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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】筋肉☆聖女様 〜偽りの聖女と呼ばれ国外追放されたので、救済の旅を続けていたら最強の聖女と呼ばれるようになりました。魔物も邪魔者も全部殴ってぶっ飛ばします!(o゜Д゜)=◯)`3゜)∵〜

「────偽りの聖女、セレス。貴様を国外追放の刑に処す」


 多くの人々が見守る中、王立宗教裁判所の中に無慈悲な声が響く。


 全身を鉄の器具で拘束され、地面に(ひざまず)かされている私は、その理不尽な判決を受け入れることしかできなかった。


「聖術も使えない背信者が!」

「あの女が消えると思うと、せいせいするわ!」

「今すぐにこの国から出て行け!」


 傍聴席から私に向かって罵詈雑言(ばりぞうごん)を投げかけてくるのは、今まで私のことを散々利用してきた貴族たち。


 この場にいる全ての人が、私が国外追放されることに何も異論を唱えることはなく、むしろそれを喜んでさえいた。


(……私も聖術が使えたら、こうはならなかったのでしょうか)


 聖女。それは、神託で選ばれた者のみが就くことを許される聖なる職業。この職業に選ばれた者はみな、神の力である『聖術』を使うことができるのだ。


 聖女は、教会という組織に属しながら、この力をもって邪悪な存在である魔物を倒し、力無き人々が平和に暮らせるように戦うことが求められる。


 しかし私は、聖女に選ばれたにも関わらず聖術が使えなかった。


 そのせいでどれだけ魔物を倒しても、どれだけ人々を助けても、私が聖女として認められることはなく……ついに、神に背いた偽りの聖女として追放されることになってしまった。


「以上でこの裁判を終了する! その者を連れて行け!」

「「はっ!」」


 私が助けてきたはずの人々に裏切られたことが悲しくて、私のこれまでの努力が全て否定されているような気がして、途方もない喪失感だけが心の中に残る。


(……こんなの、理不尽すぎます)


 そして、その後に湧き上がってきたのは今まで抑え込んできた怒りの感情だった。


 どれだけ努力しても、私を認めてくれる人はいなかった。どれだけ魔物を倒しても、その功績は別の人のものにすり替えられた。今はただ、その事実が憎らしい。


(貴方達が私を認めてくれないのなら、私を偽りの聖女と呼ぶのなら……もう、ここにいる理由はありませんね)


 私のことを背信者だと言うのなら、聖女なんてやめてやる。国外追放なんてされなくても、この国にいることなんてこっちから願い下げだ。


「さっさと立ち上がれ! 貴様はこのまま、国外まで馬車で……なんだ、この音は?」


 兵士たちが私を立ち上がらせようとした瞬間、ギチギチ、ミシミシと金属が軋むような音が周囲に響く。その音の出どころは、私の体を覆っている拘束具だった。


「わざわざ送っていただかずとも結構です。私、自分で出て行きますので」

「貴様まさか、鉄の拘束具を……!? そんなこと、できるわけが……!」

「ふんっっっっ!!」


 私が全身に力を込めたのと同時に、手錠は引きちぎれ、胴体を縛る鎖は弾け飛び、足に付けられた鉄球は踏み潰される。


 鍛え上げられた聖なる筋肉を、鋼鉄ごときが縛れるはずはない。


「なっ……おい、あの化け物を捕まえろ! 殺しても構わん!!」

「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」

(────遅い、遅すぎます)


 周囲の兵士たちが剣を抜き、私を殺そうと襲いかかってくるが、その動きは遅すぎて止まっているように見える。


(最近、鍛錬が出来ていなかったので、上手に出来るかは分かりませんが……)


 それは私が聖女に選ばれて2年が経った頃。聖術が使えないなりに、なんとか魔物に喰らい付いていたものの、私は自身の能力に限界を感じていた。


 悩みに悩み抜いた結果、私がたどり着いた結論は……


(……筋肉に、力と祈りを込めるのです)


 筋トレであった。


 食事、睡眠、仕事を除いた全ての時間を筋トレに費やすこと6年間。


 神への祈りと共に極限まで鍛え上げられた聖なる筋肉は、ついに人間の限界を超える力を生み出すに至った。


「聖筋術、【聖力波(アーク)】……覇ァッッッッ!!」

「「「「ぐわぁぁぁぁっ!?」」」」


 私は全身に纏った聖なる筋肉を音速よりも早く収縮・膨張させ、内に秘めた聖なる力を衝撃波として放出することで、周囲にいる兵士たちを吹き飛ばした。


「な、何だ今の攻撃は!?」

「聖なる力です」

「でも今、確かに『覇ァッ』って……」

「いえ、聖なる筋肉による聖なる力の衝撃波です」

「やっぱり筋肉じゃないか!」


 吹き飛ばされた兵士の1人が何が起きたのか分からない、という風にわめいていたので、私はそれがただの聖なる筋肉による衝撃波だと説明する。


 聖術の【聖力波(アーク)】も、体内の聖なる力を放出する技。それをただ聖なる筋肉で再現しただけだ。


「ただの筋肉ではなく、聖なる筋肉です。神に祈りを捧げることで、聖なる力を纏い……」

「聖なる筋肉もクソもあるか! 聖術を使えない背信者の貴様が神の力など扱えるはずがないだろう!」

「はぁ……話になりませんね」


 私は神を信じている。そして、神は私にこの聖なる筋肉(ちから)を与えてくださった。このことは紛れもない事実なのだから、否定する所なんてないはず。


 この人達には何を話しても意味がないと感じた私は、地面にしゃがみ込み、足の筋肉に力を込める。そして……


「それでは皆さん、さようなら!!」

「ちょっ、待っ……うわぁぁぁぁぁぁっ!!」


 思い切り地面を踏みしめ、跳び上がった勢いのままはるか高くにある天井を破壊して空へと飛んでいく。


 裁判所の中には爆風が巻き起こり、周囲にいた兵士たちは衝撃で吹っ飛んでいるけれど、鎧を着ているから多分大丈夫だろう。


「さて、これからどうしましょうか」


 ……と、飛び出してきたは良いものの、私には行く当てがないことを思い出し、どこへ行くべきかということを空中に浮遊しながら考える。


 地上に降りたとしたら、兵士たちを撒くのは面倒だし……今は筋肉を振動させて全身を反重力状態にして浮いているけれど、これを続けるのは少し疲れる。


(国外追放されちゃいましたし、とりあえず国境の関所に向かいましょうか)


 国の中心部にある王都から1番近い関所に行く場合、馬を使うとおよそ4日ほどかかる。つまり、聖なる筋肉の力なら10分もあれば到着するということだ。


「確か、王都から北北西の方向……こっち側、ですね!」


 地上に被害が出ないよう、空中で跳躍してさらに高度を上げた後、私は衝撃波を放って目的の方角に向かって飛んでいく。


「ん? あれは……」


 すると、進行方向の斜め前、大体30キロメートルほど先に不穏な気配を感じた。何かあるのだろうかと思い、そちらに目を凝らしてみると……


「魔物、ですか」


 そこにいたのは、体長20メートルほどの人型の魔物。確か、数日前に数人の聖女による討伐隊が派遣されていたはずだけど……どうやら、かなり苦戦しているみたいだ。


(このままでは、付近の村に被害が出てしまいますね)


 聖女の地位を剥奪され、国外追放された私にあの魔物を倒す義理はない。恐らく私があの魔物を倒しても、討伐隊の手柄になるだけだ。


「それでも……見過ごせません!」


 私を追放したこの国を助けるのは癪だけれど、無辜(むこ)の人々が傷つくところを見過ごすのは神の(しもべ)として許されることじゃない。


 私は空中で方向を変え、さらにスピードを上げてその方向へと向かっていくのだった。



 ◇────◇



「【聖力波(アーク)】……私が気を引いているうちに、負傷者を連れて早く逃げなさい!!」

「ミレーナ隊長! でも……」

「いいから早く! 民を守ることが最優先です!」

『ほう……なかなかやるではないか』


 あり得ない。3日前、この魔物と相対した時、真っ先に私が抱いた感情はそれだった。


 教会に届いた報告では、今回の魔物の強さは災害級。上級聖女が1人いれば祓える程度の強さと言っていたはず。それなのに……


『しかしその程度の攻撃では、我を倒せはせぬわ!』

「確かに上級聖女(わたし)1人だけでは、時間稼ぎで精一杯ですね」


 いざ現地に来てみれば、そこにいたのは想像を遥かに超える化け物。力は強く、耐久力も異常。おまけにかなり高い知能も持っているのだから、手のつけようがない。


(ですが、その時間稼ぎで十分。役目は果たしました)


 三日三晩戦い続け、討伐隊の士気は大幅に低下し、甚大な被害も出たけれど、なんとか付近の村の人を避難させることは成功した。あとは、私が殿(しんがり)を務めて逃げるだけだ。


「なに、これ……?」

(どうしてここに村の子が!?)


 そう思った矢先、私の視線の先に見えたのはまだ5歳くらいの少女。その存在に気づいた魔物は、私への攻撃をやめてその子を叩き潰そうとする。


『おぉ、良い所に子供がいるではないか……見過ごせぬよなぁ、聖女!!』

「【聖楯(ホーリーシールド)】! 何をしているのですか! 早く逃げなさい!!」


 咄嗟に私は【聖楯】を使い、なんとかその攻撃を防ぐ。でも……


(……っ、聖力が……私も、ここまでですか)


 今の聖術で、残りの聖力をほとんど使い切ってしまった。頭がクラクラして、今にも意識が飛んでしまいそうだ。


「いいですか。ここから走って、真っ直ぐに森を抜けなさい。ここは、私が囮になります」

「で、でも……」

「良いのです。これも、聖女の仕事ですから」

『話は終わったか?』


 最後の力を振り絞り、私は少女の前に立ちはだかる。眼前の化け物が拳を振り下ろした瞬間、私は諦めの感情で目を瞑る。


(……私も、あの人のように戦えれば)


 そんな私の頭の中に浮かんできたのは、私よりも1年早く聖女になった先輩の姿。


 聖術が使えなかったあの人は、それを尋常じゃないほどの鍛錬で補うことで聖女として活躍し続けていた。


(私も、あの人のように強ければ)


 聖術が使えない。その理由だけで、彼女の手柄は全て他の聖女のものにすり替えられた。それなのに、誰から感謝されずとも人々を救い続けた。


 それを、知っていたのに……私は、あの人が理不尽な裁判にかけられることを防げなかった。


(お願いします、どうか……!)


 あの人を助けられなかった私が、こんなことを願う資格はない。そんなことは分かっている。でも、彼女以外にこの状況を打破できる人を私は知らない。


『死ねぇい!!』

「この子を……助けて」


 私はここで死んでしまうけれど、せめてこれ以上罪のない人々が傷つかないことを祈りながら、迫り来る衝撃に備えて歯を食いしばった────


「────チェストォォォォォォォォッ!!」

『ぐ、はっ……!?』

「「ひゃっ!?」」


 その瞬間のことだった。鼓膜が破裂するほどの爆発音が辺りに鳴り響き、私でさえ片方の腕を切り落とすのが精一杯だった魔物の上半身が、一瞬にして消し飛んだのは。


 私は背後の少女を抱きしめ、体が吹き飛ばないように踏ん張りながら、心の中でひとつの確信を得る。


(本当に、来てくれた)


 間違いない。こんな芸当ができるのは……


「よく頑張りましたね、ミレーナ」

「セレス様……!」


 私が最も尊敬する、最高の聖女だけだ。



 ◇────◇



「あれは……」


 あと数秒で魔物のいる所に到達できる位置にたどり着いたその時のこと。


 私の目に映ったのは、私の1年後に聖女となったミレーナが幼い少女を身を挺して庇おうとしている姿だった。


(あの子に手を出そうとするとは……許せません)


 私はほとんどの聖女たちから疎まれていたが、少しは私を慕ってくれた人はいる。ミレーナはそのうちの1人で、捕まった私を最後まで助けようとしてくれた。


 そんな可愛い可愛い後輩を、あんなに傷だらけにして……あの魔物だけは、何があっても許さない。


「ふぅ……行きます!!」


 私は足の筋肉を限界まで圧縮し、それを高速で元に戻すことで、空中で超加速しながら魔物のいる方向へと突っ込んでいく。そして……


「チェストォォォォォォォォッ!!」

『ぐ、はっ……!?』


 魔物と交差するその瞬間、魔物の体に全力のパンチを叩き込む。音速を超えたその一撃は、いとも簡単に魔物の体を粉砕した。


「よく頑張りましたね、ミレーナ」

「セレス様……!」

「ですが、感動している暇はありませんよ。あの魔物、再生能力を持っているようです」

『ぎ、ぎざまぁぁぁぁっ……!!』


 周囲を見てみると、私が着地した時に作ったクレーター以外にも地形が変形した跡が見られる。どうやら、相当高い攻撃力を持っているようだ。


 さらに、私の聖なる筋肉による攻撃でも上半身しか吹き飛ばない耐久力、その傷さえすぐに再生する回復力、言葉を話せるだけの知能……この魔物、強い。


「ミレーナ、あの魔物の強さは?」

「あくまで私観ですが、少なくとも厄災級……いえ、幻獣級もあり得るかと」

「そうですか。その相手に、よくここまで耐えましたね」

「いえ。貴女がいなければ、もう死んでいました」


 魔物レベル、幻獣級。


 高い知能と強大な力を持っており、討伐のためには教会内で最高位の聖女である大聖女1人と、その次に強い力を持つ上級聖女を複数人編成した討伐隊を組まなければならないほどの強さがあるとされる魔物だ。


 しかし、ここに送られた討伐隊の中に大聖女はいない。上級聖女も、ミレーナ1人だけだったはず……本当に、私が来るまでよく耐えてくれた。


「さあ、その子を連れて早く逃げなさい」

「ですがセレス様、私も……」

「いえ。他の人がいると、本気が出せませんので」


 出来ればここから1キロ……いや、2キロは離れていて欲しい。今は手加減できそうにないから、ここら一帯を消し飛ばしてしまうかもしれない。


「……っ、分かりました。どうか、ご無事で」

『馬鹿が、我から逃げられると思っているのか!』


 子供を抱えて走りだしたミレーナを逃がすまいと、魔物が彼女を踏み潰そうとするが、それを片手で受け止める。


 たかだか地面を変形させる程度の攻撃が、聖なる筋肉による防御を突破できるはずがない。


「聖筋術、【聖楯(ホーリーシールド)】!!」

『聖術も使わずに我が攻撃を防いだのか!?』

「いえ、やっていることは聖術と同じですよ」


 聖なる筋肉を圧縮し、そこに宿った聖なる力を凝縮させることで、圧倒的な防御力を手に入れる。原理としては、聖術の【聖楯】と一緒だ。


「今度は、こちらの番です」

『貴様、何を……うおっ!?』

「私たちがここから離れる方が、手っ取り早いでしょう?」


 そしてその足の裏を突き上げ、魔物がバランスを崩したのと同時に私は魔物の反対側の足を掴んで思いっきり空へと投げ上げる。


 ミレーナを走らせるのも酷だから、私達が距離を取った方がいいだろう。


『我を投げ飛ばしただと……!? だが、貴様も空中では身動きが取れぬはず……』

「あら、そんなこと誰が言いましたか?」

『ぐほぁっ!?』


 魔物は空中で攻撃を当てようと必死にもがくが、私は衝撃波を放ちながら空中で移動して攻撃を回避し、お返しに背中に掌底を入れてさらに空へと上がっていく。


『ぐはっ……一体、どこからそんな力が……!?』

「筋肉ですよ。神に祈りを捧げ、聖なる力を賜った聖なる筋肉の力です」


 魔物は私に殴られながらも信じられないというような声をあげているが、これは神僕として己の肉体を極限まで鍛え上げた者なら当然辿り着ける境地。


 現在の高度はおよそ2キロメートル……このくらい地上から離れれば、大丈夫だろうか。


『聖力は微塵も感じぬが、それでもこの力……人間ごときが持っていい力では……ぐぼぇっ!?』

「あとは、そうですね。私がとても怒っているからでしょうか」


 私はもう一度魔物を天高くまで打ち上げた後、空中に浮遊しながら私は必殺の姿勢に移った。


 次の一撃で、この魔物は仕留める。


「罪なき人々に恐怖を与えたこと、同胞を殺したこと……そして何より、ミレーナを傷つけたこと。たとえ神が赦そうと、私はそれを許しません」

『……っ、貴様、何者だ……!?』


 全身の力を安定させた後に、この力を与えてくれた神に感謝を込めながら祈りを捧げる。そして、正拳突きの構えを取り……


「私はセレス。魔物(あなた)たちを祓う力を神から賜った……偽りの、聖女です」


 今まで何千、何万と行ってきた行動の通りに、全身全霊の力を込めてその拳を突き出す。


「聖筋術……【聖拳(パージ)】!!」

『ただの……ただの、正拳突きではないかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


 音速をゆうに超えたその一撃は、周囲にあった雲を霧散させるほどの衝撃波とともに魔物の体を跡形もなく消し飛ばした。


 完全に魔物が消滅したことを確認した私が地上に降りた先には、呆気に取られながら空を見上げる少女とその子を庇うように抱きしめているミレーナがいた。


「セレス様! お怪我はありませんか!」

「大丈夫です。それよりも、これを羽織りなさい。服が破れていますよ」

「ですが、そしたらセレス様の服が……」

「私は服の下に色々と着ていますから」


 ミレーナの戦闘用修道服(スカプラリオ)を見ると、さまざまな部分が破れていることに気づき、私は急いで自分が着ていた分を彼女に手渡す。


 私は服の下に特別製の繊維を編み込んだ重さ100キログラムのインナーを着ているため、これを脱いでも特に問題はない。


「この功績があれば、きっと教会もセレス様を無下にはできないはずです! 隠蔽の心配はしなくて大丈夫ですよ、上級聖女の私がちゃんと証言を……」

「いえ、私はこの国を出ます」

「……えっ?」


 手渡した服を着たミレーナは、私が聖女として教会に戻れるかもしれないと喜んでいたが、私はそもそも教会に戻るつもりがないことを伝える。


「なぜですか、セレス様! 私は、貴女のような聖女になりたくて……」

「私は、国外追放の処分を受けたのです。教会はおろか、この国にいることさえ許されていません」

「そん、な……」


 恐らくミレーナは、裁判で私が聖女の権利を剥奪されただけだと思っていたのだろう。


 国外追放の処分が下されたと聞いた瞬間、彼女は信じられないというような顔をしながら膝から崩れ落ちた。


「それでは、私はこれで。ミレーナは、立派な聖女になるのですよ」

「……あっ、あのっ!」


 きっとこれからもっと強くなり、この国の人々を守っていくであろう彼女に最後の別れを告げ、私が国境に向かって歩き出そうとしたその瞬間。


 ミレーナに助けられた少女が私の手を掴み、私のことを呼び止める。そして……


「わたしを、村のみんなを、あの魔物から助けてくれて……ありがとう、聖女さま!」


 安心と喜びが混ざったような笑顔を浮かべながら、少女は私に感謝の言葉を述べた。


 今までは魔物を倒しても、誰かに見られる前に即撤退するように言われていたから、面と向かってこんなことを言われるのは初めてだ。


「……っ、それは……違います。私は……」

「違うって、なにが?」


 でも私は、その言葉を素直に受け入れることができない。きっとこの子も、私の事情を知ってしまえば私を聖女だとは認めてくれなくなる。


 そう思うと、感謝されることが怖い。失望されて、裏切られるのが怖いのだ。


「ですから私は、聖女などではなく……」

「セレス様、間違っているのは貴女です」

「……ミレーナ?」


 そんな理由で少女の想いを受け取れずにいた私に痺れを切らしたのか、ミレーナはおもむろに立ち上がって私の肩を掴みながらそう告げる。


「聖術が使えずとも、貴女は確かにあの魔物を祓った。私とこの子を助けてくれた。そんな貴女のことを、誰が偽りの聖女と言うのでしょう?」

「そ、それは……」


 あまりにはっきりと、そして真っ直ぐにこちらを見ながらそんなことを言うものだから、私は驚いて何も反論できなくなってしまった。


「わたしっ、さっきの聖女さまみたいな、かっこいい聖女になるのが夢なんです!」

「ほら、セレス様。少なくとも私とこの子には、貴女が誰よりも立派な聖女に見えますよ」

(私は……認められている、のでしょうか)


 これまで何年もの間、たくさんの人々を助けてきた。その結果返ってきたのは、手柄を奪われた事実と私を偽りの聖女だと罵る声だけだった。


「……ありがとうございます。これで心おきなく、この地を去ることが出来ます」

「なんでそうなるんですか! 今からでも聖女としてやり直して、みんな見返しましょうよ!」


 だから今、目の前の2人が私のことを見てくれることが、聖女だと認めてくれることが嬉しくて……思わず、泣き出しそうになってしまう。


 結局、私自身は偽りの聖女とされて、汚名を着させられたままになることはすごく悔しいけれど、私はもうこれだけで十分だ。


「そうしたいのは山々ですが、やり直すのは無理でしょう。きっと私、指名手配されていますし……」

「だから、素性を隠して人々を助ける旅に出ましょう。私もついていきますから」

「はい!?」


 そう思っていた矢先に、ミレーナから飛び出したのはあまりに予想外な提案。急に素性を隠して旅に出る、なんて……この子は何を言っているのだろうか。


「顔くらいいくらでも隠せますよ。セレス様だって、『聖術も使えない聖女が活躍したなんて知られたら恥だ』って、仮面を付けさせられてたじゃないですか」

「それはそうですが……私と旅に出るということは、貴女も追われる身になるのですよ!?」


 このタイミングで私を慕っていたミレーナが身元不明になったとなれば、私との関係を疑われるのはほぼ確実。


 教会内のエリートである上級聖女が、偽りの聖女と共に失踪なんてことがあれば、教会は血眼になって私たちを探すだろうし、見つかったら彼女まで国外追放……下手したら2人とも粛清(ころ)されるかもしれない。


「そもそも、私は教会のやり方は間違っていると思っていたのです。お布施と言って助けた民から金を巻き上げて、その金で貴族と繋がり、私服を肥やし……結局、神の名を借りた金稼ぎでは有りませんか」

「いや、でも……」


 確かに、前々からミレーナが教会の体制に疑問を感じていたことは知っている。だとしても、上級聖女の地位を捨ててまで私についてくるなんて無謀だ。


「私は、貴女に憧れたから教会にいたのです。貴女のいない教会になど、いる意味はありません」

「でも貴女には、人々を救う義務が……」

「ですから、2人で勝手に助けましょう。むしろ、教会の指示を待つより早くていいじゃないですか」


 私はなんとかミレーナを引き止めようとするものの、彼女が引き下がる気配は微塵もない。


 ここまで言われてしまったら、私もその気になってしまいそうだ。


「……きっと、過酷な道のりになります。教会からも、国からも命を狙われるかもしれません」

「上等です。私だって仮にも上級聖女なんですから、そのくらいどうってことないですよ」

「本当に分かっているのですか、全く……」


 いつ殺されるか分からないなんて恐ろしい事実を、自信満々の表情で受け入れるミレーナを見て思わず笑ってしまいそうになる。


 でも……そんな彼女がここまで言ってくれたからこそ、私も決心がついた。


「……分かりました。私は貴女の言うとおり、素性を隠して人々を救済する旅に出ます。一緒に来てくれますか、ミレーナ」

「もちろん! セレス様が最高の聖女と呼ばれるその日まで、お供致します」


 私が差し出した手を、ミレーナがしっかりと握り返す。


 それと同時に、春の爽やかな風が私たちの門出を応援するかのように吹き抜けた。


「ではまず、この子を避難所に送り届けましょう。行きますよ、2人とも」

「はい、セレス様!」

「はーい!」


 これが、私の……いえ、私たちの物語の始まり。


 偽りの聖女と呼ばれ国を追放された私が、仲間達とともに沢山の人を助け……やがて最強の聖女として多くの人に慕われるようになり、私を追放した人達を見返すまでの物語の第一歩だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] セレス様の"聖戦"のご様子が、劇画調で脳内映像再生されるようでした!笑 とても面白く、読後感も爽快でだいすきです。すてきな御作品をありがとうございます!
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