嫌われよう
―ジャグルとかいうヤツに嫌われるために私は、余り使っていなかった頭をフル回転させていた。クミさんが少々お待ちくださいと言って部屋から出て行った後、ソファーに浅く座って頭をもたげた。前世の記憶を思い起こす。しかし、何をしても嫌われていたので、早々に解決策を練れなかった。ただ一つあるとするならば、ドジを踏むことであろう。
(よし!これでいこう)
私は、両手で頬を一発叩き、気合を入れた。…前世の私がやっていたら、力士と揶揄されていたんだろうな。
「お待たせしました、ヤミア様。あたしに付いて来てください」
そう言われて連れて来られた所は、横に細長い空間で、ドレスやらスーツやらが整然と並んだ衣装部屋だった。クミさんは、好きなものを選んで着てくださいと言い残して、その場を去った。ここで私の作戦は、始まるのである。相手がドン引きするようなダサい服を着る、そうすれば嫌われるであろう。片っ端から服を調べていく。デザインが奇抜なもの、陽キャが着ていそうな肌面積が多くなりそうなもの、『5年1組』のゼッケンが貼られたスク水…全体的にダサい服しか見当たらなかった。どれを着ても正解で不正解なような気がした。
天使の羽が生えているヤツは、悪魔の彼と並んだら、対照的になって良いんだよな。丈の短いヤツは、そそるものがあるし…スク水?なんでこんなもんが此処にあるのか、しかもサイズが小さい、着るのは不可能だ。好きなものを選んで着ろという言葉は、些か難問であった。だが、ここまで奇抜なものが多ければ、一周回って、シックなものが此処では『ダサい』のでは…!という考えに至ったのだ。そこで選ばれたのは、ゴスロリ風のブラックワンピース。なまじっか、デカいピンクのリボンを頭に突き刺してやった。色を変えれば、クリスマスのベルみたいなファッションになった私は、顔を少し赤らめて部屋を出た。
私のことを待ち構えていたクミさんは、顔を引きつりながら笑っていた。
(よしっ、いける!)
確信した、私の読みは当たったと。現実世界では嫌われマイスター(そう、思いたくは無いが)であった自分を褒めてやりたかった。
「こ…こちらへ、どぞ」
態度がぎこちなくなった彼女に従って、ルンルン気分で付いて行った。お母さん…待っていてね。
次に連れて来られた所は、魔族の城主の元。私を見たなり目を見開いたが、何も言いはしなかった。即刻ダメと喚かない所は、普通に好感が持てるのだが、今も尚、普通の状況では無いので、素直に嬉しいとは感情に出さなかった。
「テェ、ニギッテ、ク…クダサイ」と連れ去る時とは大違いの態度を見せ、片膝をつけて手を差し伸べている。
『ください』という部分で噛んでいるあたり、言い慣れていない…つまりは、見下す人生しか送っていないと見えた。しかし、慣れていないことをしようとするところにもキュンとしてしまう。いかんいかんと首を横に振り、素直に手を置いた。
…今現在私は、城の外に出て、彼と一緒に手を繋いで歩いています。超がつくほど暇です。景色は、紫色の荒野が一面に広がっており、その色よりも濃い枯れ木がぽつぽつと立っていた。ここで改めて私は、違う世界に来たんだなと実感させられた。春はピンク、夏は緑、秋は橙、冬は白と、衣替えをしていく木をぼんやりと眺めていた自分が恨めしく思えてきた。
「アノ…ナマエ、オシエテ」と目を泳がせている。
それでもデケェ城の主かよ…と思いながら「ヤミアです」と淡白に答えた。
「イイナマエダ。オレハ、ジャグル。」
私は、爪を見るフリをして、話に興味が無いことを示してやった。思惑通り彼は、一瞬顔を顰めたが無表情に戻った。
ジャグルの手は、私の手や手首を覆う程大きく、温かく湿っていた。身長も、私の頭上に肩がきている…二メートルはあるかもしれない。本当に、彼を見る以外、面白いことが無い。なので、本音を言う。
「ねぇ、めちゃくちゃつまらない。何か…他に無いの?」とウザイ口調(と言っても、そうなのかは分からないが)でボヤいた。
それを聞いて慌てふためく彼は、どうしたものかとしゃがんで頭を抱える。
「ジャ…ジャア、コウシヨウ。シロ、アンナイスル」
まだ歩くのかよ…と声にはならず、頭に生まれた。こっちは暇じゃ無いのにと、私に構わず先々行く彼に、薄ら笑いを浮かべた。