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短編集

殻にこもった雛鳥と突っつく小鳥 〜「君もこの婚姻は本意でないだろう? ならば無理に愛そうとしなくていい。俺も君を愛すことは」「は? 愛しておりますが」〜




 従姉妹の代わりに人間不信と噂の伯爵様に嫁ぐことになった。

 なんでも王命でないと都に顔を出すことはなく、一生独身宣言をしていたらしい。

 それを王室が許すはずもなく、それなりの家格である子爵令嬢の従姉妹が選ばれてしまった。

 

 しかし従姉妹には想い人がいた。

 商家の息子だという彼とはお付き合いを前提に交流を深めていたようで、代打として名が上がったのが私ことスレン・モンターノだった。





「君もこの婚姻は本意でないだろう? ならば無理に愛そうとしなくていい。俺も君を愛することは――」

「は? 愛しておりますが」


 私の婚姻相手ラウル・ハイド伯爵は、呆然とこちらを見つめていた。顔を合わせて開口一番にあんなことを言われたので、つい口が滑ってしまう。


 正確には愛する自信は大いにある。それを伝えたかっただけなのに。


「……あ、愛しているのか!? 既に!?」


 代々薬師家系であるモンターノの家訓。自分の発言には責任を持て。誤りであったとしても口に出したなら貫け。

 不意にその決まりごとが頭に浮かんだ。


「これから一生を添い遂げる夫を愛そうとしない妻がどこにいるんですか?」

「いや、しかし……俺は」

「俺は、なんですか?」


 伯爵様は何やらもじもじしている。

 大の大人がもじもじ。うちのお父様なら「男児たるものシャッキリせんかぁ!」と喝を入れてきそうな仕草だけど、これがどうして可愛く見える。


 伸びた前髪からわずかに窺える翡翠色の目。

 ……懐かしいなぁと思った。


「お、俺は不義の子なんだ! 本来ならこの爵位につくことも許されない人間で、たまたま友人が陛下に進言してなれたようなもので。君が辺境伯の妻になって利益を得ることはなにも――」

「そもそも益だと考えて婚姻を受けたわけではありませんよ?」

「そうなのか!? いや、それよりも俺は不義の存在で」

「そんなのいちいち気にしていたら身が持ちません。私も特に気にしませんし」


 伯爵様は「はじめてそんなことを言われた」という顔で私をまじまじと見つめる。ようやく目が合って嬉しい私は、にこりと笑いかけた。


「愛することはない、だなんて。そんな寂しいことをおっしゃらないでください。私は伯爵様にお会いできるのを楽しみにしていたのに」


 そう告げると、伯爵様の瞳には光が差しはじめる。

 頑なに拒否していた空気が柔らかくなり、強ばっていた身体の力が抜けていった。


「本当に、俺の妻になりに来たと?」

「はい、もちろんです」

「こんな辺境の地だというのに。何もないぞ、田舎だぞ、辺境だからな」

「なんですその辺境コンプレックス。何もないということはないですよ。この土地一帯は薬草の宝庫ですから」

「こんな俺でも本当に本当に構わないと?」

「誰かに嫁ぐのなら、もう私は伯爵様がいいです」


「その、今さらなんだが……君とは初めて会った気がしないのはなぜだろう」

「どこにでもいるような顔ですので」

「そんなことはないと思うが……」


 うーんと考える伯爵様に、もう一歩近づいてみる。


「この婚姻が不本意でも、無理に愛そうとも思っていないのですが。やっぱり私は、ダメでしょうか?」

「ダメというわけでは……俺としては君が不快でないのなら……」


 そうしてタジタジになる伯爵様の後ろで、扉が開いた。

 この屋敷の家令だという老紳士は「まずはお食事でもなさったらいかがですか」と提案してくれる。


 私はお言葉に甘えて頷いた。

 その後も実家に追い返されることはなく、私は伯爵様の妻としてこのハイド邸の使用人から快く迎えられたのだった。


 そしてどうやら伯爵も満更ではないということは「もう撤回はできないぞ。本当に妻になるんだな!」という言葉である程度察した。



 しばらくして、従姉妹から手紙が届いた。


《親愛なる友 スレンへ

 初恋の人との再会はどうだったかしら?

 幼い頃に診療所で出逢ってから今までしていた片想いが

 こうして実を結んで本当に嬉しいわ

 ああ、だけど……伯爵様は薬の副作用でその時のことを

 忘れてしまっているのよね

 もうそれは話したの?

 あなたのことだから、暫くは黙っていそうな気もするけれど》



 幼い頃、王都の診療所には身体の弱い男の子が療養していた。


 お父様について行っては一日の半分を診療所で過ごしていた私にとって、よき話し相手だと思っていたのに。

 その子はいつも塞ぎ込んでいた。


 理由を尋ねると「僕は生まれちゃいけなかったから」と呟いた。

 それとなくお父様に訳を聞いてみると、お父様は複雑そうな様子で「生まれてはいけない子どもなどいない」と答えた。


 幼いながらに私もそう思っていた。


 そのままの気持ちを伝えたくて、次の日病室に向かえば――その子はお父様が調合した薬を服用してすぐに、身内が迎えに来て強引に退院させられてしまったのだと教えられた。

 効果もあるが、副作用が強く出る薬だったということで、お父様もかなり心配していた。



 自分の殻にこもっていたあの子は、元気に過ごしているのかな。そればかりを考えていた。


 それから十年以上が経ち、爵位授与式であの時の男の子を見つけた。

 殻にこもったまま大人になっていた彼は、寂しそうな翡翠色の目を下に向けていた。

 誰か、彼の殻を破ってくれるような人が、現れたらいいのに。





伯爵様:私生児として下町で育つ。実母の死後に父親に引き取られるも義母から忌み嫌われ「お前なんて生まれなければよかったのに」と罵声を浴びせられ続ける。小さい頃は体が弱く、少しの間王都の診療所で過ごす。


こんな自分では相手も可哀想だからとわざとだらしない格好で相手を出迎え、婚姻意欲を削ごうとしたが効果なし。どうして彼女はこんなに親身なのだろうと疑問に思っていたが、婚姻式当日にすべて話して貰えた。


いまだ愛されることに慣れていない。それがもどかしいので妻は「愛しております」「愛しておりますが」と口癖のように言うようになる。嬉しい。

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