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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
22/42

蝶狩

 祈りの鐘が鳴る事なく日が沈み、空が夕闇に浸食される。

 半分に割れた衛星も昼頃には没しており空には一筋の光の直線と星が瞬いていた。

 警護隊が治安維持として橋でつながる各島の入り口を見張る。当番の二人組は交替が来るまで他愛も無い話をしながら時間を潰していると夜光虫のように淡く光りながら小柄な人影が空より現れて緊張が走った。


「止まりなさい。」


 警護隊の二人組は怪しい人物の前に出る。

 随分と小柄な侵入者はローブで体全体を覆い隠しており、性別や年齢すら分からない。


「観光客じゃないですよね?何番島の方ですか。ティスクで顔と身分証の照合してください。」

「邪魔。」


 職務質問と同時に取り囲もうとする警護隊の二人はは数秒としないうちに意識を失って道端に倒れることとなる。

 職務中の見張りの意識が途切れた事で脳波の異常を感知した装置が自動的に、火急の知らせを全警護隊へと瞬く間に伝達さた。

 各島の出入り口となる橋へ配置された見張り、巡回中、待機中、休業中と全ての隊員へ鳴り響くアラートに騒然とする。

 不審人物は最上階だけ明かりのついた灯台のように聳えるモティールを目指して歩き進んだ。

 モティールでは島の異変など気付かず、嘘のように静かな夜が過ぎていた。

 優しい橙の明かりが照らす空間で安眠を誘う甘い香の煙が揺れる。

 心地よい夜風がカーテンを踊らせ窓の近くに置かれた寝椅子にエリーが眠っている。その横で黒髪の麗人が弦楽器を奏でていた。

 穏やかな夜だった。


「こんばんは。」


 そっと扉を開けて銀髪の神官が入室してきた。最近のごたごたで休日であろうとも関係なく伸し掛かる公務を終えて見舞いに来たスイだ。

 目的の人物は浅い寝息のまま寝入り身動き一つ無いのだが、一目だけでもと毎晩通っている。色々と責任を感じているらしい。


「ありゃりゃ。今晩も眠ったかのように死んでいるッスね。」


 エリーの顔を覗き込み、真剣な面持ちでスイが口を開く。


「それを仰るなら“死んだかのように眠っている”ですわスイ。」


 エリーの額に手を当てて検温し、平熱を保っている事に安堵しながらミーネが詞の間違いを忠告する。


「この調子なら来週には動けるでしょう。」

「来週?早くない?元軍人さんだと身体の作りが違うっスか。」


 素人と医療関係者では重度の解釈が大幅に異なる事は通例であるが、エリーの傷は命を取り留めただけでも奇跡と思える重傷であった。常人であれば回復まで数か月を要するはずだ。


「わたくしもエリーも魔導機動師団でしたからね。治癒能力を高める術式を施してあります。リュティーアシーカで奪われた魔力の回復と比例して傷の治りも早まりますわ。」


 医療技術すらカバーできるなど便利なものだ。これほどまでに汎用性の高い技術ならばもっと普及するべきなのだが一昔前の諍いの名残で魔導学は畏怖的な印象が強い。

 帝国が魔導学に準ずる者を置いている事も神の領域との政治的な一貫に過ぎなかった。


「それでマキ君に斬られたのにミーネちゃんは無傷だったんだ。」

「はい。」


 ラウに連れられ血にまみれて返ってきたミーネに傷一つなかった謎が解けた。しかし別の疑問が浮かぶ。


「でもどうしてエリーさんの傷は治りが遅いの?ミーネちゃんもリュティーアシーカで斬られたとき魔力とられたんでしょ?」

「私とエリーでは保有する個々の魔力量が数百倍異なりますから。」

「エリーさんの方が魔力が少ないってこと?しかも数百倍?」


 信じられない事実にスイは思わず声を荒げた。エリーの並外れた魔術を何度も目のあたりにしているスイの疑問は当然だ。ミーネが発動できない魔術もエリーは簡単に使いこなしているのだから。


「エリーは過不足なく的確に必要量のみ魔力を注げますから少ない魔力でもわたくしより魔術が扱えるのです。」


 殆どの場合、魔術を発動する時は必要量の倍以上の魔力が必要になる。術式に魔力を注ぐ事は人の背丈ほどある大樽を傾けてドールハウスの人形用の杯に水を注ぐような作業なのだ。杯が満たされれば魔術は発動するが上位の魔術師であっても魔力を注ぐ際は必要量の数倍は溢して無駄にする事が常であった。

 最も難解である魔力の操作に優れたエリーは自身の千倍の魔力保持者にも負けることはないだろう。

 精密な魔力操作は発動時間縮め、魔術の完成度を高めるのだから。


「話は戻りますが治癒能力高める術式は魔力操作ではなく魔力量に応じて効果が変動いたしますから、どうしても魔力の少ないエリーは効果が低くなってしまうんです。」

「じゃあなんで病院行かなかったの?」

「本来であれば奪われた魔力が回復して治癒能力が高まるまで専門的な技術を持った方にしかるべき処置をしていただいたほうが好ましいのですが、エリーったら病院は嫌だと駄々を捏ねるんです。」


 困ったように笑いながらミーネはエリーの髪を撫でた。


「ええ?」

「まぁ、わたくしもエリーも野戦は茶飯事でしたし治療知識も技術も持ち合わせておりますからね。手に負えない怪我でなければ自己処理いたしますわ。」


 スイは意外な理由による自己処理に顔を歪ませた。瀕死の重傷を負っているときに捏ねる駄々ではない。その我儘を聞き入れるミーネもミーネだ。

 これは神官として二人に説法の一つも唱えねばと思考を巡らせたそのとき、不振な物音がした。重みのある何かが倒れたような音。


「何の音ッスかねぇ?」

「見てきましょう。」


 そう呟くとミーネは足音なく出口に駆けていく。


「何方かいらっしゃるの?」


 そっと扉を開けると店の前に男が倒れていた。腕章から街を巡回していた警護隊だと判断する。ミーネは男を助け起こした。


「大丈夫ですか。一体何が?」

「銀髪の子供が。」

「銀髪の子供?」


 ミーネが顔を上げ、視界に輝く銀糸が入った瞬間、目の前に雷光が走った。

 何が起きたのかはわからない。気づけば先程いた場所から数メートル離れた壁に背を向けて横たわっている。立ち上がろうと体に力を入れたとき、腹部を中心に激痛が走り、咳き込んだと思ったら大量の吐血をした。何らかの衝撃で内臓を傷めたらしい。


「……どなたかしら?」


 口からぼたぼたと血反吐を吐きながらミーネは問う。


「お姉さんに用はないから。」


 頭の上から見知った声がした。


「マ……。」


 名前を呼ぼうとしたとき再び腹部を蹴られ、その衝撃にミーネは意識を手放した。マキは躊躇う事無くミーネの頭部目掛けて発砲する。

 血飛沫が立ち、彼女の頭に風穴が開いているはずだったがマキの目に映るは八つの穴が開いた店の看板。


「無粋なお客ですこと。夜分遅くに何の御用かしら?」


 艶かしい声と同時に、店の看板だと思い込まされていた物体が妖艶な女に姿を変える。いつから幻術を使用していたのかミーネには傷も汚れもない。


「規格外も程々にしてよ。美人だから許すけど。」


 魔女特有の能力で欺かれたマキは苦笑しながらミーネを見つめた。無理やり誘ったエイヴァでのデートでミーネの魔術を嫌というほど体で覚えている。


「本日は定休ですわ。お引取り願えません?」

「エリーちゃんにアポ通してよ。綺麗なお姉さん。」

「眠っています。用件ならわたくしが聞きますわ。」


 客商売をやっているだけに始めこそ社交的だったミーネの表情は、静かに怒りの色が滲み始めた。


「エリーに何の用です?」

「処分しに来たって言ったらどうする?」


 馬鹿にするように笑ったマキ。

 ミーネが手をかざすと宙に魔法文字が浮き上がり発光する。重なる術式にあわせるように、マキは口笛を鳴らした。三つの音階が往復したときミーネの周りの魔法陣が音を立てて掻き消える。


「α元素汎用術なら攻略法がある。プロゲーマー舐めんなよ。」

「相変わらず調律師様の言葉は理解に苦しみますわ。」


 床を蹴ったミーネは魔力で強化した身体と速さでマキに掌打を繰り出す。紙一重で防ぐマキも銃をホルダーに納めて戦闘法を格闘技に切り替えた。


「ガチの格ゲーは苦手なんだけどっ。その折れそうなヒールで蹴られたら嬉しいかもっ。」

「お望み通り、差し上げますわっ。」


 変態臭いマキの要望に応えミーネは足技を繰り出す。ミーネの踊るように優雅な回転技にマキは自ら当たりにいきたい欲望を抑えながら躱す。

 足首で揺れるレースアップデザインのハイヒールの紐がマキの性癖を大いに擽った。


「うわっ見えそうで見えないっ。やっば、集中出来ないっ。」

「本気で去勢いたしますわよ?」


 膝上までスリットの入ったロングスカートが派手に捲れるというのにギリギリのところで中身が見えず、マキの視線はミーネの足に釘付けだ。

 蝶を象った細やかなレースのガーターリングが境界線であるかのように、その先の肌が見えることがない。


「なんで見えないのっ。」

「嗜みですわっ。」


 細身の身体からは考えられない威力で放たれるミーネの上段蹴りを受け止めながらマキは悔しそうに顔を歪める。


「絶対に見てやるっ。セクシーな黒か紫でしょっ。」


 ふざけた態度のマキに、ミーネの瞳が光る。髪を留める簪をマキの目を潰す武器として抜き取った時だった。


「どうしたの?ミーネちゃん。」

「スイっ、来てはいけませんっ。」


 尋常でない物音を聞きつつけて様子を見に来たスイの声に気を取られたミーネ。その一瞬をマキは逃さなかった。

 左手でミーネの上段後蹴りを受け止めたまま、右手で服の袖に忍ばせた小型の銃を手首の反動で取り出すとミーネに全弾打ち込んだ。

 倒れるミーネから手を離すタイミングを計り、ちゃっかりとスカートの中を覗く。


「ミーネちゃんっ。」


 スイの悲鳴のような呼び声も届かず、ミーネの瞼はゆっくりと閉ざされた。


「調律師考案の対α元素変異体の麻酔銃。初めて使ったけどなかなかの威力じゃん。」


 弾切れした小銃を頬り捨てると、マキはミーネを抱き上げて客席のソファーに寝せた。


「まさかのベビーピンク。白いフリル付き花柄レースなんて反則っしょ。ラブリー路線で攻めてくるなんて逆にエロいっつーの。一晩お願いしたい。」

「マキ君っ。」


 危険な発言をするマキ。激しい怒りに任せスイは肩にかけたショールを投げ捨てるとマキに飛び掛った。殴りかかった拳は避けることも無くいなされ、軌道を変えられる。振り払われたスイの腕は壁に当たり、形のよい円形に凹んだ。思いもしないスイの怪力にマキは度肝を抜く。


「ゴリカは1人で十分だっつーのっ。」

「ごちゃごちゃうるさいッス。」


 ウエストに括りつけた刃渡りの短い短剣を取り出すスイ。マキは小銃で防ぎながら応戦する。

 火花が散るほど強く短剣と小銃がぶつかり押し合いとなった。これには怪力のスイが圧勝し、マキは壁へと押し付けられた。


「捕まえた。」

「捕まってねぇよ。」


 短剣を押し返し、マキはいとも簡単にスイを突き放した。反動で宙に浮いたスイは壁を蹴って着地方向をかえる。


「ふぅ。」


 息を整ええると同時にスイは体を半回転させながらマキを目掛けて飛んだ。間一髪マキが避けたところへ中段蹴りを見舞う。身を捻って避けたがマキの体勢はどうしようもなく崩れる。そのかすかな隙をスイは逃さない。反動を利用して更に飛び上がり、マキを蹴飛ばした。マキはスイの攻撃をまともにくらい、吹き飛ぶ。

 ゆっくりと起き上がりながら血の混ざった唾を吐いて口元を拭う。


「馬鹿力が。」


 マキは小銃を構え、短剣を構えて突進するスイとの間合いが狭まる前に数弾打ち込んだ。なんとか回避したスイだが一発だけ足を掠った。痛みによろめいたところを床に押し付け、短剣を奪うとスイの右手を貫通させて床に突き刺した。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ。」


 焼けるような痛みに絶叫するスイ。


「あー、つまんねぇ。俺とやり合いたいならもう少し唆る格好してくんない?」


 簡単に抜けないように刺さる短剣を踏み付けて更に深く床に埋める。


「ただでさえ凡人顔なのに色気も面白みもない神服で馬鹿力って終わってんな。」


 好き勝手にスイを貶めるマキ。

 青地に赤糸で八番島エイヴァの赤い花が織り込まれたプアプア。裏地は赤となっており足首まで丈があり袖口も指先が隠れるくらい長く、紫の帯で止められる。肌の露出は最小であり禁欲的で高貴な神服を貶めるなど罰当たりの極みである。


「せめてミニスカ丈の巫女さんだろうーよー。」


 信仰心のないマキに高潔な神官の服など関係なく、痛みに脂汗を垂らすスイへ追い打ちをかける。腰ベルトに収まるリュティーアシーカに手をかけたときだった。

 ゾッと総毛立ち突然感じた背後の気配にゆっくり振り向くと、壁に凭れながら階段を下りてくる男がいる。

ミーネちゃんは魔術と格闘のバランスタイプ。

スイちゃんは力でごり押しのパワータイプ。

マキちゃんは戦術切替式のオールスキルタイプ。

格闘ゲームなら三人とも使いやすいので初心者と中級者に愛される戦術。

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