22.教え損
「ああああもうー、イライラするー」
パン屋のイルマが頭をかきむしりながら入ってきた。
「なんだよ一体、穏やかじゃないねぇ」
「新しく入った男がムカつくのよーーー」
「そうかい」
「うちのパン屋さあ、流行ってきたから店長が二軒目出したのね。店長は二軒目にいるから、元の店はアタイたちで回してんのよ」
「ああ」
「人手が足りないから、パン職人をもうひとり店長が連れてきたわけ。どっかのそこそこ大きなパン屋から引き抜いたらしくて。自分はなんでもできると思ってんだか、アタイたちの話をまったく聞かないのよ」
イルマが地団駄を踏んだ。
「こっちにはこっちのやり方があるじゃない。前の店はどうだか知んないけどさ。なんか注意したら十個ぐらい、関係ないことを言い返してくんのよ」
「例えば?」
「この丸パンは、焼く前に十字の切れ込みを入れてねって言うじゃない。普通は、はい分かりました、ですむ話でしょう。そいつはさ、とにかく指図されるのがイヤみたいで。人気店はそうしないとか。この店のここがおかしいとか。あなたのあのパンの練り方は間違ってるとか、違う話で攻撃してくんのよ」
「なるほど」
イルマはプンプンした様子でしかめっ面をする。
「もう注意するのもやんになっちまって。最近はほったらかしてる。でもそうすると、たまに店長きたときに、元いたアタイたちが怒られるのよ。ちゃんと教えろって」
「店長に話せばいいじゃないか」
「話したさ、注意したら十ぐらい言い返してくるって。そんで店長が見かねて、そいつはたまに店長のいる方の店で働くようになったわけ」
「よかったじゃないか」
「それがさあ、ずっと店長のいる方の店にいてくれりゃあいいんだけど。こっちの店の方が忙しいからさ、こっちの店にも来るわけ。そいで、店長がああ言ってた、こう言ってたって嘘っぱちを垂れ流すんだよ」
「店長が言ったわけじゃないのかい?」
「店長に後で確認したら、そんなこと言ってないって」
「なんでクビにしないんだろうね」
テルマは不思議そうに首をひねった。
「腕はいいから……」
イルマが長ーいため息を吐く。
「あんたの店、接客もすんだよね?」
「うん、作って売って、両方だよ」
「そしたらこれだ」
『誰かと会話する前に毎回詳細で自慢げな自己紹介しちゃう呪い』
◆◆◆
「ヤン、パン生地こねる前に、必ず手を洗ってって何度も言ったよね」
「僕はヤンって言うんだ。三歳のときから生地をこねはじめた。遊ぶのはいつも粘土だったよ。おかげで有名店でも褒められるぐらいの腕さ。手はさっき洗ったから」
「黙れ」
「すみません、このパンあと五個ありますか?」
「こんにちは、ヤンです。ヤンって名前は父さんがつけた。パン職人の父さんが、パンに似た響きってことでつけたんだ。僕にピッタリだ。えーっと、そのパンはもう少しで焼き上がります」
「…………」
「ヤン、見てたぞ。お前はもうクビだ」
「僕はヤン、腕がいいパン職人さ。腕がよくて顔もいいから女の子にモテモテ。だからすぐ嫉妬されちゃうんだよね。ええええええっ、困ります」
「うるさい」
◆◆◆
「エイミーさん、聞いてください。最近、事務所に新しい女の子が入ったんですけど、何回説明しても覚えないんです」
「まあ」
タマラという女性が暗い顔をして愚痴をこぼす。
「三回は我慢して、聞かれるたびに教えるんですけど……。もう仕事にならなくて」
「上司の方には言ったんですか?」
「言ったんですけどね、新人だから仕方ないって」
「あらら」
タマラは両眉を下げて、情けない顔をする。
「書き損じの紙をたくさんあげて、これに教わったこと書いてって言ったんです。それで分からないことがあったら、まずその書きつけを確認して、それでも分からなかったら聞いてって」
「なるほどー、それいいですね」
「ところがね、書かない……」
「なんで?」
「多分、聞く方が簡単だから……?」
「それは……困っちゃいますね」
「もう一度上司に相談したんです。そしたら……」
「そしたら?」
「若くてかわいい子が優先だから、ちゃんと教えてって。私は長年真面目に働いてきたのに。確かに若くもなく、かわいくもないですけど、あんまりです」
タマラはハンカチで涙を拭いた。
「腹たつー。このふたつでいきましょう」
『仕事でも大事な場面で、必ず赤ちゃん言葉になる』『屋外を歩くと鳥の落し物が降って来る』
◆◆◆
「リサさん、もうこれ説明するの五回目よ。いい加減、覚えるか紙に書くかしてください。私の仕事が進みません」
「タマラちゃん、ちょんなこと言わないでくだちゃい。アタチだっていっちょうけんめいやってまつ」
「ごめん、何言ってるか分からない」
「リサ、いくら顔がかわいいからって、その言葉づかいはダメだ。もうすぐお客さまが来るから、やめてくれよ」
「ええー、なんのことでちゅか? リチャ、普通に話ちてまつ」
「なんかちょっと、イラッとくるな」
「ちょんなあ、チュタインちゃん、ひどいでちゅう。あれ、チュタインちゃん、頭に鳥のフンがついてまつよ。おっかちいでちゅねえ」
「またか、最近多いんだよな。おい、リサ。今日はもういいから帰りなさい。どうせ仕事は全部タマラがやってるんだろう。君はいなくても問題ない」
「ええー、ちょんなあー」
「その、タマラ……。悪かったな。君はいつもきちんと働いてくれていたのに」
「いえ、いいんです。あの、シュタインさん。髪の毛見せてください。取りますよ」
「ああ、ありがとう。タマラは頼りになるな。これからも頼む」
「はい」
呪い案をありがとうございました!
シルキーさま「誰かと会話する前に毎回詳細な自己アピール紹介しちゃう呪い」
satomiさま「仕事でも大事な場面で、必ず赤ちゃん言葉になる」(さ行が発音できない)
和さま「屋外を歩くと、1歩・3歩・5歩・7歩・11歩・13歩・17歩のいずれかで鳥の落し物が降って来る」




