5.離宮の中のエイミー
「あなたの魔法陣、気に入りました。あなたは今後わたくしの庇護下に入ります」
とんでもなく美しい人に、意味の分からないことを言われた。その人はこの国の王妃だった。
「詳しいことはマヤに聞きなさい」
王妃様はエイミーの返事を聞くことなく立ち去った。
いつものように家で魔法陣を作っていると、エイミーは王城に連れて行かれた。あれよあれよという間に、王妃様と対面し、離宮で暮らすことになった。なぜなのか。
「まあ、何がなんだか分からないと思うけど、要はあなたの魔法陣を野放しにしておけないってこと」
マヤはエイミーの護衛らしい。侍女も兼ねてるからなんでも頼んでいいそうだ。言葉づかいは、エイミーが頼み込んでタメ口にしてもらった。丁寧にしゃべろうとすると、途中で、何言いたかったんだっけってなるから。
「わたしの魔法陣、すっごくささやかなのに?」
「魔力が少なくても発動できるから危ないって、ニコール王妃殿下は考えられたみたい。使い方次第で国を揺るがすって」
エイミーが腑に落ちない顔をしていると、マヤが小声で続ける。
「ライアン第一王子殿下はね、少し前から声が幼児みたいになってる。どの果物も酸っぱくて、肉はいつも生焼けなんだって。それに、インクがボタッとなるらしい」
エイミーの顔がサーッと青ざめる。
「心当たりあるよね? そういうこと。まあ、色々気にせず、今まで通りに魔法陣作ってよ。こちらで管理しながら、売ったりできるし、お給金も出るし。自由はなくなるけどさ、それは諦めて」
そういうわけで、エイミーは恐ろしく豪華な離宮でささやかな魔法陣を作ることになった。
エイミーは棚にぎっしり詰まった高価な魔導書を眺める。今まで買いたくても手が出なかった魔導書が、なんと全てエイミーの物らしい。思わずニンマリしてしまう。
エイミーは深く考えるのをやめた。おいしいごはんが食べられて、魔導書が読み放題で、魔法陣も作れる。自由がないぐらい、我慢しよう。今のところは。
エイミーは、家から持ってきてもらった髪の束をじっくり吟味する。
テルマさんのおかげで、大量の髪の毛が手に入った。これだけあれば、多少複雑な魔法陣でも縫える。
エイミーは、髪の毛で布に魔法陣を刺繍するのだ。色々試した結果、人の髪が最も効果があると分かった。だから、エイミーの髪はいつも短い。
「わー、この黒髪、長くて魔力たっぷり!」
エイミーはつややかな黒髪をウットリ眺める。優しくて力強い魔力が黒髪からあふれている。
「こんな魔力、聖女様ぐらいしか持ってないと思うんだけど……。まさかね」
エイミーはとんでもない、と首をフルフルする。
「なに作ろっかなー」
エイミーは魔導書をパラパラめくる。窓から風が吹いてきて、目にゴミが入った。エイミーは目をこすりながら、考える。よし、これにしよう。
最後の紋様を縫い終わり、エイミーは伸びをした。
「できたの?」
声をかけられて、エイミーはビクッとする。すっかりマヤの存在を忘れていた。
「できた。似たような術式で二種類作ったよ」
エイミーは『逆まつげに悩まされる』と『気がつくと抜けたまつげが目に入ってゴロゴロする』の魔法陣を誇らしげに見せる。
「風の魔法を使ってるの、こんな術式今まで考えもしなかった」
エイミーはニコニコしながら魔導書の術式を手で示す。
「そうか、あいにく私は魔術はさっぱり。そしたらこれ、ニコール様に確認してもらう」
マヤが魔法陣に手を伸ばす。エイミーは慌てて魔法陣を背中側に隠した。
「ダメ! ちゃんと試験してからでないと渡せない。魔法陣が正しく発動するか確認しないと」
「なるほど。では私にかけてみて」
「う、うん……」
「あ、忘れてた。この魔石使って。魔力がなくなったら補充するから」
エイミーはホッとした。もう魔力が残り少なかったのだ。
魔力が込められた魔石を持つと、魔法陣の真ん中にマヤの髪をのせる。
「でも、しばらく目が痛くなるけど、本当にいいの?」
「……しばらくってひと月ぐらい? そうか、それは困るなあ。今まではどうやって試験していた?」
「浮気された奥さんとかに許可もらって、旦那さんにかけたりしてた」
「なるほど……私に心当たりがある。少し待ってて」
マヤは足早に出ていき、すぐに侍女らしき人と一緒に戻った。
「ちょっとした仕返しができるって本当なの?」
女性は思い詰めたような顔で聞く。
「はい、うまくいけば、それなりに」
「わたしの夫、近衛騎士なの。最近、わたしの義妹と浮気してるみたいで。今朝、夫の上着のポケットからこれを見つけて」
ハンカチに包まれた女性の下着だ。えーヤダ……エイミーは引いた。
「下着にアンジェラって刺繍がしてあるの。義妹の名前なの」
女性はプルプルと震えてる。
「分かりました。義妹さんに呪いかければいいですか? 下着があるからできますよ」
「このハンカチ、夫のものなの。ふたりにかけてもらえる?」
エイミーはうなずいた。無事にふたつの魔法陣はキラキラと輝きを放つ。
◆◆◆
「アンジェラ、急ぎのドレスの仕上げは済んだのかい?」
「あ、女将さん。今、今やろうと思って」
「なんだって、まだ手をつけてなかったのかい? 昨日の夕方に大至急って言って割り増しの賃金払っただろう。どうして昨日のうちにやらなかったの」
「き、昨日は急用が入ってしまって」
「……あんたさ、人の男にばっかり手を出すの、いい加減にやめた方がいいよ」
「え?」
「ローラが昨日あんたが男と歩いてるの見たって。しかもあんたの義姉の旦那なんだって? よくやるよ。……なんだよ、なんであんたが泣くんだい? 泣きたいのはあんたの義姉だろうさ」
「目、目が痛くて……。逆まつげが入ったみたい」
「もう、今日は帰んな。ドレスはこっちでやるよ。明日から来なくていいから、荷物まとめて出ていきな」
◆◆◆
「おい、次の騎士団対抗戦の代表者決めるぞ。皆、訓練所に集まれ」
「よう、ダニー。今度こそ俺が勝ってやる」
「ほざけ、ブルース。俺は今まで一度も代表の座を譲ったことはない」
「だけど、お前、腰がふらついてんぞ。昨日やりすぎたんだろう。いいよなー、お前の嫁さん美人だもんなあ。俺もあんな美人で優しい嫁がほしーー」
「……欲しけりゃやろうか……?」
「おいおい、何言っちゃってんの、お前。冗談でもそういうこと言うなよ」
「始め!」
「勝負あり! 勝者、ブルース」
「よっしゃーーーーー! へっへっへ。見たか、俺のすさまじい一刀を」
「クッ……目にまつ毛が入って集中できなかった。もう一度勝負しろ」
「バカじゃねーの。お前、戦場でもそれ言うつもりかよ。さっさと家帰って、嫁さんに慰めてもらえよ。コンチクショーー」
呪い案たくさんありがとうございます!
和さま「逆まつげに悩まされる」
和さま「気がつくと抜けたまつげが目に入ってゴロゴロする」