13 大聖堂への不法侵入
私、ミモザ、ブリッツはそれぞれ馬に一人乗り。ティティアはリロイに乗せてもらって。そんなかたちで、私たちはスノウティアからツィレに向けて出発した。
私以外そのままだと目立つので、装備が見えないようにしっかりした外套を羽織ってもらっている。ティティアとリロイは、街の中ではフードもかぶってもらう予定だ。
無事にツィレに到着した私たちは、いつもとは違う宿を取り、これからの段取りを話し始めた。
「私は今からミモザとブリッツを連れて、腕輪を作ってもらいにいってくるね。ティティア様とリロイ様は、絶対に宿から出ないように気をつけてもらう感じで……」
「シャロン。その呼び方ではわたしだとばれてしまいます。よければ、ティーと呼んでいただけませんか?」
「ティー様、ですか?」
「ただのティーでいいですよ」
確かに街中で「ティティア様~!」と呼んだら一発で正体がばれてしまう。これからはティーと呼ぶのがよさそうだ。私が頷いて「ティー」と呼ぶと、ティティアは嬉しそうに笑った。
それから、ティティアは袖の〈魔法の鞄〉からポーション瓶を取り出した。その中には透明な液体が入っていて、瓶には光り輝く星があしらわれている。間違いなく、〈聖なる雫〉だ。ゲーム時代はまあまあレアなアイテムで、それなりに値がついていた。
「これは、以前いただいた〈空のポーション瓶〉を使ってわたしが作ったものです。闇属性の攻撃なら、どんなものでも一度だけ無効にすることができます。シャロン、持っていてください」
「え!? いや、それはティティア様――ティーが持っていた方がいいと思いますよ」
私は〈癒し手〉なので、何かあってもある程度は自分で回復することができる。それに、私よりティティアが狙われることが多いだろう。しかしティティアは譲りそうにないのでリロイを見てみると、苦笑して首を振った。
……どうやら、ティティアとリロイで話し合いは済んでるみたいだね。
「ありがたく頂戴します」
「はい」
私が受け取ると、ティティアは嬉しそうに微笑んだ。
***
――そして、夜。
私は大聖堂へ行く前に一度タルトたちと合流して、〈防護マスク〉を貸してもらった。これがあれば、下水の悪臭から自分を守ることができる!
ということで、私とミモザは二人で下水の通路を進んでいる。下水は薄暗く、時折わずかな明かりの魔導具が壁に設置されているだけだ。水路の横に細い通路がある作りになっていて、なん箇所か街の水路と繋がっている作りになっている。天井からは水が落ちてきていて、通路に水たまりを作っているのが目に入った。そしてちょろちょろ歩くネズミ――〈ビッグマウス〉の姿も。
「見た目はあれですが……これは快適ですね」
「うん。持っててよかった〈防護マスク〉」
これは予備も含めてもっと手に入れておいた方がいいかもしれないね。ロドニーの件が片付いたら、マスク集めをしよう。
私は歩きながら、ミモザを見た。
「〈冒険の腕輪〉はどう?」
「素晴らしいの一言につきます。なんというか、もう……なんと言っていいかわからないくらいです……」
ミモザは語彙力が消失したようだ。
……でも、腕輪を持つとそのありがたみがよくわかるよね。タルトたちを見ていれば一目瞭然だ。腕輪のあるなしで、人生が大きく変わると言ってもいいだろう。
「あの……。ティティア様だけではなく、私やブリッツにまで腕輪の情報をいただいてよかったのですか……?」
おずおずとした様子で、ミモザが私に問いかけてきた。
「すごく悩みました」
ミモザとブリッツはティティアの直属の騎士ではあるが、私はつい先日会ったばかりなのだ。信用できるかと言われたら、難しいだろう。
〈聖騎士〉という職業は、ちょっと特殊だ。
転職するためには、〈教皇〉に心から忠誠を誓わなければならない。そのため、〈教皇〉を裏切ることができないのだ。力量はともかくとして、ティティアの絶対的な味方であることは間違いない。
「私はティーを信頼していますから」
「……ありがとうございます。ティティア様も、シャロンのような方がいて心強いことでしょう」
「いえいえ。……っと、そろそろ目的地の近くですね」
人がいるとは思えないけれど、極力静かに進んだ方がいいだろう。私が口元に指先を当てて見せると、ミモザも真剣な表情で頷き口を閉じた。
ときおりチュチュッと〈ビッグマウス〉が鳴くけれど、このモンスターは非アクティブなので襲ってくることはない。だから私も一人で大聖堂へ侵入するつもりだったのだけれど、ミモザがいてくれるのは正直ありがたくはある。
……もし見つかって戦闘になったら、私じゃ戦えないからね……。
少し先の天井から、わずかに明かりがもれている個所を発見した。その横の壁に梯子があるので、そこから登って中へ入ればいいのだろう。
「あそこから大聖堂の中に入れるみたいですね」
私はミモザの言葉に頷く。うん。ゲーム通りだ。私たちは先ほどより慎重に、足音を立てないように近づいて、そっと耳を澄ます。明かりがついてるので、誰かいるかもしれないからだ。
しばらく待ってみたが、話し声は聞こえてこない。
……誰もいないっぽい、かな?
私が梯子に手をかけると、それをミモザが行動で制した。どうやらミモザが先に中の様子を確認してくれるようだ。音を立てず梯子を上り、天井に耳を近づけて中の様子を探っている。その後、問題ないと判断したようで、天井の蓋になってる部分を少しだけ持ちあげて中を覗いた。
「……人はいないようです」
「よかった」
ミモザは完全に蓋を開け中に入ると、手を差し伸べて私が入るのを手伝ってくれた。さすがは騎士様、女性だけどイケメンです……!
立ち上がった私は〈防護マスク〉を取って、周囲を見回した。
私たちが出た場所は、大聖堂の厨房横にある倉庫だった。野菜などの食料が棚に並んでいて、わずかにいい匂いがしてくる。横目でキッチンを見ると、何か作っているようだった。夜食か何かだろう。
夜中なんだから寝ててくれればいいのに……。
幸い料理をしている巫女はこちらに気づいていないので、私たちは出入口になっている蓋にカーペットを被せて、厨房とは反対側から倉庫を出た。
廊下に出ると、わずかな明かりはあるが、しんとして物音一つしない空間が広がっていた。深夜のピリリとした空気が肌に刺さる。
「こっちです」
ミモザが小声で指をさして、先導してくれる。私は頷き、周囲に人がいないかに細心の注意を払いながら彼女の後に続く。すると、拍子抜けするくらい簡単に女神フローディアの像のある部屋へ到着した。
……あっさりついちゃった!
が、鍵がなくて扉が開かない。そりゃそうか。鍵くらいかかってるよね。さてどうすると私が悩んでいると、ミモザが鍵を取り出してあっさり扉を開けてしまった。
……はい???
「ミモザさんその鍵は……」
「リロイ様から、大聖堂の鍵の予備を預かってきたんです。ここから出るときに、持ちだしたと言っていました。予備の鍵は普段確認もしないので、そうそうばれることはないだろうと言っていましたよ」
リロイの用意周到さに若干呆れつつも、私は気にせず感謝することにした。まったく、食えない男だよ……。
祈りの間は、私が以前来たときと特に変わりはなかった。正面には、相変わらず美しい女神フローディアの像が静かに佇んでいる。
……ああ、やっと〈ヒーラー〉の転職クエストを進めることができるね。
私はゆっくり歩き、像の前で跪く。
「女神フローディアよ、私に試練をお与えください」
そう言って祈ると、私の眼前にクエストウィンドウが現れた。
〈ヒーラー〉への転職
あなたの修練の努力を認めましょう。
司教から困っている人の情報を得て、あなたの力を示しなさい。
――よし!
これで司教に話をしてクエストを進めれば、私は〈ヒーラー〉になることができる。
しかしそのとき、「誰だ!」と声が響いた。
「――! いけない、見つかりました!!」