表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/23

7.ポーション狂想曲

「やっとできた……」


 ゾーイは机の上にズラリと並ぶポーションを見て満足そうに笑う。三日三晩、ほとんどろくに休憩もせず作り続けたのだ。


 最近なぜかポーションの注文が増えている。魔女の間では、聖女レナ様がいなくなったことと、関係があるのだろうとささやかれている。


 聖女レナ様については魔女界では大っぴらに話さないという、暗黙の了解ができている。どうしても王家、特にライアン殿下への批判になってしまうので、皆口をつぐんでいるのだ。


「少しだけ仮眠してから、納品しにいこう。間に合ってよかった」


 ゾーイはポーションをひとつずつ箱に詰めると、台所の床下にある貯蔵庫に入れてカギをかけた。




「おーい、姉さん。……いないのかな? 参ったな、金借りようと思ってたのに。仕方ない、なんか食べるものでももらっていくか」


 ジョーは貯蔵庫のカギを開けると、中を物色する。


「ん? なんだこの箱。ああ、ポーションか。……そういえば飲み屋で知り合った男が、ポーション高く買い取るって言ってたっけなあ。あの男、まだ街にいたよなあ。よし、俺が売ってやるか。売る手間賃で、代金の半分くらいもらってもいいだろう」


 ジョーは上機嫌で箱を抱えると出ていった。



***



「テルマさん……」

「なんだよ、ゾーイ。そんなに息切らして」


「ジョーを、弟を見なかった?」

「見てないけど。……なんかあったのかい?」


 ゾーイが床にヘナヘナと座りこむ。



「貯蔵庫に入れていたポーションがなくなって。あそこのカギ持ってるのジョーしかいないから。まさかとは思うんだけど……」


「…………」


 ゾーイが真っ青な顔をしてテルマを見上げる。



「どうしよう。明日納品する約束なのに、もう素材もないし、今からじゃあ間に合わない」


「はあ、ゾーイ。何度も言ったけどさ、ジョーとは縁を切りな。あんたの弟、ろくでもない大人に育っちまったよ。もうあれは直らないよ」


「だって、母さんからジョーを頼むって言われて……。ジョーがああなったのは、わたしの責任だもの。見捨てるなんてできない」


「小さいときならその理屈も分かるけどさ……。とっくに成人してる男の素行なんて、本人の責任だよ。あんたが負い目感じる必要なんてないさ」



 うなだれるゾーイに、テルマは優しく言う。


「とにかくさ、もう間に合わないんだったら、今すぐ謝っておいでよ。そういうのは早い方がいいよ」




 憔悴しきったゾーイがテルマの家に入ってきた。


「土下座して謝ってきた」

「そうかい」


「理由を聞かれたから、包み隠さず話してきた」

「そうかい」


「もうジョーとは縁を切るわ」

「それがいいよ」



 テルマは一枚の魔法陣を机に広げる。


「これ、やってみるかい」


 ゾーイは青ざめた顔でじっと魔法陣を見ると、黙って髪を切り、銀貨と一緒にテルマに渡した。



◆◆◆



「いやー、儲かった儲かった。こんなに金くれるなんて、あいつポーションの相場知らねえんだろうな。こんなに高値で売れたんだから、姉さんには二割ぐらい渡せばいいだろう」


 ジョーは意気揚々と娼館に入っていく。


「なんだい、兄さん。真っ昼間からお盛んだね。まだ営業始まってないよ。後にしてくれよ」


「金ならあるぜ。人気の女の子、ふたりだ。顔はそこそこでもいいけど、抱き心地がいい子にしてくれよ」


 女将は積み上げられた銀貨を見ると、ニヤリと笑ってジョーを上の部屋に案内した。



「お兄さん、お金たっぷり持ってるんでしょう〜。アタシ新しい髪飾りが欲しいの〜」


「いいぜ、なんでも買ってやる。ただし、俺をきっちり満足させられたらだ」


 ジョーはニタニタ下卑た笑いを浮かべると、服を脱いだ。


「ひっ いやあああああ」

「キャーーー」


 ふたりがジョーを見て悲鳴を上げる。


「何事だい!」


 女将が慌てて部屋に入ってきた。


「ちょいと兄さん、あんた病気持ちかい。さあ、さっさと出てってくれ。これじゃ今日は営業できやしない。営業妨害しやがって。有り金全部出しな」


 

 ジョーは裸のまま外に追い出された。道行く人がジョーを見てギョッとした顔で逃げていく。


「な、なんだってんだいったい」


 ジョーは窓ガラスに顔を写して目をむいた。髪の毛がごっそり抜け落ち、眉毛もまつ毛もヒゲもパラパラと落ち続けている。


「なんじゃこりゃーーーー」



◆◆◆



 ゾーイは短くなった髪をきれいに整えると、涙をふいた。『全身禿げる呪い』の魔法陣を丁寧にたたむと、棚にしまう。


「引っ越そう。ジョーの知らない場所でやり直そう」


 幸い、ポーションは作れば売れる。女ひとり生きていくには十分だ。もう、ジョーの母親の役目はおしまいだ。わたしの人生を立て直そう。まずは家探しからだ。


 ゾーイは吹っ切れた顔で窓から外を眺めた。



***



「ポーションが足りないですって? どういうことなの?」


 ニコールは報告してきた影に尋ねる。


「聖女カーラ様のポーションは量が少なく、効き目もあまりよくないそうです」


「聖女レナ様と比べてどれぐらい劣るの?」


「聖女カーラ様のポーションは質・量ともに、聖女レナ様の三割ほどと聞いております」


「なんてこと……。それでは魔物の侵入から民を守れないではありませんか。返すがえすも聖女レナ様を失ったことが悔やまれるわ」


 ニコールは長いため息を吐いた。



「冒険者ギルドからは、他国からのポーション買い付けを抑えてほしいと要望が上がっております」


「それは……他国の商人からの信頼を損なうことになりますね。難しいわ」


「今までは聖女レナ様のおかげで、我が国はポーションに困ったことがありませんでした。他国にも安い価格で売ることができました。せめて他国には価格を上げて売ってほしい、そうギルド長から懇願されております」


「分かりました。では陛下にお話ししてみます」


 ニコールは陛下の予定を頭に思い浮かべる。



「それを見越してか、ポーションを根こそぎ買いつけた他国の商人がいるそうです。王家で購入予定だったポーションも横からかすめとられたと」


「そう……。その商人は今後入国禁止にいたしましょう」


「……商人は既に王都を離れ、行方が知れません」


「その商人の身元を洗ってちょうだい。その商人につながる物がないかも探して」




 ニコールは影が持ってきた、商人の帽子を魔法陣に置く。


「宿に置き忘れていたなんて、運がよかったこと」


 ニコールは『片方の目だけにものもらいを作る』魔法陣に魔力を流した。




◆◆◆




「荷物はなんだ、書類を見せろ」

「はい、書類はこちらでございます」


「お前、目をどうした?」

「ああ、疲れからか、片目だけ腫れるのですよ。年ですかねぇ」


「荷物を改める。開けろ。……ポーションがこんなにたくさん」

「最近、ポーションの注文が多いんですわ。効き目が悪くなったから、使う量を増やさなきゃなんないらしいです」


「お前の商売許可証を出せ。……お前は今後我が国への入国を禁じられている。許可証は没収だ」

「そ、そんな。私はきちんとした価格で購入しました。横暴です」


「お前が高値で買ったポーションはな、王家が購入を予約していたものだ。王家への商品に横から手を出して、無事で済むわけがないだろう。入国禁止で許されたことを喜ぶんだな」




◆◆◆



「レナ、疲れてないかい? レナがポーションを作りすぎていると、神官たちが心配していたよ。無理をしてはいけないよ」


「んー? 大丈夫よ。そんなに魔力もいらないし。朝、顔洗うついでに、エイってやったらできるから」


「ポーションとはそのように簡単にできる物ではないのでは?」


「ええっ、簡単だよ。みんな難しく考えすぎなんだよ。散歩のついでに、なんかいい感じの葉っぱとか、虫の抜け殻とか拾うじゃない。それを砂糖水と一緒にガラス瓶にひと晩つけて、翌朝エイヤッってやればいいだけだもん」


「そうか、レナはすごいのだな」


「ティムに褒めてもらえるなら、私もっとがんばるね」


「レナ、もう十分だよ。がんばりすぎなくていいんだ」


「ありがと」




呪い案をありがとうございました!


ひよこさま「全身禿げる呪い!」

芽ネギさま「片方の目だけにものもらいを作る」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんか「全身禿げる呪い」だけ他のより殺意(笑)高めなの気のせいかな??笑 いやもう笑いすぎてお腹痛い…笑笑 読者さんが考えたっていう呪いもなんかピンポイントで微妙に意地の悪い呪いだから余計笑っちゃう
[一言] 商人は一見可哀想だけど、そんな大量のポーションが持ち込まれたのに出処を疑わないで買い取ったのは商売人失格なので仕方ないでしょう 実際盗品みたいなもんだし しかしレナポーションやばいな…原材…
[気になる点] 王家の品だって知ってたならともかく、知らなかったらとばっちりですよね。 これは商人が個人的にジョーに仕返しもありそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ