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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
18/42

悔悟

 樹海の奥。ザワザワと風もないのに葉擦れの音がする。静電気が充満するような空気に只ならぬ重圧を感じた。

 辺りには原型をとどめない生物だったなにかの黒い肉片が散らばり、瘴気を帯びた異臭が漂った。ミーネの記憶を読んだ時に見た映像を思い出す。

 スイはある一点を目指して進む。


「これやったの、マキ君かな。」


 辺りの情景に表情は険しくなるばかり。神使の屍骸から噴出す瘴気は人体に対して有害な毒素を含んでいる。常人ならば塩化症候群を引き起こすなど身体に異常をきたしているだろうがスイは異能を持つ神官。

 一体、どれ程の神使が集まっているのだろうか。通常では有り得ない事だ。アーシーの話が正しければ必ず近くにマキがいるはずなのだ。

 八番島エイヴァの南西側。

 白い石で作られた女神。所々苔が生え木の根に飲みこまれて自然に浸食されている。

 顎から頭までスイの三倍はある柔らかな表情の女性の顔。傾き右頬はほぼ地面に埋まっており数十メートル離れて先にある右手が助けを求めているようだ。

 女神の小指にミーネを斬った少年、マキはいた。

 そっと気配を消して近づこうとしたとき、爆発音とともに神格化した生物が神使となり顕現する。ペリタと呼ばれる平たい体に長い足を持つ60センチメートルほどの神使。素早く飛行もする厄介な種類だ。


「またかよ。本当に今日は多いな。狼男じゃないんだから満月に暴れるなっつーの。」


 マキはリュティーアシーカを正面に構えると低く素早く前に出て正面のペリタを真っ二つに両断し、ぐらりと倒れる屍を踏み台に跳躍して身を捻った。引き寄せられるように飛び上がった複数のペリタを体ごと回転して切り刻む。着地の勢いに任せて真下にいたペリタの脳天を突き、再び空へ身を翻すと舞うように不気味な生き物を次々と薙ぎ払った。

 赤い花弁が舞い散るように鮮血が降る。そして亡骸は炭のように黒くただれた。


「神官様がのぞき見?」


 血の雨を降らせる少年は、大木の影で見えないはずの人物に話しかけた。


「ファーストパーソンモードじゃないからこっち視点は360℃。人感センサーで表示されるから俺の前でかくれんぼなんて無駄。出て来いよ。」


 隠れている大木の幹に打ち込まれた銃弾にびくりと体を揺らし、マキの前に姿を現すスイ。


「あんた、何してるッスか?」

「高い見物料取られたくなければ回れ右。」


 しっしと獣を追い払うように手を振るマキ。しかし、スイは意を決して踏み出した。


「貴方を変死事件の重要参考人、及びリュテーアシーカ所持の疑いで連行します。」


 震える声で言われた言葉に、マキは口の端を吊り上げて笑みを作るが目は笑っていない。辛うじて笑おうとしている様子が分かるくらいだ。


「アーシーがさ、あんたが最弱勇者に似てるって愚痴るの聞いてから俺もあんたにムカつくんだよ。」


 マキはスイに近付き、リュティーアシーカの刃先を向ける。


「こんな危険なこと、島の直ぐ近くてやられて見過ごせないッス。」


 戦慄くが強い双眸で見つめるスイ。マキの顔から無理に作った笑みが消えた。首に当てたリュティーアシーカを引いたので論う事が出来そうだとスイが口を開いた刹那、鋭い刃が星明かりに光る。


「前任も前々任も七番島神官は八番島での事故死だったし口封じしても問題ないか。」


 複数のペリタが飛ぶ中、マキはリュティーアシーカをスイに向かって振り下ろす。


 宛ら、映像をスローモーションで鑑賞しているのではないかと錯覚を起こす程、振り下ろされるリュティーアシーカがゆっくりと目に映った。

 回避などという思考は掠めもせずスイの脳内には切り裂かれて絶命する己のビジョンのみ浮かんでいる。

 肉の裂ける音、生暖かい液体が迸る感触。鼻をつく鉄の臭い。五感の全ては正常なはずなのに目の前は真っ暗で痛みすら感じなかった。

 不意に圧し掛かるような圧力を感じ、尻餅をつくと視界の色彩が戻る。膝の上に不可解な重みを覚え、視線を下げた。

 ひらひらと蝶々が飛んでいる。


「エリーさん?」


 倒れていたのは大量の血を流すエリーだった。ごぼりと口から血を吐き出し、右肩から裂かれた傷口から鼓動にあわせて血が流れ出ていた。


「いやぁぁぁああああああぁぁぁ。」


 恐慌と混乱に、頭を押さえて叫ぶ。高音域の悲鳴が八番島エイヴァに響き渡った。


「あらら、エリーちゃん間に合ったんだ。」


 一体いつからいたのか、スイの真後ろにアーシーが立っていた。


「アーシー!」


 滾る憎悪隠すこともなく、憤怒の眼差しで名を叫んだのはマキだった。


「てっめぇ、このクソ忙しい時にどこほっつき歩いてやがった。手伝えよっ。」


 マキは激情にまかせ、目にも留まらぬ速さで取り出した短銃を発砲した。アーシーの眉間に穴が開く。


「折角、良質の獲物釣ってきてあげたのに撃つなんて酷いなぁ。しかも的中率高すぎだし。」

「ガンシューに課金しまくった腕前だっつーの、もっと称えろ。」


 目の前で脳幹を撃たれた人間が平然と動いている。撃った人間も意味の解らない言葉で罵っている。スイには何が起こっているのか理解できなかった。


「で、どうするの?神官様なんて最高の経験値になると思うけど。」

「据え膳食わぬは男の恥。やるに決まってんだろ。」


 スイにアーシーの糸が絡み、身体の支配権を奪われる。

 大量出血するエリー、頭に穴が開いているのに動いているアーシー。全ての状況にパニックを起こし、浅い呼吸を繰り返すのみで拘束されずともスイは動けなかった。


「じゃーな。胸糞悪ぃ神官さん。」


 マキの別れの声を合図にリュティーアシーカは突き刺すように進められるがスイに触れることはなかった。国際機密にまでなっている強力な武器は何の変哲もない煙管一本で止められている。


「……ペ、ニテン…ツィアージ…テ。」


 血と共に毀れた悪態を吐くとエリーは風を呼び、スイともに消える様に去った。


「あーあ、逃げられちゃった。」


 吹き荒れる風に煽られながら心底残念そうに笑うアーシー。


「アーシーっ。」


 マキはアーシーの襟を捻り上げた。マキも背が低いがアーシーは更に低い。彼の足は地から離れ、腕一本で宙に浮いた状態になった。


「なんであいつにちょっかい出す!」

「ボクは今日の事、事前報告したよ。」

「俺は賛同してないっ。」


 何も知らない可哀そうな神官に情報をプレゼントしたのは神官としてα元素の保持数が多そうなスイをマキに斬らせる為の誘い文句だ。誰が他者の利益を優先させて動くと言うのだ。全ては己が楽をするために決まっている。


「結果に支障をきたすなって言われてんだろ。アキシオンを巻き込むなよ。」

「マキちゃんだってナルちゃんのペットの魔女さん巻き込んだくせに。そこで失敗した時点で支障きたしてんだから今更綺麗事並べないでよね。知らなかったなんて無知は理由にならないよ。」


 不満そうに膨らませたアーシーはねじり上げるマキの腕を振り払い、舌打ちしながら去っていった。

 マキは空となった手を力なく落とす。


「……わかってるよ。」


 天に昇った衛星が木漏れ日となってマキの銀髪を照らした。

 白銀だったリュティーアシーカの刃は黒く染まっている。





。+・゜・o◯.。.o・゜secret゜・o.。.◯o・゜・+。




 モティールの地下2階。鏡の部屋で陣風が旋回し、二つの人影が何もない空間に現れた。しっかりとスイを抱えたエリー。


「うっ。」


 苦痛の表情で両膝を付くが、その衝撃が傷に響き口から血が流れ出る。鉄臭い喘鳴を上げてあえぐ姿をエリーの血で真っ赤に染まったスイが見上げる。


「スイっ、エリーっ。」


 けたたましく扉を開けて入室してきたのはミーネ。血塗れの二人を見て驚く。


「……スイちゃんは無事だから。」


 こんな状態で笑うエリー。ミーネはすぐさま自身の身に着けるショールを使って止血する。


「歩けますか?」


 何とか立ち上がったエリーはミーネに支えられて鏡の部屋から出て行った。床の魔法陣が血溜まりで消えている。

 何もすることなく見ているスイ。アーシーに嗾けられ、八番島エイヴァへ行き、マキを捕縛するどころかエリーに怪我をさせてしまった。全て己の行動が招き起こしたこと。

 情けなさと憎らしさで自責の念に駆られた。

 長い間、呆然自失していると再び扉が開いた。


「スイ、まだここにいらっしゃったの。」


 顔を出したのは疲れた顔をしたミーネ。どうやらエリーの治療を終えたようだ。あんな酷い怪我をしていたのに病院にもいかず自己処理とは考えられないことだ。出血量もかなり多かった。やはりエリーは戦闘用に作られた生物兵器なのだろうか。

 信じたくないのにアーシーの言葉を肯定することばかり起る。

 ミーネは無反応のスイにおずおずと口を開いた。


「スイ、エリーが貴方に話があると仰ってますわ。」


 死刑台へ上る囚人とはこんな気持ちになるのだろうか。エリーの部屋へ続く階段を一段、一段上る足が重く感じた。

 スイの激情に流された行動でエリーはリュティーアシーカで切られた。八つ当たりして怒鳴ったミーネも傷つけてしまった。何を言われるか想像できる故に胃に痛みを感じる。。スイは後ろめたい気持ちで今すぐ逃げ出したい衝動に駆られながら長い螺旋階段を上り最上階の部屋の前へ出た。

 ノックをするが返事は無い。眠っているのだろうかと少し戸を開けると室内は真っ暗だった。


「エリーさん?」


 スイが意を決して話しかけて何の反応もない。もう一度、名を呼ぼうとしたとき、開けっ放しの扉が閉じた。棚に置かれたキャンドルが灯り窓の下に置かれた寝椅子に座っているエリーの姿が見えた。

 鋭い肉食獣の様なエリーの眼光にスイは怯えた。

 明らかにご立腹の様子だ。しかし、エリーとて何も教えてくれなかったではないか。誰にも言いたくない事や隠したい事はあるが内容の膨大さにショックは大きい。それほどまでに信用がないというのだろうか。


「……教えたよね。アーシーは頭のイカかれた危険人物だって。」


 案の定、思った通りの会話にスイは胸焼けがする。鎮まったはずの激情が戻り、負けずと睨むような目つきでエリーに近づいた。


「エリーさんは天の神の疑いがかかったアキシオンって本当?」


 脈絡もなくエリーの質問に無視してスイは己の意見を優先させた。


「……誰に聞いたの?」

「アーシー君。」


 簡潔な答えに表情も変えず口を閉じたエリー。何故、沈黙を貫くのだろう。嘘でも否定する言葉を言って欲しかったとスイは手を固く握る。


「どうして教えてくれなかったの。あたし、そんなに信用ないッスか。」

「……アーシーに何を言われたか知らないけど、俺は天の神ではないよ。アキシオンかどうかは他と性能が違うから断言出来ない。」


 答えてくれたはいいが完全否定ではない。破壊神(アポック)という説は否定されたがアキシオンという説は否定されていない。つまり、彼は造られた生物兵器。エリーが使う桁違いの魔術は一般的なものではなく科学で無理やり引きずり出された疑似魔力による術式の可能性が浮上する。

 年をとることもなく、不死の体を持つ1000年近く前ににこの地に降り立った稀人を真似て作られたと言われる人造魔道士アキシオン。


「……俺は今から37年くらい前、ネブリーナの中枢にある地下研究施設の白い部屋で何の記憶も持たず知識のみ存在する状態で目が覚めたんだ。普通の人間みたいに子供から成長した記憶もないしずっと年も取らない。でも他のアキシオンみたいに製造番号がないんだ。」


 淡々と本人から開示されるエリーの情報は、知りたいと願ったスイの思いとは遠いところにあった。


「じゃあ、エリーさんは……。」


 スイには何が正しいのかさえ分からなくなった。エリーは混乱を起こしかける彼女の手をそっと握る。


「……俺は今、誰かの命令を遂行して言うわけじゃない。俺の感じている事に忠実に生きている。誰かの模造でもな偽造でもない。それだけは信じてほしい。」


 エリーの寂しさの混ざった声と、握った手から伝わる冷えた体温に胸が痞え、目の奥が更に熱くなった。体が震える。

 何故、もっとアーシーの詞を疑わなかったのだろう。何故、マキに会う前にミーネとエリーに確かめなかったのだろう。

 己の愚かさに嫌悪する。スイは唇を強く噛み締めるが治まらない憤りを持て余すだけとなった。スイの口の端から流れた一筋の血をエリーは親指で拭った。


「……神官様が無事でよかった。」

「な……ん、で?」


 なぜエリーがスイの身を案じてくれるのか判らず尋ねると、柔らかい笑みが返ってきた。


「……今の俺は七番島神官特殊補佐官。スイちゃんを守ることが仕事でしょ。」


 エリーがいつもと変わらない笑みと口調で頭を撫でたりした所為でスイの我慢していた涙が溢れ出た。


「……ごめんなさい。」


 謝って許されることではない。後悔ばかり募り、出てくるのは謝罪の言葉と涙ばかり。殴られても不思議ではないほどの事を犯したというのにエリーは慰めるように背を撫でてくれた。

 気遣われる価値すらないというのに。それでも優しさに耐え切れず、スイは未だ血に汚れた手をエリーの背中に回した。


「……怖かったんだよ。」


 必死に嗚咽を押し殺す声を耳元で聞きながらエリーはポツリと話した。


「……俺はスイちゃんに知られるのが怖かったんだ。」


 ネブリーナ皇国の生物兵器と聞いてよい顔をする者はいない。大抵は恐怖か軽蔑の眼差しで見ることが多い。エリーは人として穏やかに過ごすことを望んでいたのだ。


「……アキシオンなんて気持ち悪いでしょ。」

「あ、あたしが、そんなことでエリーさんを気持ちわるがったりするわけないッス。」


 肩口に顔を押し付け、籠もった涙声でスイは力なく反発する。


「何も教えてもらえなくて、淋しかっただけッス。8年も傍にいたのに何も知らなくて、悔しかっただけッス。あたしは神官だから、守りたかっただけッス。」


 切欠はこんなにも些細な擦れ違いや行き違いだった。互いに話せば済むことだった。巧みなやり方で感情を煽られアーシーの思惑通りに誘導された。

 誰が悪いわけでもない。

 ほんの少しの誤解と蟠りに入り込まれて疑心を増幅させられたのだ。


「入りますわ。」


 漸くスイの涙が止まったころ、静かなノック音と一緒にミーネが入室してきた。


「スイ、今夜は泊まるといいわ。湯浴みの容易も整ってます。ゆっくりおやすみなさいな。」


 それだけ言うとミーネは退出した。数秒、ミーネの立ち去った扉を見つめた後、スイは涙で紅くなった目を擦って出口に向う。


「エリーさん。ありがとう。」

「うん、おやすみ。」


 礼を言ったスイを見送ると、エリーは項垂れるように横になる。気を煩わせないように痩せ我慢していたのだが傷は相当深いらしい。

 深く息を吐くと冷や汗を流して気絶するように眠った。

◆女神の首…八番島エイヴァの南西にある白い石で作られた巨大な女性の像。

◆ペリタ…平たい体に長い足を持つ60センチメートルほどの神使。


ペリタとはアレです。台所に出没する黒い悪魔の胴体に、室内に出没するでっかい八本脚の足を足したような生物です。

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