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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
蝶の章
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信仰

 世界の全ては神の領域。

 数百年前、星の支配者と思い違った愚かな人々へ憤慨した神がくだされた火の洗礼と水の浄化により、人間に許された生存領域は世界の隅へ追いやられた。

 この世界には広大な神の領域の中に6つの人の領域が存在する。

 外、絶望地帯、不毛の地とも呼ばれる神の領域では呼吸すらままならず人の侵入を頑なに拒む。空は塵と黒い雲に覆われて光りを遮断し、酸の雨が降り、有害な物質が地にも宙にも漂う。海は過酷な環境に耐えられずに死した生き物の血が流れたように赤く染まっていた。

 そんな苛烈な環境に順応した生物のみ領域に色濃く漂う神の力を糧に進化を遂げて生き延びることができた。

 異常な進化を遂げ、異形となった植物や動物。

 それらを総じて神使と呼ばれていた。

 知性と理性を保ち、異能を有する進化を遂げた神使と人は敵対関係にある。

 理念の交わることのない彼らと人々の争いは幾百年かの星霜経てしても終息することなく続いていた。

 人を創った存在は神であり、人を滅ぼす存在も神である。

 反旗を翻し堕天した悪魔の破壊よりも神が裁きや調和によって淘汰した人の数の方が多い。それは犠牲ではなく浄化であると主は申し上げるだろう。

 神使の存在は人類に課された原罪が形になったものであると教えを説く者が口を揃えた。

 諍いなどとは無縁とも見える楽園の様な島国の人の領域にも確実な安全圏など存在しない。


≪もしも、鳥のように自由に空を飛べたら。≫


 島の中心にある神域と呼ばれる樹海に聞き心地の良い低い声が通る。


≪もしも、世界の主導者になれたら。万物を自由に操れたら。空想のイキモノが現実に生み出せたら。いつまでも若いまま不老になれたら。死者を生き返らせることが出来たとしたら。そんな不可能とも言える馬鹿げた夢が叶ったとしたら人と世界はどうなると思う?≫


 声の問いかけに答えるものはおらず、風が木の葉を鳴らして通り抜けた。


≪綺麗に壊れたんだよ。≫


 髪も肌も黒いラウという通称の青年の首に巻き付いた黒蛇は呟いた。


≪まさか僕が最後の一人になるなんてね。僕も君たちも終わりを迎えた存在。人生は選ぶものじゃない、足掻かずに流れに身を委ねるべきなんだよ。≫


 ラウは黒蛇を首から腕に巻き付けて視線を合わせると自嘲めいた笑みを浮かべながら口を開いた。


「それは経験論からくる貴方の身勝手な思想であるからして、必死で足掻いて人生を掴み取ろうとしている俺たちに押し付けるべきじゃないんじゃない?それに、流れに身を任せれば運命が救いの手を差しのべてくれるなんて宗教的な妄想は身を亡ぼすよん。」


 遜って皮肉を言われた黒蛇は再びラウの首に巻き付いて不貞腐れたように目を閉じた。


≪まったく、ラウはちっとも優しくない。≫

「俺は耄碌した御年配者の戯言を拝聴差し上げております。十分、慈悲深くて優しいじゃないですか。」


 自称慈悲深くて優しい男の反撃は言われた側からすれば辛口を通り越して猛毒であると示唆する人物はこの場にいない。

 風がラウの長い髪を撫でると夜闇のような青みがかった深い黒が日に照らされて金糸のように輝く。黄金の夕日と同じ色をもつ双眸に映るのは同色に染まった海原。


「また、ここにいたのかよ。」


 静かに話しかけたのは少年とも少女とも見られる中性的な容姿をした宝石のような碧い瞳を持つ銀髪の子供。

 ラウは子供を一瞥すると片ひざを着き、祈るように手を組んだ。遠くから澄んだ鐘の音色が聞こえてくる。鐘の音が14回鳴り響くまで海神が住むと言われる島の神殿に向って指を組む作法。これは日の出と日没に行われる祈りの儀式。

 黒蛇も首を垂れて祈っていた。


「毎日、何を祈ってるんだ?」


 悔いるように、恐れるように、悲しむかのように祈り続ける彼らが子供の問いに答えることはなかった。

 鐘の音が14点鐘したころ下げていた頭を上げて黒蛇が静かに口を開いた。


≪祈っているわけじゃないよ。許しを請うているのさ。≫


 神は救いを求める存在ではない。神は試練を与える存在であり問いかけ許しを請う存在であるのだと黒蛇は続ける。


「俺は許しを請うような人生送ってないから好みの美女に会えますようにとか、今夜は肉の気分ですとか願望捧げてる。」

「お前らの温度差で風邪ひく。グッピーなら死ぬわ。」


 欲望を赤裸々に語るラウに子供は苦言を呈するが彼は何が面白いのか笑うだけだった。


「寒暖差で自律神経乱すなんて女子ですかぁ?」

「ちっげぇよハゲっ。」


 ラウの野次に子供はカッと顔を赤くして怒鳴ると踵を返して暗い樹海の奥へと走り去って行く。


≪ラウ、君の言葉はモラルとデリカシーに欠ける。≫

「そうゆう面倒くさい気遣いはまともな人間同士でするもんでしょ。」


 鼻で笑うとラウは日の沈む海へ視線を向けた。 

 先程の黄金色から一変し、血を流したかのように紅く潤む西の空。糸のように細く欠けた第1衛星ミラと第2衛星エルが輝く東の空。安息の時間が終わろうとしていた。

 もうすぐ夜がやってくる。


「さて、明日は合だから忙しくなるねぇ。今の内に美味しい者でも食べに行って英気を養うとしますか。」


 ラウは明かりが灯り出した島の方に目を向けると、潮が満ちた海辺へ足を向けてアメンボのように水面を歩き出す。

 魚類体形の現生水生哺乳類が発する歌のような音をラウは鼻歌で口遊む。その音は唄ではなく神官達が使用する祈りの詠唱であった。



 蒼き闇が星を喰らい

 有象無象は許しを請うも

 天の神へ声は届かず

 天の神へ姿は留まらず


 涙の唄が星を雪ぐ

 有象無象が命を請うと

 海の神の鼓膜を震わせ

 海の神の瞳に留まる


 千の命を掬い給え万の心を赦し給えと

 木霊し続ける御霊の祈りが恒久であるように

 我ら有象無象は哀願する



≪ラウ、僕はその詠唱好きじゃない。≫


 人外の言語で紡がれる神官の詠唱は他力本願で身勝手な文であった。御し難く、乗り越えようのない試練が降りかかった時、人は神に祈るしかなかったのだろう。

 神は人を救わないというのに人は神を信仰する。


「はいはい、我儘始祖ちゃんの仰せの通りに。」


 首元で囁いた黒蛇にラウは祈りの詠唱を止めて、最近人気が出てきたアーティストの新曲を歌い始める。少女が歌う筈の甘酸っぱいラブソングが低音で紡がれる。

 音頭をとるように波が音を立てた。


≪憂鬱だ。明日は最低限で済んでほしい。≫

「無理無理。毎回10体くらがオーバーヒートでアボンだもん。プログラムの書き換え時かねぇ。でもメンテスパン短くなったら忙しいしなぁ。製造組に頑張ってもらって現状維持希望。」

≪ラウが頑張ろうって思わないの?≫

「貴方様のお世話で粉骨砕身してるぅ。そもそもメンテで頑張るのは俺の任務じゃなぁい。」


 再びラウは歌を歌いながら明かりの灯る島を目指す。

 ここは4つの諸島からなる海の都と呼ばれる島国ウォール諸島共和国。海神を祀る国の中心に位置するフィレナキート諸島は巨大魚のような形で並ぶ八つの島だ。

 二股に分かれた尾のような形をした2番目に広い面積の一番島クー。

 背びれのように波打った形の二番島ルーア。

 尾びれのように1番島の近くに寄り添う三番島パルダ。

 腹びれ位置にある半円の形をした四番島ヴァーチ。

 背骨のような形で細長く中心に位置する五番島シーヌ。

 心臓の位置にハートの形をした六番島オーレ。

 顔の位置にある直角三角形の形をした七番島ザージュ。

 後頭部に位置する一番広い面積を持つ八番島エイヴァ。

 少ない数字の島ほど人が集まり建物も多い。逆に言えば数字が大きい島は住人が少ない。七つ目の島の先にある無人島エイヴァが原因であった。

 ウォール諸島共和国で一番広い面積を持つ無人の島には暗く深い巨大成長した木々が茂る。

 薄闇で目を光らせているのは獣ではない。深い樹海は彼らの領域。日中でも地に光は届かず、生きているような木々が人を迷わす。彼らを統べる海の神はアブルルと呼ばれ樹海の奥にあり、人々は崇め恐れをなした。

 フィレナキート諸島では現在、信仰心が強くなっている。

 数十年前の空から光が消える闇の夜に一人の子供が姿を消した。それが悪夢の始まり。一人、二人と次々に人の姿が消えていった。そして終に悲劇は起こる。身元不明の奇妙な黒い死体が転がり始めた。消えた人間か、はたまた別の人間か。

 消えた人間を見た者はいた。消えた人間を知る者はいなかった。知られざる誰かが樹海にて姿を消し、その数だけ死体が増える。

 神域へ入り禁を犯した祟りだと島の者は嘆き、海神に許しの祈りを捧げた。

 夙に伝わる島の伝承。

◆ラウ…青みがかった黒髪と金色の瞳を持つ長身の青年。

◆黒蛇…ラウの首に巻き付く言葉を話す蛇。

◆子供…銀髪に碧眼の中性的な子供。


◆フィレナキート諸島…八つの島からなる巨大魚の形をした諸島。海神を祭り神官が仕切っている。

◆神の領域…人が生存できない過酷な環境の海域や陸地。外、絶望地帯、不毛の地などとも呼ばれる。

◆人の領域…人の生存可能な環境の海域や陸地。中、浄化地帯、箱庭などとも呼ばれる。

◆合…ある天体から見た2天体の黄経または赤経が一致するときを指す。

※太陽と月の合は朔あるいは新月と呼ばれる。


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