14 ロドニーの行方
「まさかネズミが入り込むとは……」
低い声が祈りの間に響くのと同時に、男が手にしていたランプが周囲を照らす。男は白を基調としている法衣に身を包んでいるので、聖職者だということはすぐにわかった。年は四十代といったところだろうか。下っ腹が出ているので、普段から戦っていないのだということはすぐにわかった。
……これなら、ミモザが対処できるかな?
私がそう考えていると、男は「何が目的だ?」とこっちを睨みつけてきた。しかしすぐに、フローディア像を見て「ああ……」と笑う。
「そうか、フローディア像が目的だったか」
男の言い方を考えると、きっと女神フローディア像に祈りたいという声が多く大聖堂に届けられているのだろう。
普段から信仰している人もそうだし、特に〈癒し手〉は転職するためどうしても祈りたいはずだ。
……私も、その手の人と同じだと思われてるってこと?
と思ったけれど、今は転職のために来たのでまったく同じだった。
「……私は〈ヒーラー〉になりたいので、フローディア様へ祈りを捧げたくてここへ来たのです。どうか、以前のようにこの部屋を解放してはいただけませんか?」
私が嘆願の声をあげると、男は薄汚く笑った。
「女神フローディアなど、なんの役にも立たぬではないか。この像は近いうちに撤去する予定だ」
「な……っ! それは横暴ではありませんか!? この像は、ツィレに住む人――いいえ。この世界に住む多くの人が愛している像です!!」
撤去するなんて、とんでもない!!
私が声を荒らげたので、ミモザが小声で「押さえてください!」と私の肩を掴んだ。危ない、白熱してしまった。
「ふん、愛などくだらない。これからはルルイエ様の時代がやってくる。今、教皇様がお迎えに向かっているからな。……さて、お前たち。この者を捕えよ!」
「――〈聖堂騎士〉!」
私たちが話をしている間に、夜番だったらしい三人の騎士がやってきた。剣と盾を持ち、こちらににじり寄ってくる。
「――〈身体強化〉〈リジェネレーション〉〈マナレーション〉〈女神の守護〉……突破できますか? ミモザ」
「もちろんです。一気に駆け抜けるので、ついてきてください」
頼り甲斐のあるミモザの言葉に頷き、彼女の「行きます!」という掛け声とともに地面を蹴り上げ走り出した。
ミモザは私の何倍も速いスピードで、まるで宙を踊るように跳んだ。そして澄んだ美しい声が祈りの間へ響く。
「〈十字架の裁き〉!!」
繰り出されたミモザの剣は、細身のレイピアだ。しかしその威力は侮ることなかれ。いとも簡単に、〈聖堂騎士〉を倒してしまった。さすがは〈聖騎士〉だ。
男は騎士たちが倒れたのを見て、一歩下がった。それを見逃すミモザではない。剣を下から振り上げ、男を切り裂いた。わずかに血しぶきが飛びはしたけれど、命までは奪っていないようだ。
「行きましょう」
「うん」
私とミモザは全力で走り、〈フローディア大聖堂〉を後にした。
「はぁ、はぁ、はぁっ、はーっ」
「はっ、はっ……」
私とミモザはどうにかして宿へ戻ってきた。全力疾走してきたので、息を整えるのに時間がかかった。
宿には、タルト、ケント、ココア、ティティア、リロイ、ブリッツが揃っていた。ティティアたちは無事に〈冒険の腕輪〉を手に入れることができたようだ。
タルトは心配した様子で、冷たい水を用意してくれた。
「お師匠さま、ミモザさん、大丈夫ですにゃ?」
「ありがとう」
「助かります……」
ごっごっごっと勢いよく飲み干して、「ぷはーっ」と息をはく。先ほどまでの緊張がほぐれたのか、一気に体から力が抜けた。このままベッドに倒れこんで眠ってしまいたい……。
「二人が無事でよかったぜ。俺たちは〈牧場の村〉でゲートの登録を終わらせたぜ。ティーとリロイにも、ツィレのゲートの登録はしてもらってる」
「! ありがとう、ケント。いろいろやってくれたんだね」
「ああ。俺もタルトに教えてもらったんだ」
後はツィレ以外の街のゲートも登録すれば、もしものとき逃げやすくなるだろう。うんうん、順調でいいね。
「シャロンとミモザが無事でよかったです。大聖堂はどうでしたか?」
「その様子だと、何かあったのでしょう?」
ティティアとリロイの問いかけに、私とミモザは大聖堂でのことを話した。
話を終えると、最初に反応を示したのはケントだ。頭をガシガシかいて、「無事でよかったよ、まったく」と大きく息をはいた。横ではティティアが必死で頷いている。
リロイは指を口元に宛てて、男が「これからはルルイエ様の時代がやってくる。今、教皇様がお迎えに向かっているからな」と言った真意を考えているようだ。
「ルルイエ様を迎えに行くなど、いったい何を言っているのでしょうか。理解できません」
「闇の女神ルルイエを信仰する……ということでしょうか?」
「女神フローディアの像を撤去すると言っていたので、新しく置くルルイエの像を取りに行っているとかでしょうか?」
ブリッツとミモザも自分なりの考えを口にして、うーん……と悩んでいる。なるほど、ルルイエの像を置くという解釈もあるのか。
――でも、私は男の言葉をそのまま受け取った。
闇の女神ルルイエは、ダンジョン〈常世の修道院〉で祀られている。その場所は、ここ〈エレンツィ神聖国〉の南にある。〈牧場の村〉よりもっと南に行き、〈暗い洞窟〉か〈焼野原〉のどちらかを通らなければ辿り着かない場所だ。強いモンスターが出てくるので、難易度の高いフィールドだ。
さすがに一次職のままでは厳しいけれど、二次職になれば修道院へ行くこともできるだろう。それでもレベル的には厳しいので、道中は回復薬を使いまくったレベリングになるけれど……。
ちなみにルルイエは、そのダンジョンのボスだ。
……ボスを連れてくることなんてできるのかな?
そんな疑問が脳裏に浮かんだけれど、クエスト的な感じできっと連れてくることができるのだろう。ゲームのときも、シナリオではルルイエが登場していた気がする。
「……シャロンが何か知ってそうだな」
「ハッ!?」
私が考え込んでいる間に、ケントたちはああだこうだと話し合いを続けてくれていたようだ。しかし黙った私を見て、何か知っていると察してくれたらしい。みんなの視線が私に突き刺さっている……。
「えーっと。結論からいうと、私たちはすぐ二次職になってレベル上げをしないと駄目そうです」
「「「!?」」」
私の言葉に、全員が意味が解りませんが? という顔をしている。ついこの間までワイバーンでレベル上げをしていたから、またかと思われてしまったのかもしれない。
咳払いをして、私はその理由を説明した。ルルイエがいる修道院が、いかに大変な場所なのかを――。
「適正レベルが60以上のダンジョン!? そんなの、無理すぎるだろ……!」
「一番レベルが高い私でも、47ですからね……」
一気に全員のテンションが下がる。
今のレベルは、一番高いリロイが47、ミモザは42、ブリッツは43で、私たち一次職組とほとんど変わらないのだ。そのため、ギルドでパーティ登録をしてある。
「とはいえ、ロドニーだってそう簡単にルルイエの元に辿り着くことはできないと思う。まだ猶予はあるはず」
私がそう告げると、リロイが頷いて肯定を示した。
「〈聖堂騎士〉といえ、そこまで高レベルの人間は多くありません。ダンジョン攻略も、通常は何日もかけて行うものです。ある程度、長期戦を見込んでいるはずです」
「じゃあ、俺たちはロドニーが攻略する前に二次職になって食い止める必要があるってことか」
「そうなるね」
本当なら一緒に二次職のクエストを受けに行ってあげたかったけれど、みんな別々に行って、転職して合流するのがよさそうだ。
私はケントとココアを見て、二人に二次職になるためのアドバイスをする。
「ケントとココアは、二人で一緒に行動するのがいいよ。まずは〈王都ブルーム〉に行って、ケントは〈盾騎士〉に。転職クエストは、ブルームのお城の近くにある騎士団の詰め所で受けることができるよ」
「わかった。お城近くの騎士団だな」
ケントよりもココアの方が転職クエストを受ける場所に行くのが大変なので、前衛のケントが先に二次職になっていた方が行動しやすいはず。
「私は〈言霊使い〉になろうと思っています!」
「ココアは言霊を選んだんだね。うん、いいと思うよ。転職クエストを受ける場所は、スノウティアの近くにある〈森の村リーフ〉だよ。道中の〈雪の森〉は別名迷いの森っていうんだけど……地図を描くから、それを頼りに進んでみて」
「ありがとう、シャロン」
簡単にではあるけれど、森の地図を描いてココアに渡す。これがあれば、なんとか辿り着くことができるだろう。ふう。
「あとは、私の問題か……」
「ロドニーの部下のほかに、何か問題が?」
私の呟きに、リロイが首を傾げた。私が女神フローディアの像に祈ったことは伝えたけれど、司教と話してクエストを進められていないことはまだ伝えていない。
「実はかくかくしかじかで……」
「なるほど……って、かくかくしかじかではわかりませんよ」
「ちぇ。司教様とお話できなかったので、〈ヒーラー〉になるために助けるべき人たちがわからないんですよ」
これは詰んでいる。私が涙目でそう伝えると、リロイは「なんだ、そんなことでしたか」と言った。そして、私の眼前に表示されるクエストウィンドウ。
〈ヒーラー〉への転職
司教はあなたに救ってほしい人がいると頼んできました。
あなたの力で、人々を助けましょう。
〈聖都ツィレ〉ピコ
〈牧場の村〉モリー
〈雪原〉マルイル
……そういえばリロイも司教だったね。
ブラッツ、ブラッツと書いていたんですがブリッツが正解でした。2巻を読み直していたらブリッツと書いてありました……!(記憶力のなさよ)
すみません、暇を見て修正できたらいいなと思います。