魔女
「タイプだなぁ。衣装別で10体くらいフィギア欲しい。」
マキは軽口をたたくも魔女を相手に気を抜くことは出来ない。神経を研ぎ澄まし、気づかれないように足を広げて姿勢を整えた。
不自然に木の葉が揺れた直後、魔女の姿が視界から消える。振り返ると背後に姿を現した魔女が蝶の硝子細工の揺れる簪を振り下ろした。
マキは間合いの中にいる。
なんとか避けるが簪の先端が首筋を掠めて鋭い痛みが走った。
「ちょっ、まっ、痛いんですけどぉぉぉぉぉぉぉ。」
頸動脈を狙われたマキは大いに慌てる。感じるはずのない痛みと塞がらない傷に混乱し、アーシーは眉をひそめた。マキの本体は別の所にあるというのに痛覚を感じるなどありえない。
「調律師様相手に対策がないと思いまして?」
血痕の付いた簪を指先で遊びながら、目の前にヒラリと着地する魔女。映像作品のようで美しい。
「かすり傷で心乱すなど情けない殿方ですこと。」
魔女の言葉にマキは男の見栄と根性と意地で冷静さを取り戻す。
「……いい武器だね、魔女さん。どこで手に入れたの。」
「お慕いしている殿方にいただきましたのよ。」
言いながら蝶の飾りに唇を寄せる姿は妖艶である。
「成程ね。じゃあ、俺も相手してよ。」
冷ややかに告げてマキは短銃を握る。
先手を切ったのは魔女。手を地に着いて瞬時に魔法陣を描く。それと同時に背後へ跳び、魔法陣の足場を作って更に上へ跳び木の枝に着地した。そして再び別の魔法陣を描くとマキにむかって叩きつけた。
「え?っちょ、魔法陣って投擲できるの??」
マキが慌てて回避するが潮だまりの海水がうねり、鎖となってマキに巻きつこうと襲い掛かる。避けながら飛び上がったマキは魔女と同じ高さまで飛び、枝に着地した。これには魔女も肝を冷やしたようだが呆然としているほど間抜けではないようだ。瞬時に体制を整えて簪を振りかざしてくる。
また斬られてはたまらないとマキは発砲した。
魔女は銃弾に身を翻し、紙一重で回避しながら斬りかかる。
「慣れてるねぇ。」
戦闘慣れした魔女に内心焦りつつ、マキは銃口の向きを変える。放った銃弾は石などの硬いところに当たって向きを変え四方より魔女を狙い撃つ。射的の中でも高技術であるリフレクショットだ。
「ガンシューは得意分野よ。」
このまま動きを封じようと畳みかける。溜息を吐き、魔女は宙に描いた魔法陣に手を翳した。すると、散る葉が刃となって魔女へ向かう銃弾を斬り、マキに襲い掛かった。
短銃で払いながらかわしてマキは水上に這う木の根に着地する。その時、いつの間に展開したのか魔女の魔術が発動し木の根に縛られた。
「魔女さんは束縛プレイをお好みで?」
「減らず口を。」
睨みつける魔女の赤い瞳に、マキは笑った。彼女の背後にいるのだ痺れを切らせて近づく白い悪魔が。
「遊び過ぎだよ。マキ君。」
魔女が振り返るよりも早く、糸が巻き付く。糸は身体の自由を奪う。声の自由さえも奪う。そしてその身を円盤へと運んだ。魔術が溶けてマキの束縛が解けた時だった。
ふと水面が揺れた。
数拍置いて爆発音が響き渡り、小さな生物が超進化したα元素変異体ポウヴォが複数現れる。
「タイミング悪っ。」
影を伸ばす複数のα元素変異体にマキは口元を吊り上げながら腰ベルトに隠したリュティーアシーカを取り出した。
「雑魚相手なら余裕っ。」
マキはビリヤードボールのようにα元素変異体を切りながら高速で水平移動する。瞬く間にα元素変異体は干からびたミイラのようになり、生臭い死臭と濃い血の臭いで満たされた。
「……リュティーア……シーカ。」
「知ってたの?」
動きを抑制されて小さな魔女の呟きにアーシーはにやりと笑う。マキは跳躍すると円盤へ降りた。目的は魔女の保持するα元素なのだ。
「世界の為に貢献してね、お姉さん。」
振り上げた刀の切っ先は魔女の白い肌を切り裂いた。大量の血が流れ、それは残らずリュティーアシーカに吸い尽くされる。
「美人薄命とはよく言ったもんだ。」
リュティーアシーカを見ると白い刃が赤く染まっていた。
「すっご、半分育ったし。」
思わぬ成果に嬉しくなり、死肉へと変貌したはずの魔女を見てマキは硬直する。
大きな傷口からは最初に切り付けた血飛沫以外は血が流れず、代わりに黒い何かが流れて魔女を包んだ。人が影そのものになったというより黒いリボンが飾られて黒い宝石が光る闇のドレスを纏った様な姿。漆黒に染まった魔女は瞳を赤く光らせて笑った。
「ひえっ。何これ。第二形態?」
「ふざけてる場合じゃないよ。」
マキとアーシーは距離を置いて身構える。
ゆったりと顔を上げた黒が揺らいだ瞬間、そこには何もいない。目を見開き、視線を泳がせるより早く、首筋に冷たいものが触れた。
「うわぁあああああああ。」
背後より黒いリボンに捕まったマキは悲鳴を上げた。いつの間にかマキは樹木の太い枝を背に倒され、その上には影が乗っている。
「このっ。」
アーシーが糸を伸ばすが黒いリボンが糸を燃やす。マキに触れた部分は真っ赤に焼けた木炭に触れた様に焼け焦げている。
黒いリボンがアーシーに巻き付こうとしたとき、大きな影が魔女を飲みこんだ。
解放されたマキが激しく咳き込む。アーシーは少し焦りマキに駆け寄った。
「大丈夫?」
息を整えるマキの身体は火傷のようなケロイドができていた。
「……痛ってぇ。本体まで焼けてるんだけど。」
「甘く見てたね。これは想定外だけど。」
2人が視線を上げると靄のような影の中から原型を取り戻した魔女が吐き出される。マキが切った傷は塞がっているものの血だらけだった。先程の姿は身体にかなりの負担をかけるらしい。飲み込んだ大きな影は一度霧散すると人の形に変形した。
首に黒蛇が巻き付いた黒い調律師ラウだ。
「レディを尊重しろや童貞ども。」
ラウは上着を脱ぐとミーネにかぶせる。服ごと切った後に激しい戦闘をしたため服が損傷し太ももや乳房が露にさらけ出されているのだ。
「多少手荒な方が刺激的で良いっしょ。」
じっくりねっとり魔女を見ていたマキにラウはわざとらしく溜息を吐く。
「凌辱に喜ぶレディはAVの設定か極一部の特殊性癖をお持ちの方だけだよん。童貞君。」
「ど、どどどどどど童貞じゃありませんけどぉ?」
「あー、あれか。プロのお姉さんに筆卸してもらった口か。レディにフィクションな夢見てる童貞臭さが抜けてないわけだ。年齢=彼女いない歴の非童貞君。」
酷い侮辱であるが全ては真実であるためにマキは何も言い返せなかった。
「あのね、世の中のレディは優しくしてもらいたいの。アブノーマルやマニアックなプレイなんて望んでないの。性欲持て余す発情期に若気の至りで黒歴史築き上げちゃう事はあるかもしれないけど強引に乱暴にされたいレディなんて通常じゃないの。そんなことされたらトラウマになってPTSD一直線よ。正常出でノーマルに愛されて時々騎乗位するくらいが丁度いいの。」
「ラウパイセンは経験豊富な事で羨まスィー。そして俺は対面座位が良い。そしてラウパイセンは自慢の一物腐り落ちてもげて死ね。」
マキは棒読みで言うと中指を突き立てた。
「あのさぁ、何の話?」
生々しい2人の猥談にアーシーは侮蔑の視線を送る。
「あ、ごめーん。お子様の前でした。」
「生きた年数ならお前の倍を超えるけど。」
「身体は子供のままなんて切ない。」
軽口を返すラウは態と憐れむように顔を覆う。そんな態度にアーシーは苛立った。
「そもそも新式はもれなく不能でしょ。発情するふりしてんじゃないよ。」
余談であるが新式の調律師は繁殖の必要がない為、余計なトラブル防止を含めて繁殖機能を抑制されている。旧式の調律師による性犯罪がゼロではなかったのだ。子孫がいなかったことがせめてもの救いだが嘆かわしい事である。
おかげで新式の調律師は任務遂行を円滑に行う為に食欲と睡眠欲を奪われただけでなく性欲まで取り上げられて三大欲求削除をコンプリートされた。
「それで?これどうする。」
アーシーは固く目を閉じたままの魔女をつま先でつつく。
「下手に手ぇ出したらヤバイよね。」
焼け爛れたまま再生しない腕を見ながらマキはぼやく。先程の簪といい異形の姿といい能力で作り出された身代わりの体を通り越して本体にまでダメージが来るなど無茶苦茶だ。
「流石、ナルちゃんの連れは規格外だね。」
「「は?」」
アーシーの一言にマキとラウの声が重なった。
「アーシーちゃん、アーシーちゃん、アーシーちゃん。今なんておっしゃりやがりました?この魔女さんがどちら様の連れですって?」
「言ってなかったけ?今はエリーちゃんって名乗って七番島にいるよ。」
さらりと追撃された爆弾発言にラウは頭を抱えたまま天を仰いで膝を着く。
「オーマイガ、オーマイガ、オーマイガァァァァァァァァァァァァ!何人も廃人送りにした特級呪物じゃまいか!ペットが死体で発見されちゃった日には俺達ごとエイヴァは火の海よ。比喩表現じゃなくてガチで。」
「ナルって?ナルってあのナル?旧式の英雄達が歯が立たなかったっていうあのナル?初見殺しって言われてるあのやっべぇ伝説の?」
今となっては昔の話だが研修時にジュビア東方連合国の本部にいた先輩調律師達に当時の事を語り継ぐように聞かされていた二人は慌てふためく。自身とは関係ないと高を括っていた過去の天敵が目と鼻の先にいて関りを持つ寸前なのだ。
「そう、この男。」
アーシーの出した画像にマキは一時停止する。髪型も服装も違うが合の日にエイヴァで会った男だ。
「……こちら様、この前会ったんだけど。」
思いもしないところで遭遇していた上に会話まで交わしていたマキは肝を冷やした。
「マズイ、マズイ、マズイ!親切丁寧に送り届けて差し上げなけらばエンドレス火炙りの刑になるぅ。」
≪ラウ、あの男の連れなら捨て置けばいいよ。≫
我関せずと口を閉ざしていた黒蛇の言葉に、ナルという男がどれだけの所業をしたのか事細かに聞かされていたラウは大いに取り乱した。
「あのね、始祖様。俺は危険物は厳重に扱うべきだと推奨いたします候!ただでさえ危険物の受け入れ処理に四苦八苦アップアップしてるのにこれ以上は許容オーバーでっす。」
「そんなに怖いならボクが届けてこようか?」
アーシーは何度もナルと接触している上、ナルと対面して廃人とならなかった数少ない調律師だ。
だがしかし、ラウは首を縦に振らなかった。
「火事場に水素と酸素送り込んでバックドラフト起こす未来しか見えない。俺かマキ君で状況説明して事前報告で少しでも沸点を下げた状態でお届けするに一票。」
「はい、俺はラウパイセンに従います。」
ラウの意見にマキは挙手して同意した。ラウはポケットからコインを取り出すと指で弾いて上へ飛ばし、手の甲で受け止める。意図を返したマキは生唾を飲みこむ。
「表。」
「はーい、俺の勝ちぃ。俺はこの美人さんを丁重に輸送いたすからマキ君は受け渡しがスムーズになるように適当に理由でっち上げて説明よろしく。」
裏面のでているコインを見せながら、ラウはしてやったりと指示を出す。
「エリーちゃん相手に虚偽報告とか無理じゃない?生きた嘘発見器みたいに鋭いし。」
「暴漢に襲われているところを助けましたとかじゃだめなん?」
マキは縋るような目でアーシーを見つめるが期待は叩き落される。
「その魔女さん元帝国軍人だよ。襲える強者なんて転がってないって。」
「難易度高ぇよ。俺、内気で消極的で口下手だから自身ねぇわ。」
「寝言ほざいてないで早く行きなよ。」
言い訳を並べ立てるマキをアーシーは蹴った。
ラウは二人のやり取りを見ながら魔女を抱き上げる。思いの外細く軽い体に驚いた。
「……柔らかい。そして良い匂い。」
魔女の体を合法的に堪能するラウを横目に、マキは円盤の上に落ちていた蝶の硝子細工の揺れる簪を拾うのだった。
◆新式の調律師…三大欲求の全てを抑制された人間やめさせられた人間。
不能でも猥談は出来る。




