3 倒れたティティア
「ティティア様!!」
ティティアが倒れた瞬間、リロイの頭から〈オーク〉のことがすっぽりと抜けた。慌ててティティアに向かってきているのはいいが、〈オーク〉がついてきている。
「ちょ――っ、〈女神の一撃〉!」
「〈ポーション投げ〉にゃっ!!」
――ナイス!
私がスキルを使うと、タルトが間髪入れずにスキルを使った。普通だったらとまどうだろう場面だけど、しっかり状況を見て、自分がすべきことをわかっているタルトはすごい。幸い〈オーク〉は一体だけだったので、問題なく倒すことができた。
ほっと息をつく間もなく、私とタルトもティティアに駆け寄る。リロイが支えながら呼びかけているけれど、意識が戻らないみたいだ。
……どういうこと!?
ユニーク職まで含めるとすべてのスキルを把握はできていないが、気を失うようなスキルはなかったはずだ。いや、ゲーム中に気を失うなんてことがあったらその時間はゲームを楽しめないからあり得なかったのかもだけど!
「リロイ様、ティティア様は……」
「……どうやら眠っているようですね。おそらく、マナが枯渇しているんだと思います。あれほどのスキルを使ったのですから、当然といえば当然でしょう」
「マナの枯渇……」
リロイの説明を聞き、なるほどと納得する。〈最後の審判〉の詳細はわからないけれど、自身のマナすべてを使い発動、という条件は普通にありそうだなと思う。
……ゲームならマナが枯渇しても気絶なんてしないけど、ここは現実世界だもんね。
体を維持するために、強制的に体を休ませる、いわば防衛本能のようなものなのだろう。
わたしはふーっと息をついて、気持ちを落ち着かせる。
「ティティア様が初めて使うスキルを〈オーク〉で試そうとしたのは、私が軽率すぎました。ごめんなさい」
あとでティティア様にも謝罪をしようと思いつつ、保護者のようなポジションにいるリロイに頭を下げる。彼女を危険な目にあわせてしまったのは、私のミスだ。
しかし、リロイはゆっくり首を振った。
「いいえ。確かにシャロンの提案ではありましたが、使うと決めたのはティティア様ですから。気に病む必要はありません。……もちろん、悪意を持って提案したのであれば話は別ですが」
「悪意なんてないです。誓って!」
リロイが怖い笑みを浮かべたので、慌てて首を振って全力で否定しておいた。ティティアに何かしようものなら、地獄の果てまで追ってくるに違いない。
「二人とも、とりあえず街に戻りましょうにゃ! このままだと、また〈オーク〉が来ちゃいますにゃ」
「……! そうですね。ティティア様を一刻も早く安全なところに運ばなければいけません」
「宿に急ぎましょう」
私たちは慌てて宿へ戻った。
宿に戻りティティアをベッドへ寝かせ、やっと一息つくことができた。いやあ、心臓に悪すぎだったよね。もう適正狩場での検証は二度としないよ。次に何かあったら〈プルル〉あたりで試させてもらおう。
リロイがずっとティティアの横で神妙な顔をしているので、さてどうしたものかと考える。まずは食事でもと声をかけてみたが、ティティアが目覚めるまではてこでも動かないだろう。
すると、タルトがリロイの横に膝をついた。
「リロイ様。ティティア様は大丈夫ですにゃ。もう少し休んだら、ちゃんと目を覚ましますにゃ。わたしも、マナ枯渇で苦しんでいたことがあったのでわかりますにゃ。たくさんの人に心配をかけてしまったのですにゃ」
「タルト……」
リロイはタルトがマナ喰いの状態異常にかかっていたことは知らない。タルトの話に驚いて、目を見開いている。
「そうだったのですか。タルトも大変な思いをしていたのですね……」
「わたしはお師匠さまに助けてもらったのですにゃ。だから、リロイ様もティティア様も、お師匠さまに任せておけば大丈夫ですにゃ」
「ちょちょちょちょ!」
いい感じに話をまとめるのかと思ったら、まさかの私にぶん投げ! さすがポーションを投げるのが得意なだけあるね……!!
「あれは私が偶然なんとかできただけで、私がなんでもできるわけじゃないからね!?」
「そう言いつつも、お師匠さまはなんでもできちゃいますにゃ」
「私たちの呪いの対応や狩りの仕方といい、只者ではないとずっと思っていました」
二人の視線が痛い……!
「おだてても何も出ませんから――」
「んん……」
「「「ティティア様!?」」」
回復したからか、それとも私たちがうるさかったからか、微妙な感じがしなくもないけれど、ティティアの目が開いた。
「わたし……」
「ティティア様、ご無事で何よりです……!!」
「心配かけましたね、リロイ。わたしはもう大丈夫ですよ」
涙目になってティティアの手を握ってるリロイに、ティティアがふわりと微笑む。まるで天使だ。
「シャロン、タルトも……。いきなり倒れてしまってすみません」
「いいえ。もとはといえば、私の無理やりすぎる作戦がいけなかったんです。〈最後の審判〉は恐らくすべてのマナを使用するスキルなので、使わない方がいいですね」
それか本当の最終手段として使うにはいいかもしれないが、幼いティティアにはそんなことは言わなくていいと思う。
「大丈夫ですにゃ! 一番つらかったのはティティア様ですにゃ。温かい飲み物と甘いもので休憩しましょうにゃ」
「はい!」
タルトの提案で、ティティアに笑顔の花が咲いた。
***
――夜。
私はなんだか眠れなくて、ぼーっと外を眺めていた。さすがに、今日ティティアが倒れたのは心臓に悪かったよね。
「眠れないんですか?」
「――! リロイ、様」
……びっくりした。
気配なく突然話しかけられて、一瞬体が飛びあがるところだった。振り向くとリロイがいて、どうやら私と同じで眠れないみたいだ。ちなみに、タルトとティティアは気持ちよさそうにぐっすり寝てるよ。
「そうですね。ちょっと目が覚めちゃいました」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
リロイが淹れてくれたお茶を受け取り、一息つく。温かい。
「……昼間はすみませんでした」
「え?」
「私は前衛の役割をしていましたが、なりふり構わずティティア様の元へ走りましたから」
「あー……」
リロイの謝罪に苦笑する。確かに不測の事態が起きたとしても、持ち場から離れるべきではなかった。
……でも、あれはリロイにとって緊急も緊急の緊急事態だったからなぁ。
なんなら、自身の死や世界が滅ぶよりも大変なことだったと思う。なんせ、ティティアが一番大事っていう人間だからね。
「それで……早急に前衛が必要だと思いました」
「! そう、ですね……」
それには同意しかない。ただ、今の状況でまったく知らない人をパーティに迎え入れるのはリスクが高いだろう。
「ティティア様専属の〈聖堂騎士〉たちと合流できればいいのですが、まだ連絡は取れていません。……無事だといいのですが」
「安否がわからないのは不安ですね」
〈聖堂騎士〉と合流すれば、めちゃくちゃ心強い。今はティティアのレベルも上がっているし、もう少しレベルを上げればロドニーともやりあえる……と思う。
……問題はそのレベル上げがネックすぎることなんだよねぇ。
前衛、前衛がほしい!
「シャロンが信頼できる前衛はいませんか?」
そう告げたリロイの瞳には、どこか焦りがあった――。