは冒さなかっただろう。
壊されても問題ないからこそ、今回の襲撃はマキに任せたのも事実だが。
「それにしてもマキちゃんが来るかと思ったけどラウが来るなんて以外。」
「任務失態の責任をとって無駄に増えた面倒な雑務をこなしてもらってる。こっちは通常業務でも天手古の舞いを踊り狂ってるんだからイレギュラーはそっちで対応してくんない。」
「前線のボクらが負けたらそっちに火の粉どころか火元が降ってくるだよ。仲良く手を取り合うべきじゃない?」
上目使いで言われても全く可愛いと思えない。ラウはアーシーのことを彼を嫌いな調律師から短所だけを強調して聞いていた。百聞は一見に如かずというがアーシーは百聞を裏切らない人柄のようだ。
「ゴリカちゃんとオット君が金髪美女の姉ちゃんに見張られてたがわざとか?」
「もちろん。あの二人なら戦力的にアキシオンに顔バレしても問題ないからね。こっちが動きやすいように囮役お願いしてる。」
クスクスと楽しそうに笑いながらアーシーは紅茶を啜った。
「そっちで囮役受け持ってくれてもいいんだよ?マキちゃんとラウの大好きなセクシー3次元美女でしょ。」
にたりと笑うアーシーの前で紅茶を含んだラウは噴き出した。
「ぷっ、ははははははっはっ。」
壊れたように腹を抱えて笑い出した。不振な顔をするアーシーなどお構いなしに笑い声は大きくなる。
「人を嗤うなんて失敬じゃない?」
「ははは、アーシーちゃんが可愛い事言うからだ。」
涙を流して大笑いされるほど面白い事を言った覚えがない。
「乳のでかい美女ならなんでもいいってわけじゃないっしょ。ゴリカちゃんを女として見れる?お子様が無理して猥談ふるなっての。」
「あー、はいはい。ボクが間違ってましたよ。」
膨れるアーシーに笑うとラウはソファーから立ち上がり、オーシャンビューの景色を見る。空も海も青く良い天気だ。
「それにしても、ちょっと派手に動き過ぎじゃないか?派遣軍も警護隊もマキ君とアーシー君の強襲で大騒ぎだ。昔は知らんけど今の調律師のモットーは隠密行動だニンニン。」
「結果が全てだよ。統括の許可は取ってるしリュティーアシーカは完成した。ノルマ達成おめでとう。」
ベッドの上に置かれたリュティーアシーカをアーシーは指差す。ラウはゆっくりとベットに近づくと黒い刀身に染まった短剣を手に取る。
「発案しといてなんだけどこんなもんよく手に入れたな。150年以上……R-0009では60時間以上前?に国政的に禁止するよう情報操作して叩き折ったはずじゃないの。」
「禁じたところであるところにはあるんだよ。しかも改良版だから禁止条例出した時より高性能。旧式なら殺せるし新式もどうなるかな。」
「怖っ。こんなもんがねぇ。」
汚い者でも触るように自身の体から遠ざけるラウにアーシーは笑みを深めた。
「それさ、元は不毛地帯の人型α元素変異体が始祖の能力を奪う為に発案した魔道具って知ってた?」
知らざる情報に目を丸めたラウの反応に、にたりと笑うアーシー。始祖をも傷付ける事を目的とされた短剣など情勢を裏から操る調律師が真っ先に取り締まったことだろう。
そんな危険なモノにも頼らなければならないなどかなり窮地に追い詰めらえている状況だ。
「勝機に繋がるもものななんだって使うさ。諸刃の剣であってもね。R-0009には旧時代の神殺しの兵器も残っているんだよ。」
紅茶に砂糖を入れ足すアーシーのもとへ、ラウの首に巻き付いた黒蛇が宙を泳いで向かう。
≪不死を求めて滅んだ文明は時を経て再び不死を望む。リュティーアシーカしかり、アキシオンしかり、不死を求めて破滅を迎える。R-0009 は滅びに吞まれているな。≫
「……ガブリエルさん。」
世界の為の供犠となった浄化の始祖ガブリエルの依代である黒蛇はアーシーの首へと巻き付いて目を合わせた。
≪迎え撃って敗れたメルは降伏した。ビリーの説得ならと期待したけどあっけなく失敗。攻撃力の強いココが全力で抵抗したけど結果は無残なものだった。ドールの時もあいつに会った調律師は皆破壊されてしまった。氷に閉じ込められた調律師の生死すら不明。あいつの力を僕達は知らない。せめて、アデルが生きていればと思うよ。≫
「昔語りの始祖様は二の次にはアデルって言うよね。」
調律師と始祖に起こった悲劇を並べるガブリエルをアーシーは笑った。
≪アデルは我々の救いだった。生き残った始祖は己が消滅してアデルが生きればよかったと嘆いていた。≫
「そうゆうの無いもの強請りっていうんだよ。故人を思うのは勝手だけど。」
アーシーには信仰するものも崇敬するものも存在しない。他者に助けを求めない白に近い水色の瞳をガブリエルは憐れむように見つめた。
≪アーシー。無理に迎え撃つ必要ない。調律師の安全は絶対でなければならない。レイの力は残っているのだろう?君たち調律師に責任はない。安全な場所にいればいい。≫
「ありがとう。でもね、もうボクはこっちでしか生きたくないし自分で選んでここにいる。」
≪苦痛を先延ばしにするなどレイも惨いことをする。≫
労わるようにアーシーの頬を尾で撫でるとガブリエルは再び宙を泳いでラウの首元へ戻った。
「もう行くの?」
「仕事に戻るんですぅ。調律師が減って護衛にまでしわ寄せが寄りに寄って新しい物質が爆誕しそうなのよん。」
皮肉に言うとラウは塵となり空気に溶けた。
残されたアーシーは紅茶のカップいっぱいに砂糖を落としながら何もないところに帽子を投げつけた。帽子は壁にぶつかることも床に落ちることもなく宙に留まる。
立ち上がってカーテンを閉め切った暗い部屋へ移動すると透明な立方体の装置を起動して宙に複数の空中ディスプレイを浮かべる。
ウォール諸島共和国とパイロープ帝国のデータベースへと侵入するととある人物の情報を開いた。
通称:ミーネ
本名:Amine・Chermiti
階級:帝国陸軍軍曹
所属:帝国陸軍第2軍団魔導機動師団
出身国:ティキティ王国
情報管理者ですら閲覧を許されない個人情報が並ぶ。そして隣の画面には神の領域に滞在する調律師がまとめたボルトカール王国の住民データが開かれる。
「ボルトカールにチェルミティなんて一族いないんだよねぇ。」
調律師の介入まで住民の情報などがデータで管理されていなかった神の領域の情報は浅い。全ての住人情報が入揃っているとは限らないが黒境膜族の情報が欠落しているとは考えられない。
種族で優劣が付いているわけではないが高等なα元素汎用術を使える黒境膜族はどの国でもヒエラルヒーのトップに君臨する。
駐在する調律師へ調査を依頼しているが芳しくない。
「……本当の出身国は滅国してるってことかな。」
彼女の年齢から考えると幼少期はアキシオンが神の領域を荒らしていた頃だ。
ティキティ王国は陥落する近隣国の支援をしていた。難民として避難し、定住したのであれば一族が見つからないことも納得だ。
「あの魔女くらいの使い手なら見つかると思ったんだけど。」
過去にも調律師に傷をつけるα元素変異体は存在した。それこそ旧式の調律師を死に追いやる程のα元素汎用術の使い手もいたのだ。
マキの本体まで傷付けたミーネの黒いリボンのような術式は厄介である。今後も関わる可能性は大いに高い。血族でも見つかれば対策法がみつかると思案したが短絡的だったようだ。
長い息を吐いてもう一つのデータに視線を移す。
通称:エリー
本名:Alistair・Campbell
階級:帝国陸軍中尉
所属:帝国陸軍第2軍団魔導機動師団
出身国:バナン=シール
「自分が滅亡させた国を出身国にするなんて面の皮が分厚い事だね。」
アーシーは馬鹿にしたように鼻で嗤う。今となっては復国しているがバナン=シールはアキシオンが17年ほど前に焼け野原にした国だ。
いくら協定を結んでいようとも神の領域の民がパイロープ帝国軍に入軍するには推薦状が必要になる。どのような手を使ったかわからないが融通が利くほどの権力者より国籍を発行されたのだろう。
液体に入る細い薬瓶を掲げて中身を揺らす。熟成した赤ワインのように深い赤をした液体と鮮やかな赤色をした液体。これはエリーとミーネから採取していた血液を薬剤と混ぜたモノ。
「それにしても、あいつα元素そのものみたいに濃いな。α元素変異体でもここまでの濃度はない。」
14年前に調律師が調べたときはさほど検出されなかったというのに生まれつき神使であり魔術を有する黒境膜族のミーネよりも濃い。アキシオンだとしても塩化症候群を発症してもおかしくない濃度だ。
「この14年で何があったんだ?」
衝の夜、マキがエリーを斬ったリュティーアシーカは最終段階まで強化した。
原因がわからず、仮定を確定させるために確かめに行ったのだ。そうしたらマキとアーシーが立て続けにエリーを切ったリュティーアシーカは再び最終段階まで強化された。
リュティーアシーカは体内に保有するα元素を吸収する。
一度目の吸収より5日しか経っていないというのに再び最終段階に強化されるほど保持していたなどあるだろうか。
軍のデータベースを見てみてもエリーの魔力測定は10段階中下から三つ目だ。
「……ありえない。」
行き詰ったアーシーは脱力して背もたれに上半身を預けた。
視線を右に左に彷徨わせて思考を巡らせていると、一つの映像が音を出して点滅する。髑髏が現れて真っ暗になった。
「え???ウイルス???」
万全のセキュリティプログラムを使用してハッキングしているというのに、どこかのセキュリティプログラムのウイルスに引っ掛かったのかと大いに焦る。
こちらの情報が引きずり出される前になんとかしなければと空中投影されるキーボードに指を走らせると黒い画面には蜻蛉のマークと多数の文字が規則的に並びだした。
この蜻蛉のマークは知り合いが好んで使うシンボルマークだ。
「………あんの変態ハッカー。」
己と同じくらい悪戯好きの情報提供者に悪態付く。しかしながら通達の内容は都合のよいものらしく、不機嫌だった顔が見る見るうちに笑顔になっていく。
「へぇ、これは腕の見せ所だね。」
◆ガブリエル…供犠となった始祖。黒蛇は依代。いつもはラウの首に巻き付いている。
◆Amine・Chermiti…ミーネの本名。
◆化身…マキの異能。自作プログラムしたアバターを具現化し操作する能力。
一番不真面目でいつも遊んでいそうなアーシーは働き者。真面目に悪事を働いてます。




