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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
蝶の章
10/42

禁制

「つまりスイちゃんと買い物に出掛けてたはずなのに気が付いたら自分の部屋でスイちゃんに膝枕されてましたって事?」


 錯乱状態に近いスイに促されて客を追い出し、店を閉めて一通りの事情を聞いたエリーはそう纏めた。


「……はい。」


 まだ、夢の中にいるようなミーネは間を空けて肯定する。不安そうな顔のミーネの隣で更に不安そうな顔をするスイ。二人を刺激しないようにエリーはクッションに座って視線の位置を揃える。


「やられたね。」


 予め人数分用意しておいた冷茶を啜りながらエリーは眉を顰める。

 フルーティな清涼感のあるスッキリとしたのど越しの茶であるが重い空気のせいでいつものような爽やかさを感じられない。12種類のハーブとフレーバーがブレンドされたカーガテ茶と呼ばれる熱さを和らげるフィレナキート諸島の茶だ。


「どうゆう事ッスか?」


 全てを理解したようなエリーの態度にスイは説明を請うた。


「ミーネちゃん。余程、見られたくないものを見たか知られたくないことを知ったんだね。綺麗サッパリ消されたんだよ。」

「消されたって?」

「もちろん記憶。」


 大体の予想はしていたが、ミーネは記憶を失っている。スイと別れた記憶もなく時間に換算すると1刻半(約四時間半)の空白ができているのだ。


「でもそんな事、簡単に出来ることッスか?」

「普通は簡単じゃないけど、調律師はなんでもありだから。」


 なんでもの範囲が広すぎて恐ろしい人種ではある。今頃は過去に調べつくしたエリーの素性が知れ渡り、ミーネについて調べが進んでいるころだろう。下手をするとスイや神官達も事も探っている可能性がある。


「……申し訳ありません。」


 いつもの強気をすっかり無くしたミーネが小声で謝る。目覚めた時のスイの様子と今の状況から推測すると迷惑をかけたのだと手に取るように分かるのだ。記憶が欠損している事が不安を倍増させる。


「まぁ、懸念が残るけど最悪の事態にならなかった事をよしとするしかないね。実力の上限は自覚する2段階下って口煩く言い付けてたからミーネちゃんが自身の力量を見誤ったとも俺の忠告を軽んじたとも思えないし、俺は怒ってないから。」


 優しいエリーの言葉にミーネはサッと青ざめた。口では怒ってないと言っているが大変お冠だ。

 悄然と項垂れるミーネの横で何か思いついたようにスイが笑う。


「エリーさん。ミーネちゃんの記憶って跡形も無く消されてるの?」

「いや、生物学的に脳に刻まれた記憶は思い出せなくても残っているはずだから消えてるって言うよりは忘れてるって感じかな。根こそぎ消すとなると対象を傷つける危険があるしね。そこまでして口封じするなら殺した方が早いだろうし。」

「だったらあたしの力でミーネちゃんの体に残る残留思念を読み取れるかも。」


 神官であるスイの能力。それは液体を通しての物体に残る人の残留思念を読み取ることである。人の体は殆ど水分で出来ている為、理論上は可能だろう。


「スイちゃん。そんな事、出来るんだ。」


 感心したように言ったエリーだがスイもミーネもぴたりと動きを止めた。


「御存知なかったのですか?」


 8年も一緒に居てスイの能力を知らなかったエリーに驚くミーネ。島の住人ならば殆ど知っているのに呆れたものだ。海祟の捜査に関わりたくないために公務中の神官達から逃げていたのだから知る機会がなかったのだろう。


「信じられない。エリーさん嫌い。」


 我を取り戻したスイは白い目で見ながら、ぶっつり言い切った。娘に嫌われた父親の如く精神的大打撃を受けて茶の入ったままのグラスを落とす。


「スイ。言葉というものはよく吟味して慎みを持って発言しなければいけませんわ。数少ない魔術師であらせられるエリーの御心は、わたくし達では到底理解できない処に在らせられるはず。皆が知ることを御存知なくても責めてはいけません。」


 面と向って嫌いと言われたショックから立ち直れないエリーに皮肉という名の追い打ちをかけるミーネ。致命傷に塩を塗るだけでは飽き足らず、劇物を摩り込む所業に気のせいでは済まされない何かが体中に刺さったような錯覚に襲われた。


「……泣いてもいいですか?」


 踏んだり蹴ったりで傷心のエリーは悪あがきともいえよう言葉を口に出す。


「ところでさっき店に来た銀髪の子供、誰ッスか?エリーさんもミーネちゃんも知ってるみたいだけど、あたし何も聞いてないッスよ?」


 傷心の訴えなど毛頭無視してスイは気になった事を優先させる。エリーは更に悲しくなったが悪いのは自分。仕方なくここは己が大人にならねばと念じつつスイの問いに答えることにした。


「あー、はいはい。あの子ね。ミーネちゃん説明お願い。」


 まだショックから立ち直れないのかエリーはやる気の無い声でミーネに丸投げした。


「あの子の名前はマキ君。アーシーを調べる過程で同職と判明いたしました。アーシーと同じく目的も何もわかりません。」

「ふーん。ミーネちゃん運んできたふざけた口調の背の高い人は?」

「知らない。」


 ミーネがマキの説明をする短い間に煙草の火を着けたエリーは即答した。


「知らない?あっちは知ってるみたいだったッスけど。」

「そーだねぇ。俺って有名人。」


 面倒臭そうに適当に返答するエリーにスイはクッションを投げつけたがひらりとかわされる。厚みのあるクッションは壁に当たって床へ落ちた。


「しょうがないでしょ。知らないものは知らないの。」


 がりがりと頭を掻きながらクッションを拾い、スイに投げ渡す。


「それより、ミーネちゃんが何を忘れさせられたのか調べようか。」

「分かったッスよ。」

「とゆうか、そんなに能力があるなら海祟の犯人分からないの?」


 準備の為に腰を上げたスイに素朴な疑問を投げるとエリーは蹴られた。更に反動で体が倒れる先でミーネに膝蹴りを見舞われる。


「……痛い。酷い。……うごっ」


 呻くエリーを踏みつけてスイはミーネに抱きついた。


「ミーネちゃぁぁぁんっ。エリーさんなんて大嫌いッス!」

「愚かすぎて手の施しようがございませんわ。スイの能力をご存知なかったとしても無知は理由になりませんのよ。」


 当然スイは自身の能力を使い、決死の覚悟で変死体に長時間触れて犯人探しを毎回試みている。しかし解決していないのだから結果は芳しくないのだ。


「スイ、エリーの事はわたくしが叱っておきますから準備なさってくださいな。」


 ミーネの言葉に眉間に皴を寄せ、嫌そうな顔をしながら準備の為にスイは部屋を出た。

 数分後、顔に打撲痕ができたエリーの待つ部屋にスイが持ってきたのは水の張られたガラスの水盆だ。それを机の上に置き、海の鉱石で作られたブレスレットを鎮める。その中にミーネの手を重ねて浸した。


「ミーネちゃんの視線で見聞きしたことしか映らないッスよ?」


 そう前置いてスイは口笛を鳴らした。スイと別れた後に水準を合わせて記憶を探る。水が揺らめき黒く濁りだした。そして人の視線と思われる景色が映し出される。


『こんにちわ、綺麗なお姉さん。俺とデートしてくれない?』

『可及的速やかにお引き取りくださいませ。去勢いたしますわよ。』


 最初に浮かび上がったものを見てスイとエリーは顔を引きつらせた。水面に映ったマキは嬉しそう顔で使い古された誘い文句を吐いている。ナンパしたといいう話は本当らしい。そしてミーネの断り方は恐ろしい。

 賑わう市場から移動した路地で白い子供が現れた。


「アーシーもかかわっているわけか。」


 エリーは嫌なものを見たと額を抑える。水面の風景が動かなくなったところを見るとミーネは拘束されたらしい。

 それから空を飛ぶような速さで景色が切り替わる。強引に連れていかれたようだ。薄暗い場所に出て爆発が起こると顕現した神使が現れる。


『タイミング悪っ。』


 襲いかかる複数の神使の登場に、無邪気に笑いながら軽口を叩くマキが腰ベルトに隠した刃物を取り出した。


「リュティーアシーカっ」


 驚いたように声を上げるエリー。ミーネも全て自分が見たものだとは信じられず白い顔を更に青白くしていた。


「何ッスか、これ。」


 スイの声で我に戻ったミーネとエリーは水面を見る。浮かぶのは赤い煙。その中にある干からびた黒焦げの神使の死体と短剣を構えたマキだった。


「あの子が変死事件の犯人って事ッスか?」


 青ざめるスイ。そして水面のマキは近づき短剣を振り上げた。


『世界の為に貢献してね、お姉さん。』


 血しぶきがあがり、水面は真っ暗になった。水面は静けさを取り戻し、水の色も元に戻る。


「……ミーネちゃん、切られたの?あの血の量って致死量じゃないの?」

「切られた衝撃で派手に飛び散ってますが致死量の三分の一といったところでしょう。」


 不思議と傷は残っていないが自身が切られたというのに冷静に分析するミーネ。スイは助けを求める様にエリーを見て彼の真剣な表情に驚いた。


「マキ君はミーネちゃんも殺すつもりだった。でも神使と同じようにならず焦ったはずだ。」


 映像を見る限りミーネは右肩から袈裟に斬られていた。しかし服はそれ以上に破損して上半身のほとんどが露になっている状態だったのだ。恐らくとどめを刺す為に致命傷を与える傷を何度か与えたはず。

 それでも命尽きないミーネ持て余したことだろう。

 モティールに連れてきたときには誰のものか知らないが大きめの上着で隠されていたのだから調律師にも女性を尊重するだけの配慮はあったようだ。


「見せてしまったリュティーアシーカの存在を知られないように記憶を消したのかもしれないね。」


 言いながらエリーは魔術でマキの使っていた短剣を宙に映す。


「リュティーアシーカって何ッスか?」


 一般人には当然の問いかけに、エリーとミーネは同時にスイを見た。確かに一般市民には当然の問い。しかし、スイは神官。知っているはずの事を知らないスイに双方は哀れみの目を向けた。


「な、何ッスか?」


 二人の視線の意味が分からず、慌てふためくスイ。彼女の能力を知らなかったエリーを責められないと溜息を吐きながらミーネは口を開く。


「リュティーアシーカ。その刀身の赤は力あるものの血。神の領域でしか取れない鉱石を元に造られる武器ですわ。神職者が扱う神道学の神力もわたくしやエリーの扱う魔道学の魔力も元は同じ神の領域の力。リュティーアシーカは切り付けた者の血液から力を吸い取ることから神喰らいの牙とも呼ばれます。リュティーアは製作者である魔術師の名から付けたと言われておりますわ。」

「ミーネちゃん詳しい。エリー感激。」


 分かりやすいミーネの講座にエリーは拍手喝采した。


「へぇ、でもあたしが知らないって事は有名じゃないの?」

「力を吸収する武具なんて命に係わることです。御存知だと思いますが神力も魔力も生物に備わる生命力ですのよ?」


 それほどまでに危険なものが魔術師の間だけでも有名にならないはずが無い。ならば何故、スイが知らないのか。


「何十年も前に国際的に制作も使用も禁止されたんだよ。“リュティーアシーカ”はこの世に存在しちゃいけないものなんだ。俺も現物なんて見たことないし。」

「だったら、な・ん・で、あたしが知らないだけで飽きられるッスか?」


 知らなくて当然の事を責められる謂れは無い。しかし、ミーネとエリーは憐れむ様な視線で見つめた。


「スイ。貴方のご職業は?」

「七番島の神官です。」


 首をかしげて聞かれた当たり前のことに何を今更とスイは答えた。


「危険なものは模造の防止で一般人には広めないように機密にされるけど、対処するためにも力のある国の上層部には知らされるはずだよ。」


 エリーの爽やかな笑顔で告げられたのは残酷な事。スイは国の上層部であるにも係わらず、知っているはずの事を知らなかったのだから。


「スイちゃんは抜けてるからねぇ。知らなかったの?」


 先ほどの仕返しとばかりに笑うエリー。スイは脱力したまま訴えた。


「やっぱり、エリーさん嫌い。」


 本日、二度目の言葉の刃物にエリーは笑顔のまま電池切れの自動人形のように動きを停止した。


「冗談はともかく、これからマキと接触するならリュティーアシーカの対策を立てませんと近づけませんわ。」


 悲しみを噛み締める二人を無視して、ミーネはさらりと話を戻す。エリーにとってもスイにとっても冗談では済まされない事だが話を蒸し返しても心の傷を抉るだけだと大人しくミーネに賛同した。


「確かに危ないッスね。」

「うん。何とかしないと。」


 不機嫌な声と顔のスイと憂いを帯びた声と顔のエリーは話を合わせるスイ。理由を思うと二人の姿はミーネの目には面白く見えて仕方がない。


「先ほどの続きですがリュティーアシーカが使用されたのは国際的に禁じられる前。文献でしか残っておりませんが力を奪われた者が黒焦げになるなどという記述はございませんでしたからマキ君によって特殊な改良が施されているのかもしれません。それを考えるとマキ君か仲間の調律師に魔道に関わる者がいる可能性が高いでしょう。わたくしやエリーの魔術も相殺される危険性を視野に入れなければなりませんね。」


 ミーネは込み上げる笑いを抑えつつ、スイとエリーの我慢を無駄にしないように次々と補足説明をする。


「ふーん。確かに恐ろしいッスけど。」


 ミーネが笑いを抑えている事など知らず、その笑いの元となる不機嫌な表情を未だに装ってスイは歯切れ悪く相槌を打つ。唯、力を吸収するという武器が世界規模で機密扱いされる程のものなのだろうか。


「じれったい。詳しく教えてやったらどうだ?」


 背後より素知らぬ女の声が聞こえ、振り返ると開きっぱなしの出窓に若い女が座っていた。

◆リュティーアシーカ…神喰らいの牙とも呼ばれる国際的に製造・所持を禁じられている短剣型の魔動武具。

◆水憶…液体を通しての物体に残る人の残留思念を読み取るスイの能力。


スイちゃんの神官っぽい能力お披露目会。

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