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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
20/42

密談

 エリーの為に淹れたお茶を図々しく飲みながら寛ぐパティを横にミーネは傷の開いたエリーの処置に右へ左へと気忙しく動いていた。

 傷が開いただけでなく、捩じり上げた側の肩が脱臼しており腕にはパティの手形が鬱血跡としてくっきりと残ってる。

 血の滲んだ服を脱がせ傷を洗い然るべき処置を施し薬を塗って新しい包帯を巻いた後、肩鎖関節脱臼の整復を施し綺麗な服に着替えさせて腕を固定して元居た寝床へ寝せて漸く息をつく。その片手間に破れて中身のこぼれた枕と血で汚れた床を魔術で片付け洗っていた。

 されるがまま治療されていたエリーは色々な痛みと悪化した熱でぐったりと沈んでいる。


「用が済んだら貴様は席を外せ。」


 余りにも身勝手で横暴なパティの態度に余計な仕事を増やされたミーネの機嫌は急降下した。


「お断りいたします。」

「……ミーネちゃん。お願い。」


 力なくエリーにまで言われ聞かれたくない話でもするのだろうかとミーネは汚れた服を持ち渋々退室した。それまで済まなそうな笑みを浮かべていたエリーの表情がなくなる。


「……それで結局、何の用?うちはお触り禁止だからさっきみたいな事はやめてね。」

「触ったところで減るもんじゃないだろう。ウォールにいる調律師を洗った。少なくとも5人はいるぞ。これが資料だ。」


 パティはわざとらしくエリーの枕元へ座ると胸元からチェーンの付いたティスクを取り出して起動させた。5人調律師の姿が空中投影される。アーシーとマキ以外は見たことのない顔だ。赤メッシュの入った黒髪の女性と緑かかった灰色の髪の男性。そして銀髪の男性。


「……首に黒蛇を巻いた黒い調律師がいない。」


 パティの調べたデータにミーネを届けに来たラウと呼ばれた調律師はいなかった。つまり確認出来た調律師が5人というだけで実際の人数は多いということだ。

 訝しがるエリーを予想通りの反応だと笑いながらパティはティスクの投影を切る。


「仕方ないだろう。奴らは神出鬼没。我々アキシオンは何度も抗戦したが殲滅はおろか捕縛すらできない。むしろ5人も画像付きて補足出来たことが奇跡さ。」


 パティの言うとおり調律師を画像付きで補足することは難しい。どの国も当たり前のように監視機器が至るところについている。確実に写っているはずなのに調律師達の姿は消えていた。


「最近は奴らの証拠隠滅も杜撰になってきたがな。消えるには消えるがタイムラグが生じるようになった。奴らの間でも何かが起こっているのさ。」

「……何かって?」

「ネブリーナの巨大サイクロンが消滅したことは知っているな?もちろん我々は何百年もサイクロンが隠していた土地を調査した。何があったと思う?」


 ここ1年半、各地で起こる異常現象の消滅。何かを守るように人を阻む現象が消えたのだ。各国調査を進めているが何かに阻まれて難航していると聞いたのは記憶に新しい。


「あの場所に常人は辿り着くことができない。なかなか面白い場所だった。中心には人型の氷が数体と何かの生き物と融合した人間を模したクリスタルがあった。なぁ、稀人の存在を信じるか?」

「……何を言い出すのかと思えば馬鹿らしい。」


 エリーはパティの話を鼻で笑った。


「千年近く前、この地に降り立った12人の超人。不老不死の肉体は生身で宇宙空間を遊泳できたと聞く。彼らの登場により惑星文明のまま頓挫していた文明は恒星文明へと辿り着く。衛星にも恒星にも高度文明の遺物が残っているというのに我らは指をくわえて見る事しかできない。」

「……また猿猴が水に映った星を掴むような話を。」


 かつては衛星や肉眼で見ることの出来ない惑星まで行き来していたなど誰が信じるだろうか。

 人の住める土地の少ないR-0009は平和に見えても資源不足に困窮している。神の領域と呼ばれ6割の海域と土地ですら未知の領域だというのにとてもではないが宇宙まで手を伸ばす余裕はない。


「我々アキシオンは兵器である前に不老不死の実験体。神憑りにも不死に近いものはいるが死なない者はいない。調律師を除いてな。彼らは異質だ。不死であり、不老であり、異能を持ち、独特の思想概念。稀人の末裔ではないかと短絡的考察がなされるだろう。」

「……夢見る子供の喜びそうな話だね。妄想語りに来たなら帰りなよ。」


 今のエリーは寝ていなければいけない状態だが夜伽話を聞く年ではない。時間の無駄だとエリーは起こしていた頭を枕に置いた。


「ロマンのわからないやつだ。堅物め。」

「……感情的、思想的に物事をとらえる確証のない理論に興味ないよ。」


 話の途中に寝るつもりかエリーは瞼まで閉じた。


「話を戻すぞ。問題はクリスタルだ。その人間の顔、1000年程前にこの地に降り立った稀人、コラリー・クーパーと同じなんだ。」


 パティは手先で遊んでいたティスクを再び起動させて2つの画像を空中投影した。それを見たエリーの顔が言葉をなくす。人型のクリスタルの顔と瓜二つの女の顔。


「こっそり他国にも行って確認してきた。調律師と命を懸けたかくれんぼしたかいがあったよ。各地に稀人の顔をしたクリスタルがあった。」


 ティスクを操作するとそこには4対の画像が浮かび上がる。人型のクリスタルの画像と同じ顔を持つ人物の画像。


「ジュビアにはレイモンド・モリス。イエロにはメルビン・チェンバレン。パイロープにはウィリアム・カートライト。アルドにはドロシー・フォレスター。このクリスタルただの飾りだと思うか?」

「待て待て待て。稀人の顔って何?」


 800年前の大災害にて電子機器は全て壊されたと記録されており、今あるデータは700年ほど前からのものだ。電子記録媒体の殆どは失われ、人類滅亡と言ってよいほどに文明は消え去った。

 地に落ちた宇宙を飛行したという遺跡から発掘した電子媒体から壊れたデータの復旧を進めているが成果は得られずに頓挫している事が現状だ。

 大災害前のデータは瓦礫となった遺跡以外に存在しない。だからこそ人が言い伝えた稀人の存在は寓話だったのだ。


「今までは何故か頓挫し続けた復旧調査が急激に進んでな。12人全員とはいかないが電子媒体から壊れたデータの復旧作業が大幅に進んでいる。世紀の大発見だ。稀人は存在するぞ。」


 否定され続けた架空の超人の存在が肯定され、エリーは頭を殴られたような衝撃を受ける。


「……理解できない。」


 固定概念を覆されたショックにエリーは頭に手を置いて溜息を吐く。信憑性の低い仮説が真実だったのだから高度な知識の多い人物程衝撃的だろう。

神話に登場する神が現存すると言い切られたような衝撃だ。


「ところで貴様が使っている身分証明の氏名欄見て笑ったぞ?」

「……人の個人情報盗み見したの。」


 楽しそうに笑うパティは画像を出した。それを見たエリーは音を立てて身を起こす。

 癖のある長めの黒い髪。金に縁取られた緑の瞳。顔の傷が無いだけでエリーと同じ顔だ。現代には存在しないデザインの服装を身に着けており、エリーには真似できない物腰柔らかな表情からして知り合い程同一人物とは位置づけないだろう。


「アデルの愛称で親しまれた聡明で慈悲深いと言われていた稀人アリステア・キャンベルと同じ顔と名前なんて滑稽だなぁ、アリステア・キャンベルさん。」


 見てはいけないものを見た気がして、エリーは重度の目眩を起こした。何の因果か偶然かパイロープ帝国およびウォール諸島共和国にて登録しているエリーの実名まで一致しているのだ。


「調律師は稀人を始祖と呼んで大変ご執心だろ?はじめは稀人至上主義の妄信集団かと思っていたが、実在する以上は関りがあるんだろう。奴らにとって貴様の顔はさぞ不愉快だろうよ。」

「……俺の顔は死者を冒涜してるってそうゆう訳ね。」


 ぐったりと疲れた顔をしたエリーをパティは声を上げて笑った。


「さて話を戻すがここにも異常があるだろう?」

「エイヴァの潮位のことかな。」


 八番島エイヴァの海面は七番島ザージュの海抜よりも高い位置にある。海の水面が山の斜面のように傾斜しているのだ。たった600年前までフィレナキート諸島は一つの島だった。年々高まる海抜に陸地は減っているのだ。


「この話の流れなら稀人を模したクリスタルがエイヴァの中心部にあると推測が行くだろう?貴様と同じ顔だったら並べて記念撮影してやるよ。」

「……おい。」

「変死体と異様にうろつく調律師、リュティーアシーカ。何かしら企みがあって調律師が動いているはずだ。司令に連絡したら調べろだとさ。。」


 おそらくマキやアーシーの行動には推測するよりも深い意味がある。何を行おうとしているのだろうか。


「……ネブリーナも陥落して次はウォールだ。」

「ん?」


 エリーの呟いた言葉にパティは首をかしげる。


「……ミーネちゃんが聞いた調律師の会話。」


 口元に組んだ手を置くと試案を巡らせるエリー。微動だにしない頭に数匹のリュラ蝶が止まった。


「……もし、クリスタルは稀人の模造でなく本物だったとしたらどうなる?」

「異常現象は稀人が起こしたもので陥落したから消えた。クリスタルは成れの果てということか。」

「……稀人と調律師には敵対する何かがあったと仮定しよう。その何かに負け続けた結果が今の綻びだとしたら各地の異常現象の消滅も辻褄が合う。」


 全ては辻褄合わせの仮定の話ではあるが楽観視して笑い飛ばせるほど的外れでもないだろう。気象異常を起こす存在と事の重大さに気が遠くなる。


「そうなると奴らが躍起になった貴様の殺害理由である破壊神(アポック)の存在も否定できなくなってくるな。敵対する何かが破壊神(アポック)なのか、まったく別の脅威なのか。」

「……世界を滅ぼした破壊神も存在するって?冗談じゃない。」


 エリーはパティの仮説にしょげかえる。稀人の存在を肯定されただけでも気が滅入るというのに破壊神(アポック)までとなると子供騙しの幻想童話が実話だと叩きつけられるようなものだ。


「もう一つ、これは極秘の事だが14年前からイブの意識がない。数値に異常はないが、まるで死人だ。」

「……それは今の状況と何の関係があるわけ?」


 正直、唯でさえ話が拗れているというのに、これ以上ややこしくしないでほしい。


「14年前からイブは生命維持管理装置の水溶液の中だ。前々から反応は緩慢であったが確かな意識はあった。しかし今では脳波すら検知されえない。貴様がネブリーナから姿を消したのは17年前。そしてイブに会ったのは14年前だと言ったな。イヴは第一研究室から出された事などない。その傷を付けられた時、どこでイブに会った?」


 悪寒が走り、エリーは左目を通る傷跡に触れた。

 調律師とネブリーナの上層組織から逃げ続けていたとき、エリーは神の領域にある神使達の街にいた。


「ぐっ。」


 思い出そうとしたエリーを激しい頭痛が襲う。自室を移す網膜は白く染まった。回想を阻むような鋭い痛みに意識が飛びそうになる。


「おい、大丈夫か?」


 苦しみだしたエリーを小指の甘皮ほどであるが心配したパティはミーネが置いていった氷嚢を額に当てる。

 冷たさに痛みが少しずつ引いていった。


「………パティ、よく覚えてないんだ。」


 エリーの記憶は全てが曖昧で濃い霧の中を彷徨っているような気分だった。

 呼吸が荒くなり、痛みに滲んだエリーの汗をパティは乱雑に拭く。


「ともあれ、貴様はもう巻き込まれている。今の暮らしを続けたければ私に協力するんだな。ナル。」

「その名前で呼ぶな。大体、怪我人に何させるつもり?」


 ネブリーナ皇国にいた頃の識別名で呼ばれ、エリーは吐き気を覚える。


「堂々と調査が出来るように神官様に口利きしてくれればいい。あと情報提供。」

「……図々しい女は嫌いだよ。」


 気の重くなるような交渉条件にエリーはげんなりと天を仰いだ。全ての手札を明かせばスイも快く協力してくれるだろうが、機密事項が多すぎる。

 他国とは数百年の差が出るほどに科学技術が進み大災害前の情報が残っているネブリーナ皇国の中枢にいたからこそパティの情報を信用するが、他者に言ったところで信憑性がない。

 この世界の常識は稀人もア破壊神(アポック)も寓話なのだ。

◆コラリー・クーパー…ネブリーナ皇国に同じ顔のクリスタル像がある稀人。

◆レイモンド・モリス…ジュビア東方連邦国に同じ顔のクリスタル像がある稀人。

◆メルビン・チェンバレン…イエロ連合王国に同じ顔のクリスタル像がある稀人。

◆ウィリアム・カートライト…パイロープ帝国に同じ顔のクリスタル像がある稀人。

◆ドロシー・フォレスター…アルド公国に同じ顔のクリスタル像がある稀人。

◆アリステア・キャンベル…エリーの実名。同姓同名、同じ顔をした稀人がいる。


事実は小説より奇なり。

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