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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
蝶の章
11/42

嫌厭

「……パティ。」


 見知らぬ人物を怪訝そうに見つめる二人と違いエリーは驚くことも無く彼女の名前を嫌そうに呼んだ。


「お知り合いで?」

「昔ちょっとね。何の用。どうやって人間に紛れたの?」


 エリーは立ち上がるとスイとミーネを守るように前に立つ。パティと呼ばれた長身の娘は不敵な笑みを浮かべていた。透明感のある明るいプラチナブロンドと呼ばれる金糸の髪に浅瀬の海を閉じ込めたような碧眼、日焼けなど知らない健康的な乳白色の肌と人形のような色をしている。


「元々人間だ。表向きには観光客として来ている。貴様に会いに来たが店が開いてなくてな。」


 言われて見れば結い上げた髪には紅い花を挿し、首からは花の首飾りを提げて水着に近い露出度の高い服。小道具も細かく見るからにバカンスを楽しむ娘だ。

 細かく指摘するならばマイクロミニ丈のショートパンツから骨盤あたりに見える黒いショーツは紐である。トップスは布面積の少ないホルダーネックのビキニトップスのようなデザインであり、激しい動きをすれば豊満な乳房が前からも横から零れそうだ。一応プアプアを羽織っているが総レースのデザインでで生地が薄い為に意味を成していない。


「仕事熱心だね。」


 一歩間違えれば痴女と間違われるようなパティのファッションに目をくれることなくエリーは皮肉を述べた。


「貴様程、真面目ではないさ。ところで何か面白い話をしていたな。リュティーアシーカがどうした?」

「パティには関係の無いよ。俺は君の事が嫌いでね。今すぐ消えてくれる?」


 窓から降りて不法侵入を果たしたパティは強い眼光で睨むエリーを見据える。


「嫌だと言ったら?」


 エリーの瞳が冷たく細められた。壁に掛けられた刃渡り長めに花切りハサミを取ると魔力で強化しパティの胸に突き刺す。刺した勢いを利用して窓から突き落とした。数秒で人が地面に叩きつけられる鈍い音が聞こえる。


「ちょっ、ちょっとエリーさんっ。」


 いつも軽薄な態度でヘラヘラしているイメージしかないエリーからは信じられない所業にスイは唖然とする。


「エリー。」


 警戒して近寄るミーネをエリーは手で制する。エリーはパティを落とした窓から視線を外さずに宙へ術式を描いた。文字は障壁となり、エリーと2人の間に展開する。


「随分な挨拶だな。」


 胸に刺さった花切りハサミを抜きながら、絶命したはずの人間が何の苦も無く再び窓から侵入してきた。貫かれた傷は流れた血の跡を残して跡形もない。

 目の前で起こるありえない状況にスイは腰を抜かした。


「貴女も調律師ですか?」

「残念ながら私は調律師ほど完璧なバケモノでない。それより私は魔女の悲鳴が好きでね。久しぶりに聞かせてもらえるか?」


 ミーネの質問に答えるパティは自ら流した血を舐めながら笑う。


「彼女を侮辱するな。」


 手に魔術の青い炎を灯し、威しでない事を悟らせるエリー。胸から流れた血を拭きながらパティは舌打ちする。


「貴様がその気なら構わないが後ろの二人を庇いながら私と遊べるか?」

「俺を誰だと思ってるの?」


 一向に引く気がなく殺気立てるエリーにパティは溜息一つ。手先でもてあそんでいた花切りハサミをエリーに投げ渡すと降参するように両手を上げた。


「ウォールの変死事件は我等にも伝わっている。貴様が関係しているなら協力しろと言われたが、今日は顔を見に来ただけだ。」


 何秒か視線を交わした後、エリーは警戒したまま椅子に座った。スイとミーネを護る障壁だけは残っている。


「面倒臭いな。」


 ぼやきながら煙草を取り出して火を点けると溜息混ざりで白い煙を吐き出した。


「海祟が起こった直近の合の夜の翌日、“糸紡ぎの魔術師”に会った。騒ぎを起こされても面倒だから調べたらマキという名の調律師がリュティーアシーカを持っていたことが分かったよ。でもマキ君が変死事件の首謀者だとは断定できない。俺はこっちに火の粉が飛んでくる前に調べただけで何ひとつ関与していないよ。」


 エリーは手短に解り安く時系列に従って事を話した。


「成程な。それでリュティーアシーカがどうのって話していたわけか。その娘は仮にも神官。見た目ほど愚かではないだろう。はっきりと教えてやったらどうだ?」

「いつから盗み聞きしてたの?」


 登場のタイミングから逆算するとパティが聞いていた話は決して短くないだろう。白眼視するエリーにパティはにっこりと笑み、小首を傾げて胸の前で手を組んだ。


「やっぱり、エリーさん嫌い。」


 一語一句、間違わずにスイの口真似をしたパティ。言葉の最後にウィンクを投げる可愛いらしいオマケつきだ。


「きゃぁぁぁぁぁ。エリーさん、エリーさん、エリーさん、エリーさん、エリーさぁぁぁん。あれはその場の勢いで嫌いなんて嘘ッスからぁっ。本当は大好きッスからぁぁ。心の底から大好きッス。世界で一番大好きッス。怒っちゃ嫌ぁぁぁぁ。」


 無言で立ち上がったエリーをスイは持ち前の神力と常人の6倍を誇る怪力で障壁を突き破り、後ろから全力で抱きついて止めた。無表情が恐ろしい。ミーネはやれやれとこめかみを押さえている。


「そうだ。リュティーアシーカだが公表されている使用禁止理由は建前だ。」

「パティっ。」


 エリーの制止など聞く耳を持たず楽しそうにパティは笑った。


「力を吸い取るだけで国際的な禁止武器になるはずがない。力を吸い溜める事で能力以上の術式と攻撃能力を得られる。高度の化学兵器と生物兵器に対抗する為に神の領域の神使が創り出した。何のセンサーも反応せず、何処へでも持ち込める。現存するものは研究対象としてネブリーナと帝国に一振りのみ。製作者はもちろん残りは“何者かに”所有者ごと処分されたそうだ。力の溜めた鞘は持ち主に不死を与え、刃は神すら貫くなんて逸話もある。災害前の兵器に匹敵する素晴らしい魔動武具だ。性能もともかく、所持した者が原因不明の記憶喪失や死に至るというという点が最も重要視され禁忌とされたのさ。」


 知られざるリュティーアシーカに隠された能力を詳らかに話したパティ。エリーはこれ以上ないくらいの鋭い眼光で彼女を睨む。


「パティ、余計な情報を知ることでこの子に危険が増える。」

「なら記憶を消せばいい。貴様なら簡単だろう?」


 海色と獣色の双眸がにらみ合う。片方は静かに激昂し、片方は楽しそうに。


「話は終わりだよ。消される前に消えてくれる。」


 エリーは疲れたとでも言いたそうな顔で溜息混じりにそれだけ言う。


「私の宿泊先だ。何かあったら連絡しろ。」


 一枚の紙切れを投げるが、それはエリーに届く前に紫の炎に包まれて燃え尽きた。


「貴様な。」


 呆れた顔でエリーを見れば予想通り、不機嫌で構成された顔。おまけに眉間の皺が増えている。


「君の連絡先なんていらない。」

「嫌いな奴でもきちんと対応しなさいって教わらなかったのか?それにしても貴様が女に囲まれて堕落生活なんて目を疑うな。」


 パティはエリーと視線を外さずに窓の棧に座った。


「一つだけ忠告しておく。人間は幸せを手に入れると不自由になる。自由でいたいなら大切なものは作らないほうがいい。それと調律師達が何をしようとしてるか調べておいてやるよ。」

「君の高慢で利己的な模造感情は不愉快だ。」

「奇遇だな。私も貴様の自己犠牲と偽善的思考が入り混じる模造感情が不愉快だ。」


 言いながら自ら後ろに倒れ、重力に沿って下へと落ちた。しかし、先程のように地面に叩きつけられる音はしなかった。


「あの人、何者ッスか?」


 この中では最年少のスイよりも若く見えるのに高圧的な態度。胸を貫かれても平然としている人種など知識としては知っているがスイは見たことがなかった。

 エリーは額に手を当てて倒れるように椅子に座る。慰める様にひらひらと数羽の蝶々が囲んだ。


「昔ちょっと。」

「それはさっき聞いたッス。」


 納得出来ない答えにスイは控えめに反発する。第一、エリーの昔が分からないのに“昔ちょっと”と説明されても答えにならない。

 エリーは気のせいでは済まされない頭痛を和らげようと前頭部を手で揉みながら深く息を吐く。今日はよく溜息の出る日だ。


「彼女は帝国軍入隊前、わたくしと初見時のお知り合いという解釈でよろしいでしょうか。」

「……ミーネちゃん、やめて。」


 パティとエリーの関係に検討をつけたミーネの質問は、力ない声に遮られた。 


「エリー、彼女と貴方が同族であるなら他者から又聞きするよりも自身の言葉で申し伝えた方がよろしいのでは?」

「……ミーネちゃん、俺はやめてって言ったよ。」


 頑なに制止するエリーの態度にミーネは確信を得た。


「ではエリーが話せるときになったら教えて差し上げてください。」


 事情を理解したミーネの言葉に力なくエリーが頷く。何もかも面倒臭いようだ。


「スイもそれでよろしいかしら?」


 恐らく今は何を聞いたところで答えてはくれないだろうと渋々ながらスイも頷いた。


「ともかく全ては推定の話ですが、海祟の疑惑が出た以上はマキ君を探したほうが良さそうですね。」


 落ち着き払っているミーネは今するべきことを提案した。

 スイの能力で見た映像からリュティーアシーカを持つマキが何かをしている可能性が高い。更に変死事件の首謀者である可能性も上がった。


「そうだね。スイちゃんと神官様経由で“蛟”に探してもらおう。くれぐれも調律師って単語はださないようにね。」


 蛟とは帝国軍より各国へ振り分けられたウォール諸島巨倭国担当の派遣軍だ。陸軍、海軍、空軍、魔導部隊とバランスよく編成され、神使や危険因子から民間人を守るために派遣される。エリーもミーネも最初は蛟としてウォール諸島共和国に派遣されてきた。色々あり軍を退役してそのまま定住したのだ。


「人任せですか?」

「リュティーアシーカなんて国際的な機密事項が絡んでいる以上は一般人だけで処理できないよ。現役の軍人サマに頼むしかないでしょ。」


 これ以上の面倒はごめんだとエリーは有無を言わせない正論を並べた。ミーネもスイも黙るしかない。

 重力が倍になったような疲労感がエリーを襲っていた。

◆パティ…金髪に海色の瞳をした若い娘。エリーの昔の知り合い。本人は人間だと言っているが刺されても2階から落とされても無傷。本人曰く調律師ほど完璧なバケモノではないとのこと。


◆蛟…帝国軍のウォール支部派遣軍。


若い娘たちに囲まれているのに嬉しくないエリーさん。

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