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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
21/42

談判

「あーんな危険人物。さっさと捕まえて軍に突き出したほうが、ずぇぇぇぇったいに世の為、人の為ッスよ。」


 右手で握りこぶしを作り、事件から4日も経っているのに怒りが治まるどころか増幅しているスイは大声で騒ぐ。エリーが目覚めて2日、本当はもっと早く来たかったのだが本業が忙しく見舞いにも来れなかったためイラつきが雪だるま式に増えたのだ。

 アーシーに騙されたことで落ち込んでいたスイだが忙しさですっかり本調子に戻ったようだ。


「ちょっと落ち着こうねスイちゃん。ミーネちゃんも何か言ってよ。」


 熱も引き顔色もよくなったが絶対安静の為、大人しく寝ていることを余儀なくされているエリーは傷む傷口を押さえながらスイの頭を撫でた。


「あら、わたくしはスイの意見に同意ですわ。」


 同意を求めて話を振ったはずなのに返ってきたのは見事に期待を裏切られた残酷な言葉だった。


「悪の芽になりそうな存在は早めに摘み取っておくことが懸命でなくて?」


 いつになく冷たいミーネが淡々と以前のエリーの言葉を述べ、その横でスイが拍手喝采する。これにはエリーも黙るしかなかった。

 どことなく発言に棘があるのだ。

 神官として格闘技術の高いスイ。未知数の力を持つ魔術師のミーネとエリー。この三人の中で一番実力があるだろうエリーがなす術もなく殺されかけたのだ。

 唯でさえスイの中ではマキは怪事件の首謀者として決め付けられているのだから軍に動いてもらおうと思うのは当然の算式だ。


「……もう、どうにでもなれ。」


 荒れ狂うスイの神経を逆撫でするかのように匙を投げたエリーを氷のような視線で睨み付けたのはミーネだった。


「元を正せばエリーが首を突っ込んだからですわ。わたくしは煮え湯を飲まされると忠告したはずです。いくら調律師相手とはいえ無様に殺されかけるなんて弛んでいるのでは?元帝国陸軍第2軍団魔導機動師団小隊長が聞いて呆れますわ、エリー中尉。」


 少し手厳しいようだが今回ばかりはお怒りごもっともといったところだろう。咄嗟にスイを庇ったのだとしても受けるなり躱すなりもっと方法があったはずだ。


「そーだぞ、エリーさん。閉じられた本は塊にしかすぎないんだぞ?」

「……口を閉ざせ、パティ。」


 我が物顔で当然のように居座る金髪の娘にエリーは無表情で諫める。


「貴様が薄志弱行に成り下がり、直情径行に行動するなど私は心を痛めているのだ。」

「言葉の意味分かって使ってるの?」


 情緒の欠片もないパティから諺に続いて四字熟語が飛び出てきたため、エリーは彼女の保有知識を疑った。


「薄志弱行は意志が弱く実行力や物事をやり遂げる力に乏しいことであり、直情経口とは周囲に構わず感情のままに物事を行うことだという意味を理解した上で使用しているが問題あるか?」


 馬鹿にするなと怒ると思ったが人差し指を立ててにっこりと微笑み言葉の意味を話したパティ。改めて説明されると心臓がえぐられるような感覚を覚える。


「……ミーネちゃぁぁぁん。」


 我関せずといった風体で薬草を混ぜているミーネに助けを求めるべく情けない声を出して袖を引っ張る。


「Barba non facit shilosophum.」

「えぇ?」

「わたくしからはそう申しておきますわ。」


 聞き間違えではないかとも思ったが悲しいことに己の聴覚は正常のようだ。


「“Barba non facit shilosophum.”って。」


 エリーは物凄く嫌そうな顔をして先ほどミーネの告げた文章を復唱した。


「二人とも何語話してるッスか?」


 パティに便乗したミーネの貶し文句の意味を聞かれるが、エリーは自分の口から説明する気など起きず、誤魔化す様に煙管に火をつけて口にする。ミーネはというと済ました顔で数種類の薬を混ぜ合わせていた。

 スイは困った顔で二人の顔を順に見る。


「直訳すると“髭は哲学者を作らない”。上辺を飾っても中身が伴わないと駄目だという意味を持つ昔の人間の格言だ。誰が残した言葉で何処の国の言語かは記述されてないがいくつも残されているぞ。大災厄前の失われた言語だろう。」


 一人蚊帳の外にいるスイを見かねてパティは分かりやすく説明した。認知度の少ない言語での嫌味とは偏屈で捻じ曲がったところがミーネらしい。

 何ともいえない空気の中、今しがた出来上がった薬を机に置いてミーネが立ち上がった。無言のままエリーの服を脱がせると、包帯を解いて精製水で傷口を洗い、薬を塗りこむ。右肩から腹部にかけて裂かれた深い傷を見たスイは息を呑んで青ざめた。


「もう暫く動かないほうが良さそうですわね。」


 ミーネはそれだけ言うと新しい包帯を巻いて肌蹴させた服を直した。考える以上に酷いエリーの傷。

 思い返せば吐血までしたのだから消化器官が呼吸器官の内臓も傷つけられたはずだ。マキは本当に殺す気だったのだと今更ながら実感する。


「あたし、やっぱり蛟のところに行って帝国本軍にかけあってくるッス。」

「待ってスイちゃん。」


 これだけの怪我を負わされておいて、まだ野放しにするというのだろうか。これはれっきとした殺人未遂だ。


「アーシー君やマキ君をこのままにしておけないッス。」

「お願い。待って。」

「このままじゃ島の人達まで酷い目にあうかもしれないんだよ?」

「でも。」


 歯切れの悪いエリーにスイはじれったく感じた。


「エリー。仰って下さらなければ解りませんわ。」


 率直な言葉にエリーは苦虫を噛むような顔をして今までずっと腹の底で燻っていたものを吐き出すように話し出した。


「多勢に無勢でいくより力のあるものが少数で動いたほうがいい。パティはアキシオン。戦力も諜報能力も蛟より上だ。彼女は上の命令で変死事件の捜査に来たらしいから軍に頼む前に任せてみない?」

「「彼女を信用できません。」」


 一語一句ずれることなくスイとミーネの声が重なった。まるで一卵性双生児のようなシンクロ率だ。


「……嫌われてるね。」

「初対面の時、貴様がきちんと紹介しないからだ。」


 全ての責任をエリーに押し付けたパティは説得しろという眼差しで見つめてくる。気付かない振りをしようかとも思ったがまた殴られては堪らないので従うことにした。


「軍にも魔術師がいるけど不死に近い能力を持つものはいない。調律師は不死だ。スイちゃんも見たでしょ?」


 言われてスイは頷いた。マキに頭を撃ち抜かれて平然としていたアーシーを思い出して吐き気を催す。


「マキ君の動きは単調だけど、アーシー君の人心操作は危険すぎる。人が増えればそれだけ有利になる。」


 一瞬にして心の闇に進入し、騙し、唆し蹂躙することができる悪魔のように。

 今回のことはアーシーが仕組んだものだった。スイを唆し、マキと鉢合わせるよう仕向けたのは彼だ。どのような思惑があったのか知らないがスイは危うく殺されるところだった。


「あの子が関わっている以上、隊を形成して動く軍は不利なんだよ。」


 しかし調律師はアーシーだけではない。

 危険な人物が複数いるならば尚更軍に頼るべきではないのだろうか。それを読み取ったのかエリーは視線をスイに合わせた。


「アーシー君が軍の連隊を同士打ちさせて全滅させたところを見たことがある。」

「あれは派手は見世物だったな。」


 パティは面白そうに笑うが実際は笑い事ではない。身に起こる恐怖に顔を歪めながら数百人の兵士達が行動を制限され、互いに殺しあったのだから地獄絵図だ。それを聞いたスイはエリーが軍に協力要請を出したがらなかったことを理解する。


「蛟はマキ君はおろかアーシー君も探せてないんだよね?」


 スイが頷いたことを確認するとエリーは話を続ける。


「おかしいと思ったんだ。証拠を残さない調律師が気付くように姿を表して接触を許すなんて。五番島で会った事から仕組まれていた可能性がある。」


 アーシーはミーネやスイを唆してエリーを思い通りに動かした。エリーに至っては警戒していたにも係わらずアーシーの掌の上で踊らされたのだ。


「もし、調律師の目的が暗殺ならこんな回りくどい不確実な方法をとる意味が解らない。かといって目的もなく引っ掻き回す奴らじゃない。首に黒蛇を巻いた男もいるんだ。マキ君の能力もわからないし、何よりアーシー君は心理操作だけじゃない。糸の身体操作の方がやっかいだ。」


 高い人心操作能力を持っているところへ高い戦闘能力を持った人間を近付けたらどうなるだろうか。人が増えればアーシーにとって有利になるだけだ。


「分かったっス。今、依頼しているマキ君の探索以外は軍人さんにはギリギリまで頼まないとして今考えなきゃいけないのはアーシー君。エリーさんに御執心みたいだし、これからも何もしてこないとは限らないッス。」

「次にアーシー君が何かしてきたら俺がなんとかするよ。」

「ダメっ。」


 エリーの提案にスイは机を叩く。口を開かなくても満身創痍で無茶するなと怒りに燃える瞳孔が語っていた。


「だから、私が調べると言っている。神官様の許可が出なければただの観光客は入れないところもあるからな。ばったり会ったらアーシーも追い払ってやるさ。」

「エイヴァに行くつもりッスか?」


 肯定の意味を込めてパティは笑った。スイの一存で部外者が神域に入ることを許可できるが異教徒の人間を踏み込ませてよいのだろうか。まして神も仏もない人間だ。


「深刻な顔をするな。貴様たちの神域を荒らしたりしない。」

「いや、でも流石に神殿の遺跡付近は……。」


 それでも思い悩むスイ。パティの無茶振りに振り回されるスイを見てミーネは全身で溜息を吐いた。


「エリー。あまり起きていては体に障りますわ。今は養生なさってくださいまし。スイもそろそろ帰らないと祈りの時間に遅れますわよ。」


 言われて窓を見れば空は赤みを帯びていた。嫌な予感を確かめる為に現在時刻を見て青ざめる。


「きゃぁぁぁぁ。そうゆうことは早めに言ってよミーネちゃんっ。」


 緊迫した空気を見事に壊し、スイは5階の窓から飛び出して行った。


「何のつもりだ?」


 交渉を邪魔されたパティはミーネを睨む。


「事実を述べただけですわ。貴方ももう、帰ってくださいませ。」


 神官が帰ってしまっては意味がないとパティは大人しく出口から帰って行った。


「ミーネちゃん。」

「わたくしも失礼します。」


 招かざる客を追い払ったミーネも汚れた包帯と治療道具を持って部屋をでた。それぞれ考えることもやるべきことも山済みだ。





。+・゜・o◯.。.o・゜secret゜・o.。.◯o・゜・+。





 追い出されたパティは海沿いの石畳を歩きながら赤らむ景色へと目を向ける。

 モティールは七番島ザージュの北東の岬にある。朝日は五番島シーヌから登るが夕日は海へと沈む為、水平線上にさしかかるレアが美しく見えた。

 もうすぐ日が暮れて夜が来る。深夜になれば東の空から半分に割れた青い第一衛星と赤い第二衛星が昇るだろう。

 明日はこの国で定められた10日に一度の暦上の休日。

 海の神を信仰する島民が祈らない日だ。

 神の安息日とも呼ばれ潮位の変動が一番穏やかになることから定められたという。


「何も無ければ良いがな。」


 神の眠る日。祈らない日。即ち、神の加護が衰える日。

若い娘たちに囲まれているのに、やっぱり嬉しくないエリーさん。

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