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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
23/42

蜘蛛

「真打ち登場ってやつ?」


 マキは軽口を叩きながら鳥肌が立った腕をさする。

 リュティーアシーカで斬りつけて五日。

 多少の魔力は回復しているが傷はやっと塞がりかけた頃だろう。歩くどころが立つことさえままならないはずだ。苦痛を顔に出さないところは流石、元軍人のアキシオンだ。見上げた精神力である。

 それどころか彼の放つ威圧感は息苦しいほどに重いのだ。


「人がいい気持ちで寝てたのに、起こさないでくれるかな。」


 冗談めいた口調とは裏腹のきつい表情でマキを睨みつけているエリー。禍々しい雰囲気を纏う彼の回りを飛び回る青緑色に発光する赤い羽根の蝶が異質であった。

 一度、視線を交えれば萎縮される。しかし、マキは逃げるわけにはいかなかった。震える手を握り締め、押し潰されそうになる恐怖を誤魔化した。


「調律師が恐怖を感じるって、あんた何者だよ。しかもこっちはアバター越しだってのに。」


 マキはリュティーアシーカを取り出すと目にも留まらぬ速さで床を蹴り素早くエリーの背後に回る。

 最小限の動きでマキの短剣を交わしつつ片手で投げ飛ばす。吹き飛ばされたマキは店のカウンターへと転がり落ちた。

 体勢を立て直そうと立ち上がるが、目が回って床に倒れこんでしまう。接触時にエリーがなにかしらの魔術を使ったようでマキの平衡感覚が狂っている。


「この程度なの。君、本当に調律師?」


 煙管に火をつけながらカウンターへ近づきマキを見下ろすエリー。相手は歩くことも苦痛を感じる怪我をしているというのにここまで実力に差があるとはマキにとって計算外だった。

 力を失った状態で軍事訓練を受け、入隊から一年もせずに中尉まで昇格した最強のアキシオン。無駄な動きも隙も無い。


「さすが調律師崩しの人造魔導士ハニー・オリヴァー。こりゃ難易度SSSのクエストだな。」


 マキが囁いた言葉を聞いたエリーを中心に魔力の渦が部屋に広がり、全ての窓ガラスが粉々に砕け割れた。


「それ、誰に聞いたの?」

「人類生存圏は調律師の管轄内。隠し事しても無駄ってこと。」


 ハニー・オリヴァー。通称ナルはネブリーナ皇国から逃げたときに捨てたエリーの記憶に存在する最初の名前。隠密任務が多く、隠された存在であったイットの素性は同族のアキシオン内でも謎に包まれていた。

 調律師とは言えナルのフルネームを調べることは不可能に近い情報であった。


「それで、まだやる気?」

「もちろん。」


 今にも飛びかかろうとしているマキに冷たい視線を絡める。

 エリーは一歩下がって間合いを取ると、斬りかかって来たマキの腕を掴み肩に担いで一回転させ、宙に浮いたところで拳を二発埋めて蹴り飛ばした。石の壁に皹が入るほど強く激突したマキがずり落ちるより速く飛び掛って膝を埋める。骨と骨のぶつかる嫌な音が響いた。接触するごとに魔力を叩き込んで威力を陪乗させる。


「ちょっ、待っ、ガードしてるっ。ガードしてるっつーのに!」


 止まらない猛攻に焦るマキの頭を鷲掴み、エリーは石壁が砕けるほどの力で叩きつけた。血を吹いて意識をなくしたマキの髪を掴んで持ち上げる。


「いい加減、面倒起こされると困る。」


 動けないように束縛の魔術を手に掲げた刹那、足元に落ちたリュティーアシーカが破裂音を出しながら発光した。


「エリーさんっ。」


 エリーの異変にスイは叫ぶ。

 塞がっていた傷が切られた直後のように開き、服に血が滲み口元から血が滴った。エリーの流した血を刀身が引き寄せて飲みこんでいる。


「……なにこれ。」


 スイとエリーが異様で不気味な光景に気をとられている数秒間に目を覚ましたマキは、未だに頭を掴むエリーの脇下に懇親の蹴りを入れた。まともに蹴りを食らったエリーの肋骨が折れて衝撃は肺にまで届き、咳き込むよりも息が止まる。


「エリーさんっ。」


 スイの叫び声と火が点いたまま床に転がった煙管の煙が立ち昇る。

 マキはリュティーアシーカを拾うと、蹲って呼吸を整えるエリーに振り下ろす。

 激しい金属音が轟きエリーの首を落とすはずだった短剣の刃は、魔力を込めたバタースプレッダーで止められていた。そのままの強度では砕け散っていただろう。呼吸もまともにできない状態だというのにアキシオンであり元帝国軍であって機転がまわる。


「何度スタン状態にすんだよ。裏ボスかっつーのっ。クリアさせる気ない難易度設定やめてもらえます?」


 両膝を付き両手でバタースプレッダーを握るエリーと立った状態で短剣を握るマキ。斬りつけて日の浅い傷口を狙って右足を上げると同時に傷口を蹴り、そのまま一回転しながら遠心力を付けてエリーの顔面を蹴り飛ばした。エリーの口から、鼻から血が流れ出て服を通して血が滲む。

 苦しそうな息をして寝そべるエリーの傷口を踏みつけ、マキはリュティーアシーカを刺した。エリーは体から力が抜けるような、何かに引き摺られるような感覚に気持ち悪さを感じる。


「怪物燃やした派手なα元素汎用術つかわねぇのな。こいつに吸われて枯渇ぎみってやつ?」


 エリーは傷口の上にある足を掴むとリーチの差を利用して手元に転がっていた度の強い酒のボトルをマキ目掛けて投げつけた。マキは咄嗟に腕で受け止めるが割れた破片が肉を裂く。こぼれた赤色の酒が血のように広がり、むせ返るような強いアルコールの臭いが立ち昇った。


「さっさとやられろよ。HP無限かよ。」


 睨みながら、エリーを見下ろし、傷口の上に置かれた足に体重を乗せる。痛みと出血で顔色の悪いエリーは苦痛な表情を浮かべるどころか笑っていた。

 平らな床の上を広がり続ける酒は火が点いたままの煙管に到達する。引火した火は瞬時に広がり、酒を浴びたマキとエリーに燃え移った。


「ぴえっ。」


 悲鳴を上げるマキに反して苦しそうな顔も驚いた顔も見せないエリー。ボトルを投げたときから計算されていたことだ。

 炎はエリーの魔力に操られ蛇のようにうねりながらマキに巻き付き青く色を変えて温度を上げる。そしてマキの肌を溶かし黒く焦がした。


「わぁぁぁああぁぁぁあ。」


 エリーが静かに息を吹きかけると燃え上がる炎は嘘のように静まった。数秒とはいえ炎に包まれたことがショックだったのか黒く焼けた人型となったマキは膝をついて静止している。


「ちっ、こうゆうのはビビるからやめてくんない?」


 ボヤいたマキの体は火傷が逆再生のように治っていく。肌も、服さえも再生する。

 未だ血液の流れ出る傷口を押さえながらエリーは何とか起き上がる。その手にはミーネが落とした簪が握られていた。先ほどのように魔力を使ってリュティーアシーカを刺激しないように、エリーはシンプルな仕掛けの無い武器を持つ。


「ヘイスガ、オートガード、オートパリィ、オートカウンター、パーフェクトベール、バーサーカーモード・ビースト!!」


 呪文のようにマキが呟くと背後にオレンジに光る時計の文字盤が浮かぶ。そしてマキの肌が赤く染まり爪と牙が獣のように鋭く尖った。


「くっそ、この俺に、この俺にビギナーバフ使わせやがってっ。」


 悔しそうに顔を歪めながらリュティーアシーカを鞘に納め、二丁の小銃を構えたマキは倍速の速さでエリーに襲いかかる。曲芸師のような身のこなしで掌打と回転蹴りを繰り出し銃弾を浴びせる。

 目にも止まらぬマキの猛攻にエリーはすべて簪一本で対応するが受けても避けても開いた傷から血が飛び散る。


「エリーさんっ。」


 スイは己を床に縛り付ける短剣を抜こうとするが、拉げた刃が引っ掛かり抜けない。誰が見てもエリーが流す血の量は危険だ。


「やめてっ。もうやめてっ。」


 このまま、殺されてしまうのか。スイの瞳から涙があふれたときだった。


「あぐっ。」


 マキが苦痛の呻き声を発した。その体には黒い帯のような何かが締め付け、触れたところが焼けた石のように炎を上げずに赤く燃える。剝がそうとマキが藻掻いても黒い物体は影のように触れることができない。


「またこれかよ。」


 黒いものの元をたどると、ソファーのに寝そべるミーネが睨みつけている。その手元の影から黒い物体はマキへ伸びて巻き付いていた。


「あーあ、HPゼロ。ゲームオーバー。」


 鼻で笑ったマキから0と1の数列が浮かび上がり、立体映像が消えるときのように消滅した。カツンと音を立ててリュティーアシーカが床に落ちる。

 黒い物体を霧散させたミーネは咳き込みながら喘鳴を上げた。かなり身体に負担がかかったようだ。エリーも崩れる様に座り込み、血だまりが出来る。


「ミーネちゃんっ、エリーさんっ。」


 手が裂けることも構わず、スイは無理やり短剣を外した。服を破って止血し、二人にか寄ろうとしたとき、店のドアベルが鳴る。


「パンパパパパンパンパーン。」


 幼い声で紡がれるファンファーレの一節と拍手。不愉快になる聞き覚えのある声。

 意思に反して動きを止めるスイの体。見れば数本の糸が巻き付いている。視線も動かないが姿を確認しなくてもアーシーだとわかる。

 ミーネにもエリーにも彼の糸を断ち切る力は残っていなかった。


「負けたら骨を拾えって?引き籠りニートのクズゲーマーが偉そうに。」


 ブツブツと文句を言いながらアーシーは床に落ちたリュティーアシーカを拾う。

 何を思ったのか、アーシーは座り込んだまま浅い呼吸を繰り返すエリーに近づくとその体を蹴り飛ばした。抵抗する力もない身体は音を立てて倒れる。


「エリーっ。」

「やめてっ。」

「うるさいなぁ。」


 心配と制止を含んだミーネとスイの叫び声はアーシーの指先一つで呼吸ごと止められた。

 強制的に呼吸不全にされた二人の表情が苦痛に歪む。


「これでマキちゃんを攻略したとか、楽観的な勘違いはしないようにね。」


 意味ありげに含み笑いするアーシーは糸を操り、スイとミーネを宙吊りにした。倒れた椅子を糸で起こして座わると酸欠で肌が青紫に変色している様を楽しそうに眺める。


「苦しい?ブスはブスのままだけど、綺麗なお姉さんも醜いねぇ。」


 せせら笑うアーシーを青い炎が囲んだ。

 糸が燃えて床に落ちたスイとミーネは自由になった呼吸に咳き込みながら酸素を取り込んだ。


「何だ、まだ動けたの?」


 炎を発生させた主は床に寝そべったまま不規則に体を痙攣させながら吐血を繰り返している。


「そんなになっても死ぬどころか意識も失えないなんて可哀想だね。ボク等と違って痛みも苦しみも感じるんでしょう?」


 アーシーは椅子から降りると、リュティーアシーカを鞘から抜き取った。


「ボクが終わらせてあげよっか?」


 再びエリーを足蹴にして体制を仰向けにすると、その喉元に刃先を突き刺した。かひゅっと詰まった呼吸音が鳴り、赤い投資員が黒く染まる。


「へぇ……。」

「……うぐぅっ。」


 喉元より引き抜いたリュティーアシーカを眺め、アーシーが嗤う。


「お前の体に何処に何回刺したら、なんてわからないから失敗しても恨まないでよ?」


 エリーの喉元に突き刺さる直前、リュティーアシーカはアーシーの腕ごと吹き飛んだ。

 腕を切り落とされたアーシーも爆風のような衝撃で数メートル跳ね飛ばされている。


「酷いことするね。」


 壁にぶつかることなく、地に落ちることもなく宙で止まったアーシーは自身を吹き飛ばした相手を見て逆さ吊りで笑った。


「よぉ、糸紡ぎの魔術師。」


 仰向けのエリーを跨いで立っていたのは、露出度の高い水着姿のパティだった。その手にはアーシーの腕を焼き切った魔導武具の折り畳みバトンが握られている。


「アーシーって名前で呼ばないと首落とすよ。今はゴリカと海で鬼ごっこしてたんじゃないの?」

「単細胞の愚策に私がかかるわけないだろう。」


 アーシーは糸で腕を拾って元通りに再生させると店の入り口へと降りた。


「おい、私とは遊んでくれないのか?」

「お前に興味ないし、服が汚れたし。ボクの用は終わった。」


 好戦的に笑うパティと見下したように冷笑するアーシー。

 睨み合いはエリーの血の混ざった小さな咳で終わる。細く、止まりそうな喘鳴を間近で聞くパティの笑みが消えた。

 一刻も早く治療しなければならない状態だろう。


「この程度じゃ死なないだろうけど、ボクは帰ってあげるからさっさと助けてあげたらいいよ。お大事に。」


 小さなリップ音を立てて投げキッスを送るとアーシーは店から出て行った。

 アーシーの気配が完全に消え去るとパティは足元のエリーの容態を確認する。開いた傷に、火傷に裂傷と酷い状態だ。

 肌は青褪め、唇は血の気を失って白い。冷や汗が滲む手は冷たく、脈も呼吸も乱れていた。

 失血によるショック症状が色濃く現れている。


「おい、しっかりしろっ」


 パティは応急処置としてエリーの治癒能力を高めるため、自身の魔力を直接流す。医学による普通の治療では間に合わないと誰が見ても判断できる状態だ。

 なんとか息を整えたスイはよろけながら駆け寄った。ミーネも思うように動かない体を起こして這うように近づく。


「エリーさんっ。」

「エリーっ。」


 血の気の引いた真っ白な顔と冷たい体。辛うじて保っていたエリーの意識は二人の声を聴きながら暗闇へと落ちていった。

エリーさんは返し技が多いテクニックタイプ。

パティは先制特攻のスピードタイプ。

アーシーは能力のみのトリッキータイプ。

格闘ゲームなら速さと攻撃力を兼ねそろえたパティは初心者に愛される戦術。

タイミングと操作が難しいが威力抜群のエリーさんとアーシーは上級者に愛される戦術。

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