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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
海の章
15/42

狂気

 何処ニ居ルノ?返シテ、返シテ。


 ふとした瞬間に誰かの声が聞こえるときがある。

 心も体もいたって健康であり幻覚を見る作用の薬物使用も皆無だ。自身に与えられた能力がもたらす声だとしても聞こえる声が本物だったとしても声の正体も意味も解らないのだから幻聴と変らないだろう。


「うぅ、眠い。」


 島を統治する若い神官スイは目を擦りながら祈りの祭壇から降りた。夜中に緊急事態が発生し、処理の為と未明に起こされたのだから無理もない。突然の来客を伝えられたのだ。

 通常業務であれば公務を午後に回して仮眠をとるのだが本日は変則業務。一番島の寺院へと向かい貴賓を迎えなければならない。

 若者といえど睡眠不足は身体に響くものだ。中高年の部類に入る他の神官達は一層辛いことだろう。

 正装へと身なりを整えて用意されていた空中移動式の乗り物へと座る。600メートルほど上空から見下ろすフィレナキート諸島は見慣れていても美しい景観だった。

 もっと早く移動できる手段があるというのに公務とは面倒なものだ。

 2時間ほどの飛行を終えて一番島の寺院へと付くと門の前で泣き崩れる女性がいた。その女性の服の隙間から見える肌は所々白い痣のようなものが出来ている。

 塩化症候群と呼ばれる不治の病だ。

 身体の末端から肌が白くなり中期では変色した箇所が石のように固く動かなくなる。末期では半透明の白い結晶のようになり砕けて死に至る。その病状が塩の結晶に酷似していることから付いた病名だ。

 確実な発症条件が存在するが発症経路不明の症例も多々あり、人の領域で治せる者は10人に満たずこの国には1名しか存在しない。

 治療を受けるには身分も資産も重度も関係なく、1日に2人までしか受けれない果てしなく長い順番を登録順に待つしか無かった。彼女は何かしらの権力を行使されて順番を無理やり譲らされたのだろう。

 彼女の指先は白から透明になっておりいつ砕けてもおかしくない状態だ。最後尾に回された順番を待つ間に病状が進み手遅れになると予測できる。

 腹の奥から焼けるような怒りを感じるが塩化症候群の対策や治療の管轄外である自身には口出しすら許されない。仕事前に嫌なものを見たと憂鬱な気分で職場の門をくぐった。


「おはようございます。」


 会合の間である部屋へ入出すると自身が最後だったようで他の神官は全員着座していた。見慣れぬ初老の男が無駄に豪華な椅子に座っていることから彼が急に来訪を決めた貴賓なのだろうと見当がつく。

 彼の傍らにはこの国で唯一の塩化症候群治療士であるキーアがおり、治療の術式を施していた。この男が門の前で泣いていた女性から治療の順番を奪ったのだ。


「早く座りなさい。」


 一番島クーの神官である老齢の男に促され、激しい怒りを抑えながら用意された自身の席へ座った。顔に不快感が出ていたのか隣に座る親子ほど年の離れた五番島シーヌの神官ナダに頭を撫でられる。

 会合の内容はリーフェという名の貴賓が滞在する間、失礼のないように持て成せという実にくだらないもの。かなりの有名人でそれなりの権力者らしいが名前を訊いても分からない家畜の様な男に遜るなど嫌な仕事だ。こんな事の為に睡眠時間を削られたのだからやるせない。

 贅沢太りした丸い腹が彼の裕福な暮らしぶりを物語っている。白髪交じりの頭、手入れされた立派な髭、沢山の装飾品はよく言えば豪勢、率直な感想を述べれば権力を見せ付けているようで品がなかった。

 その男は身分を通り越す程に偉そうな態度の人間だ。

 自分が何をしたか、どんな功績を残したかなど過去の栄光と自分の身分を赤裸々に語っている。少し疑問があったので口を開いたら面倒臭そうな顔をされ、目の前の茶碗を投げつけられた。


「女は黙ってろ。」


 男が女より偉いなど誰が決めたのだろう。この机を囲む人々の身分も立場も同等だというのに。

 理不尽な理由で口汚く罵ったリーフェに言い返そうとしたら六番島オーレの神官ラニに止められた。事を荒立てたくないのだろう。納得いかないが大人しく座ることにした。今となっては不快感しか生まない老人だが昔築き上げた権力は面倒なものなのだ。機嫌を損ねるわけにはいかない。

 黙って話を聞いていると、リーフェは数年前にも塩化症候群を発症したと自慢するように言った。彼はその時も今回のように権力を駆使して治療の権利をもぎ取ったのだろう。同じ病に苦しむ誰かを犠牲にして。

 前回も今回もリーフェが塩化症候群を発症したのは欲の為。

 愚かな人間は神の力を求める。異能を手に入れる為、不死を手に入れる為、不老を手に入れる為。命の理に逆らい、死を恐れて少しでも長く、少しでも若くと浅ましく生にしがみく。

 しかし力を求めた不相応な人間は神の怒りに触れて報いを受けるのだ。

 一度目に罹患したときに帰らぬ人なればよかったのにとスイは不謹慎にも考えてしまう。

 過去の人間になっていれば不愉快な思いもせず、こんな男に会う事もなかった。故人として話を聞いていれば尊敬くらいはしたかもしれない。

 煮えたぎる怒りに耐えられず、スイは浮上を理由に席を立つ。

 このままサボってしまおうと廊下を突き進んで門に出ると不思議なほど人の気配が無かった。一番島クーの寺院前広場など観光客で賑わっている時間帯だ。


「あ、あの人。」


 スイは門のところで泣いていた塩化症候群の女性を思い出して振り返ると、泣き崩れる女性の手を握る黒い影がある。プアプアのフードを被り顔を隠しているがスイの知る男性であった。

 スイに気づいた男は口元に人差し指をあてて秘密の意を示す。

 男が手に紫の混ざる黒い炎を灯すと女性へ吹き替える。黒い炎が女性を包むと力が抜けて倒れた。弛緩した体を寺院前広場のベンチへ寝せると男は去っていった。一部始終見ていたスイは女性に近づく。

 彼女を見て目を見開いた。

 服から出ている皮膚に除いていた塩化症候群の白い痣が消えている。


「……すごい。」


 流石、魔術師だと感嘆した。

 まだまだ彼に関して知らないことばかりだ。驚かされてばかりだ。そしてまた一つ好きになる。

 朝から燻っていたモヤモヤした気持ちがスッキリと晴れたスイは放棄した職務を遂行するために寺院へと戻った。

 過去の栄光に縋る口先だけの権力者が滞在先へ行き、職務をこなして漸く仕事から解放されると東の空にあった衛星はすっかり高い位置へ移動していた。

 明日、衛星が最も輝く日に行われる八番島エイヴァに鎮座する本神殿への祈りに使用する御神酒の材料を用意する為に御用達の店へ行き荷物を抱えながらスイは空を見上げる。

 早く帰宅して本日は休もうと足を速めた時だった。


「きゃっ。」


 小さな女性の悲鳴が聞こえた。声のした方を見れば一番島クーでは有名なレストランのテラス席にリーフェがいた。

 何度か一番島神官に連れてきてもらったお値段お高めのレストランだ。

 運が悪いとしか言いようがない。疲れている時に疲れの原因を目撃してしまい、余計な疲れを加算させてしまったのだ。明日でも間に合うのだから御神酒の準備など後回しにして統治する島へ帰ればよかったと後悔する。


「やめてください。」


 小声でリーフェを諌める女性はこのレストランで働く店員だった。明るい人柄と綺麗な容姿で客受けのよい敏腕店員だ。

 リーフェは偉そうに説教したその口で卑猥な言葉を吐いている。女というだけで口汚く罵った男が厭らしく鼻の下を伸ばし、女を口説いているのだ。

 客であるリーフェに女性店員は強く言えないでいる。何を勘違いしたのか男は彼女が喜んでいると思い身体を触りだした。女慣れしているような気持ちの悪い手付きだった。

 何処でも誰にでも同じ事をして迷惑と不快、嫌悪を振りまいているのだろう。この世のゴミだ。


「このクソジジィ!」


 大きな罵声が聞こえて、リーフェは一人の青年に殴り飛ばされた。椅子やテーブルまでもひっくり返り、店中の人間が注目することとなった。

 家畜のような声を出しながら痛みに転がるリーフェを青年は冷たく見下ろしている。

 七番島のスイですら周知している女性店員の交際相手だった。虫も殺せないような優しい好青年で、彼女の仕事終了時間を見計らって迎えに来るのだ。恋人をとても大切にしているらしい。

 外で待機していた付き人が駆けつけ、リーフェを助け起こす。


「貴様!私が誰だか分かっているのか!」


 リーフェは鼻血を拭いながらずっと叫んでいた。お前の人生は終わりだとか聞くに堪えない。数分としない内に女性店員の交際相手は捕まってしまった。

 彼女は懸命にリーフェの横暴な行いを訴えたが取り上げられることは終ぞなかった。権力が被害者を加害者にさせたのだ。

 この世には理不尽なことしかない。法の下に平等だと言っても不平等の事のほうが多い。生まれた時から不平等に始まり、不平等な人生を送り、平等に死が訪れる。

 一部始終を見ていたのに助けることも出来ない自身の無力さにスイは嘆いた。





。+・゜・o◯.。.o・゜secret゜・o.。.◯o・゜・+。





 人が死んだ。


 全身が白く染まり、末端が結晶のように固まり砕けていたのは今や太平楽な無頼漢に成り下がった権力者リーフェ。権利を奪い取ってまで治療した病は一晩で再び発症し、治癒することなく急速に悪化を遂げた。

 白い死骸となる病。

 ああ、災いだ。災いだと人々は嘆き、悲しみ、恐れている。

 そして死人となって初めて彼の汚職や不祥事などが次々と取り上げられた。今まで彼に平伏してゴマを擂っていた人間が次々と告発したのだ。

 今更断罪したところで、狂わされた人の人生が戻ることなどないというのに。

 二日続けて緊急招集がかけられた一番島寺院はざわついている。

 関係者と繋がった通信先から口汚く罵る声が耳に入り不快であった。

 石を飲みこんだように胸が痞えた。少なくとも今告発している人々が生前に声を上げていれば何かが変わったかもしれない。


「本人の前で言えない悪口を陰で、それも没した後に話すなんて卑怯だね。」


 自身の心を代弁してくれた男は優しく笑いかける。


「行こうか。」

「うん。」


 要人の死など興味がないと男は踵を返す。スイはその背中を追いかけた。

 今夜は衛星が最も輝く衝。アブルルの在す本殿へ祈りを捧げる日だ。七番島神官特殊補佐官が護衛として唯一任務をまともに遂行する日。

 この世界は残酷だ。しかし、その残酷さは人間ほどではない。人間ほど醜悪で残虐な生き物はこの世にいないだろう。

 何故なら神に見放されて淘汰された人間はこの星の害虫なのだから。


 何処ニ居ルノ?返シテ、返シテ。

 探セ、探セ、壊シテ探セ。


 声が聞こえる。

 か細く泣いている女性の声。鼓膜に響いているのか脳内で再生されているのすら分からない不思議な声。

◆キーア…国で唯一の塩化症候群治療士。

◆リーフェ…昔の功績で踏ん反り返るクズ権力者。

◆ナダ…五番島シーヌの神官。


◆塩化症候群…身体が白くなり砕ける不治の病。


フィレナキート諸島特別憲法第一条『急な来賓はデスバレーボムで向かえるべし』と次回の会合で発案される。

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