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魔族の女房に転生者がなる  作者: 矢瀧 忠臥
3/6

逃げて別れて逃げて

三日目


よし!これで私の未来も安泰だ。晴れてジンダとお付き合いすることになった。後は、結婚だけ、そう思った瞬間に一抹の不安が背中に這い上がる。結婚したら、本当に幸せになれるのか?彼は、子供を欲しいと言うのだろうか?たった数日で出会った彼…ジンダはそうじゃないのだろうが、素性を何も知らない。ただ、マイナスに考えても無駄だ、自分でも分かっている筈なのに。美人に生まれ変わろうが、私は私、勇気の欠片もない陰キャな私だ。でも、そんな私が勇気を持って告白をした。素晴らしい功績じゃないかと、胸をたんたんと叩いた。もっと自信を持て私!


自分を奮い立たせて、部屋を出た。清々しい気分が胸の中いっぱいに流れ込んでくる。新しい朝が始まった、こんな気持ちは過去にも経験した事の無い感覚だ。

「おはよう!」

自分でも驚く程、大きく綺麗な美声が出たと思う。でも、私のテンションとは反対に、お母さんには黒い影が覆い被さっていた。沈んでいるというよりかは、絶望が色濃く混じっていた。

「どうしたの?」

「ヤミアっ」と涙を流し抱き着いてきた。

より一層、訳が分からなかった。同じ言葉を繰り返すと、しゃくりあげながらも泣き声を押し(ころ)し、理由を説明した。


「…実は、あなたが、生贄に選ばれてしまったのよ」

「いけにえ?」

お母さん曰く、毎年この村では、魔族にうら若き処女を捧げなければならないという風習があるらしい。確かに、この世界には魔族が居るとは声から聞いたが、こんな形で知ってしまうとは思いもよらなかった。しかし、なんとも度し難い風習だろう、私と同じ年齢の女性が居ないと思ったらこういうことだったのか。

「ここにいる処女はヤミアしか居ないって、村の皆が口を揃えて言ったのよ。」


絶望が血の気を引いていく。転生して三日、ジンダと付き合ってまだ一日とも経っていないのに、いきなり生贄になれと言われても私は受け入れたくは無かった。…いっそのこと、(ここ)を飛び出して逃げてしまおうか?何処か知らない遠い所へ…。でも、逃げてしまえば、私以外のニンゲンはどうなるのだろうか?お母さんは、ジンダは、村の皆は…。一つの命か、多数の命か、どっちを犠牲にするかなんて決まりきっている。その筈なのに、身体は生き続けようと喘いでいる。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」

思わずお母さんの身体を突き放し、耳がキリキリしそうなほど叫んでいた。分かっている、自分でも酷いことをやっているということは。私は、現実から逃げ出すかのように家を飛び出した。


無性にジンダに会いたくなった。いや、先ずは、お母さんに謝るべきだろうと考えたが、そんな気分にはなれなかった。親子喧嘩をした後は、なるべく距離を置きたい、そういった具合に顔を合わせるのは、はばかられた。

「ジンダ!」

とぼとぼと歩いている彼を見つけた。悲しんでくれているのだろうか、私は胸がいっぱいになった。

「ヤミア…」

私達は、名前を呼んだだけであった。何を喋ればいいのかより、何から喋ればいいのかと逡巡してしまった。取り敢えず、彼の横へ行き、お互い俯きながら歩いていた。


「俺達…別れないか?」

そう切り出したのは、ジンダからだった。私は戸惑う…というよりかは、は?っていう感情が芽生える。何で?えっ、私が生贄にされるからって理由で?引き下がるのが、早すぎやしないか…


正直、幻滅した。話は変わるのだが、生贄と聞いて私は、ヤマタノオロチを思い出した。ヤマタノオロチは、生贄という名目で、好きこのんで若い女を喰っていて、その生贄の女が最後になった時、スサノオノミコトが現れた。彼は、大蛇でも酔う酒をヤマタノオロチに呑ませ、ぶっ劉した。その後、彼等は結婚したのかどうかは忘れたが、私はジンダのことをスサノオノミコトだと思っていた。流石に、私もワガママを言っていると自覚している。それでも、勇敢に…それでいて脚を震わせながら顔を強ばらせて、お前のことを救ってやるからな!と言って欲しかった。


私は、彼の元から離れるため、一目散に走り出した。ジンダのバカ、意気地無し…なんとでも言えた筈だ。でも、気持ちは逃げたいの一つしか無かったのだ。いつもこうだった。走りながらでも、走馬灯は見えてくるものだ。自分の容姿に絶望し男から逃げていた私、何も出来ないからと言って努力もせず逃げていた私、そして今、何もかもに逃げている私。今も昔も変わらない…まぁ、当たり前か、外見が変わったとしても私は私、臆病で逃げ腰で弱い私。嘲笑しながら、涙を流しながら、全身に風を浴びていた。傍から見れば滑稽に見えるだろう。


気付けば、家の前で膝を折り曲げて、息を切らしていた。それ程、歩いてはいないのに、走った筈なのに遠い道のりに感じた。扉を開けようとしたが、躊躇った。呑気にただいま!と声を上げ、のうのうとお母さんの前に現れていいのだろうか。ただ、今は、お母さんに会いたい。そう思った時、ドアノブに手をかけて家の中に入った。

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