20.そういう生き物だから
「テルマさん、もうすぐ子どもが産まれるんだよー。みてみて、すごいお腹でしょ〜」
ソフィーが大きなお腹を両手で支えながら入ってくる。
「おめでとうさん。いい子を産むんだよ。どうすんだい。隣町の実家に帰んのかい?」
「マックがさあ、ふたりの子どもなんだから、ふたりでなんとかしようって」
「…………マックは仕事があんだろう?」
「なんとかなんじゃないって」
「悪いこた言わない。実家に帰んな。あたしの経験と、大勢の母親を見た限りじゃあね、男親はなんの役にも立ちゃしないよ」
テルマは真剣な顔でソフィーに言う。
「ええーそんなことないでしょうよ。だって、マックはたまに掃除とかしてくれるよ」
「あのね、たまにじゃ意味ないから。そしたらね、これから産むまでに、マックに全ての家事をやってもらいな。全てだよ、あんたは何もしちゃだめだ、ソフィー」
「そんなこと言えないよう」
「産まれる前に、今のうちにマックを鍛えておかないと、産んだ後あんた寝る暇もなくなるよ」
「分かった」
テルマはソフィーの様子を見てため息を吐いた。
「産む前は分からないんだよね、どれだけ子育てが大変か。あのさ、今まで生きてきた中で、一番忙しかった時期はいつだい?」
「えーっと、前住んでた家が火事になって、後片づけやら引っ越しやらで死にそうだった。あんときのこと、よく覚えてないもん」
「子どもが産まれたらね、その大変な時期が少なくとも一年は続くよ」
「えっ、うそー。そんな……」
ソフィーが青ざめる。
「あんたさ、今までで一番痛かったケガはなんだい?」
「うーん、屋根の上に洗濯物飛んじゃって、取りに上がったらうっかり落ちちゃったときかな。脚折れてさあ、死ぬかと思ったよ」
「子ども産んだらね、そのときの痛みが一か月は続くから。しかも一時間以上、続けて寝れないからね。死ぬよ」
「ひっ」
ソフィーは両腕で体を抱きしめてガタガタ震える。
「いいかい、子どもを産むっていうのはね、それくらい大変なんだ。人生でいちばん大変な時期を、ものすごい激痛に苦しみながら、寝ないで乗り越えるんだよ。地獄さ……。誰かの助けがないと無理なんだよ」
「やっぱり実家に帰ろうかな」
「その方がいいよ。男はね、言われないと気づかないんだ。それはもう、そういう生き物なんだ、なおんないよ。あんたの十歳の妹の方がよっぽど役に立つよ。女は気がきくようにできてるからね」
***
「テルマさーん、マックが俺がいるから大丈夫って。家事もひととおりやってくれるようになったよ」
「そうかい……。あたしからの最後の助言だよ。産まれたら、あんたの姉さんにしばらく手伝いに来てもらいな」
「分かった。それなら大丈夫だと思う」
***
「テルマさん、久しぶりですね」
「おや、マリーじゃないか。元気にしてたかい?」
「はい、元気です。あの、ソフィーが無事に男の子を産みました」
テルマはニコニコ笑って喜ぶ。
「それはよかった。おめでとうって伝えておくれ」
「はい。ソフィーから伝言です。『テルマさんの言う通りだった。マックは役に立たない。グースカ寝てばっかりだから殺意がわく』だそうです」
テルマは呆れたように両手を腰に当て、頭をふる。
「…………はあ。思ったとおりだよ。だから言わんこっちゃない。マリーがいなきゃどうなってたことか」
「そうですね、驚くほど言わなきゃ何もやらないです。私はいつも、産後は実家でのんびりしてたからよかったけど」
「自分の母親と姉妹がどれだけありがたい存在かってことだよ。男親はクソの役にも立ちゃしないからね。まあ、たまーに気がきく男親もいるけどね。そういうのは小さいときから、姉妹に鍛えられてんだ」
マリーは顔をしかめながら同意する。
「そうですね。マックは何度言ってもオムツ替えないし、替えてもオエオエ吐きそうになるし……。夜は夜泣きで寝られないソフィーをよそに、ぐっすり寝てます。それで最近は推理小説読んでるし」
「そんな暇があったら、赤ん坊の面倒見て、ソフィーを少しでも寝させてやりゃあいいのに」
「私がいるから甘えてるんですよ。でもそろそろ私も自分の家に帰らないと。これ、ソフィーと私の髪です。お金も持ってきました。何かいい魔法陣ないですか?」
「分かったよ」
テルマは『寝返りをうつと必ず土踏まずがつる』『推理小説の犯人の名前が光る』を出した。
◆◆◆
「フギャア フギャア フギャア」
「…………はい、よしよし。どうしたの、お腹すいたの? ほらいっぱい飲んで寝てちょうだい……」
「ゴーゴーガーガー……ううーん……イテエッ……なんだぁ、目が覚めちまった」
「マック、オムツ替えてね。おやすみ」
「ちっ仕方ねえなあ……ウンチじゃねえか。……オエッ、オエッ」
◆◆◆
「マック、もうそろそろオムツ洗ってくれない? 替えがなくなるよ」
「うーん、これ読み終わったらな。トムに借りたんだ、いいとこなんだよ」
「食器も洗ってないじゃない」
「お前がやってくれよ。お前、寝てばっかりじゃねえか」
「私、ずーっと細切れでしか寝れてないんだよ。ウトウトし始めたらおっぱいで、またやっと寝れるって思ったら次はオムツで。全然寝れてないの。頭が痛い……」
「今いいとこだから、すぐやるから」
「…………」
「なんで光ってんだ、この名前。……ダーッまさかと思ったら犯人じゃねえか。……まさか他の本も……光ってる。クソったれ」
「クソはお前だ。今すぐオムツと食器洗わないと、明日実家に帰って二度と戻らないから」
呪い案をありがとうございます!
satomiさま「寝返りをうつと必ず土踏まずがつる」
黒にゃ〜んさま「推理小説の犯人の名前が光る(か名前の横にこの人犯人と文字が浮かんでくる)呪い」




