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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
蝶の章
14/42

俄雨

 暗い空が明るんで少しずつレアが照らし出す。完全に空の色が青に成り代わった頃、各島の寺院の祭壇に置かれた七つの鐘の音が順番に響き渡った。

 島人は八番島エイヴァに向かい、手を組み両足を着いて鐘が鳴り終わるまで海神アブルルへ祈りを捧げる。

 七つの鐘が2点鐘ずつ、合計14点鐘する間神官は声祷し島民は黙祷する。

 口頭で言い伝え継がれる詠唱は大魚の歌のように人外の言語と独特な音調で紡がれていた。

 10日に一回の休日を除いて日の出と日の入りに行われる一日の始まりと終わりの儀式。

 七番島ザージュの若き神官は祈りが終わると祭壇から降り、執務室へと向った。リーティと呼ばれる赤紫をした四面半六面体のリノ―より高機能で大量のデータ処理に特化した装置を起動すると空中表示画面に表示されたファイルを見て疲れた顔をしながら椅子に座る。

 一つ、一つに目を通して書き加えたり署名したりと専用のペンを滑らせ、その中の一つのデータに承認用の捺印したところで深い息を吐き出す。

 パイロープ帝国軍に申請した定時報告書だ。調律師達がミーネに危害を加えてから3日も経っているのに目撃情報すらないのだ。

 ミーネが調べたアーシーの滞在場所にもおらず、島中に張り巡らされた自立型監視映像機器のラカにも映ることはなかった。現在把握している調律師はアーシー、マキ、ラウの三人。

 不気味な事に共有したはずの画像を含むデータは一つ残らずデリートされていた。調律師に関して記憶の中でしかデータが残らないのだ。

 海祟の重要参考人、リュティーアシーカ所持、ミーネへの暴行の容疑者。

 軽くない揉め事を起こし、神官であるスイにまで存在を知られて怪しまれているのだから警戒しているのだろう。

 変わったことといえばエリーが仕事を真面目にするようになったことだろうか。時々、フラフラと散歩に出掛けているようだが昼も夜も大抵はモティールにおり開店時間も閉店時間も一律している。

 パティが去った後の一悶着が原因だ。

 異常のなかったはずのミーネが兆候もなく意識を失って倒れたのだった。原因は魔力の欠乏。献身的なエリーの看護により、翌日には回復していたが看護者の厳命で外出禁止という名の自宅療養をしている。

 ミーネを気遣っているのか見張っているのか他に考えがあるのか。だらけきった生活をしていたエリーが規則正しく生活する姿などはっきり言って不気味だ。


「なんだかなぁ。」


 すっきりしない状況でスイは窓から空を眺める。どんよりと黒い雲が風に流されて近づいていた。数分としないうちにスコールが来るだろう。雲行きを見て雨宿りの準備をする島人の姿が見える。

 スイは雨雲が辿り着く前に視線を書類に戻し、作業を再開した。

 その頃、若き神官の悩みの一つである人物はフリルのついた愛らしいエプロンを身につけ鼻歌交じりに人気メニューに使用する薬用酒を作っていた。度数の強い酒に薬草、香草、フルーツをブレンドして漬けている。ストレートで飲んだり茶や炭酸で割って提供するのだ。

 軽食メニューの魚や肉にも薬草と香草を混ぜて下ごしらえを整えたものを冷蔵庫へ入れると、花を閉じ込めた氷とゼリーを作る。

 一通りの過程を終えると粗熱をとっていた焼き菓子に甘く作った薬用酒をふりかけた。

 今となっては酒場のような扱いではあるが一応薬屋ということもあり提供する食品には薬草と香草が混ぜられ、メニュー表には薬草が作用する効能が書かれている。

 ファルモージェと言う名の薬草がモティールで最も使用される看板商品だ。蝶の形をした海辺に咲く青い花であり海蝶の別名を持つ。

 疲労回復、美容効果、血流促進、基礎代謝の向上、むくみ解消、解毒作用、デトックス効果、鎮痛、鎮静とかなり万能である。

 花、葉、茎、根、種と余すことなく使用できる香りの強い薬草だ。複雑な繊細さの中に動物的(アニマリック)が僅かに感じられる独特な香りが含まれ、心を落ち着かせながら高揚感や多幸感をもたらす良い香りが全ての部位から香る。言葉にするならば幸せに逆上せる夢見心地な香りと表記するべきだろうか。

 この花を茶葉に加工すると緑から青系統の色合いを持つ茶となり、乾燥具合によって浅瀬のエメラルドグリーンから深海のブルーブラックまで様々な海色が抽出できるのだ。

 余談ではあるがエリーの煙管に使用する刻みタバコもファルモージェが入っている。その他5種類の葉をブレンドしておりこの香りに蝶々が寄ってくるのだ。

 これだけ香りが強いというのに味は殆どなかった。だからこそ薬として飲むならば問題ないが味を楽しむためには更なる加工が必要不可欠である。

 エリーは粒状に加工したファルモージェの薬ビンを棚から取り出すと茶葉やドライフルーツと混ぜてオリジナルフレーバーティーをブレンドを始めた。

 その様子を椅子に座り、フルーツで飾られたカーガティ茶を飲みながらミーネは眺める。手伝うと申し出たが座っていなさいと断られたのだ。

 エリーがミーネに対して甘いのはいつもの事だが、ここまで真面目に仕事をするなど今まで数えるほどもなかった。新婚さんのようだなどと戯言をほざきながら一緒に台所に立って店の準備をするところは日課だが作り終わった後の店番は大体サボる。酷い時は開店すらしないというだらけぶりだ。


「不気味ですわ。」


 冗談も言わず、ふざけることもなく、黙々と一人で仕事をするエリーに対しての思考が口に出た。その呟きはしっかりと聞こえていたようで、エリーは手を止めてミーネの横に来る。


「……不気味って何かな?」

「独り言です。」


 説明するのも面倒なので、ミーネはさらりと流した。そこへ不規則な音を立てて水滴が窓を鳴らし、数秒でバケツを引っ繰り返した様な豪雨が降り注いだ。


「うわぁ、すごい雨だね。」


 窓には絶えず水が流れ続け、景色は原型すら分からないほど滲んでいた。


「エリーの所為ですね。」

「俺に天気は操れないよ。」


 分かり易く言うミーネ。苦笑しながらエリーは残り少なくなったミーネのグラスに茶を注ぐ。


「3日間もらしくない事をなさるからです。空も驚きのあまり雨を降らせたんですわ。」

「今日の気温、風速と湿度を考えたら天気の急変も不思議じゃないでしょ。一服する間に降り止むよ。」


 文学的表現をすると科学的思考回路に直結するエリーは直ぐに蘊蓄を並べて否定する。エリーに比喩や情緒を求めたところで無駄だと判断したミーネは茶を啜った。


「マキ君、見つからないようですね。」


 カウンターキッチン形式となっている調理台に戻るエリーの背中に向って独り言のように言うとミーネは立ち上がって窓に向かう。


「エイヴァは広いし禁域も多いからね。そもそも捜索範囲がウォール全体だし。」


 言いながらいくつもの薬瓶と乾燥させた食材の入った瓶を棚に戻して外し、煙草に火を点ける。開店の準備は整ったが、この雨では客は来られないだろう。雨雲が通り過ぎるまでの僅かな間、のんびり時を過ごそうと腰掛けた。


「このまま放っておくつもりですか?」

「この前も言ったけど調律師相手に俺に何が出来るの?蛟が探してるし、神官様は事情を御存知だ。俺が騒いでも仕方ないでしょ?」


 聞き返すエリーを見向きもせず、ミーネは外を見ている。静かな背中が無言で責め立てているようで居た堪れない。


「出来れば会話してくださいミーネちゃん。その無言の圧力やめて。」

「疚しい事があると被害妄想が激しくなりますのよ。非力なわたくしには空間を挟んで圧力なんてかけられませんわ。」


 棘を刺すミーネの返答にエリーは更に居心地が悪くなる。

 ミーネはエリーの素性も過去もエリー本人すら知らない事に至るまで知りえている。態々、自身から関わっておいて手に負えないほど大した事態でもない筈なのに、あっさりと手を引いてしまったので納得できないのだ。

 アーシーもマキもラウと呼ばれた男もエリーの事を知っている。再び接触してくる可能性も否定できない。

 ミーネは14年この男と共に過ごしてきたが、この島に来るまで平穏などなかった。やっと手に入れた静かな日常を壊されたくないと願う彼の気持ちも分からなくはないが、後手に回り取り返しのつかないことになったら、それこそ大変な思いをするのはエリー自身だというのに。


「エリー。後で嘆くより、出来ることをした方が賢明ですわ。」

「俺はいつも自分のしたいようにやってるよ。」


 見えていないだろうがミーネの後姿に微笑んだ。するとミーネがゆっくりと振り向き、見つめてくる。黒い白目の中の赤い瞳が逆光の中でも輝いていた。


「行動を起こして最悪の顛末を引き起こし後悔するなら、何もせずに嘆いたほうがいいとでも?」


 的確にエリーの心情を言葉にしたミーネ。エリーは肯定するように煙をくすぶらせながら笑う。


「本当に莫迦な方ですわ。」

「あはは。」


 心底、呆れたように貶され、エリーは力なく笑った。会話の途切れた空間に、篠突く雨の音が鳴り響いた。

 風が雨雲を流し、隠れた恒星が顔を出す。その光は青空に七色の架け橋を作っていた。モティールが見える通りにて二重にかかった虹をアーシーが見上げていた。その服の裾から雫が滴る。


「あーあ、濡れちゃった。」


 ぼやきながらキャンディを取り出すと包みを剥がして口に頬張る。


「あらゆる可能性を想定して百の備えがあれば安全?千の備えがあれば万全?きっとどれだけ備えても勝機は0に近いだろうね。始祖を前にボクらはちっぽけな存在なんだよ。」


 たった今、舐め始めたキャンディをガリガリと齧る不機嫌そうに歪んだ顔。虹が消えるまで空を見上げ歩き出すと寺院の鐘が目に入る。


「勝っても負けてもボクの過去と未来は変わらない。もう異物としてここでしか生きれないなら使えるものは使って好きにさせてもらうだけだ。」


 やる気なさそうに不貞腐れた表情が、にやりと笑った。

 点々と濡れた足跡を残しながらアーシーは人のあふれだした雑踏に紛れて去っていく。

 雨に濡れた地を乾かし、空から照らし続けた恒星レアが水平線上へ傾き赤く染まる。

 景色さえも橙色と紅に呑まれる中、島に澄んだ鐘の音が再び響き渡る。

 八番島エイヴァへ向かい、手を組み両膝を着いて海神アブルルへ祈りを捧げた。神官達は声祷し島民たちは黙祷する。各島に置かれた七つの鐘が寸分の狂いなく同時に14回鳴り終わるまで。

 休日を除いて毎日行われる一日の終わりの儀式。

 祈りが終われば夜がやってくる。

◆リーティ…正式名称Lira-T3H。リノ―より高機能で大量のデータ処理に特化した業務用の装置。10センチメートルほどの赤みのある紫色をした四面半六面体。

◆ファルモージェ…蝶の形をした海辺に咲く青い花であり海蝶の別名を持つ薬草。


スイちゃんは体育会系。ミーネちゃんは文系。エリーさんは理数系。


蝶の章を御覧いただきましてありがとうございます。

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