23.気持ちの伝え方 <完結>
「テルマさん、アタシもう諦めることにする!」
カメリアがプンプンしながら入ってきた。
「一体なんのことだい?」
薬草を干していたテルマが手を止めて振り返る。
「リヒトのことよ。アタシがずーっと好き好き言ってるのに、のらりくらりするのよ」
カメリアは机の上のお茶を断りなく飲み干した。
「にっがー」
「カメリア、それ薬草茶……。あたしの腰痛用……」
「あ、ごめんなさい」
カメリアがしまったという顔で謝る。
「まったくもう。あんたのそういうウカツなところに、リヒトはビビってるんじゃないのかねえ」
「ええー、だってアタシこんなにカワイイのに? 美貌と巨乳を合わせ持つ女、カメリアよ。リヒトがためらう理由がないわよね」
カメリアは腰に両手を当てて高笑いをする。
「あんたのそういう前向きなとこ、あたしは好きだけどね。普通の男はドン引きだろうさ」
「そうなのかな……。最近、リヒトってば他の女の子とちょっと仲いいんだよね。この前、街で女の子と歩いてるの見ちゃったの」
カメリアはボロボロと涙を流した。テルマがハンカチを渡すと、カメリアはブブーッと大きな音を立てて鼻をかむ。
「あ、ごめんなさい。新しいハンカチ買って返すね」
「ああ、そうしておくれ」
テルマは苦笑する。
「まあ、そういうことならさ、最後にもう一度だけ素直に告白してみなよ。それでダメなら別の男に目を向ければいいさ。何もすぐにリヒトを諦めなくてもさ、他の男と同時進行でもいいじゃないか」
「そうね、アタシの若さと美貌を無駄にしてる場合じゃないわよね」
カメリアは両手を握りしめて決意を固める。
「ああ、当たって砕けておいで」
テルマは『落としたい人を前にすると脇汗で服がびしゃびしゃになる』魔方陣を広げた。
「もしかするとリヒトはあんたのことが好きかもしれないだろう。素直になれないだけでさ。脇をよーく見ておきな」
「テルマさん、ありがとう。気合い入れて告白してくるね」
「ほどほどにね」
◆◆◆
「ここで会ったが百年目。リヒト、今日こそ返事をしてもらうわよ」
「うわっ、カメリア、なんでドレス着てるの? それに、化粧がすごいな……。いつもの方がいいのに」
通りで待ち伏せしていたカメリアに、リヒトは思わず後ずさった。
「なんですってー。派手好きの厚塗りババアですってー。よくもよくも、ムキー」
「いや、そこまでは言ってないし」
カメリアはリヒトをギロリとにらむ。
「そういえば、あんたが最近デートしてる女の子、清楚系だったわよねえ。胸もささやかだったし。アタシとは真逆。やっぱりああいう大人しい女がいいのね、キイィィィ」
「いや、買い物中にバッタリ出会っただけだから」
いつも飄々としているリヒトが、珍しく慌てている。
「何買ってたのよ……。なんでそんなに脇汗かいてんのよ、もしかして、ひょっとして、ひょっとしたりするわけーー?」
「カメリア、ずっと答えなくてごめん。お前のことだから、誰かと賭けでもしてんだろうと思ってたんだ。でも、もしカメリアが本当に俺のこと好きなら……」
「好きよ」
「マジで?」
「マジで」
「俺と結婚してくれる?」
リヒトはズサアッと跪くと、指輪を差し出す。
「する」
「ヤッタアーーー」
「ヨッシャーーー」
街中に雄叫びが響き渡り、道ゆく人が拍手喝采した。
◆◆◆
エイミーは気持ちの良い陽気に誘われて、ブラブラ庭を散歩している。マヤも隣を歩いている。ポツリポツリと会話をかわしながら、まったりのんびりだ。
「あんまりこっち側まで来たことなかった。塀があるんだー」
エイミーの頭より少し高いぐらいの石垣が巡らされている。
「あっちは王宮だからね。念のため石垣で囲っているんだ。不埒な者が入ってこないように。離宮に高貴な姫がお住まいのときは、もっと塀を高く積み上げるけど。あまり高くしすぎると、息が詰まるだろう」
「うん、わたし平民だしね。あれ、あっちに誰かいるね。ああ、木の剪定してるんだ」
若い男が、塀の向こう側でハシゴに登って木を切っている。男はエイミーたちの方を向くと、帽子を取った。
「こんにちは。いい天気ですね」
「こんにちは」
男の笑顔につられて、エイミーもニコニコする。男がためらいがちに口を開く。
「あのー、エイミーさんですよね? 俺、相談したいことがあって。今少しいいですか?」
エイミーはマヤを見る。マヤは頷いた。
「はい、なんでしょう?」
「王宮の庭園のひとつを大がかりに改築しなきゃならなくて。だけど時間も人手も足りないんですよね。臨時の庭師の募集をかけてるけど、なかなか人が来なくて。なんかいい魔法陣とかないでしょうか?」
「えーっと具体的にどういう風にすればいいのかしら」
エイミーには何をどうすればいいのか見当がつかない。
「今までは使われてなかった庭園で、雑草が生い茂ってるんです。もし草を一気に枯らす魔法陣とかあったらなあって」
エイミーは目をつぶって棚に保管している魔法陣を思い出す。
「あったような気がします。少し待っててもらえますか?」
エイミーはマヤと共に急いで離宮の部屋に戻った。エイミーはしばらくゴソゴソして、ひとつの魔法陣を取り出す。
「あった」
エイミーは上機嫌で塀のところまで戻り、男に魔法陣を見せる。
『庭の手入れをしようとしたら、ほぼ坊主状態になる』
「おお、すごい。ありがとうございます。えーっと、髪となにかお守りでいいんでしたっけ? 髪、俺短いけど、いいですか?」
「はい、いいですよ。少しだけください」
男は剪定バサミで髪を切ると、塀の上からエイミーに渡す。
「お守りは今度持ってきますね。あ、俺ギルって言います」
男はニコニコしながら言った。
***
「エイミーさーん、庭が一気にきれいになりました。ありがとうございます。これ、約束のお守り。ばあちゃんがくれたものです」
ギルは塀の上から、小さな木彫りをエイミーに渡す。鼻の長い動物だ。
「悪い夢を吸いとってくれるらしいです。あ、ちょっとだけ待っててください」
ギルは走って行く。しばらくすると花束を持って駆けてきた。
「これ、お礼。エイミーさんに似合いそうな花を選んできました」
ギルは照れながら、塀越しに花束をエイミーに渡す。淡い色合いの小さな花々。
「わあ、かわいい。ありがとうございます。花束もらったの、初めて」
「本当? 信じられないな。俺でよければいつでも贈りますよ」
ギルが満面の笑顔で言う。エイミーは少し顔が赤くなった。マヤは遠くを見て、かすかに微笑んでいる。
それから、エイミーは毎日散歩し、塀越しにギルとたあいない話をするようになった。
「今度、ごはんでも食べに行かない?」
ギルがマヤを気にしながら聞いてくる。エイミーがマヤを見ると、マヤは頷いた。
「行きたい」
「やった」
エイミーに初めての恋が訪れたかもしれない。
◆◆◆
「レナ、これを受け取ってくれないかな?」
ティモシーが跪いて、真っ白なベールを渡す。
「わあーー、すっごく細かいレース編み。キレイだね。ありがとうティム」
「僕が編んだ、気に入ってもらえてよかった。レナ、これをかぶって、僕と結婚式を挙げてくれる? これは指輪と首飾り。僕とレナの瞳の色で作らせたんだ。本当は自分で作りたかったけど、無理だった」
鮮やかな緑と淡い水色の宝石がきらめいている。ティモシーはレナの指に指輪をはめ、立ち上がると首飾りをかける。レナはうっとりと指輪と首飾りに触れる。ベールを両腕で広げると、もう一度まじまじと見つめた。
「ティム、ありがとう。嬉しい。こんなに細かいレース編み、大変だったでしょう? これかぶってティムと結婚する。楽しみだね」
ティモシーが柔らかく微笑む。
「よかった。レナ、ふたりで幸せになろうね」
「うん、今でも十分幸せだよ」
「そう、僕もだよ。ずっと一緒にいよう」
「うん、ずっと一緒」
ティモシーはレナの頭にそっとベールをかけ、口づけした。
<完>
これにて完結です。
呪い案をありがとうございました!
江栖津さま『落としたい人を前にすると脇汗が服びしゃびしゃレベルで出てくる』
satomiさま『庭の手入れをしようとしたら、ほぼ坊主状態に…』
もっと続けようかとも思ったのですが、12月から仕事復帰することになりまして。書く時間がどれぐらい確保できるか分からないので、エタるよりはと思いました。
長い間、ありがとうございました。呪い案も、たくさんいただけて嬉しかったです。
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