19.追って追われて
「私の夫、近衛騎士ですごく美形なんです。ものすごくモテるんです」
「うわぁ、それは大変ですね」
豪華な衣装に身を包んだ女性が悲嘆にくれている。派手さはないが、素朴な感じの顔だ。
「自分が女性に人気があるって分かっていて、誰にでも甘い言葉をかけるんです」
「ええー」
「毎日誰かしらを口説いていて……」
「そんなぁ」
「何かいい魔法陣ないでしょうか」
「……あのう、なぜ別れないんですか?」
エイミーは聞いてみる。なぜそんな男と一緒に暮らすのだろう。
「夫の顔が大好きなんです。彼の顔を見るだけで幸せで。彼は貧乏な子爵、私は金だけが取り柄の男爵なんです。頼み込んでお金払って結婚してもらったの」
「まあ。……えーっと、旦那さんは奥さんのことはなんて?」
「本当に愛してるのはノーラだけだって。妻はノーラなんだから、気にしなくていいって。あれは社交辞令だからって」
「はあ……」
夫婦ってよく分からない、そう思いながらも、エイミーは魔法陣を探す。
「やって意味があるか分からないけど、これ試してみます?」
『突然相手の名前を度忘れする』
◆◆◆
「キャッ、アレックス様、おはようございま〜す。今日も素敵です」
「やあ、おはよう。朝から……君に出会えるなんて、私は幸運だな」
「はぁ〜アレックス様。これ、受け取ってください」
「ああ、ハンカチに刺繍してくれたの? ありがとう。……かわいい人」
「あの、アレックス様。今度の夜会で踊っていただけますか?」
「もちろんだよ……妖精のような乙女と踊れるなんて、光栄だな」
◆◆◆
「……というわけで、まったく効果がありませんでした」
「ううっ、そんな恋愛達人者に、わたしみたいな素人が対応できる気がしない……」
エイミーは机に突っ伏した。
「母の髪をもらってきました。お金ならいくらでも払います。もう一度試させてください」
「……お母さんはなんて言ってるんですか?」
ノーラは髪の束と金貨の山を積み上げる。
「母は、結婚するときから反対していたの。あんな美しい人はノーラの手には負えないって。分不相応だって。でも、夫の実家が借金に困っていたから、ついいけると思ってしまって……」
「はあ」
「最初は無理でも、徐々に私のこと好きになってもらえたらいいなって。でも、精霊王とただのイモムシでは、釣り合うわけがなかったんだわ」
ノーラはさめざめと泣いた。エイミーはオズオズと魔法陣を差し出す。
「これ、どうでしょうね……」
『カッコつけたい時に、強制オネエ言葉になる呪い』
◆◆◆
「組になって、手合わせ、始め!」
「行くぞ、アレックス」
「あはっ、いつでもかかって来なさいデスワ」
「おりゃー」
「キャウーン」
「いい戦いだった。アレックス、また腕を上げたな」
「うふ、毎日訓練してるから、当然ではナクッテ。ほほほ」
「キャーーーー、素敵〜アレックスさまーーーー」
◆◆◆
「……というわけで、夫の美貌が強すぎて、効き目がありませんでした」
「ううっ、完敗……。なにその魔王感。わたしみたいな、こわっぱ魔女では太刀打ちできない……」
エイミーは壁に頭を打ちつける。マヤがそっと止めた。
「父の髪をもらってきました。お金なら惜しみません。あと一回、最後に一回だけお願いします。もう絶対にこれで終わりにします。ダメだったら……考えます」
「……お父さんはなんて言ってるんですか?」
「父は気のすむまでやれって。金ならあるって」
「うううう、これでダメならもう無理ー」
エイミーは泣きながら魔法陣を見せた。
『人の頭部がカボチャに見える呪い』
ノーラが魔法陣を見て固まった。しばらく無言で魔法陣を凝視すると目をつぶった。
ノーラは目を開けると、静かに言う。
「エイミーさん。この呪い、私にかけてください」
◆◆◆
「ただいま、……大事な奥さま。遅くなってごめんナサイネ」
「あら、いいのよアレックス。忙しいのだもの、気にしなくていいわ。」
「どうしたのヨ、……愛しいあなた。今日は様子がいつもと違うじゃないの」
「まあ、そうですか? 私、少し疲れたのでもう寝ますわ。あ、今日から寝室は別にしましょう」
「…………」
「おはよう……太陽に輝く我が妻。よく眠れたカシラ?」
「ええ、よく眠れたわ。朝までぐっすりだったわ」
「あらやだ、私の女神は、今まで夜中に何度も起きてしまっていたじゃない」
「ひとりで寝るのが体にあってたみたいだわ。さあ、早くお仕事に行ってくださいな」
「……今日は早く帰るからネ」
「あら、気にしなくていいですわ。今日は夜会でしょう? 私は気が乗らないので、どなたか別の女性と行ってくださいな」
「私は君と行きたいんだよ、ノーラ」
「えっ、今ノーラって……呪いは……」
「愛の前には呪いなんて無意味さ。ノーラ、ノーラ、ああ我が愛しの妻。君のその虫ケラを見るような目、ゾクゾクする。さあ、私を踏みつけてくれ」
「えええっ」
◆◆◆
「……というわけで、ラブラブです」
「げえっ」
「エイミーさん、父がね、喜んで理髪店をたくさん開いたの。これから髪には困らないから、定期的にこの呪いかけてくれない? お金も髪もあるから」
「げえぇっ」
呪い案をありがとうございました!
はりんとんとんさま「突然相手の名前を度忘れする」
シルキーさま「カッコつけたい時に、強制オネエ言葉になる呪い」
シルキーさま「人の頭部がカボチャに見える呪い」




