15.元気になあれ
「エイミー、あなたはよくやってくれています。感謝します。なにか望みはあるかしら。直答を許します」
女神に話しかけられました。
「え……」
「誠実な殿方を紹介してもいい」
「いえ、その、自然に出会いたいので……」
「離宮は男子禁制。自然に任せては出会えないわね」
「あ……」
女神の目を見てしまいました。目がー目がー。
「動物を飼うことも許します」
「猫は魔法陣で爪研ぐのでちょっと……。犬も散歩が大変なので……」
「そう。なにか思いついたらマヤに言いなさい」
「は、はい」
「マヤ、例のモノを」
マヤが一枚の魔法陣をエイミーに渡す。
「これは……」
「それを肌着の胸に当たる部分に刺繍すればいいわ。成長を促す魔法陣です」
「!!」
女神はほんの少し口角を上げると、出て行った。
***
エイミーを励まし隊が結成された。
「侍女長のケイトです。エイミーさんのおかげで夫婦仲がよくなりました。ありがとうございます」
「クチャクチャがましになったんですよ。ク……ぐらいでわたしと目があって、慌てて口しめるの。おかげでごはんがおいしくって」
「無事に子どもが生まれました。夫はすっかり便秘になってしまって……。ふふふ、愛人に捨てられて家でしょぼくれてます。ふふふ」
「今までは夫に遠慮があって、屋敷内の仕事を頼んでいなかったんです。でも、思い切って、あれとこれお願いしますって言ってみたんです。そしたらあっさりやってくれるようになって。いざとなったら魔法陣があるって思えると、強くなれました」
エイミーは照れた。やっぱり褒められると嬉しいではないか。がんばってよかったな。胸も少しだけ大きくなった気がするし。
エイミーの肌着には全て、魔法陣が刺繍されている。髪の毛ではなく、肌触りのいい極上の糸だ。侍女たちがお礼にと、こぞって刺繍してくれたのだ。
「わたし、ここに来てよかった」
マヤが嬉しそうにエイミーの頭をなでる。
「エイミーが来てくれてよかった。私だけでなく、たくさんの女性がそう言ってる」
「えへへへ」
「今日は夫婦仲がうまくいってる女性に来てもらった」
「え、そんな人いるんだ!」
エイミーは大声を出した。ほとんどの夫婦は問題を抱えているのかと思っていた。
「それはいるよ。うまくいってる人はわざわざ言わないからね。でもいっぱいいる」
「そっか!」
エイミーの失われた希望が、ほんの少しよみがえった。
「私、両親を早くに亡くして、親戚の家で下働きしていたんです」
「まあ」
「街に買い出しに出かけたときに、ひったくりにあって、倒れてしまったの」
「ええっ」
「そのとき、見回りしていた騎士団に助けてもらって。それが今の夫なの」
「わー」
女性は面はゆそうに肩をすくめる。
「私には過ぎた人で、すごく優しくて、大事にしてくれるの」
「はわー」
「屋敷でのんびりしてても怒られないし。刺繍したハンカチあげたら、毎日使ってくれるし。一緒にいるだけで幸せなの」
「ほえー」
「夫がいなかったら、私はずっと親戚の厄介者として肩身の狭い思いをしていたわ。夫と出会えてホントによかった」
「なんていい話……」
エイミーは涙ぐんだ。砂漠に雨が降ったように、心にしみわたる。
「それでね、夫に何かできることがないかなって。刺繍とかお菓子焼いたりとかはできるんだけど。もっと何かないかなって」
「はあ」
「いい魔法陣ないかしら?」
「ええっ、だってわたしの魔法陣、嫌がらせばっかり」
「使い方次第ではないかしら。もしよければ見せていただけません?」
女性は山と積まれた魔法陣をじっくり見て、ひとつを選んだ。
「これにします。きっと喜ぶと思うの」
女性は髪の毛と、刺繍入り肌着と銀貨を置いて、にこやかに帰っていった。
◆◆◆
「おーい、エディ。見回りに行くぞ」
「おお、もうそんな時間か」
「それで、結婚生活はどうなんだよ」
「幸せだ」
「おうおう、堂々とノロケやがって。よかったな、いいカミさんもらえて」
「ああ、毎日家に帰るのが楽しみだ」
「カーッ、言うねー。いいよなー俺も早く結婚してえ。困ってるかわいこちゃんがいたら、俺が助けるからな」
「おう」
「なんだ、今日はやけに猫が寄ってくるな」
「…………」
「お前、ズボンの裾が毛まみれだけど大丈夫か?」
「…………」
「おい、エディ。おーい」
「あ、なんだ?」
「ボーッとしてどうした?」
「俺、猫が好きなんだ」
「へーそうなん」
「でも猫をなでるとクシャミが止まらないから触れない」
「ほーん」
「猫にスリスリされるなんて……神よ、感謝します」
「そんなにー?」
呪い案をありがとうございました!
和さま「外出すると、ズボンが猫の毛まみれになる呪い(人によってはご褒美?)」




