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魔族の女房に転生者がなる  作者: 矢瀧 忠臥
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魔族はニンゲンに恋をしている?

「…ただいま」

気まずいながらも口にした一言目は、なんとも在り来りでちっぽけなものだった。家の中も薄暗く霞んで見えた。その中で、大きな影がぬらりと姿を現した。そして、不意に抱きつかれた。お母さんだった。気丈に振る舞っていた筈の女性は、弱みを見せてすすり泣いていた。布越しから、しっとりとした涙が肩から背中へと移り変わっていく。何だろう、この感覚は。まるで、抱擁されるのが当たり前かのような安心感が脳に痺れていった。


「…心配したのよ」

漸く落ち着いたのか、掠れながらも声を出していた。私は、伏し目になって頷いた。これが、母親の愛情というものなのだろうか。前世の私は、母親から疎まれていた。私の為の厳しさなんていうのは無く、単なる言葉の虐待を日々受けていた。一つ行動しては「ノロマ」、一つ口を開いては「ウルサイ」、一つ笑っては「キモチワルイ」と褒められたことなんて一度もなかった。私が前世を去った理由の一つでもあった。


でも今は、体温の温もりや背中をさすってくれる手、触れれば熱くなりそうな涙を流している『お母さん』の姿があった。私も耐えきれず、嗚咽を漏らして泣いた。ごめんなさい、ごめんなさい…と無邪気に言葉として溢れていた。それに応えるように、大丈夫よなんて言って頭を撫でてくれた。ジンダと別れたショックも、徐々に和らいでいくのを感じた。


「…ん?」

寝転んだまま伸びをして、大きく欠伸をかいた。私が今いる場所は、自分の寝室であった。どうやら泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまったようだ。運ばれた記憶は無い。…私は、生贄となってこの村を救うことになっている。そう思えば、何処か清々しかった。覚悟があると言えば嘘にはなる。だが、もう心残りはあまり無い。だから、喜んで生贄にだってなってやる、命を投げ飛ばせる自信だってある。もうどうでもいい、私なんて…。


ドンドンと荒々しく玄関の扉を叩いている音が聞こえた。私はすぐさま、寝ぐせなんかは気にせずに、部屋を飛び出した。玄関の扉の外は、真っ暗闇であり、その中から松明を持った大人達が私のことを待っていた。

「ヤミア!」

お母さんが私を呼び止めて、藁で編まれた小さな巾着袋のような物を渡した。

「これは?」

「お守りよ。誕生日に渡そうと思ってたんだけど、叶わなかったね。」

そう言った後、私の身体を抱きしめる。叶うのならずっとこうしていたかった。だが、時間と民衆は許さなかった。私の腕を乱暴に引っ張り、お母さんと強制的に別れてしまった。寂しくも温もりは、残っていた。


家を出て、村の入口であろう場所に、小学校の時に校長先生とかがお話をするためだけに使われた台のようなところに連れてこられた。その間中、大人達が、私のことを守っているかのように、ぐるっと周りを囲んでいた。私は、固唾を飲んだ後、台に上った。指折り程度の段数にも関わらず、一段一段足を踏み入れる度、命の重たさを感じ、汗を流していた。漆黒な空は不気味な程、閑静を帯びている。ぼんやりと眺めていたら、空は徐々に紫色に変わっていくのだった。


後ろを振り返ってみれば、明かりは勿論、誰も居なかった。多分、怖くて逃げたんだろう。そんな私も逃げたい気持ちがあったが、背に腹は代えられない。暫くすれば、満月に亀裂が走り、そして破れ、中から人の形だが悪魔の羽を持った影が私の元に舞い降りた。その影は、私の頬を撫でた。手はゴツゴツと顔よりも大きくて、指先は爪のように鋭い。すると、顔を近付けてきた。暗闇に慣れた目からの情報は、鋭い目付きの中に真っ赤な瞳、犬歯だらけの歯、ニンゲンの輪郭で絹のように白い肌ではあるが、禍々しい角を頭上に二本備わっていた。


顔も近いし息も荒いしと興奮気味に顔全体を見てきたり、舐め回すように輪郭をなぞったり、髪をサラサラと弄んでたりしている。意外にもその手つきは、優しいものがあった。

「いい加減にして!」と長すぎるボディタッチを振りほどいた。

しまった…!と思わず口を押さえた。

(劉される!)

直感的にそう理解した。

「…ッ」と彼は、徐に口を開いている。


喰われるのだろうか、それとも何か魔法でも唱えるのだろうか、不安がミルフィーユのように重なり、心臓に不規則なリズムを与える。

「キ…キレイダ」

…ん、私の空耳か?聞き間違いでなければ、綺麗だと聞こえたような。

「オマエ、キレイダ」とたどたどしく言葉を紡いでいる。

私が、綺麗?そんなバカな、一人の幼馴染みの男に捨てられた女だっていうのに…この胸の高鳴りは何だろう。


…いや、これは恋なんかの鼓動ではない、本能が逃げろと脳みそから心臓に送っている警鐘だろう。そうだ、ただ、綺麗と言われただけで動揺したまでに過ぎない。

「オレノ、シロニ、コイ」

その場では劉さない、ということだろうか。もしくは、あなたを劉したくない、ということだろうか。いずれにせよ、油断はできない。私は、そのお誘いに首を縦に振った。

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